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2005年09月12日(月)
「イルカちゃん」からのお願い

「ばななブレイク」(吉本ばなな著・幻冬舎)より。

【よくその島のことがTVで紹介されているからだろう、そこには日本人がたくさんいた。だいたいがハネムーナーで、島でのマリンスポーツと、イルカの餌付けをセットで楽しんでいた。当然のことだが、野生イルカの餌付けにはいろいろなルールがある。野生動物には基本的に人間は手で触ってはいけないし、まして毎日あらゆる種類の人がそこでイルカに直接魚をあげるのだから、何が起こるかわからない。どんな菌をイルカにうつしてしまうかわからないし、どんな悪い人が混ざっているのかわからない。管理するほうは大変だと思う。観光と収入と観察と研究のバランスから、その餌付けという企画ははじまったのだろう。
 日本人が多かったので、日本語で説明するスタッフもいた。私は、その説明を聞いて、頭がぽかん、となってしまった。
「いいですか、これはイルカちゃんからのお願いです」「人間が触ると、イルカちゃんはびくっとします、なので、触った人がいたら必ずわかります、触る人がいると、ストレスがたまって、イルカちゃんは死んでしまいます。もしも悪い菌がついていたら、エイズのような病気になって、やはりイルカちゃんは死んでしまいます。うっかり触らないように、空いたほうの手は必ず、後ろ手にして、上げておいてください。アイスクリームはお好きですか?餌の魚を持つ時は、必ずアイスを持つのと同じ持ち方で、持ってください……」
 その緊迫した内容に比べて、表現は全部こういう感じだった。まわりをぐるりと見てみたが、子供はいない。立派な大人ばっかりだった。私は通りすがりのものなので、その説明の仕方がそのスタッフの人が独自に考え出したものなのか、あまりにもみんながばかで何を言ってもイルカに触りまくるからそんなことになったのかはわからないけれど、とりあえずイルカちゃんはそんなことお願いしたりしないので、普通に「野生動物と向き合う時のルール」を教えればいいのではないだろうか……と言いたかったけれど、その、まだ何もしていない人々に対してはじめから断罪するような、悪い子供に言うような物言いも、わーい!イルカに触っちゃえ! と触っちゃう人々も、どちらもなんとなく日本人というものの、他人との信頼やコミュニケーションというものについての成熟度の低さを物語っているような気がした。】

〜〜〜〜〜〜〜

 この「イルカちゃん」というような表現にさらされる状況って、日本人が海外のツアーに参加すると、経験することがものすごく多いような気がします。いや、海外に限らず、国内でも、この手の「○○ちゃんがかわいそうですからね〜」というような「みなさんへのお願い」をされることって、けっこうありますよね。イルカは人間の言葉を解するそうですから、「バカにしてんのかよ!」とか思っているのかもしれません。
 病院でも、お年寄りに「○○さん、ダメでちゅよ〜」みたいな「赤ちゃん言葉」で話しかけている人がたまにいて、そういうのを見るたびに、僕はちょっと悲しい気分になります。相手は人生の大先輩であり、オトナなんだから、今の状況はどうあれ、それなりに礼儀を尽くすのがスジだろう、とか考えてしまうのです。まあ、やっている本人は、それが「優しい言葉遣い」だと、信じているようなのですけど。まあ、実際は、それで御本人が気を悪くされているかどうかなんて、当事者にしかわからないことには違いありませんが。
 ただ、これをあらためて読んで考えてみると、日本人というのは、「子供(とくに赤ん坊)に対する言葉」というのが、「いちばん丁寧で優しい表現」だと考えていて、動物に対しても「擬人化」している民族なのだなあ、とも思います。「環境を守るために、イルカに触るな」と言われるより、「目の前のかわいいイルカちゃんが死んでしまいます」のほうが、僕にとっては、はるかに「抑止力」が強い表現であるのも事実ではありますし。「大人をバカにしてんのか?」と感じる一方で、大上段に「地球環境のために、触らないのが当然なんだからな!」と言いつけられるよりは、気分的には、受け入れやすいのかもしれません。「環境のため」って言われたら、「でも、自分ひとりくらいなら…」っていう反応をする人は、けっこういそうだし。
 実際は、外国人がオリジナルでこういう言い方を考えるわけもなく、たぶん、誰か日本人あるいは日本通の人が訳したのか、日本でのこの手の「説明」を参考にしたものなのでしょうから、いずれにしても、「日本人には効果的」だと判断されている表現ではあるのですよね。

 しかし、僕もオーストラリアに行ったとき、「コアラ抱っこ写真」を撮って大喜びしていたことを告白せねばなりません。村上春樹さんの「シドニー!」によると、あの「コアラ抱っこ」は、コアラに多大なストレスを与えると言われており、州によっては禁止されているところもあるらしいのですが、その「コアラ抱っこ禁止の州」では、観光客が激減したそうなのです。僕も、ふかふかのコアラを抱っこしたときには、「ああ、これぞオーストラリア!」と感激したものです。やっぱりコアラは可愛いし。

 結局、「イルカちゃん」とか「コアラちゃん」とか、お前ら大人をバカにするな!と言う前に、自分が【普通に「野生動物と向き合う時のルール」】をわきまえて、「大人として扱われてしかるべき行動」をとってみせないといけないのでしょうね、きっと。