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2006年03月25日(土)
「ホームページ」という媒体に向いている人

「これだけは、村上さんに言っておこう」(村上春樹著・安西水丸絵・朝日新聞社)より。

(読者から送られてきた質問メールの数々に、村上春樹さんが答えた本の一部。ちなみにこれが書かれたのは1997年です)

【質問21:ホームページの現状

<質問>
 僕はインターネットを始めて2年近くが経過しましたがホームページ(HPってなんとなくいまいち存在理由がないというか、世間でいわれるほどたいそうなものじゃないんじゃないかと失望していたところ、村上さんのHPを発見し考えを新たにしました。全世界にむけた情報発信なんて騒いでいましたがそんなものはたして必要なのか? 結局、大企業の広告媒体として機能するか、もしくは電子テレビショッピングか、電子落書き帳となるか、せいぜいそんなところではないでしょうか? でも、そんな状況のなかで村上朝日堂は実に小気味よい展開をしていると思います。

<村上春樹さんの解答>
 お褒めいただいて恐縮いたしております。でもあなたがおっしゃるように、世間のホームページのほとんどって、なんかつまらないですよね。僕もちょくちょく見ているんですが、「これは便利だ役に立つ」というのって、あまりないような気がします。「これは楽しい」というのもなかなかないし。まだ容れ物優先で、中身が追いついていかないものが多いです。
 僕は人前に出たり、しゃべったりすることは苦手ですが、活字が大好きな人間なので、こういう媒体ってやっぱり向いているんですよね。つまりリアルタイムで活字がやりとりできて、個人的でありながら、同時に個人的じゃないから。】

〜〜〜〜〜〜〜

 この村上さんの解答の最後の部分、【つまりリアルタイムで活字がやりとりできて、個人的でありながら、同時に個人的じゃないから。】という一文は、まさに「ホームページ、とくに個人の趣味レベルのホームページとは何か?」という質問への解答にもなっています。こんなに簡潔で的確にまとめられるものなのだなあ、と感動してしまいました。
 僕も、このインターネットという新しいツールにはじめて触れたころには、「うーん、これって、みんな凄いって言っているけど、本当に面白いの?」と疑問で仕方ありませんでした。もう、7年くらい前の話なんですけど。ポータルサイトや新聞社のサイト、有名人のサイトなどを一通り巡回してみると、あとはもう、やることが何もなくて。新聞取らなくていいなら便利だな、と感じたくらいで、しばらくはパソコンは「信長の野望」とかで遊ぶためのゲーム機と化していたのです。
 でも、いわゆる「テキストサイト」「日記サイト」を知ってから、僕はこのインターネットという道具にズッポリとハマってしまい、自分でもこうして、ささやかながら「発信」する立場になっています。これって、7年前の自分には、想像もつかないことだったのです。
 おそらく、僕にとっても、この「ホームページ」(今の「ブログ」も含む)というのは、ものすごく「自分に向いていた媒体」だったと思うのです。リアルタイムでやりとりするのが「音声」だったら、声や喋りに自信がない僕は二の足を踏んでいただろうし、「それならチラシの裏にでも書いておけ!」って言われても、誰も読まないチラシの裏に延々と文章を書き続けられるほど、僕はつつましい人間でもないのです。まさに、この【リアルタイムで活字がやりとりできて、個人的でありながら、同時に個人的じゃない】という媒体があればこそ、こうして僕は何かを「発信」するという喜びにひたれているんですよね。
 だからこそ逆に、「ホームページ運営なんて、何が面白いの?」という「相性が悪い」人がいるというのも、非常によくわかるのです。それは「電話は嫌い」という人と、「メールなんてまどろっこしい、直接電話すれば済むことなのに」という人がいるのと同じことですし、ホームページという媒体に向かない人がいるのも当然のことでしょう。
 オンラインゲームが登場したときには、すべてのゲームはオンライン化していくのではないかと言う人もいましたが、これまでのゲーム業界の流れとしては、「オンラインゲームを好む人というのはもちろん存在するけれども、みんながオンラインゲームに馴染むわけではない」ということが少しずつわかってきたようです。同じように、インターネットやホームページというのは、ひとつの革命的なメディアではあるけれども、すべての媒体が行き着くところではない、ということなんですよね。
 とりあえず、僕は、「ホームページがある時代」に生まれてよかったと感謝しています。たとえこれが、過渡期の一時的な現象で、10年後には誰もホームページなんか見なくなったとしても。