長い長い螺旋階段を何時までも何処までも上り続ける
一瞬の眩暈が光を拡散させて、現実を拡散させて、其れから?

私は、ただ綴るだけ。
音符の無い五線譜は、之から奏でられるかも知れない旋律か、薄れた記憶の律動か。








2005年04月18日(月)

 小学生(多分、高学年)の頃、或いは中学生の頃、何か事件が起こるたびに、世間を騒がせる何かが起きるたびに、私達は登校と同時に朝学活(と言って良いのかしら、辞書に載ってないわ。兎に角先生が教室に来る)まで、其の出来事に関する事を子供ながらに論議していたように思う。子供には子供の、少ない知識を総動員しての意見が、あったように思う。その当時に比べて現在は、成程、何処何処で誰々が殺されました――なんて居る事件が増えて、それこそ毎日のように在って、目新しくも感じなくなってしまったのかも知れない。感覚の、麻痺。然し如何だろう、私は大学に毎日通いながら此の方――そういう話題を、殆ど聞かなくなった。皆無、では無いけれど。皆無に近いくらい、そう、7000人は居る筈の校舎で、そういう話題に敏感であるべき筈の場所で、聞かない。事に今時分話題になってもおかしくない筈の――日中関係の話を、中国人や韓国人の留学生以外の口から聞いたことが無い。……嗚呼、私達は目を背けているのかしら――と。思わずには居られない。小中学生の頃の方が(現代の小中学生が如何かは知らない。少なくとも私の教え子である中学三年女子の口からこのような話題が出ることは、皆無であるが)、敏感に反応していたように思う。何故だろう――何から、逃げる事があろうか。私達自身が暴徒化することを恐れているのか。違う、そうじゃない。そうではなくて――議論する事自体を、恐れているような。其の後の事なんて、何一つ考えていないような。他人任せも甚だしい、誰かが如何にかしてくれる、其の結果を受け入れるだけ、或いは其の結果に意味無く反発するだけ。
 いつから、こうなってしまったのだろう。何かを考えるのに過去の如く石や火炎瓶を投げる必要なんて、無いのに。身内仲間で小さく話をする事さえ、出来ないなんて。私達は、何から逃れようとしているのだろう。










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