halu
私にとってのすべては、
「母親」だった。
だった、というか、それは今もそうなんだろう。
と、思う。
私のすべては、母親を真ん中において、ある。
相対的に見て、
母親との記憶がほとんどで、
父親との記憶は少ない。
本当に小さなころから、
怒られるのも褒められるのも、
ほとんどが母親だった。
ときどき、私は母親を泣かせた。
私があんまりにも駄目な子だったせいもあるし、
反抗したことも多い。
私は幼少のころ、
本当に病弱な子だった。
ほんの数十年昔だったら、
多分私は10歳まで生きていないと思う。
熱を出すことも多かったし、
怪我も多かった。
女の子は丈夫なんていうけれど、
兄弟のなかで、
私がいちばん弱かった。
病院に連れて行ってくれるのは母親だった。
看病してくれるのも、母親だった。
私を守ってくれるのは、誰でもない、母親だった。
「お母さん子」でした、というには、
あまりにも、その存在は大きすぎて。
いつしか、
母親が、
私のすべてになっていった。
いつしか、
じゃない。
はじめから。
生まれてからずっと守られて、
母親が居ることが、
私のすべてになった。