A Will
DiaryINDEX|past|will
京ちゃんが死んだとき前田さんはまだこの町にはいなかった。
前田さんが、いつこの町に来たのか私はちっとも知らなかったし、 そのことについて前田さんに聞いたことも、また聞きたいと思ったこともない。
ただ。 京ちゃんが生きてるときと死んだとき、前田さんはこの町にはいなかったのだ。
前田さんの肩に乗ったインコが、ピョンと跳ねる。 羽が短く切られてるインコは、そのまま地面にポトリと落ちた。
前田さんのちょっと長い前髪からのぞく細い目が、もっと細められた。
「なんか、まつりちゃんに似てるよね」
インコを優しく肩に乗せて、前田さんは表情を変えずにいった。 きっと、本当にただ単純な感想だったのだろう。
空は、気持ちが良いほど曇天だった。
仰ぐと涙が出そうだから、私はただ前ばかり見てた。
泣きたいときは泣けば良い、なんてそんな気の利いたことを言うような人じゃない。 泣いたって頭を撫でてくれるとか抱きしめてくれるとか、そんな人でもない。
ちょっと長い前髪からのぞく細い目が、きっと面倒くさそうに歪むだけだ。
この日も曇天。
前田さんは、何一つ知らないから、 私は前田さんの前でだけなら、思う存分に悲しむことができた。
前田さんはちょっとだけ面倒そうに、いつだって黙ってる。
だけど、この日は珍しく口を開いた。 口を開くと同時に、私の手に触れた。
「君は僕を保健室か何かと勘違いしてない?」
いつもの面倒そうな感じじゃなくって、もっと楽しい冗談みたいな、そんな感じ。
前田さん=保健室
・・・・・・・・・・・・。うん、確かに。
前田さんには、もう会ってない。 もしかしたら、前田さんのことだから、どこかで誰かの保健室でもしてるかもしれない。
前田さんに救われたことなんて一度だってない。
でも掬い上げられてる。いつも。こんなにも。
題名『気持ちの良い曇天だったので、、』
まつり
|