A Will
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2006年01月11日(水) |
渡る鳥と渡らない鳥の、ある日の会話。 |
「どうしても行かなきゃいけないの?」
彼女が小さな声で言うと、彼は彼女を見上げていた目を少しだけそらした。 平静を装うためなのか、2,3歩だけゆっくり歩いた。
「行かないと」 「なぜ?」
少しだけ彼女の声は大きくなった。 彼女は、あたりを見回す。誰もいないことを確認してため息をついた。
「なぜって。じゃぁ聞き返すけど。何故、君は行かないの?」 「そんな必要がないからよ」 「僕には必要だ」 「そんなことない」
即答した彼女に、彼は困ったように首を傾げる。
「あのね。僕は君じゃない。勿論、君も僕じゃない」 「解ってるわ」
彼女は、その場から飛び降りた。着地音もなく、ふわりと。
「不安なのよ」
泣き出さなかったことが奇跡なほど、彼女は項垂れた。
「不安?」 「そう。不安」 「帰ってくるよ」 「ええ、そうね。そうよね。知ってるわ」 「何が不安なの?」
彼は彼女に近づいて、覗き込む。
「貴方、忘れっぽいのね」 「何のこと?」 「わたし達が、とても忘れっぽいっていうことよ」
彼女は冗談ぽく語尾を上げて言ったけれど、それが紛れもない真実なのは明白だった。
「わたし、貴方を覚えていられるかしら?」
彼は答えない。
「ねえ。また来年に会ったときに貴方はわたしを覚えていてくれる?」
彼は頷かない。 彼に、その自信はない。
彼女は、動かない彼を見て笑った。
「正直ね。なんだか・・・そうね。もう良いわ」
彼女は飛んだ。
「貴方も飛べば?せっかくなんだから」
彼は首を振った。
「僕は遠慮しとくよ」 「そう」
彼女は残念そうでもなく、あっさりと頷いた。
「運命って面倒くさいのね」
おどけて彼女は言う。彼はそれを否定した。
「違うよ。こーゆーのは運命なんじゃなくて…」 「じゃなくて?」 「習性って言うんだ」 「どっちにしろ、面倒くさいことに変わらないわ」
それもそうだ、と彼は思ったけど口には出さなかった。 代わりに別のことを聞いてみる。
「君は面倒だと思うことがあるの?」 「あるわよ」
それは意外だ、と思った。 少なくても彼女は、彼とは違って渡る必要もないし今日の食べ物の心配もない。
「貴方、名前ある?」 「名前?なんのために?」 「個々を識別するためよ。わたしは貴方じゃない。貴方はわたしじゃない」 「十分じゃないか」 「ええ、そうね」
彼女は優しく頷いて、そして、また着地音なく降りた。
「でも、わたしには名前があるわ。だからわたしはどこにもいけない」 「名前って重いの?」 「ある意味すごく。重いって言うよりは縛り付けるのよ」 「へえ」 「面倒くさいわ。おかげで生きていけるけど」
案外、賢い子なんだな。と彼は思った。 そして、賢くなければ彼に「行くな」などと言わないだろうとも思った。
「僕、また君に会いたいな」 「わたしもよ」 「でも、僕はきっと忘れてしまうね」 「わたしも」
「何故、僕は渡らないと行けないんだろう?」 「何故、わたしは渡ることができないんだろう?」
目を見合す。 いっせーの、で彼らは言った。
「「面倒くさい」」
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