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2012年02月13日(月)
カシオの「G-SHOCK」をつくった男

『高城剛と未来を創る10人』(高城剛著・アスキー新書)より。

(映像作家・高城剛さんの対談集。カシオのG-SHOCK開発者・伊部菊雄さんのとの対談より。1981年のG-SHOCK開発時のエピソードです)

【伊部菊雄:だけど、その時点ではメタルケースにゴムをペタペタつければ壊れないんじゃないかくらいの安易な考えていたんです。

高城剛:へえ〜そうですか。

伊部:だけど「落としても壊れない時計」ってあまりにもつかみどころのないテーマでね。はて、どこで実験しよう? と悩んで。しかも私はふだん薄型化の実験をやっていたのに、その時計は世の中に逆行するわけで。

高城:なるほど。丈夫さを追求すると、いわゆるトレンドとはまったく違う方向に行ってしまうんですね。

伊部:だから実験は目立たないところでやりたかった。あと、自由落下にこだわったんです。それで実験場所に選んだのが、トイレの窓でした。

高城:はぁ? 窓から外に時計を落とすんですか? じゃ、トイレの窓から、ひたすら時計を落とし続けたんですか?

伊部:はい。3階のトイレから(笑)。だけど実際に落としてみたらバラバラに壊れてしまって。やはりゴムをペタペタするだけじゃだめだと、でも壊れない大きさまでゴムを巻いていたらすごい大きさになってしまった。

高城:野球ボールくらいですか。

伊部:そのときはじめて「なんという無謀な提案をしてしまったんだろう」と思いました。普通のエンジニアは基礎実験をやり、先を見通してから提案するものなんでしょうけど、私は、まずつくりたいという”思い”が先にある、”思い先行型のエンジニア”のようです(笑)。そして、野球ボールのような大きさを見て、衝撃を5段階で吸収するというまったく新しい構造を考え、それで実験を行ったら劇的にサイズが小さくなった。その段階でG-SHOCKの原型サイズまでいけたんですが、電子部品がひとつだけ壊れるって現象が残っていて。しかし、その大きさをゴールにしなければ商品化にはならないだろうと思ったので、とにかく壊れてしまう電子部品を強くし始めたんですが、これがまたなかなかうまくいかない。それでもう、これは90パーセントできないと思い、最後に自分で結論を出すために、1週間期限を決めて、1日24時間使ってまるまる解決方法を考えてみようと思ったんです。

高城:ほお? 寝ている間も考えておられたんですか?

伊部:幼稚園のとき先生から「見たい夢があったら画用紙に描いて枕の下に入れなさい」と言われたのを思い出したので。たぶん、わらをもつかむ思いだったんでしょうね(笑)。それで壊れたものを枕元に置き、夢で解決策を出そうとしたんです。だけど5日目くらいで出てこないともう、お詫びのしかたを考え始めた。もう許してもらうまで頭を下げまくろう。男は黙って、みたいな形にしようと決めてね。そして最後の朝を迎えても、やはり解決策は出なかった。それが日曜日の朝だったので、休みだけど片づけに会社に行ったんですが、その途中で外にお昼を食べに行ったら、なんだか出社拒否みたいな感じになってしまってね。カシオの隣にある公園のベンチでボーっと座っていたら、目の前で子どもたちがボール遊びをしていたんです。それを「子どもさんは悩みがなくていいなー」と眺めていたら突如、そのボールのなかに時計のいちばん大事なエンジン部分が浮いているように見えた。

高城:ほお〜?

伊部:そこで、「あ、そうか。なかに浮いていれば、落としても壊れないな」と気付いたんです。これが解決策になりました。最後に衝撃を伝えなければいいので。面接触だと衝撃が伝わるけど、これが線接触だと衝撃が弱まる。さらに点接触にすれば宙づり状態に近くなる、と。


高城:なるほど、最後に答えが見つかったわけですね。

伊部:そうです。】

〜〜〜〜〜〜〜

 G-SHOCKは、1981年に開発がはじめられ、1983年に発売されたのですが、発売当時は「薄型時計」のブームで、日本ではあまり売れなかったそうです。
 ところが、アメリカで「衝撃に強い」ことをアピールするCM(アイスホッケーでシュートするCM)で話題になり、テレビ番組での「検証」で、ダンプカーに踏まれても大丈夫だったことで、さらに認知度が高まりました。
 その実用性が評価されて、まずアメリカで売れ始め、日本には1990年代にアメリカのブームの「逆輸入」のような形で、日本でも売れるようになったのです。

 伊部さんは、もともと「薄型時計」を開発されていたのですが、「目先を変えて、とにかく丈夫な時計をつくる」ことを目指したのがG-SHOCK開発の契機だったのだとか。

 「薄さを極める」ことに比べれば、「大きくてもいいから、丈夫にする」ことは、そんなに難しくないような気がするのですが、薄型が主流の時代に、中途半端な丈夫さではアピールできないので、開発には予想以上の困難がありました。
 「最後のひとつの部品が壊れないようにする方法」が、「その部品を強くする」ことや「保護する」のではなく、「なかに浮かせて、衝撃が伝わりにくくする」というのは、思いつきそうで、なかなか難しいですよね。

 僕もG-SHOCKを持ってはいるのですが、「こんなゴテゴテした時計、邪魔だな」とも感じていました。
 でも、値段が比較的安くて丈夫というのは、汚れる可能性があるときには、けっこう重宝するんですよね。
 高い時計は、もし壊れたら……と考えると、使えるシチュエーションがどうしても限られてしまいます。

 いまはみんなが携帯電話を持ち歩く時代になり、腕時計には実用性よりもファッション性が求められるようになりました。
 それでも、G-SHOCKの「機能美」には魅力がありますし、最初は「こんな重い腕時計じゃねえ」と思うのですが、使っていると、重さが安心感につながるような気もするのです。

 しかし、ダンプカーに踏まれても大丈夫っていうのは、「自分が車にひかれてペチャンコになっても、G-SHOCKは普通に動いている」という、悲しい状況になる可能性もあるわけだよなあ。