山ちゃんの仕方がねえさ闘病記
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2012年06月28日(木) またアマゾンから購入、今回は新品2冊

さっきアマゾンから「孫子」と「大学・中庸」が届いた。

「孫子」は春秋時代の孫武が作者と言われる兵法書。

そして「大学」と「中庸」は、「論語」と「孟子」に合わせて「四書」とされ、儒教の教典とされる。「大学」は孔子の門人の曾子の作、「中庸」は曾子の門人の子思の作、そして子思の門人に学んだのが孟子であったそうだ。

これらは武士道にも影響しているらしく、日本人の心にも影を落としているらしい。

 司馬遷の「史記」は本紀12巻、表10巻、書8巻、世家30巻、列伝70巻、合わせて130巻から成っているという。本書はそれらの翻訳でもなければ単なる注釈本でもない。タイトルが言うように著者が「史記」を語っている。

 著者の宮崎市定先生は既に鬼籍に入っておられるが、もし仮にご存命であるならば、ぜひ講義を受けてみたいと思うファンは少なからずいるだろうと思う。どの著作をとってみても単なる歴史書ではなく、説得力があり読者を惹き付ける魅力があり飽きさせない。

 本書で先生が最も語っている部分は第5章「年表」のところであると思う。サブタイトルに「どこまで歴史は遡れるか」とし、ここで先生は「禹貢」を批判して、司馬遷の時代観を問題視している。司馬遷は「禹」を中国史における有力な出発点とみなしているが、宮崎先生は秦漢時代に創作されたのではないかと疑問を呈している。

 また、著者が司馬遷に感謝の意を示すページがある。それは、よくぞこれだけの史料をまとめて保存してくれたという歴史学の功績に対してである。「史記」がなければどれほど多くの史実が散逸してしまったかわからないという。

 意外ではあるが、明らかに後人が加筆した跡があり、「史記」の各所に何の断りもなく改竄の加えられたことがあるについては、疑うべからざる証拠があるという。宮崎先生のこの行間を読み取る能力は、本家の中国の歴史学者も凌いでいるのではあるまいか。

 巻末に「史記の中の女性」と題して数ページを割いているが、当時の女性のあり様が少しだけわかり興味をひいた。則天武后や西太后だけでなく、無数の宮廷内外の女性についての研究が発表されることを期待したい。


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