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2008年09月11日(木) ■ |
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中国で「近所の人たちにあげた愛犬」の運命 |
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『文藝春秋』2008年9月号の芥川賞受賞者・楊逸さんへのインタビュー「天安門とテレサ・テンの間で」より。
(このインタビューに出てくる「下放」とは、中国の文化大革命の際、都市の青年(主に学生)に対して、地方の農村に移住して肉体労働を行うことを義務化し、思想改造をしながら、社会主義国家建設に協力させることを目的とした思想政策のことです)
【インタビュアー:ハルビンに比べて、食事はどうでしたか?
楊逸:田舎のほうがよかったかもしれません。中国は1960年前後から、自然災害によって餓死した人が大勢いました。70年代になってもまだ食糧事情が悪くて、いいものは食べていません。今は太ってますけど、私、そのころは、すごく痩せてましたね。 田舎では、ヤギやニワトリ、アヒルなどを飼っていましたから、卵は食べられるようになりましたし、ヤギなども食べることができました。犬も飼っていました。すごい賢くて、力もあって、仲がよかった。小学校から帰ってもみんな農地に出ていて誰もいないから、遊びに行こうとすると、その犬に「外へ行っちゃ駄目」って、止められちゃうんです。ほんとに頭のいい犬でした。
インタビュアー:何年くらい下放されていましたか。
楊逸:3年半です。ハルビンに帰れたのは1973年夏、小学校1年生の終わりです。ある日突然、何の前触れもなく父の勤め先からトラックがやってきて、ハルビンに帰ってもよいと知らされました。父は急いで子供たちを学校から連れ帰り、「今日、帰る」と言いました。 本当に突然ですよ。誰も知らなかった。犬なんか連れて帰れませんでした。仕方ないから村の人たちにあげたんですが、みんなで鍋にして食べちゃったんです。たぶん、犬が私たちの車を追いかけて、迷ってしまうと思ったんでしょう。悲しかったけれど、私も家族も仕方ないと思っています。人間だって生きていけるかどうか分かんないときですから。村の人たちがくれた犬の皮は、今でもうちの母のベッドに敷いてあります。】
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この楊逸さんのインタビューを読んでいると、日本と中国の考え方のギャップを感じずにはいられません。 いや、もともと「机以外の4本足のものは何でも食べる」と言われている国ではありますし、当時の食糧事情を想像すると、「犬を食べる」ということそのものが野蛮だというのは偏見なのでしょうが、それにしても、「近所の人がかわいがっていた犬を食べる」だけならさておき、「自分達が食べた、その犬の皮を送ってくる」という発想は、やはり、日本人には無いものだと思います。 そもそも、彼らは「犬が迷ってしまうと思ったから」食べたのではなく、「おいしそうだったから」あるいは「他に食べるものがなかったから」食べただけなのではないかと。
この文章を読んでいると、楊逸さんと家族は、その犬に対してかなりの愛情を持っていたのだと感じますし、近所の人たちもそれを知っていたはず。 もともと日本には犬を食べるという習慣が無いことを差し引いても、同じように誰かがかわいがっていた生き物を日本人が預かったら、「大事に育てる」か、それが不可能なら、「黙って食べたままにしておく」とか「食べたとしても自然死したことにして皮を送る」のではないでしょうか。 そういう意味では、村の人たちの行動には「罪の意識」は感じられませんし、中国では、少なくとも「このシチュエーションでもらった犬を食べるのは異常ではない」ということなのでしょうね。
こういう話を読むと、その「時代の過酷さ」を想像するのとともに、「中国人にとっての合理性」についても考えずにはいられません。 これはこれで、「正直な人たちだなあ」とも思うのですが、このエピソードひとつをとっても、多くの日本人にとって、「中国人の考えかたを理解する」というのは、かなり難しいことのような気がします。
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