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■ 殺人狂時代
暑さのせいか、夏休みのせいか、 毎年この時期に新聞を賑わす少年犯罪。 先日も同じ日の新聞に載った二つの記事があった
高校一年生が夜遊びを祖父母に注意されたことで、仲間と共謀して家族の殺害を計画。 サバイバルナイフを振り回したという。 その動機は「友達と遊べなくなるから」 共謀した仲間の動機も「彼と遊びたかったから」
かたやこちらは中学一年生。 家に火をつけ、強盗放火の狂言芝居。 動機は「夏休みの宿題がはかどらないため」
しかし・・・なんでまぁこんなに短絡的なんだろう。 そこが子供って言ってしまえばそれまでだが、 前者の高校一年生など、計画性があり、予め電話線の切断までしたそうである。 こうなると、発想は幼稚で短絡的であるものの、 その行為に悪質さを感じぜずにはいられない。
やはり、様々な情報が氾濫しているせいなのか? テレビや映画などから、かつて程の暴力シーンは減りつつあるものの、皆無とはいえない。 そんなもののみ情報としてインプットするのだろうか? それとも善悪を判断する力が失われてきて、人間としての格付け=考える能力を放棄したか? つまり、進化でなく退化しているのだろうか? 海の向こうの銃社会では、子供が銃を携え登校し、そこで同級生を射殺する時代・・・ そこに「命の尊さ」を考える余地などないのだろうか・・・ それを教える事は無理なのだろうか・・・
そう思いつつ・・・若い人に限った事ではないか。 「金が欲しい」というこれまた短絡的な理由で、平気で人を殺せる大人も多くいる時代なのだから。 毎日必ずと言っていいほどに、殺人事件の記事を目にしてしまう。
ふと・・・思い出した。 C.チャップリンの「殺人狂時代」という映画。 この映画は、 「ひとり殺せば殺人者。百万殺せば英雄。その数が殺人を正当化する」 という名台詞があるように、 戦争という大義名分のもとに殺人が行なわれている事を揶揄した反戦映画であるが、 それには関係なく、題名だけを捉えてみて、 まさしく現代は「殺人狂時代」なのだろうか。
2002年08月21日(水)
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