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2008年10月03日(金)
くりぃむしちゅーの有田さんが分析した「細かすぎるモノマネ人気の理由」

『日経エンタテインメント!2008年10月号』(日経BP社)の特集記事「モノマネ芸人進化論」より。「芸人から見たモノマネ人気」と題した、有田哲平さん(くりぃむしちゅー)の話をまとめたものの一部です。

【最近は、モノマネが細分化してきたと言われていますけど、これだけマニアックなのが広く受け入れられるようになったのは、芸人が変わってきたというよりも、ネタを見せるシステムが変わってきたのが大きいと思います。
 『とんねるずのみなさんのおかげでした』の『細かすぎて伝わらないモノマネ選手権』のコーナーでは、舞台の床が落下式になっていて、ネタ終わりの絶妙のタイミングで強制的に舞台上から芸人が消える仕組みになっていますよね。あれって一見残忍ですが、芸人にとっては「やり逃げ」をさせてもらえるおいしいスタイルなんです。「細かすぎて〜」は2004年からこの見せ方でやっているんですが、それが『爆笑レッドカーペット』(フジ系)をはじめとするショートネタ番組で裾野が広がったと思います。
 いままでのモノマネ番組だったら、ネタが終わったら司会者が芸人に「ほかにありますか?」って話を聞くといった流れだったから、出られるのはモノマネ名人と言われるレベルの人が大半でした。それを「もうちょっと見てもいいのに、物足りないな」っていうくらいのところでバッサリ切って、短くても成立させたから、新人クラスでもどんどん出られるようになった。しかも一番面白い部分だけを次々に見せられるから、人気も出やすい。このシステムがなかったら、「リアルにゲロを吐く人のモノマネ」とかでオーディションに受からないですよ(笑)。今、お笑い界はショートネタブームですが、モノマネは瞬間芸である部分が大きいから、この流れに最もマッチした芸なんでしょうね。
 だからってマニアックなモノマネさえやれば波に乗れるかといったらそうじゃない。織田裕二さんのマネがどんなにうまくても、単に似てるだけだと、「ああ、似てるね」で終わっちゃう。山本高広くんの「霊長類なめんなよ!」や、コージー冨田さんの「髪切った?」(タモリ)のように、マネされる人の人柄がさりげなく漂うフレーズを拾うセンスがあるかどうか。モノマネって、誰か1人が開発したら、周囲もある程度できちゃうから、いかに早くそれを見つけるかっていうのが腕のみせどころです。】

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 一視聴者としては、個々のレベルが上がり、みんなの好みも細分化したから、「細分化したモノマネ」がウケるようになったのだな、と思っていたのですが、この「出演する側」である有田さんのコメントは、とても興味深いものでした。
 実は、変わったのは「モノマネの技術」でも「視聴者の好み」でもなく、「ネタを見せるためのシステム」なのだ、と有田さんは考えておられるようです。
 僕も『細かすぎて伝わらないモノマネ選手権』で、芸人たちがマニアックなネタを見せた直後に容赦なく奈落の底に消えていくのを観て、「ひっどいなあこれ!」などと思っていました(そう思いながらも笑ってたんですけど)。
 ところが、あれは芸人たちにとっては「残酷」ではなくて、「おいしいスタイル」だったんですね。

 たしかに、コロッケや清水アキラが主役である、王道の『モノマネ選手権』では、「モノマネ名人」たちはネタを披露したあと、司会者とトークをしたり、自分がマネしていた有名人たちと気のきいたやりとりをしたりしなければなりません。「モノマネ」の技術だけでは、間がもたないのです。
 つまり、『モノマネ選手権』の時代は、「モノマネのネタ」だけではなくて、芸人としての総合力がないと、ウケることができなかったのです。

 それと比較すると、『レッドカーペット』なども含む「ショートネタ」では、「間をもたせる」必要がなく、渾身のひとつのネタだけをやればいいのですから、持ちネタが少ない若手や素人にとっては、「一芸」で勝負できるジャンルなんですよね。

 しかしながら、本当にこの「ショートネタ」の恩恵を受けているのは、この「システム」を作り上げたテレビ番組の制作サイドなのかもしれません。
 「ショートネタ」の番組というのは、「ベスト盤のCD」みたいなもので、芸人の「おいしいところ」だけを採り上げることができるのですから。
 芸人、とくに「実力をつけないままショートネタで人気になった芸人」は旬が終われば行き場がなくなってしまいますが、番組は、ひとつのネタのブームが終わったら、また次の芸人を使えばいいのだし。

 それにしても、「モノマネって、誰か1人が開発したら、周囲もある程度できちゃう」のか……芸人の世界って、本当に厳しい。