| 2006年09月27日(水) |
奈良女児殺害事件の死刑判決に対し、弁護側が控訴 |
日経(H18.9.27)社会面で、奈良女児殺害事件の死刑判決に対し、弁護側が控訴したことを報じていたが、控訴の理由として、「裁判は事件の本質に迫り、社会に問題提起するのも使命の一つだが、判決ではこれが全く果たされていない」と説明したとのことである。
果たして、「裁判は事件の本質に迫り、社会に問題提起するのも使命の一つ」なのだろうか。
もちろん、刑事裁判は、事実を認定し量刑を定めることだけが使命ではないと思う。
被告人の更生に資するような裁判を行うという刑事政策的意義もあるだろう。
しかし、裁判では、提出された証拠だけで判断せざるを得ないから、事件の本質に迫ることには自ずと限界がある。
しかも、そのような限界があるのに、「事件の本質に迫ろう」とすると、必要以上の捜査を要求することになりかねない。
したがって、「裁判は事件の本質に迫り、社会に問題提起するのも使命」というのは過度の要求であり、少し言いすぎではないかと思う。
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