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2007年08月28日(火)
「僕が人の話を聞く時に、絶対にやらないようにしていることが一つあります」

『経験を盗め〜文化を楽しむ編』(糸井重里著・中公文庫)より。

(「おしゃべり革命を起こそう」というテーマの糸井重里さんと御厨貴さん(オーラル・ヒストリー(口述記録)の研究者・東京大学教授)、阿川佐和子さんの鼎談の一部です)

【御厨貴:僕が10年来経験を重ねてみてわかったのは、聞く時には「自然体」が一番いいということです。こっちが「聞くぞ」と意気込んでると、向こうもなんとなく「答えないぞ!」みたいに構えますから。

阿川佐和子:力を抜く?

御厨:最初から自分は何でも知っているという姿勢で臨むのではなく、知らない、よくわからない、だから聞きたいというスタンスですね。

阿川:ニコニコなさる?

御厨:いえいえ、それはあまりやると向こうが嫌がるからしない。現場に行って、先に来ちゃったから、部屋でボケッと座っているような感じです。

糸井重里:あっ、その「ボケッと座ってる」という言い方、すでに好感持っちゃうな。

阿川:以前、城山三郎さんにインタビューした時、城山さん、まさに先に座って、ボケッとしていらしたの。「申し訳ございません。お待たせして」と言うと、「いやいや、前の仕事が早く終わってね」とニコニコ。その後ですよ、聞き手なのに、私が2時間しゃべりまくってしまったのは。最初のたたずまいから始まって、何聞いても「おたくは?」なんて具合だから、「聞いてください!」とばかりに私がガーッとしゃべる。終始、「どうして?」「それから?」「いいねぇ、おかしいねぇ」くらいしかおっしゃらないんだけど、これこそが究極の聞き上手だと思いました。

糸井:「ボケッと座っている」ことの中には、多くのことが入っているんですね。

阿川:つまり、「あなたを受け入れるよ」という態勢ですよね。

御厨:自然体という表現でいいのか、あまり「図らなく」なってから、僕は前ほど疲れなくなりました。

阿川:自然体も大事なんだけど相槌も大事じゃないですか。知り合いの男性編集者は、「あー、そうスかぁ」というのが癖らしくて、「ごめん。原稿が遅れそう」と言うと、「あー、そうスかぁ」。申し訳ないから「この間、ケガしちゃって」と説明しても、「あー、そうスかぁ」……何だか寂しくなってきちゃって、「それは癖?」と私が聞いたら、「何がですか?」と言うんで、「『あー、そうスかぁ』っていつも言うじゃない」「あー、そうスかぁ」と答えるの(笑)。逆に相槌のうまい人は、相手を話しやすくさせますね。

御厨:相槌でも、「なるほどね」というのは賛否両論あります。相手が精いっぱい話している時に「なるほど」と相槌が入ると、「あ、そうですか。じゃあ次は?」と急かされているような気になる。非常に苦労した話をしている相手に、「なるほど」と簡単に言ってしまうと、「おまえにわかんねえだろうが」と思われたりね。

(中略)

阿川:自分がしゃべる側に立った時、「この人は誠意を持って、本当に私の話を面白がって聞いてくれる人なのか」というのは、ちょっとしゃべればわかりますね。自分に対して、愛情を持ってくれていることを感じるというか。

御厨:その思いやりにも通じますが、僕が話を聞く時に、絶対にやらないようにしていることが一つあります。それは相手の話をまとめないこと。相手は一所懸命にしゃべろうとしているけど、言いたい内容にふさわしい言葉がなかなか出てこなくて、ああでもないこうでもないと話が行きつ戻りつしている。それを、利口な人はまとめようとするんですね。
「要するに、あなたの言いたいことはこれでしょう」と。

糸井:ヤですねえ。

御厨:これをやられると、話し手はがっかりする。「まあ、君がそう言ってるんだから、そうだろ」と納得のいかないまま、話を終わらせることもある。とにかく僕は、相手が言い終わるまでずーっと聞くようにしています。

糸井:相手のペースに自分を委ねる――それができれば、誰でもが聞き上手になれると僕も思いますね。

阿川:私の基本は、できる限りその人に関心を示して、「聞きたい」という誠意を尽くすこと。それから、話してくださったことが面白ければ、自分が次に何を質問しようかと考えるより先に、まず「面白い!」と反応する。】

〜〜〜〜〜〜〜

 「話し上手」になれそうもない僕としては、「それならばせめて聞き上手に」なんて考えることがよくあるのですが、実際は人の話を聞いているうちにすぐイライラしてきてしまうんですよね。「聞き上手」になるには、ただ座って、人の話を聞いていればいいってものじゃないのです。

 この鼎談では、「『他人の話を聞くことを生業のひとつにしている3人」が、「本当の聞き上手」について語っておられるのですが、「聞き上手」を目指す僕にとっては、非常に役立つ内容が盛りだくさんです。

 人の話を聞くときって、やっぱり「真剣に聞かなくては!」って相手をじっと見つめてみたり、自分が事前に勉強してきたことを相手にほのめかしてみたりしたくなりますよね。少なくとも、世間でよく言われている「コミュニケーション教本」には、そうするべきだと書いてあります。
 しかしながら、実際に相手を真剣に見つめていられる時間なんて、よっぽど興味がある異性でもないかぎり、どんなに相手が凄い人であっても10分や15分くらいのものでしょうし、見つめられるほうも、あまりに張り詰めた空気に満ちている状況では、ちょっとしゃべりにくいですよね。最初にあまりに緊張していると、疲れて気が抜けてしまったときとの落差が目立ってしまい、「もう飽きてるな」というのが一目瞭然になってしまいますし。

 まあ、ここで紹介されている「部屋でボケッと座っているような感じ」なんていうのは、誰にでもできそうにみえて、実際はよほどの「達人」でないかぎり難しいのではないかと思います。人の話を聞くのって、けっこう疲れますし、大部分の人は、ボケッと座って聞いているつもりでも、時間が経ってくると、自分も何か言いたくなってくるか、話を切り上げたくなってくるものなのです。
 さきほどは、【「聞き上手」になるには、ただ座って、人の話を聞いていればいいってものじゃないのです。】って書きましたが、本当にそれができれば、まさに「達人の域」なのだよなあ。

 ここに書いてあることは、簡単そうに聞こえるけれど本当はなかなかできないことばかりで、実行するのはなかなか難しいと思われるのですが、その中で、御厨さんが仰っている【僕が話を聞く時に、絶対にやらないようにしていることが一つあります。それは相手の話をまとめないこと。】というのは、覚えておいて損はなさそうです。

 いや、僕も外来で患者さんの話を聞いているときに、忙しいとついつい「ああ、それはこういうことですね」ってまとめてしまいがちなので、これを読んで反省しました。
 僕が話す側だった場合も、自分が一所懸命何かを言おうとしていて、でもそれがうまくまとまらなくて、という状況で、相手に「要するに、あなたの言いたいことはこれでしょう」というのをやられると、すごく興醒めしてしまうのです。
 その理由のひとつは、「自分が紡ごうとしていた言葉を奪われてしまう寂しさ」。そしてもうひとつは、「僕の話はまとまりが悪くて聞きづらい」と相手に思われてしまったんだな、という自己嫌悪。
 そんなふうに「まとめたがる人」って、自分で頭が良いと思っていそうな感じなので、「いや、僕が言いたかったのはそんなことじゃないんです!」って反論しづらいじゃないですか、相手にも明確な悪意がないだけになおさら。

 本当は、「なかなかまとまらないなかで、なんとか結論に近づいていくこと」というのは、その「まとまらなさ」も大事な結論の一部なわけです。
 「他人の話をまとめたがる人」って、自分では「俺って頭いいなあ。みんな感心してるだろうなあ」なんて思い込んでいそうなのですが、実際は、「あの人と話していると、なんとなく気分が悪くなるんだよね……」と敬遠されていることも少なくなさそう。

 僕は昔、先輩にこんな話を聞いたことがあります。
「話が長い患者さんに対しては、途中でまとめたり、話を切り上げようとするよりも、かえってこちらから身を乗り出していって、相手の話が途切れるまで好きに喋らせてあげたほうが、結果的には早く話が終わるよ」

 やってみたら本当にその通りなんですよね、確かに。
 それでも、たくさんの患者さんを次々に診ていかなければならない現場では、やっぱりイライラしてガマンしきれなくなってしまいます。

 「聞き上手」への道は遠い……