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■ 宿題
夏休みの宿題って、昔は随分あった気がする。 日記・絵・工作・自由研究・読書感想文・ドリル・・・ それこそ計画的にこなしていかないと、8月最後に地獄を見たもんだ(笑) が、今の子供たちは、その分量も少ないものなのかな?
うちの場合だけかもしれないが、 6年生の長男は一行日記と自由研究、あとは戦争体験者への聞き取り調査と1学期の復習。 中1の娘は、数学ドリルと「昔の遊び」を調べること&1学期の復習。 こんなに少ないらしい(本人曰くなので・・・謎)
まぁ、宿題が多ければいいかということではなく、 それでも、かつての教育指導とは変わってきている感じを受けてしまう。
今年の春、ゆとり教育とかで、子供も完全週休2日制になった。 それにより授業の遅れや、詰め込み教育なども指摘されてきていた1学期。 校長の判断により夏休みの自由講義を行った学校もあったようだ。 それが強制参加でないにしろ、生徒はかなり集まったという。
さてそんな夏休みの宿題で1つ疑問が・・・ 長男の「自由研究」だけど、この内容がプリントに配られていて、 下記の中から選びなさい・・・とある。 勿論どんなことをすればいいのかの指針を示すものとしては良いと思うが、 どうもそうではないらしい。 例えば工作・・・「アイディア貯金箱を作りなさい」 ん?アイディア貯金箱??? これは確か、転校前の埼玉の学校でも出された宿題だった・・・ なんでも、コンクールなどがあってそれに出品できるから・・・が理由らしいが、 それって「アイディア貯金箱」の前に、既に本人のアイディアを無視していないだろうか? 「工作」という大枠で本人が考え出す力、発想力、想像力を規制することにならないのだろうか? 今の子供がそこまでヒントを出さなければ動けない、考えられないということなのか? 夏休みの工作といえば、 「何作っていいのかわかんな〜〜い」って言う子供と、 「しょうがねぇなぁ〜〜じゃあお父さんが手伝ってやるから」なんていう父親の姿があったと思う(笑) (うちにはなかったけど・・・) そんな親子で考える機会をないがしろにして・・・(って別に怒ってるわけじゃない@念のため)
まぁ・・・今の子供たちにあわせたやり方・方法なのかもしれない。 考える力が乏しくなったと言われる子供たちに対し、ゆとり教育というものは何を生み出すのだろう? 全て指示しなければ動けない、考えられない人が増えていくことにならないのだろうか? それが社会にどう影響するか?そこまで考えることは大袈裟なことなのか?
とまぁ・・・結局明け方近くまで付きあわされながら思ったことでした(笑) てか・・・そんな少ない宿題にてこずってるんじゃないよぉ〜〜<子供たち
2002年09月01日(日)
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