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2007年01月04日(木)
池田秀一さんと”シャア・アズナブル”の「めぐりあい秘話」

『シャアへの鎮魂歌〜わが青春の赤い彗星』(池田秀一著・ワニブックス)より。

(シャア・アズナブル役の声優・池田秀一さんが語る「シャア・アズナブルになったきっかけ)

【松浦さん(音響ディレクター・松浦典良さん)が、『機動戦士ガンダム』のオーディションで、僕にアムロ・レイ役を振って来たのは、『次郎物語』当時のイメージが頭にあったからなんだと思います。内気で多感な少年・アムロを、次郎を演じた僕になら、もしかしたら出来るかな? と考えていたのかもしれません。しかし、すでにそのとき、僕は28歳になっていましたので、16歳の少年を演じるのには抵抗もあります。
 僕としては消極的なオーディションであり、もっぱら関心は後の飲み会でした。
 僕が呼ばれたのはその日の最終テストの時間でした。当時、松浦さんが所属していた事務所には、簡単なスタジオスペースがあり、その日も何人かの声優がオーディションを受けに来ていたはずですが、僕が着いたときにはもう誰もいなくなっていました。僕は落ちることを確信しながらオーディションを受けていましたし、僕のそんな心情を察してか松浦さんも「まあ仕方ないだろうな」くらいな感じで苦笑しながら、いくつかのセリフのボイステストを録り終えました。
 煙草を吸いながら、松浦さんが帰り支度をするのを待っていると、応接テーブルの上に番組資料が置かれているのが目に止まりました、特に興味があったわけではないのですが、手持ち無沙汰でもあったので、見るとはなしにパラパラとめくっていました。そのとき、キャラクターの設定イラストに目が止まったのです。

 安彦良和氏の手による、柔らかな描線のキャラクターたちは、えも言われぬ色気と存在感を醸し出していました。
 マンガやアニメには門外漢の僕であっても、安彦さんの描かれるキャラクターたちが、これまでのアニメには存在しない斬新なものであることはすぐに理解しました。今にも紙から飛び出してきそうな躍動感と立体感を持っており、僕は一瞬で安彦さんの描くキャラクターの虜となってしまいました。安彦さんの絵は、僕の知っている漫画や劇画、アニメの絵のどれにも当てはまらない、全く新しい感覚のリアリティを感じさせてくれたのです。
 特にその中でも、仮面を被った青年将校のキャラクターの絵に、僕の目は釘付けになっていました。彼には他のキャラクターとはまた違った、気品と風格を感じます。彼の表情や立ちポーズのイラストを見ていると、自然と僕の中に「コイツならこうしゃべるんだろうな」とか「こんな感じの物言いをするんだろうな」というインスピレーションが膨らんで来ます。

 彼の名は、シャア・アズナブル――。

 僕はミキサールームの扉を開け、何やら作業をしていた松浦さんに声をかけました。

「あのう、この『シャア・アズナブル』ってキャラクターのテストをやらせてくれませんか?」
「えっ? まあいいけど……」

 松浦さんにしてみれば、アニメに対して消極的だった僕が、自ら率先してキャラクターのオーディションを受けると言ったことも意外だったらしく、それならばちょっとやってみようということで、僕のボイスサンプルを録ってくれました。確か、セリフは第1話のシナリオからの抜粋だったと思います。
 松浦さんと2人で事務所の外に出ると、辺りはもうネオンが花盛りになっている時間です。松浦さんと僕は、近所の居酒屋に入り、しばらくは世間話をしながら酒を酌み交わしていました、
 今日のオーディションのことは、話題にも上りません。
 そうして小1時間程も経った頃でしょうか、松浦さんが突然ポツリと言い出します。

「秀ちゃん、シャアを演ってみない?」

 もちろん僕に異存はありません。

「いいんですか?」
「よし、決めた!」

 これが僕と「彼」、シャア・アズナブルとの永い付き合いの始まった瞬間です。自分自身で振り返ってみても、「まるでドラマだな」と思いますが、これが僕と「彼」との出会いの真実です。】

〜〜〜〜〜〜〜

 この『シャアへの鎮魂歌』という本では、シャア役の池田秀一さんの半生とシャアとの出会い、そして、シャアというキャラクターにまつわるさまざまなエピソードが語られています。
 子役として「顔出し」(実際に画面に顔が出る役者のこと。声だけの「声優」と比較して使われる用語)の俳優であった池田さんは、もともと「声優」という仕事にあまり乗り気ではなく、アニメの声優に対しても、あまり積極的ではなかったそうです。それが、顔見知りの音響ディレクターの松浦さんに声をかけられ、「とりあえず参加するだけして、終わったら松浦さんと飲みに行く」つもりだったオーディションで、この「運命の出会い」があったのです。
 しかも、池田さんが受けたオーディションは、シャアではなく、アムロ・レイ役のもので、その場で見つけた番組の資料で安彦良和さんのシャアの絵を観て、シャアのキャラクターに強く惹かれたため、自ら申し出てシャアの声のオーディションを追加してもらったというのですから、人間、意外なところに縁というのはあるものなのでしょうね。実際は、シャア役はこの時点ですでにほとんど決まりかけており、松浦さんは池田さんをシャア役にするのに、陰でかなり苦労されたそうなのですけど。

 日本のアニメのキャラクターのなかで、「シャア・アズナブル」ほどの声の人気と知名度を誇るキャラクターは、ほとんどいないと思います。あえて言えば『ドラえもん』くらいのものでしょうが、ゴールデンタイムに移行してからでさえ25年以上の長さを誇る『ドラえもん』に比べれば、本放送では視聴率低迷のため予定の1年間すら続かなかった『機動戦士ガンダム』のシャア・アズナブルの人気と知名度は、考えてみれば本当に凄いものですよね。でも、小学生の頃に『ガンダム』を観た僕たちにとっては、いちばんカッコいいのは、やっぱり「赤い彗星」だったんだよなあ。「ガンダムごっこ」でも、一番人気はいつもシャア。
 「坊やだからさ……」とか「いい女になるのだな。アムロ君が呼んでいる」なんて、小学生がカッコつけて真似している姿は、今から考えれば噴飯ものではありますが、当時の僕たちは、本気でシャアに憧れていたのです。
 ちなみに、池田さんは、シャアのイメージを大事にするために、あえてファンに愛想良く振る舞ったりしないように心がけていたそうです。「シャアというのは、気軽に自己紹介をしたり、にこやかにファンにサインをしたりするような人間ではないから、そのイメージを壊したくない」ということで。
 結果的に、池田秀一さんは「シャア役の声優」として世間に知られることになり、僕などは池田さんの顔写真を見て、「この人が、あんなにカッコいい声を出せるのか……」と失礼なことを思ったりもしたのですが、もし、このときシャア役が他の声優さんになっていたら『ガンダム』がこんなに成功していたかどうかわかりませんし、池田さんの人生も大きく変わっていたことでしょう。『機動戦士ガンダム』が、ここまで歴史的な作品になるなんて、当時は誰も予想していなかったと思われるので、この出会いは『ガンダム』にとっても池田さんにとっても、まさに「運命的」なものだったのかもしれませんね。