- 2004年02月05日(木) どうもアクセス数は「酒井順子」と書くと上がるらしい。 ++ 自己プロデュースの仕方とは。 ++ 今日は解剖実習で頭部の切開をして(おかげで、もう頭部がバラバラに。。)、舌や顔面神経の深層の枝の観察を行なう。ほんと不器用だな−外科手術には向かないな−と痛感。 ++ 勉強をしていてわかる瞬間というのは、今も楽しい。 **(以下、おしゃべり系MLへの投稿とほぼ同一) 未明にNHKで「プロジェクトX」の再放送をしていまして、 ついつい見入ってしまいました。 第135回 1月27日放送 「撃墜予告 テヘラン発 最終フライトに急げ」 1985年3月、イラクのフセイン大統領が突如 隣国のイランの首都テヘランを空爆し始めました。 在留日本人200余人、脱出を試みるも 日本の航空会社は当時乗り入れておらず、 ヨーロッパの航空会社には「自国民、次にEUが優先です」と言われてしまう。 そんな時、さらに2日後にイラク上空を飛ぶ民間機も撃墜する、と フセインがイランに通告。 日本政府に航空機派遣を申請するも 「イラクイラン両国から安全が保障されなければ 航空機は飛ばせない」というつれない返事。おいおい、他に知恵はないんかい! また、イラクが安全を保障するはずもない。 (そんな国が自衛隊機を海外に飛ばすようになったのは 隔世の感がありますね。。) 陸路で出ようにも治安は悪化、日本人が山賊におそわれる惨事も発生。 時間がない! そんなとき、現場の人と人のつながりが物を言いました。 イラク駐在の大使が同じ日に赴任したトルコのイラン大使と個人的に親しく、 トルコ本国にトルコ航空特別便を派遣するよう電報を打って要請。 さらに、トルコの商社マンも当時のトルコ首相と親しく トルコ航空派遣を要請。 結果として、爆撃開始リミットにかなり近いところで、 無事日本人がトルコに脱出。 全く関係ない第三国の非常事態のために、 即座に救出の決断をする懐の深さに頭が下がりました。 1985年といえば、私は小学校高学年でしたが、 このニュースは全く記憶にありませんでした。 これが取り上げられたのは、 ちょうどフセイン大統領が時の人で そして日本でトルコ年だからでしょうか。 日本よ、(古臭い台詞ですが)恩を忘れるな、 もっと人を大事にしようよ、と涙ぐみかけた番組でした。 -
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