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2013年04月03日(水)
「それでも、勇気を持てないのなら僕に言ってくれ」

『逆風に立つ 松井秀喜の美しい生き方』(伊集院静著・角川書店)より。

【私の小説には時々、中学生くらいの年頃の少年が主人公の物語があります。その関係で、日本中で問題になっている学校でのいじめについて意見を求められたり、シンポジウムに参加することがあります。そんな時、いじめをなくすための本に、松井選手がメッセージを送っているのを見つけたことがあります。そのメッセージを紹介します。



    いじめられているみんなへ

 神様だって、いつまでも君を見捨てはしないはずだ。
 今の苦しみに勇気を持って立ち向かおうじゃないか。
 自分がいじめられている事を、親や先生や友達に言うのは嫌かもしれない。
 でも、頑張って相談すれば、必ず良い方向に行くと思う。
 一番勇気のないのは、自分の人生をまっとうしない事だ。
 神様は君がこの世で生きてけると判断したから君は今ここで生きているんだ。
 それでも、勇気を持てないのなら僕に言ってくれ。
 手紙でもいいから僕に相談してほしい。
 何か君の為にできる事があれば、一緒に頑張るよ。
 君のこれからの素晴らしい人生の為に。


                           松井秀喜

        「第三回人権メッセージ展 たいせつな宝物」
         (神奈川県人権啓発推進会議 1999年3月発行)

 このメッセージに手紙をくれた子供もいた、と松井選手は話してくれた。手紙の返事もちゃんと書いたそうだ。】

〜〜〜〜〜〜〜

 この「私の小説」の「私」は、著者の伊集院静さんのことです。
 いじめに関する問題は、僕が物心ついてからずっと、事件が起こって議論が行われ、しばらくすると他の新しいニュースで下火になり……の繰り返し。
 正直、いまの学校の現場がどうなっているかはわからないのだけれども、少なくとも「いじめのない社会」の実現には程遠いようです。
 これはもう「人間という種の負の特性」みたいなものなのかな、という気分にすらなります。

 この本は、松井選手との長年にわたって交流がある、作家・伊集院静さんが書かれたものなのです。
 そのなかで、松井選手は、匿名で行ってきたものも含めて、さまざまな慈善活動を行ってきたことが紹介されています。
 松井選手は、もちろん野球選手として素晴らしい活躍をした人なのですが、もしかしたら野球選手として以上に、ひとりの人間として、大きな魅力を持っている人なんですよね。

 この松井選手からの「いじめられている子どもたちへのメッセージ」、一読してみると、そんなに珍しいことが書いてあるわけではないように思われます。
 でも、僕はこのメッセージの最後に「それでも、勇気を持てないのなら僕に言ってくれ。手紙でもいいから僕に相談してほしい。何か君の為にできる事があれば、一緒に頑張るよ」と書いてあるのを読んで、「ああ、松井選手はすごいな」と感動してしまいました。
「いじめられたら、親や先生や友達などに恐れずに相談してください」って言う大人は多い。
僕だって、もしこういうメッセージを求められたら、そんなふうに言うと思う。
でも、松井選手は「『僕に』言ってくれ」というメッセージを送ったのです。

会ったこともない、よく知らない子どもに、何ができる?
僕も、たしかにそう思う。
たぶん、こういうメッセージを求められた大人は、ほとんどみんなそう思うはず。
ところが、この松井選手のメッセージを読むと、多くの「有識者からの提言」みたいなものって、所詮、「いじめられている子どもの現実に対して、他人事としてみているだけ」なのではないか、という気がしてきたのです。もちろん、自戒をこめて。

松井選手はスーパースターだし、実際に子どもに勇気を与える力があるのは確かでしょう。
とはいえ、多忙なはずの松井選手にとって、「僕に言ってくれ」というのは、本当に相談が押し寄せてきた場合、かなりの負担になるはずです。
負担のわりには、メリットは少ないと思う。

にもかかわらず、松井選手は、自分が「子どもたちに勇気を与えられる人間」であることを受け入れ、それを子どもたちのために活かそうと考えていたのです。
「俺だって人間なんだ!」って羽目を外して言い訳をする「スター」はたくさんいます。
それに比べて、松井選手は、自分が「スター」であるからこそ、みんなの幸せのために尽くそうとしています。


松井秀喜さんが、長嶋茂雄さんと同時に「国民栄誉賞」を受賞することに、「長嶋さんはともかく、松井さんにその資格があるの?」という声は少なくないようです。
僕は、松井秀喜さんにも、その「資格」は十分にあると思うんですよ。
むしろ、松井さんのような人にこそ、感謝の気持ちを伝えるべきではないのか、と。

僕は巨人ファンではありませんが、松井さんのことは大好きです。
これからもずっと、こういう松井秀喜でありつづけてほしいと願っています。