山ちゃんの仕方がねえさ闘病記
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4年生の後半ぐらいからかそろそろ就職の心配をし出し始める。土木工学科はその性格上就職先は建設会社系、コンサルタント系、公務員系などに分かれる。就職担当の先生方は本人の希望と成績を勘案しながら順次斡旋していく。私はコンサルタントを希望していたので、ちょうど採用希望がきていた外資系のコンサルタントを受けることになった。地元に就職しないということにも父は特に何も言わなかった。オイルショックの直後で地方の就職難も理解していたのだろう。明治神宮前に本社があり、同級生と二人で慣れない学生服に身を包み、会社説明会に乗り込んだ。以前は説明会でさえも旅費が支給されたそうだが、オイルショック後はそういうこともなくなっていた。無事説明会を終えて学校の生活に戻った頃、土木の主任教授が興信所が調査にきたので採用の見込みありと伝えられた。そのため本試験の準備にとりかかった。
ところがである。その直後に突然八戸市が職員採用計画を発表したのである。その情報を地域の実力者であるM氏が父の所にもたらしていた。それを聞いた父は当然のように私に八戸市の職員採用試験を受験するよう命じた。私はコンサルタント会社に採用される可能性があると言われていたが、家庭のことも考え父に従った。 八戸市職員の土木系の採用枠は2人だったが、既に私のクラスからだけでも2人が受験を表明していた。そこに私が割り込んだ形になった。単純計算でも必然的に3人のうち1人は確実に落ちる計算になる。とても申し訳ないとともに辛い決断となった。試験結果は八戸市が2人の採用枠を拡大し我らのクラスの3人が採用された。
この時も父の決断によって、結果的に八戸市の職員として採用され勤務することができた。節目節目で父の決断が私の人生を決めていることがある。元は村役場とはいえ、役場職員として真面目に働き、合併後八戸市役所となってからも市の職員として立派に職責を果たしてきた人である。私は父の後を継いで市の職員になったようなものである。
「モレスキン」てなに?私は最近娘がこのノートを持ち歩くまで知らなかった。 世の中はデジタルの時代だが、だからこそ手書きのできる紙のノートが流行っているのではないだろうか。私自身手書きに飢えているようだ。ブログを書くにも読書のレビューを書くのにも余り物の紙の裏を利用して下書きをするようになった。 この本を読んでみるとモレスキンの優位性を訴えているようだが、ではどこが優れているのか? ・余分線とか囲みとかなく極めて自由度が高い。 ・他のノート類に比して作りが堅牢で用意にばらけない。 ・ゴムバンドが付いてるので移動中開かない? ・ポケットが付いてる。などのようである。 後はノートの活用術が紹介されている。日記をつけるとか、読書記録をする、フォトアルバムにする、レシピを付ける、などなど。基本は「モレスキン・ノートの使い方に制限を加えない」ことだ。そのためかどうかわらないが、筆者は「システム手帳を卒業しよう」とよびかけている。システム手帳は型にはまっていて、自分好みに利用するには限界があるという。確かに自分にあったリフィルがあれば問題ないが、そうでなければ自分がリフィルに合わせなければならない。ではどうするのか。モレスキンをミシステム手帳につくりかえる」のだそうだ。スケジュール、住所録、タスク、メモ、それぞれの分量に応じてページを割り当てシステム手帳に仕上げていくんだとか。でほまえに(システム手帳は卒業しよう」と言ったのは何だったのか。全く矛盾しているではないか。今の時代にそんなに手間暇かけてノートづくりができる人はどのくらいいるのであろうか。 とこまて読んでも他の手帳やノートではなくモレスキンでなくてはならない理由が良くわらない。 しかも、そうは言いながら、モレスキンの種類が増えているのはどうしたことだ。ダイアリーまで何種類もでている。そういう型にはまらないのがモレスキンの良さだと言っていたのではないの?まあ、大学ノートでも同じことができるのだから、高額なモレスキンはファッションの一つとして持ち歩くのはいいかもしれない。とてもオシャレだ。 でも私はどれだけ自分を出せるか使ってみるけど。
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