ぞく・ひげき - 2004年01月29日(木) 悲劇 かもしれない と書いた しかし実際のところ当事者たちは各々が懸命に時代を生き おそらく悔いなど残していまい そもそもの発端となった方には残念ながら聞けないが。 発端となった方は東京に出てどうやってかは知らねど 生涯を賭けて一心に愛するヒトを見つける 相手も彼女を同じように思ってくれてふたりは結ばれ 家庭を持つが決して仏は彼女を許さず 望んでも望んでも子を授けることはなかった しかも彼女は当時としては一般的であったかもしれないが 40前後で病に倒れこの世を去らねばならなかった どーして本当に愛するヒトの子は産めないのだと 罰が当たったのねといいながら 更に生涯掛けて愛したヒトを姉の身代わりでもいいから と同じような強さと情熱で慕う妹を見ながら この世を去らねばならなかった 妹にそのヒトを奪われる奪われると云いながら。。。 実際のところかれらは彼女の死後所帯を持ち子をもうける それを黙って見ていることしか出来ずに ましてや経済的な理由もあってか同居せざるをえなかった かの乳飲み子 身内の血縁を欲したための暮らしでもあるだろうが 決して心安らかでは無かったに違いない そして長い長い年月が過ぎいつの間にか 義姉妹と従姉妹として親しく行き来するようになる子の世代 その間に明治があり大正があり昭和の激動期があった かのヒトは姉妹に強く慕われたかのヒトも 平成になってからだがこの世を去って久しい あの世で姉妹で取りあって揉めてないといいよな そんな子のたったひとりの人生がいま静かに終焉を迎え 残された我々恵まれた世代に何が云えようか ただ忘れない記憶しているあなた方の歩んだ道を ...
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