女の世紀を旅する
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2002年09月25日(水) |
小泉首相の訪朝を実現させたアメリカの思惑 |
《小泉首相の訪朝とアメリカの思惑》 2002.9.25
●小泉首相の訪朝が電撃的に実現した背景
アメリカのイラク攻撃の可否をめぐって国際世論が大騒動している間に東アジアではもう一つの劇的な出来事が展開した。小泉首相の突然の北朝鮮訪問がそれである。小泉首相の訪朝のお膳立てをしたのは実はアメリカなのである。以下,その経緯を解明してみたい。
小泉首相の訪朝が突然に決まったとき「なぜ今なのか」「どうして性急に日朝国交正常化を急ぐのか」という疑問が国民の間に湧いた。さらに、実際に小泉さんが訪朝してみると、金正日書記は、日本側が拉致されたと主張してきた11人の全員について、北朝鮮が拉致したことを認め、謝罪した。それまでは「拉致問題など存在しない」と言っていたのが、急転直下の変化である。金正日がなぜ今、国家的犯罪である拉致を全面的に認めたのか、という大いなる疑問が加わった。
これらの疑問を解くカギこそが、イラク問題をめぐるアメリカ政府上層部の内部分裂との関係だったのである。
米国ブッシュ政権の中枢部には、イラクなど世界の反米的な国々をアメリカの敵に仕立てることで、冷戦時代のような世界的な対立構造を作ろうとする極右派(新保守主義、ネオコン)と、これに反対する中道派(均衡戦略派、外交派)とが対立している。
アメリカの極右派は、イラク・イランといったイスラム諸国など「悪の枢軸」に対して「先制攻撃」を行って「文明の衝突」を起こし、第2次冷戦と呼べるような長期的・世界的な対立構造に仕立て、それによって軍事産業の繁栄とアメリカの世界覇権の維持をはかろうとしている。
昨今のイラク攻撃をめぐる米政府内の対立では、報道されているように中道派より極右派が優勢な状況にある。極右派の思惑通りにイラク攻撃が実施され、サダム・フセイン政権が倒れた場合、アメリカ中枢部では極右派の力がさらに強まり、中道派の力がさらに弱まる可能性が大きい。極右派は、サダムを倒して中東を不安定な状態に置くことに成功したら、ターゲットを東アジアに移し、サダム・フセインの代わりに北朝鮮の金正日や中国の江沢民を「世界の敵」に仕立て、新型冷戦を東アジアに拡大しようとするかもしれない。
その手の敵対構造を東アジアに持ち込みたくない中道派は、極右派がイラクにかかりっきりで、中道派の力がある今のうちに、北朝鮮や中国を、右派の「文明の衝突」戦略から切り離そうと考え、そのため小泉首相に北朝鮮訪問を持ちかけ、金正日にも「大幅譲歩すればサダムのようにならずにすむ」と持ちかけたのではないか、と思われる。
●宥和政策から敵視政策に転換した米政策
ブッシュ政権の中枢部で、性急なイラク攻撃に反対しているベーカー(ブッシュ(父)政権の国務長官)ら均衡戦略派は、北朝鮮や中国に対して穏健な政策を採るべきだと主張している人々である。
アメリカの均衡戦略派は、中国や韓国の市場に投資しているアメリカの大資本家・大企業の利益を代弁する人々で、北朝鮮をめぐる敵対が深まり、中国や韓国の経済が悪化することを極度に恐れている。この派は,冷戦時代に米中関係を好転させたキッシンジャー元国務長官からの流れである。
ブッシュの前任者であるクリントン政権は、均衡戦略派の力が大きく、北朝鮮に対して宥和政策をとった。政権末期の2000年10月には、当時のオルブライト国務長官(外務大臣にあたる)を平壌に派遣し、あとは大統領自身が訪朝すれば米朝の国交が正常化に向けて大きく動く、という段階まで米朝間は接近した。
しかし,その後の現ブッシュ政権では、国務省は均衡戦略派だったが、国防総省では極右派が強かった。クリントン時代の宥和政策を引き継ぎ、米朝国交正常化に向けた北朝鮮との交渉を続けようとするパウエル国務長官ら国務省の動きを、ラムズフェルド国防長官やチェイニー副大統領ら極右派が抑えにかかった。
ブッシュ政権が、それまでのクリントン政権の宥和政策を引き継がず、一転して強硬策に転じたとき、ブッシュの父親のブッシュ元大統領は、父から子へのメッセージとして「北朝鮮に対する対応を和らげよ」と圧力をかけた。この圧力の背後には、ブッシュの父親の側近だったベーカー元国務長官ら均衡戦略派がいた。
だがその後、昨年の9・11テロ事件とともに極右派の力が急拡大し、大統領を動かし、今年1月には「悪の枢軸」の新概念を打ち出し、北朝鮮をその中に入れた。この時点で、北朝鮮に対するアメリカの政策は、宥和政策から敵視政策に転換することがほぼ決定的になった。
●もし「第2次朝鮮戦争」が起これば,その狙いは中国打倒
アメリカの均衡戦略派と、それに同調するヨーロッパ諸国との反対を押し切って、ブッシュ政権がイラク攻撃に踏み切り、実際にサダム・フセイン政権が崩壊して攻撃が一段落したら、アメリカの政権内における新保守主義の力は、ますます強くなる。そうなると、ブッシュ政権が次の標的として狙うのは北朝鮮になる可能性が大きい。アメリカは「第2次朝鮮戦争」の勃発に向け、挑発作戦を始めるかもしれない。
1950〜53年の朝鮮戦争は、戦後の日本が軍需景気により高度経済成長するきっかけとなったことを考えると、人々の間には「金正日は大嫌いだし、韓国人も反日だから嫌いだ。また日本が経済的に儲かるなら、第2次朝鮮戦争はけっこうなことじゃないか」と言う人もいるかもしれない。
だが第2次朝鮮戦争は、日本にプラスになるとは限らない。逆に「経済面でアメリカの脅威になるほどに発展した貿易黒字で荒稼ぎの日本が、第2次朝鮮戦争で破壊されるのは良いことだ」と思っている人々が、米政権の上層部にいても不思議はないからだ。
アメリカの新保守派が第2次朝鮮戦争を望んでいるとしたら、その最終的な標的は、朝鮮半島ではなく中国をアメリカの敵に仕立てることであろう。
現在の中国政府は外資の導入で経済成長が著しく、もはや北朝鮮をかつてのような社会主義の同盟国とは見ていない。むしろ米朝関係が悪化して米中関係まで悪くなるのは迷惑この上ない。それゆえ中国は、アメリカから敵視されることを何とか回避しようといろいろな手を打っている。中国の江沢民主席は10月に訪米するが、それに際して中国国内のマスコミに「主席の訪米をめぐる記事では、なるべく中国とアメリカの仲が良いことを強調するような記事を書くように」という指令が下ったという。
こうした指令からは、中国政府が、アメリカからの挑発で国内の世論が反米に傾くのを防ぎたいと考えている。現在の中国共産党では反米勢力はあまり強くない。しかし,朝鮮半島で戦争が起きれば国民の反米感情も高まり、どうなるか分からない。
それは、中東の人々の多くがもともと反米ではなく、中東の多くの政府もアメリカに楯突こうとは思っていないのに、昨年の9・11事件以降、アメリカがアフガニスタンやパレスチナ、イラクなど、イスラム諸国をことさらに敵視する戦略を採ったことで、中東での反米傾向が強まったことと同じ性質を持っている。
アメリカが朝鮮半島で戦争を起こし、中国で反米傾向が強まり、共産党の政権中枢で政争に発展して反米派が権力を奪う、ということになれば、中国は「悪の枢軸」の仲間入りを果たし、アメリカの新保守派の計画は成功する。
アメリカの均衡戦略派は経済戦略上、こうした米中対立を何とか回避しようとしている。経済面の国際利権を重視していたクリントン政権の東アジア政策を継承し、北朝鮮に対して宥和政策をとるべきだと考えている。均衡戦略派は、イラク問題で新保守派が批判にさらされている間に、北朝鮮を「悪の枢軸」のリストから外さざるを得ない状況にしてしまおうと考えた可能性が大きいのである。
小泉訪朝時に、金正日(キムジョンイル)は、アメリカ政府が北朝鮮を敵視する理由であるミサイル開発でも大幅譲歩した。北朝鮮は以前、クリントン政権に対し、人道支援の引き替えに「2003年まではミサイル開発を凍結し続ける」と表明していたが、後任のブッシュ政権が北朝鮮に対して強硬姿勢なので「2003年以降はミサイル開発を再開するかもしれない」と示唆していた。
今回はその態度を改め、金正日は、ミサイル開発の凍結を延長すると小泉首相に伝えている。これにより、アメリカが北朝鮮を悪の枢軸リストに入れておく大きな理由が消えたことになる。
●アメリカの中道派(均衡戦略派)が小泉首相に訪朝を持ちかけた?
小泉首相が訪朝を発表した直後の9月4日、アメリカの極右派メディアであるウォールストリート・ジャーナルは「小泉は訪朝によって支持率を回復したいのだろうが、訪朝は悪の枢軸を利するだけだ」という批判記事を出した。
最近のアメリカでは、中道派が仕掛けた外交政策に対し、ウォールストリート・ジャーナルが酷評し、ワシントン・ポストかニューヨーク・タイムスあたりに中道派擁護の評論記事が出ることがよくある。ところが小泉訪朝に関しては、中道派からこれを擁護する記事がなかった。この時点では小泉首相はアメリカのどの筋にも相談せずに訪朝を決めたのではないかと推測された。そうだとしたら、金正日は小泉首相に恥をかかせるだけで、訪朝は失敗するだろうと思われた。
しかし、訪朝前に川口外相が中国を訪問すると、中国政府は小泉訪朝を支持した。中国政府は今年春から小泉首相に接近し始め、日本を取り込んで味方にする善隣外交を進め、アメリカの極右派からの攻撃を和らげようとした。だが小泉首相はこれに対し、今年4月の訪中直後に靖国神社を参拝し、中国が嫌がる靖国参拝を行うことで、中国とは仲良くする気がないことを示した。このような経緯があるため、小泉首相の単独決断による訪朝なら、中国政府は冷ややかに対応しても不思議はないはずだ。
だがそうではなかった。中国が小泉訪朝を強く支持すると表明した時点で,訪朝は日本単独の決定ではなく、背後にアメリカの均衡戦略派がいる可能性が大きいと思われるようになった。アメリカの均衡戦略派は1972年のニクソン訪中以来、中国の中枢部とトップ外交のルートを持っており、そのルートが使われたと思われた。
日本単独で考えると、今の時期に北朝鮮との関係をどうしても改善しなければならない理由はないのである。「どうしても」という理由を持っているのは「第2のサダム・フセイン」になりたくない金正日と、中東に続いて東アジア外交まで極右派に大混乱させられたくないと思っているアメリカの中道派である。そう考えると、今回の小泉訪朝は、アメリカの中道派が小泉首相に「訪朝したら必ず成功しますよ」と持ちかけ、金正日にも「第2のサダム・フセインになりたくなかったら、小泉首相が平壌にやって来た時に思い切って譲歩した方がいい」とシグナルを送った可能性がある。
●ネオコンは台湾・中国の敵対関係を強く望んでいる
小泉首相は9・11テロ事件一周年の行事で訪米し、9月10日にアメリカの均衡戦略派の権威あるシンクタンク「外交評議会」で講演した。そこで小泉氏は「中国と台湾の関係改善のために日本は重要な役割を果たせる」と述べた。
小泉氏が外交評議会を訪問したこと自体、訪朝の背後に均衡戦略派がいたことを示唆しているように思える。それをさらに延長して考えると、アメリカの均衡戦略派は、北朝鮮を「悪の枢軸」から外した後は、アメリカの極右派が中国包囲網のもう一つの道具として使いたがっている「台湾・中国関係」を改善することで、東アジアにおける極右派の牙を抜いてしまおうと画策しているのではなかろうか。
小泉訪朝の少し前、均衡戦略派であるアメリカ国務省のアーミテージ次官は、北京を訪問中に「アメリカは台湾の独立を支持しないが、反対もしない」と言っている。これまでアメリカの均衡戦略派は中国を重視して「台湾の独立は支持しない」とだけ言っていた。今後、台中関係でも大きな展開が起きる可能性がある。
半面、イラク攻撃が実行され、アメリカ政府中枢で極右派がさらに力を持ち、中道派が駆逐されるようになると、アメリカが再び北朝鮮に対する挑発を強め、日朝関係も悪化する可能性が大きくなる。その場合、小泉首相はアメリカから陰湿な攻撃を受けると思われ、政治的な立場が急速に悪化する可能性がある。
1972年、アメリカで均衡戦略派のニクソン大統領が、冷戦派(タカ派)の反対を押し切って中国を訪問し、米中関係を劇的に改善させ、その流れに乗って日本の田中角栄首相も訪中し、日中国交正常化を行った。しかしその後、ニクソンは米国内の冷戦派の反撃を食らい「ウォーターゲート盗聴事件」を起こされて失脚し、その直後,田中元首相もアメリカ側の暴露戦術によって発生した「ロッキード疑惑事件」で失脚してしまった。この一連の事件は、汚職事件を装った謀略作戦だったとみることができる。
アメリカ政権中枢でネオコンのような極右派が最終的に勝利を収めた場合、小泉首相が田中元首相のように政治的に抹殺される可能性が十分にあることに注意したい。
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