長い長い螺旋階段を何時までも何処までも上り続ける
一瞬の眩暈が光を拡散させて、現実を拡散させて、其れから?

私は、ただ綴るだけ。
音符の無い五線譜は、之から奏でられるかも知れない旋律か、薄れた記憶の律動か。








2004年09月25日(土)

 憂鬱な土曜日の講義。何が憂鬱って、別に土曜日其のものが憂鬱なのではなくて、もう直ぐ月曜日だなぁ……、と思う辺りが、憂鬱。
 月曜日の一限といえば、演習。自分が遣りたくて履修した内容の筈なのに、如何してこんなにも憂鬱なのかしら。不思議。……日曜日の次の日の一時間目、というのも大きいけれど。教授の所為、ではなくて、多分メンバーの所為。演習内容が内容だから日々のレポートは確かに難しいけれど。皆サボタージュし過ぎ。というか放棄し過ぎ。遣れよ! と、言いたくなる。其れから、人を頼りにするな! とも言いたくなる。困った時だけメェル寄越すのも辞めて欲しい。ゼミコンに行かないのって、そんなに不可ないことなのかしら。……平日よ!? 絶対不可能。アルコオル云々に関わらず、平日の夜なんて時間有る筈無いもの。朝から晩までゼミコンなんかに費やす時間なんか有るものか。そういう付き合い方しか出来ない関係なんて、私には必要ない。


 就職することの意味を考えている。多分――自分が本当に遣りたいことが何なのか、解らなくなってきている。進学? 留学? そう、其れは、したい。でも、其れさえ目先のことでしかない。
 未来は、恐怖だ。
 私にとって未来とは、いつも恐怖でしかない。其れは誰もが持つ未来への恐怖と、多分全く同じもの。只、私は其の何倍もの恐怖を感じているような気がするだけ。実際にはそんなこと無いのかも知れないし、其れは、比較のしようが無いから解らない。
 私は生きる事の意味を、未だ見出していない。此の愚かな問い掛けを、未だに持ち続けている。

 占い、というものを、私はあまり好いていない。昔は大好きだったのよ。其の辺りは、女の子らしく。
 嫌いになった理由は幾つか在る。血液型占いとか、星座占いとか、「人口○十億(或いは日本限定で一億○千万)の人間の運勢を4等分とか12等分(13等分?)とかするのか!」と、思ってしまったこと。之が一つ。
 もう一つは。――よく当たること。今日の運勢、などではなく。性格とか、そういうもの。A型は几帳面でB型はマイペースでO型はおおらかでAB型は二面性を持つ?とか何とか。そういう奴。星座も然り。血液型は?とか、星座は?とか、訊かれて答えると、嗚呼うん解る、等と言われるのが厭になった。そういう型に嵌っているような自分を、嫌悪した。
 だから、占いが嫌いになった。否、嫌いなのではない、人前ではあまり遣らなくなっただけ。
 ほら、カバラ数秘術、あれなんか酷いじゃない。殆ど当たってるじゃない。特に短所とか。短所とか。短所とか。見ていて厭になるじゃない。だから私は占いを嫌悪するし、占いなんかに当てはまる自分を嫌悪したくなる。

 どうせ唯の占い。そう思えば、其れだけなのだけれど。其れだけで終わらない辺りも、私にとっては嫌悪の対象。










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