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2007年03月07日(水) ■ |
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百科事典を売りに来た人にBMWを買わせる接客術 |
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『プロ論。3』(B-ing編集部[編]・徳間書店)より。
((株)ダイエー、代表取締役会長・林文子さんのお話の一部です。林さんが自動車販売の仕事をされていたときのエピソードです)
【車が好きで、自動車販売という仕事があると知って、募集をしていたホンダの販売店に初めて電話を入れたとき、女性にはちょっと難しい、と言われました。でも、私は引き下がりませんでした。熱意というものは、やっぱり通じるんです。そして始まった3日間の研修。営業ノウハウはひとつも教えられませんでした。印象深かったのは、納車前の洗車の仕方。学んだのは、自動車販売の仕事は売ってから本当のサービスが始まるのだ、ということでしたね。 最初は飛び込み訪問から始めましたが、全く苦にはなりませんでした。だって、それまでの仕事の方が断然つらかったから。やらされ仕事ではなく、自らの意思でやっている。この喜びといったらありません。また、そういうう状況だと、素直になれる。素直さというのは、今もいちばん大事なことだと思っています。当時、飛び込み訪問の目標を1日100件に置いたのも、他社のトップセールスの本にそう書いてあったから、その通りにやっただけです。 当時は朝から深夜まで、本当によく働いていました。でも、大変だなんでちっとも思わなかった。むしろ、いろいろな人に出会えて毎日が楽しかった。そのうち、気づき始めるんです。実はお客さまにとって、セールスである私は特に必要がない存在なんだ。勝手にお客さまの生活のリズムを崩して、お宅におじゃましているだけなんだ、と。そうであるなら、なんらかの形でお役に立たないといけない。そう思って接していると、その気持ちが行動に表れる。お客さまに喜ばれるようになる。すると、自然に車も売れるようになった。それで分かったんです。営業の仕事というのは、ご縁があって出会った人に、今この一瞬だけでも、この方のためになりたい、その思いで取り組んでいけばいいのだ、と。そうすれば、数字は後からついてくるのだ、と。 だからこそ、出会いは何よりも大切にしました。その瞬間に最大限の努力をする。それは必ず伝わるんです。例えば、BMWの営業時代、ショールームに百科事典の営業が訪ねてきたことがありました。百科事典なんていらないと、即、断ってもいい。だけど、私はていねいに話を聞いて差し上げた。すると後日、彼がなんと同僚を連れてきてくれたんです。「BMWを買いたいというのでぜひ紹介したくて」と。こういう広がりは、本当にたくさんありましたね。】
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フォルクスワーゲン東京、ビー・エム・ダブリュー東京の社長から、2005年に経営再建中のダイエーの会長に抜擢された林文子さんは、日本を代表する女性経営者のひとりです。このお話を読んでいるだけでも、林さんの「営業という仕事への思い入れ」の強さが伝わってきますよね。
もちろん、こういうふうに「他人と積極的に繋がっていけること」には林さんの天性の才能というのもあるでしょうし、林さんと同じことが面倒くさがりやで人嫌いの僕にできるとは到底思えないのですが、それでも、この百科事典の営業の人の話には、僕もすごく考えさせられました。
僕も仕事でかなりたくさんの人に会うのですが、自分にとっての「お客様」である患者さんや同じ職場の人たちに対してはそれなりに気を遣って接しているつもりでも、薬のメーカーの営業マンなどに対しては、疲れているときなどは、つい冷淡な態度を取ってしまいがちなのです。もともと人と話すのが好きではないこともあり、「今は疲れてるから」と言ったり、話しかけられても無視して次の仕事に向かったり。「どうせセールストークだから」という意識もありますし。
先日、ちょっとした用事である会社に電話をしたときのことです。そこの会社の人が「何の用?」みたいな横柄な調子で話していたので携帯電話を握り締めながらムカムカしていたら、しばらく話しているうちに気がついたのか、「あっ、もしかして……お客様のじっぽさんですか……大変失礼しました。取引先の者と勘違いしておりまして……」と平謝り。そういうことは誰にでもあることでしょうし、僕はそれを責めるつもりにはなれなかったのですが、心の中では、「ああ、僕の前ではあんなに丁寧な言葉遣いで礼儀正しいあの人も、普段はこんな感じなのだなあ」と思ったのは事実です。そして、それはやっぱり、良い気分になる出来事ではなかったんですよね。というか、これが彼の「本性」なのか、と軽く失望しました。人間なんてそんなものだと、わかっていたつもりなのに。
僕が薬のメーカーの人に冷淡な態度を取っているのを患者さんが見たらたぶん同じように思うでしょうし、メーカーの人たちというのは、いろんな情報を提供してくれたりするわけですから、「車の販売店にやってきた百貨時点のセールスマン」よりも、はるかに「大事にするべき繋がり」であるはずです。それこそ、彼らは「いい病院知らない?」って周囲の人に聞かれる機会も多いでしょうし、そういうときに日頃の付き合いでの印象の影響は、けっして少なくはないはずです。もちろん「癒着」してしまってはどうしようもありませんが、「また宣伝かよ…疲れてるんだよ…」と拒絶する前に、短時間でも話を聞いてあげるだけで、全然イメージは違ってきますよね。彼らだって、仕事だからこそ腰を低くして嫌がられながらも話しかけてきているわけですし。
「世の中そんなに甘くない」のかもしれないのですけど、他人に丁寧に接してもらおうと思うのであれば、自分も他人に真摯に接するように心がけることは大事なのです。人は、自分を無視する人よりも、自分の話をちゃんと聞いてくれる人を信頼しやすいものですし。この「百科事典のセールスマンとBMW」の話が伝説になっているのは、こういうのが稀なケースだからなのだとしても。
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