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2008年01月17日(木)
直木賞を取るための「必勝パターン」

『文蔵』2008年1月号(PHP文庫)の特集記事「『直木賞』の基礎知識」より。

(『二つの山河』で第111回直木賞を受賞された作家・中村彰彦さん(20年近く文藝春秋社での勤務経験あり)と多くの直木賞作家を担当し、選考会の司会も務めたことがあるという文芸編集者(『オール讀物』編集長などを歴任)・豊田健次さんの対談「直木賞のウチとソト」から。「直木賞に取り方はある?」という項の一部です)

【豊田健次:中村さんは三度候補になっての受賞でしたね。

中村彰彦:受賞の時は、ある雑誌に250枚一挙掲載を二ヵ月続けていて、500枚を必死で書いていたので受賞できるかどうかと考えている暇がなかったですね。ただ、直木賞はあくまでも「1勝、勝ち抜け」の勝負ですから、仮にそれまでが相撲取りなら十両に転落するような成績でも、1勝すれば直木賞作家になれるんです。

豊田:池波正太郎さんは5回候補になってからの受賞でしたが、あまり何回も候補になりすぎるのはご本人にも残酷な面があって、社内選考でもそろそろいいじゃないかという話も出ます。でも阿部牧郎さんや白石一郎さんは8回目、古川薫さんは10回目で受賞ですしね。簡単には判断できないところがあります。

中村:一方で、まず候補作に選ばれたいという人は、『オール讀物』なり『小説現代』なりの小説雑誌の新人賞に応募して、きちんとした発表媒体を持つことです。作品がまとまって単行本になれば、文春の社内選考の回覧対象になりますから。
 それと、何度か候補になるような状況まで来た場合のパターンとしては、2回連続して候補になることでしょうね。僕も候補は3回だけれど、後ろの2回は連続しています。連続した場合に、「この前も頑張っていたな」という評価が加味される。

豊田:選評にもよくそういう書き方がされますが、選考委員の方々も前作を読んだのが半年前だから印象に残っているんです。あまり前だと忘れられてしまう(笑)。

中村:もっとも「あの時よりこちらの方がいい」という評価を受けないとダメです。前より明らかに劣っていたら、もう論外(笑)。

豊田:実際”合わせ技、一本”といった評価での受賞は、昔からけっこうありました。一例として半村良さんの「雨やどり」(第72回)を挙げますが、前の候補作が「不可触領域」という伝奇SFの中編で、受賞には至らなかったものの選考委員に強い印象を残していました。そこへ半村さんは、今度は川口松太郎の短編を思わせる鮮やかな短編小説で候補になって見事受賞した。これぞ”合わせ技”ですね。長いエンターテインメントも書ければ短編も上手いじゃないか、これは十分職業作家としてやっていける人だと認定されたんです。】

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 豊田さんはこの対談の別のところで、「直木賞の選考では明らかに、候補先の出来に職業作家として十分にやっていける力量があるかどうかが加味されています」と仰っておられます。
 読者の側からみると、「なんでこんな作品が直木賞に?」とか、「この受賞作より、この間候補になった作品のほうが良かったんじゃないの?」というようなことを言いたくなるのですが、選考委員としては、「その作家のこれまでの実績+候補作のデキ」で判断している、ということのようです。
 いくら人気作家でも、あまりにも不出来な作品に「直木賞」を授賞するわけにはいかないでしょうし。
 もちろん、すべての選考委員が同じスタンスだとは限らないのですけど。

 それにしても、今回、第138回の直木賞受賞作である、桜庭一樹さんの『私の男』が、この「直木賞を取るための必勝パターン」に、見事に一致していた、ということに僕は驚いてしまいました。
 桜庭さんは、半年前の第137回の直木賞で『赤朽葉家の伝説』ではじめて「直木賞候補」になり、今回、2回連続の候補で受賞されました。ファンタジー色が強い『赤朽葉家』と、歪んだ男女のつながりを描いた『私の男』はかなり毛色が異なった作品で、選考委員たちは、「こんな作品も書けるのか!」と、その「芸域の広さ」に感心させられたのではないでしょうか。

 僕自身は、『赤朽葉家の伝説』のほうが好みなので、『私の男』に授賞するのなら、『赤朽葉家』のときに……とも思ったのですが、もし、桜庭さんが前回の候補になっていなければ、「あと1作様子を見よう」というような評価で、今回は受賞できなかった可能性も高かったと思います。
 あまりに「候補になっては落選」が続くと、選考委員に「また同じような作品を……」と飽きられてしまう危険性もあり、「2回連続くらいがちょうどいい」のでしょう。

 この「直木賞の取り方」の話、聞いたからといって、誰もが簡単に『オール讀物』や『小説現代』を発表媒体にできるわけがなく、「狙って2回連続で直木賞候補になる」のも至難の業なので(それを狙ってできる人なら、一発で受賞できるのではないかと)、参考にはならないんですけどね……

 もしかしたら、桜庭一樹さんは、今回「狙ってた」のでしょうか?