non-fiction.
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halu



2009年01月17日(土)
■発覚、停学。

高校2年の2月。
通院を始めて薬物療法をはじめても、
私のリストカットは一向に納まらなかった。
処方された安定剤もまったく効かなくて、
(何でこんなものを飲んでいるんだろう)と思っていた。
毎日はいらいらと、理由のない焦燥感で埋め尽くされていた。
授業中の苛立ちはとうに臨界点をこえていて、

その日、
私は授業中に、
腹痛を理由にトイレに立った。

制服はブレザーで、
その内ポケットには、
常にカッターが入っていた。
毎日使っていたわけではないけれど、
いつでも切れると思うと安心した。
お守り代わりのような、ものだった。

普段はあまり人の使わないトイレに入る。
切った。
そのころはあまり深くは切れなかったので、
血が滴ることはほとんどなかった。
けれどその日は違った。
ぼたぼた、血が滴って、上靴を汚した。床に。
発作的に、
左手の甲を斜めに切った。
到底隠すことの出来ない場所。
苦しかった。
全身が震えたのは、
寒かったせいじゃない。

保健室に行った。
その日はそのまま、
母親が迎えに来て、
早退した。

次の日から、
私は「しばらく休みなさい」といわれて、
2週間休むように告げられた。
事実上の停学だった。


中高一貫校だった。
中学時代、私は勉強は出来なかったけれど優等生だった。
中学の先生はみんな、驚いたという。


学年主任と担任が並んで座っていた。
親が呼び出された。
生徒は誰も何も知らなかったけれど、
教師たちの間で、
「私のこと」は周知の事実となった。


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