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2011年03月06日(日) ■ |
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『千と千尋の神隠し』で、スタジオジブリの若いアニメーターたちが描けなかったワンシーン |
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『名セリフどろぼう』(竹内政明著・文春新書)より。
【現代人の本能が近年、退化してきたような気がする。「スタジオ・ジブリ」のプロデューサー、鈴木敏夫さんが『映画道楽』(ぴあ)で経験談を披露している。 アニメ『千と千尋の神隠し』で千尋の両親が不思議の町に迷い込み、店で食べ物をかき込む場面がある。若いアニメーターは描けなかった。そもそも、「かき込む」「かっ込む」とはどういう動作を指すのかが理解できない。
<宮さん(=宮崎駿監督)は「お前らだって、ご飯をワーッとかき込んで食べたことがあるだろう」と言ったんですが、聞いてみたら彼らにはそういう経験がない。若いアニメーターたちは、ご飯をゆっくり食べるんですよ。経験がないから、そのシーンが描けない>
「かき込む」とはいわば本能の爆発であり、物が豊かになるにつれて爆発の出番は減っていく。本能にもとづかない食事であれば、貴子女子のように人の目に触れて恥ずかしがる必要はない。テレビをつけるたび、情報番組や旅番組と称して若いタレントやアナウンサーがのべつ幕なしに物を食べているのも、思えば道理である。 旅番組の草分け、放送開始から40年になる長寿番組『遠くへ行きたい』で初代の旅人役を務めたのは永六輔さんだった。永さんは語っている。
<ほかの出演者のみなさんがやっていて、僕がやっていないのが一つある。僕は絶対、食べていない。カメラの前で食べるのは許せないんです。食べながら話をするなんてのは、もっと許せない>(朝日新聞、2005年2月15日付夕刊)。永さんは終戦のとき十二歳、「かっ込む」を身に染みて知る世代である。 映画やドラマにも、食卓の場面がしばしば登場する。 小林桂樹さんは映画『裸の大将』などでいつも、料理や菓子をうまそうに食べている。感心した森繁久彌さんがコツを訊ねたところ、小林さんは答えたという。
<噛んで食っちゃダメですよ。噛んでる時に客は口の中を想像しますからね。想像させないように早く――つまり、噛まずに飲んじゃうですネ。するといかにもおいしそうに食っている風に見えるんです>(森繁久彌『あの日あの夜』、中公文庫)
「噛まずに飲んじゃう」と「かき込む」の距離は、ごくわずかでしかない。「かき込む」動作を理解できない世代が育つにつれて、うまそうに食べることを至芸の域にまで高める練達の役者も姿を消していくのだろう。】
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僕は1970年代のはじめの生まれなのですが、「ご飯をかき込む」という動作を思い浮かべることはできます。 でも、それって、記憶をたどってみると、『まんが日本昔ばなし』の登場人物が、茶碗に文字通りの「山盛り」になっているご飯を、もりもりと「かき込んでいた」シーンなんですよね。 つまり、人間がごはんを「かき込んでいる」のを、この目で直接見たことはないのです。 コンビニがたくさんある時代ではなかったし、ケーキも生クリームじゃなくてバタークリームが主流だった頃なのですが、ご飯をかき込むほどの「食べ物への渇望」を持った人は、ほとんどいなくなっていたのだと思います。
そう考えると、僕よりももっと若い「スタジオジブリ」のアニメーターたちが「ご飯をかき込む」と言われても、イメージできなかったというのは、すごくよくわかるんですよね。 そういえば、『千と千尋の神隠し』で、千尋の両親が目の前の大量の食物を「かき込んでいく」シーンは、けっこう最初のほうだったのだけれど、妙に記憶に残っています。 僕より若い世代にとっては、さらに「異様」に感じられたのではないでしょうか。
それにしても、「ものの食べ方」というのには、いろんなこだわりがあるものですね。 「カメラの前でものを食べるのは恥ずかしい」「噛むと口の中を想像させてしまうので、噛まずに飲み込む」なんていうのは、バラエティ番組で出演者が「食べる」シーンがどんどん流される時代に生きている僕にとっては、信じがたい話ではあります。 カメラの前で食べることが許されなくなったら、成立しない番組だって、現在はけっこうありそうです。
たしかに「ものを食べる姿」というのは、けっこうその人の印象にとって大事ではあります。 「くちゃくちゃと大きな音をさせて食べる」というのは、デートでNGな食べ方の代名詞ですし、「食べながら話をする」というのも上品とは言い難い。 でも、僕自身は、「食事の細かいマナー」へのこだわりは、あんまりないんですよね。まあ、あんまり悪目立ちしなければいいだろう、くらいのものです。 「かき込む」を知らないというのは、「飢え」を経験していないという点で、けっして悪いことではないはずです。 その「幸運」には、感謝すべきだとしても。 ただ、こういう時代だからこそ、「食事のマナーがきちんとしている人」というのは、ものすごくカッコよくみえるんだよなあ。
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