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■ 麻布十番の男
午後、チェロを弾いていると電話が鳴った。 両膝に楽器をひっかけたまま受話器を取ると、耳に懐かしい声がする。 「よう、ひさしぶり。今、東京やねん」
高校の同級生で年に数回しか会わない男トモダチ。 あのころは特に仲が良かったという記憶はないが、ひょんな機会で 一緒にアメリカへ行ったりした。奴は京都の大学へ、私は東京へ来て以来、 不定期ながらも連絡を取ったり食事をしたりする仲だ。
この7年の間に、奴の人間的な器は深く広くなった。 使う言葉も立ち振る舞いも、すべてにおいて。
「部屋、探しにきたんや。来月の中旬くらいに引っ越しや。」 そう、大学院を修了して4月からは東京で今をトキメく外資系の大手金融企業に 勤務する。完璧な英語を喋り、明晰な言葉で語り、説得力のある論文を 書き上げてきた男だ。奴のような優秀な人間は、企業側も引く手あまたで 各界からお声がかかっていたそうだ。それでも、奴はとても冷静に自己と 将来を考え、的確な判断を下した。見事なまでに。
「で、どこに住むの?」 「麻布十番や。東京タワーが見える部屋やで」 私は大爆笑した。おいおい、成金野郎にも程があるじゃないか。 さらっと、嫌味なんてこれっぽっちも感じさせないで、 奴は超東京的な土地に住むことを告げる。
「なんか、どんどん君がギャグみたいになっていくわ」 そう言うと、すこし間をおいて「せやな」と笑いながら奴は言った。
2001年02月24日(土)
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