山ちゃんの仕方がねえさ闘病記
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数日前に雹が降ったと思ったら、昨日はとうとう雪が降った。雪といってもちらついた程度だったが。今年の夏はことのほか暑い日が長く続いたのでどうなることかと思っていた。やっと涼しくなったと思ったら、それもつかの間、いきなり寒くなってきた。暑いのも嫌だけど、あまり寒いのも困る。普通に動けない身としては本当に嫌だ。
著者の福澤諭吉を今の日本人はどれだけ知っているだろうか。一万円の肖像、「学問のすすめ」の著者、慶應義塾の創始者というところだろうか。教科書で習う福澤像はこの程度だろう。実はそのほかに啓蒙思想家、洋学者、教育者という側面を併せ持っている。こんなに有名な人物なのに何も知らないということに気付き、とりあえず最もポピュラーな「学問のすすめ」から読んでみることにした。
この本で福澤が言っている「学問」とは社会の役に立つ実用的な学問を指している。そして「国民皆学」、すべての国民が学ばなければならないとして、全部で17篇にわたって「学問」について説き、そのうち2篇を除いては平易な言い回しとなっている。もちろん原文は文語体であろうがその中でも読みやすさを心がけたという。ちなみに本書は明治大学教授の新進気鋭齋藤孝先生がたいへん読みやすい現代語に訳したものだ。
あの有名な「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」のフレーズで始まる「学問のすすめ」とはどんな学問を勧めているのか。それは実学である。何のために学問をするのか。人間は生まれながらにして平等である。国家にしても同様、他国から侮られないよう独立を保つためには国民は学ばなければならない。では学問とは何か。本を読むことだけが学問ではない。実生活も学問、世の中の流れを察知するのも学問である。人間が平等であると同時に政府と人民は対等である。人は平等の権理を持っているということを忘れてはいけない。このような平等関係を西洋では「エクヲリチ(equality)」という。このように本書のなかで福澤は一般国民に対して噛み砕いてわかりやすく説明をしている。 愛国心の問題では、ナポレオン三世の普仏戦争と、今川義元が織田信長に討たれた桶狭間の奇襲とを比較してみせた。
また古い慣習の批判は鋭く、特に儒家に対しては手厳しい。中でも男尊女卑の不合理には鋭く批判する。「女大学」という本に「婦人の三つの従うべき道、幼いときは両親に従い、嫁に行ったら夫に従い、老いては子に従え」とあり、また同書には「妻を離縁できる七つの条件」というものがあるという。福澤はあまりに不公平な論理だという。どうもこれらは中国や朝鮮の儒教界であたり前のようにまかり通っている考え方のようである。
明治維新になって身分制度は廃止されたとはいえまだまだ卑屈な国民を見て福澤はなんとかしなければならないと思ったに違いない。このままでは西欧列強に植民地化されてしまう。そこでこのような書物を著し国民を鼓舞しようとしたのだろう。しかも政府ではなく民間の立場からである。民間だったからこそ自由にモノがいえたのかもしれない。
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