本当は…先週に予約しておったんですが、 わざともたもたして遅刻、結局ドタキャンになったのです。
そして再予約の今日。 ああ〜気まずいなあ〜弱ったなあ〜
馬乃歯科に到着。 あの、す、すみません、今日予約のっ 「どうぞー」 す、す、すみっ、うわ、えっ、もう?! ま、待って心の準備が…
さっさと診察台の上に。 そして、こないだ撮ったレントゲン写真を見せられる。
「ほらここ、でっかい虫歯」 でっかい?! 「左右でふたつ。親知らず含めると君の虫歯は計4つだ」 でっかいの?! 「今日はその右のからやろう。はい麻酔」
5分後。
キュウウウンガガガガガビビビビグググガガ
始まった。 しかし麻酔をかけられたおかげで、痛みはほとんど感じない。 さーどんどん削ってくれ!むふふふふ
え? ちっ、ちがうぞ! 確かに初期虫歯は麻酔かけてくれないし、 ひどくなるまで待ってから治療した方が麻酔かけてもらえて 結果的には痛くないわけでそれを狙ったわけでは… …ちょっとはあるんだけれども。
振動はあるものの痛くはない。ふっ。余裕だね。
し、しかしっ。 バキュームに押さえられてる口の端がはさまって痛いぞ! だが私はそれを伝える術を持たない。 いや、贅沢言っちゃいけない。なんたって痛くないのだから。 我慢だ、我慢。
…まずい、しかも今度は耳がかゆい。 気がついたら猛烈にかゆくなってきた。 でもこの状態でむずむず動いたら、バカにしてんのかと思われる! しかしかゆいぞ!これは辛いぞ!
ああっ!ていうかなんなんだ!なんでなんだよ! さっきから「赤鬼どんと青鬼どんのタンゴ」が耳から離れん!
♪つのつのいっぽん赤鬼どん♪ ♪つのつのにーほん青鬼どん♪
なあ、これ赤鬼もつの二本ねえか?
♪こころ浮ーかれてこころ浮ーかれて、おーどりー出すー♪ ♪チャッチャッチャッチャッ♪
なあ、どっちかが女性なのか?どっち?
♪タンゴのリズームズンズンズンズン♪ ♪月夜の光ズンズンズンズン♪
歌詞こんなんだった? ていうか、ここまで覚えてる(思い出した)オレって?
♪嗚呼――夜は今ー夢心地ータンゴのリーズム♪ ♪チャララッタタタ、 チャララッチャッ・タ・タ・ター チャララッチャッ・タ・タ・ター チャララッチャッ・タ・タ・タータ♪
…とうとうみな歌ってしもた。 あのね、これ昔「みんなの歌」でやってて、知ってる? 結構好きだったんだよね。「コンピューターおばあちゃん」も好き。 あとねえ…
「はい、終わり。あとは薬入れるよ」
はっ!!! オレ歯医者にいたんだ?!うっかり忘れるとこだった!
ぐへっ
な、な、なに?この強烈な臭気は、ぐへっ。
ぐへっ。もう、いかにも人工物ってかんじの、 そうだ、あれあれ、瞬間接着剤に似た匂い。ぐへっ。
「今日はおしまいです。次回は再来週来てください」
帰り道。まだ匂いは取れない。ぐへっ。 鼻の周りに纏わりつくような、それでいて唾液も同じ味が… 究極の味。ただし悪いほう。
ああ!吐きたい!いっそ吐こうか? シンガポールでは唾吐くと6万5千円とられるそうだが、 その6万5千円払ってでも吐きたい。
おっ。手ごろな排水溝だ。誰も見てないよな? 振り返ると、
うっ!! うら若い女子高校生(もしくは中学生)が5m後ろに!
見るからに夢と希望と青春に満ち溢れている彼女。 黒髪を二つに結わいて、もう、存在自体がいとおしいというのに、 ここでオレが悪い大人の見本を見せて、 彼女が社会に絶望し、あまつさえ非行にはしったらどうする! 汚いバサバサ金髪にコギャルメイクで都会の喧騒に紛れて、 てゆーかちょーむかつくーばりかわいーしみたいなー そんなの許せん!!
ぐへっ
しかしやっぱり口中湧き上がる瞬間接着剤の味。
なんとか彼女の視野から出よう。 あ、よし住宅街があるぞ、あの角を曲がって… って彼女も曲がってきた!
ううう、もう限界だよう!! いっそのこと社会の汚さも教える意味で いやダメだ!落ち着け!自宅にはあと3分で着くから! 心頭滅却為せば為る!
♪タンゴのリーズム♪
それはもういい!
――かくして私は、一人の少女の未来を(勝手に)救ったのである。
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