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2005年05月03日(火)
声に出すと怒られる日本語

「オトナ語の謎。」(糸井重里監修・ほぼ日刊イトイ新聞編、新潮文庫)より。

(この本の前書き「日本では、上司に『あなた』と呼びかけられません」より。糸井さんが高校時代に、「オトナたちの使うことばの世界というものが、『こことは別に存在する』ということを知った」というエピソードです。高校の先生と「反体制という考え方に目覚めてしまった「生意気くん」の言い争いの話。)

【高校教師であり、人生の先達である「頑な先生」は、高校生のコドモ相手の口論に本気で怒ったりするわけにもいかないだろうということで、口元に軽い笑みさえ浮かべていた、はずだった。しかし、その笑みは「生意気くん」が発したたったひと言によって一瞬のうちに凍りつき、氷山と化した「頑な先生」は、次の瞬間には真っ赤な溶岩を噴き出す火山になっていた。
「なんだ!貴様は!」と教室のガラスが割れるような大声で怒鳴りつけた。たぶん、ものすごく血圧が上がっていたと思う。先生の寿命はあのときに3年くらい縮まった、証拠はないけど。
「生意気くん」は、先生に向かって馬鹿だの阿呆だのという悪罵を投げつけたわけではないのだ。
 ただ、先生に向かって「あなたは」と言ったのだ。英語で言えば「YOU」、一般的な二人称であり、相手を貶めるような意味はまったくないはずだ。しかし、生徒が先生に向かって「あなた」と呼びかけることは、してはいけない「社会のルール」なのである。そのルールを、「生意気くん」は知らなかったのか、無視したのか、破ってしまったというわけだった。
 あのとき受けた衝撃が、ぼくに「オトナ語」という概念を意識させたのだと信じている。】

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 糸井さんはいま、50代半ばになられていますから、今から40年くらい前の話、ということになりますね。これは当時の「オトナ語」の基準だったわけですが、現在だったら、先生を「あなた」と呼ぶことは、果たして「社会のルール」的にはどうなのでしょうか?やっぱり「無礼」なのか、それとも「常識の範疇」なのか。僕のイメージとしては、「烈火のごとく怒られるほどではないけれど、『非常識』だな」というくらいなのですが。でも、こういうのは、環境によっても違ってくるものですし。

 僕が大学3年か4年くらいのときのことだと記憶しているのですが(今から10年くらい前)、新入生勧誘のときに、東京の高校から来たという新入生と話していて、驚愕させられたことがあります。
 彼は、僕たち上級生に対して、ごく普通に「キミたちは…○○だよね」と話しかけてきたんですよね。ずっとその調子だったので、他の上級生が「お前のところでは、先輩にもそんな喋り方なの?」と半ばイヤミっぽく訊ねてみると、彼は「えっ?これっておかしいの?僕の高校は上下関係がないから、上級生とか下級生とか関係なく、みんなタメ口だよ」と答えたのです。
 確かに、九州というのはそういう面では保守的な土地柄だったのでしょうけど、僕たちは正直「なんて無礼な!」とあきれ返ったものです。客観的にみれば、「敬語とかを強要しない、自由な校風」というのはけっして悪いものではないでしょうし、大学の部活という空間は、ある意味オトナの社会よりも、そういう上下関係へのこだわりがあるのだとしても、やっぱりその耳慣れない呼ばれ方には、ものすごく抵抗があったのです。
 「言うに事欠いて、先輩を『キミ』呼ばわりか!」と(もちろん、心の中でだけ)。
 僕たちにとっては、「キミ」なんて、会社で上司が部下を呼ぶときか、青春小説の中でしか使われない二人称でしたから。

 半年くらいして、結局別の部活に入ったその後輩に会ったとき、ややぎこちない敬語を使っていたので、安心したような、残念なような、そんな気持ちになったんですけどね。

 英語では同じ「YOU」のはずなのに、日本語というのはなかなか難しいものです。
 「あなた」「キミ」「お前」「貴様」「おたく」……
 こう並べてみると、日本人というのは、そもそも二人称そのものがあまり好きではないのかもしれません。こういう言葉で呼びかけられるとつい身構えてしまいそうで、二人称にはあまり「使いやすい言葉」「相手に良いイメージを与える言葉」がないんですよね。