とうとう来てしまった。魔の水曜日。
インターネットは文明の利器。 誰もが情報の発信者となり、また受け手となる。
私は、世界に向け、今日歯医者に行くと宣言してしまった。 言ったからには、今日歯医者に行かねばならない。
…まったく何てこと言いやがった。
まず、電話帳で近所の歯医者を調べ、予約の電話をする。 (嫌だからぎりぎりまで引き伸ばした)
ぷるるるる。ぷるるるる。ぷるるるる。
出るな!頼む出るな!休みであってくれ!
「はい、馬乃歯科」
出るなって言ったのに…。
あの、今日これから予約ってできませんよね?ね?
「いえ、3時からなら空いてます。どうぞ」
は。はい。
…。私のあほバカちん! なんでわざわざ自ら災難を招くような真似をしたのだ! 虫歯なんて黙っていればバレないのに!
そして、3時になった。 私はまだ家でもたもたしていた。 何か急用でもできて行けなくなるのを期待していた。
何もなかった。
このままドタキャンしてしまおうか…。 悪魔の囁き。 しかし電話の向こうのお姉さんのことを思えばそれもできない。 だって、ひょっとしたらきれいなお姉さんかもしれないではないか。
私は覚悟を決めた。
そして…5分ほど馬乃歯科の前で躊躇った挙句、 さすがに通行人の目が気になりだし、已む無くご来店。するやいなや。
「お電話の方ですね。どうぞお入りください」
早い!早いよ!ま、まだ心の準備が! だって他に患者はいないの?! ま、まさかここ、付近住民避けて通るヤブ歯医者なのではないか?! そういえば待合室もなんだかヤブっぽい!
「こちらへどうぞ」
そういわれればお姉さんも変に愛想が良い! それもこれもみな私の目を欺くため!! そして私は切り刻まれ臓器ブローカーに卸されるのだ… なんと儚いわが人生…
「ふふっ大丈夫ですよ」
え?あれ? …ひょっとして歯医者怖がってると思われた? ちちち違いますよっ!! なんでいこんなもん、こんなもん。
ズカズカズカ工事現場…もとい、診療室の中に入る。 さしてきれいでもきたなくもない部屋である。 歯科助手のお姉さんお兄さんもさしてきれいでもきたなくもない。
椅子に座れと促され、座る。 が。次の瞬間。
「倒しまーす」
うおあぁっ!!だまされたっ!!! キュイイイン。 妖しの魔法で椅子はたちまちベッドになり、 その上に寝かされた私はまさしく俎板の上の鯉!
動悸息切れ手に汗握り、血圧心拍とどまることなし。 その私にお姉さんはさっさとエプロン装着、「先生」を呼ぶ。
「やあこんにちは」
ついにラスボス大魔王登場!!!
黒ぶちメガネに禿げかけた頭。 見れば見るほど臓器ブローカーに見えてくる。 恐ろしさのあまり失神しそうになる私に、
「どこが痛いの?」
聞くなり口の中をまじまじと覗き込む。顔が近づく。 ♪見つめ合〜えば〜♪ やめろ!私にそんな趣味はないんだ!
銀色のピンセットを取り出し、銀歯を一個ずつこんこん叩いてくる。
「これ痛い?これは?」
話しかけるなというに! いひゃ、ほへははいひょうふへふ。 あ、ひゃい、ほへひょっといひゃいへす。
「じゃレントゲン撮って。今日はそれでおしまい」
え?
聞くところ、外見は特に異常なく、 おそらく原因は銀歯内虫歯か、親知らずだろうとのこと。
助かった!!奇跡だ!!
嬉しさに男泣きしかけて――
「次は親知らず抜こうか」
…涙が出てきた。
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