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2005年09月19日(月)
ナチュラル・ボーン・ゲーマーの「天職」

「女流棋士」(高橋和著・講談社文庫)より。

(女流棋士(今年の2月に引退されたので、正確には「元」ですが)高橋和(たかはし・やまと)さんが、交通事故で左足に大きな怪我をして、入院されていたときのエピソードです。

【そんな中、いちばん上のお兄ちゃん違っていた。なんと持っているのは、当時出はじめたカード型ゲーム機。今でこそ家庭用ゲーム機が普及し、とくに珍しいものではなくなったが、その頃はまだ持っている人も少ない、貴重なおもちゃだった。
「おにいちゃん、ナニそれ?」
 私は言った。
「ん、ああこれか。これは『パラシュート』っていうゲームだよ」
「ぱらしゅーと?」
「ほら、よく見てみな。上から人が落ちてくるだろ。それを下でキャッチするんだ。こうやって左右のボタン動かしながらね。どうだ、やってみるか?」
 こう言うとお兄ちゃんは、そのゲーム機を私に差し出す。
「うん!」
 私は待ってましたとばかり大きな声で返事をし、ゲーム機に飛びついた。
 はじめは失敗ばかりしていたが、三〜四回も遊ぶとコツを覚え、高得点が出るようになってくる。
「おっ、なかなかうまいもんじゃないか」
 ひょいとのぞき込みながら、お兄ちゃんはうれしそうに言った。しかし私はゲームに夢中で、お兄ちゃんの声が聞こえない。しかしまあ、ここまではよかった。
 それから五分が経ち、十分が経っても、私は一向にやめようとせず、むしろやればやるほどにのめりこんでいった。
「あのさぁ、そろそろ……」
 お兄ちゃんが困り顔で私に言う。
「あっ、ほらほら、みんなもう部屋に帰っちゃったよ」
「……ああそうだ。もう三時だからおやつの時間だ。今日は何だろうなぁ」
「お兄ちゃんは私の気持ちをそらそうと、いろいろなことを言ってきたが、なにを言ってもまったく効果がない。私はお兄ちゃんのベッドを占領し、決して動こうとしなかった。
「やまとちゃん、こっちのゲームはどうだい? これも面白いんだよ」
 この言葉には反応した。今まで画面しか見ていなかった目が、一瞬だけチラッとお兄ちゃんの差し出す違うゲーム機に移った。しかし、画面はそれどころではない。上からどんどん人間が降ってくるのである。助けなくてはならない。すぐに目はもとに戻り、お兄ちゃんはハァと肩を落とした。
「わかったよ。じゃあ終わったらベッドの上においといてね」
 おそらく私のゲーム好きはこの頃から始まっているのだろう。ありとあらゆるゲームが好きで、しかも困ったことに勝つまでやめなかった。だから周りはとにかく大変だった。小さい私を上手に勝たせてあげないと、いつまでたっても終わらないのだ。まあ、今となっては職業にまでなったのだからありがたいことなのだが、その頃つきあわされた人たちは、たまったものではなかっただろう。
 それからしばらくして、お兄ちゃんが部屋に戻ってきた。「まだやってるのかこいつは……」とでも言いたげに、顔をヒクヒクさせながら私のほうを見て、
「終わったかい?」
 と言った。
「ううん、あともうちょっと……」
 私がそう答え終わろうとした瞬間、
「あっ……」
「ど、どうした!」
「画面が……まっ暗になっちゃった」
「…………」
 電池切れだ。これでやっと、ゲーム機は無事お兄ちゃんのもとへと帰っていったのだった。
 もちろんこの後も、お兄ちゃんの所に通いつめたことは、言うまでもない。】

〜〜〜〜〜〜〜

 『パラシュート』懐かしい!
 当時の任天堂のゲームウォッチの中でも、この『パラシュート』と『マンホール』は、とくに人気が高くて、ずっと売り切れだったのを思い出しました。
 この文章に出てくる「お兄ちゃん」は、血が繋がった戸籍上の「兄」ではなくて、一緒に入院している年上の男の子のことなのですが、このとき、高橋さんは4、5歳。三つ子の魂百まで」なんて言いますけど、そんな子供のころから、こんなに「ゲーム好き」だったなんて。高橋さんは、結果的に「将棋というゲーム」にハマってしまい、プロ棋士への道のりを歩くことになるのです。

 こうして、実際にものすごい難関をくぐり抜けてプロ棋士になった方の話を読んでみると、こういう、ものごとに熱中したら、それをつきつめないと気がすまない性格」というのは、たとえその熱中の対象がゲームであっても、ひとつの『才能」なのかもしれないな、という気がしてきます。「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」でも、「全アイテム収集」とか「最強キャラ作成」なんていう「やりこみプレイ」をやっている人の姿は、単なる「ゲーム好き」を超越して、崇高ですらあります。僕もゲームは大好きなのですが、「適当にレベルアップをしながら、それなりに勧めていく」という感じだからなあ。

 高橋さんは「棋士」という趣味と実益を兼ねた職業に就かれたのでよかったのですが、こういう「才能」って、きっといろんなところで「ゲームばっかりやって!」というようなお小言とともに、摘み取られていっているんでしょうね。
 ただし、「プロ棋士」を目指すというのは、それはそれで大変な道のりなのです。その「将棋の子」(大崎善生著、ちなみ大崎さんは高橋さんと結婚されています)という本によると「奨励会」に属しているプロ棋士の候補生たちは決められた年齢までにプロ棋士になれないと、永久にプロ棋士にはなれず、奨励会からも「卒業」させれてしまうのです。そして、「夢破れた敗者」たちは、心に大きな傷を負って、「第二の人生」を送っていかなければなりません。自分が大好きなものに「自分の敗北」を思い知らせられるのは、本当に辛いことでしょうけど。

 まあ、この話でいちばんかわいそうなのは、せっかくゲームを貸してあげたのに、当時はまだ高かったゲームウォッチ用のボタン型電池が切れるまで遊ばれてしまった「お兄ちゃん」なんですけどね。

 そういえば、こんなふうに人の家でゲームばっかりやっているヤツがいたようなあ、なんて、半分懐かしく思いつつ。