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2008年09月03日(水)
「一生食べていくのに困らない遺産を手にした男」のコンプレックス

『悩む力』(姜尚中(カン サンジュン)著・集英社文庫)より。

【「食べるために働く」という言葉があります。人が生存していくには、やはりお金がかかるのであり、お金を得るためには、やはり働かなければなりません。いまはさらに「働き甲斐」や「夢の実現」などが働くことの大きなファクターになっていますから、仕事があって、それが自分のやりたいことと一致していれば、言うことはないわけです。
 でも、現実にはなかなかそうもいかなくて、目の前にあるのは希望とはまったく違うものだけれども、転職するのもたいへんだから、いやいや会社に通っているという人も多いでしょう。子供がいる人などはなおさら自分勝手もできず、毎日が我慢の連続かもしれません。ときには「お金さえあったら好きなことができるのに」「誰かオレを養ってくれないかな」という気持ちになることもあるのではないでしょうか。
 ときどき「もし宝くじで3億円が当たったら、仕事をやめて遊んで暮らす」という言葉を聞くことがあります。たしかに、お金さえあれば働かなくていいような気がします。しかし――と、そこで私は考えるのです。もしお金があったら、人は本当に働くのをやめるでしょうか。案外、そうでもないのではないでしょうか。
 こんな話を聞いたことがあります。かなりの資産家の息子さんがいて、突然父親が亡くなったため、一生食べていくのに困らない遺産が入りました。おかげで、その方は40歳近くまで、仕事ではない学問の研究をして暮らしてきました。うらやましい限りの境遇です。ところが、その方はずっとコンプレックスの塊だったというのです。
 それは、「自分は一人前ではない」という意識です。資産のあるなしにかかわらず、「働いていない」ということが、想像以上にその人の心に重圧をかけたのです。
 これはある意味、子供を持つ専業主婦が、「誰それさんの奥さん」「誰それちゃんのお母さん」という呼び方で呼ばれるのがいやだ、というのに似ているかもしれません。もちろん、専業主婦は家庭内の仕事をちゃんとしているので、遊んでいるわけではないのですが、外で働いている人と違い、自分の氏名を呼ばれないため、やはり「一人前ではない」ような気分になるのでしょう。
「人はなぜ働くのか」というのは、簡単なようでいて、意外に深遠な問いなのです。】

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 僕もときどき「宝くじで3億円当たったら、働かずに南の島で読書とネットでもやって暮らしたいなあ」なんて妄想にふけるのですが、本当に宝くじが当たったとしても、たぶん、そういう生活はできないだろうという気がします。そんな「悠々自適な生活」をしていたら、ネットに何を書いてもバカにされる、あるいはまともに話を聞いてもらえないんじゃないか、とか考えてしまいますしね。

 「収入を得る」というのは、働くことの最もわかりやすい目的ではありますし、どんなに楽しい仕事でも、無給だったり、あまりに薄給だと続けていくのは難しいのですけど、「お金さえあれば、働かなくてもいい」かというと、必ずしもそうではないみたいです。

 著者は、この文章のなかで、「一生食べていくのに困らない遺産を手にした人」の話を例示していますが、この人は、別に悪いことをしてお金を手にしたわけではないし、仕事はしていなくても、ちゃんと研究をしていたわけです。
 傍からみれば、まさに「うらやましい限り」なのですが、彼自身は「自分が働いて収入を得ていない」ことにコンプレックスを感じていたのです。
 それなら研究なんてやめて、働けばいいのに、と僕は思うのですが、それはそれで、「いまさら働くのも怖い」とか「やっぱり研究をしたい」とかいうことになって、その堂々巡りなのでしょうね。
 「働きたくないのに働く」というのが、多くの人の「実感」であり、やはりつらいことなのですが、「働かなくていいのに働く」というのも、それはそれで悩ましいことではあるみたいです。そんなにお金があるのなら、いくら「働きたい」と思っても、自給何百円かのアルバイトをやる気にはならないだろうし、働いた経験や資格がない人間であれば、好条件の仕事にいきなり就ける可能性は低いでしょうし……

 確かに、「働くこと」は大変ですけど、「でも、ちゃんと仕事しているんだから」という認識は、けっこう自己満足に浸らせてくれるものではあります。毎日遊んでいたら、たぶんすぐ飽きてしまうはず。

 結局、「働くこと」も「働かないこと」も、それぞれ生きていく上での悩みの原因となりうるのだ、ということでしかないでしょう。悩む人は、どっちに転んでも悩んでしまう。
 でも、本音としては、飽きるほど遊んでみたいよね、ときどきでいいから……