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2005年01月31日(月) ■ |
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「学歴過少申告」と「逆差別」と「職業選択の自由」 |
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河北新報の記事より。
【中・高卒者に採用を限定している青森市営バス運転士をめぐって、同市は大卒・短大卒だったことが発覚した30―40代の男性運転士3人を昨年10月と今月、懲戒免職とした。大卒では運転士になれないため、3人はいずれも学歴を「過少申告」していた。解雇に対し、市民の反応は「逆差別だ」「いや妥当」と真っ二つ。背景には、全国最悪レベルが続く青森県の就職事情も垣間見える。
今月27日午前、青森市交通部労組の青森交通労組事務局に、学歴詐称のため20日付で懲戒免職となった運転士2人がやってきた。退職後の事務処理のためだ。 「申し訳ないが、組合として身分を守ることはできない。何かあったら相談してほしい」。千葉敏彦委員長が苦渋の表情で語り掛ける。2人はうなだれたままだった。委員長室から出てきた2人は、組合職員らに「お世話になりました」と頭を下げ、去った。
学歴を詐称した動機について、市交通部関係者の多くは「バス運転士へのあこがれがあったのではないか」と指摘する。同じく採用資格を中・高卒者に限定している仙台市営バスでも「『バスフリーク』は意外に多く、運転士は人気がある」(人事担当者)という。 青森市交通部によると、運転士の初任給は15万1500円。東北各県の民間バス事業者と比べると高めで、労働環境や身分保障もしっかりしている。千葉委員長は「(3人には)安定した職に就きたいという思いもあったのだろう」と推し量る。
市は1995年度、バス運転士など技能労務職員採用に当たり、それまで年齢制限だけだった資格に加えて、学歴制限を設けた。中・高卒者の就職状況が全国最悪レベルの青森県にあって、制限は「中・高卒者の採用枠を増やす」(市交通部)狙いがあった。 昨年10月に最初の免職者が出て以降、市のインターネット掲示板などには「学歴の逆差別ではないか」「職業選択の自由に反するのではないか」との書き込みが相次いだ。別の公営バス関係者も「懲戒免職は厳しいと感じた」と打ち明ける。
しかし、市は「学歴を隠して合格したため、本来合格すべき中高卒者が落ちた」(中川覚人事課長)との根拠で「懲戒免職は当然」とする。千葉委員長も「試験制度見直しなどの議論はあってしかるべきだが、現在ある要項を無視して『裏』から入ろうとするのは許されない」との見方だ。 労働問題に詳しい東大社会科学研究所の水町勇一郎助教授(労働法)は「中・高卒者の採用を増やすという雇用政策上の要請と、職業選択の自由の兼ね合いが問題。一般的に学歴が上がればチャンスが増えるのに、大学に行ったことで逆に不利益を被っている。学歴の過少申告とのバランスからみて、懲戒免職という重い処分に疑問は残る」と話している。
[青森市営バス運転士の学歴詐称問題]市民からの通報で、運転士(32)が短大卒を高卒と偽っていた事実が発覚し、昨年10月20日付で懲戒免職処分となった。その後、95年度以降に採用した運転士88人の経歴を調べた結果、高卒と偽っていた大卒の運転士(43)と短大卒の運転士(35)の2人を今月20日付で懲戒免職とした。市は採用責任者1人を厳重注意に、試験担当者3人が月給の一部を自主返納すると発表した。】
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ちょっと前に、「ペパーダイン大学卒」という虚偽の学歴詐称で、結局辞職に追い込まれた国会議員の人がいましたが、この「バス運転士学歴詐称問題」については、学歴を低く詐称した、というのが問題になっているのです。普通、学歴詐称というのは、本当の自分の学歴より高学歴に詐称するが一般的なパターンなのですけど。 ただ、僕は東大生になったことはありませんが、もし東大卒だったりしたら、たぶん「学歴詐称」したくなるような状況というのもあるんじゃないかなあ、と思います。世の中というのはなかなかうまくいかないもので、「高学歴」というだけで、「凄いですねえ」なんて持ち上げられているようで、実際は疎外感を味わう、なんてこともあるでしょうから。 まあ、それはさておき、結論としては、「就業資格違反(しかも確信犯)」ということで、本人も「懲戒免職」に対して、裁判に訴えるとか、そういう動きにはなっていないようです。
この件に関しては、「大学や短大を出ていたら、バスの運転手として何か不都合があるのか?」と疑問に思う人もいるでしょうし、「大学まで出ているんだったら、ただでさえ仕事がない状況なのだし、わざわざ『バスの運転手』という技術的な資格は必要だけど学歴とはあまり関係のない仕事をしなくてもいいじゃないか」という人がいるのは、当然のことだと思います。そして、どちらが正しい、という問題でもなさそうです。県の職員には、これとは逆に「大卒以上」なんていう条件がある職種だってあるのでしょうし、大卒じゃないと管理職になれない、なんていう「お約束」がある部署だって存在するはずです。そう考えたら、このくらいの「逆学歴差別」があっても仕方がないのかなあ、とも思えるのです。いやまあ、「それなら、大学に行けばよかったじゃないか!」とか言う人もいるんでしょうけど。 ただ、「バスの運転手なんて、高学歴の人間がする仕事じゃないだろう!」というのはちょっとヘンな気もしますし、大卒だって、バスの運転手という仕事をしたい人がいるというのも理解できます。その一方で、この仕事を中・高卒者の雇用枠にしたい、という県側の立場もよくわかるのです。東大の先生が「職業選択の自由」と言ってみたところで、現実には、「自由に職業を選択できる」なんて立場の人はごく一握りなわけですから、誰だって、より条件が良くて、自分の希望に沿ったところで働きたいと思うはずです。そういう意味では、今回懲戒免職になってしまった3人は、「公のために犠牲になった」という面もあるんですよね。本来は、この記事にあるように、資格規定そのものがおかしいから、それを変えさせることが大事なのだろうけど、実際に自分が仕事を探している人間だとしたら、そんな悠長なバトルに身を任せているヒマなんてないだろうし、「学歴詐称」をしてでも、職を得たいというのは、けっして異常ではなさそうな気がします。実際より高学歴に見せかけるのは大変だろうけど、最終学歴が大学卒の人が高卒のフリをするには、出身高校で卒業証明書を貰って、大学に行ったことを履歴書で隠しておけばいいわけですから、調べる側が「性善説」に基づいていれば、「実は大卒だった」なんて、まずわからないのではないでしょうか?そういう意味では、試験官もとんだとばっちりを受けてしまった、と言えるかもしれませんね。
それにしてもこの件でいちばん考えさせられたのは、最初に発覚した運転手の学歴については、誰かから「通報」があった、ということです。それも、本人の学歴を知っている人ですから、かなり近い人だったはずです。そういう「悪意」(密告した側は「正義の行使」のつもりだったとしても)について考えはじめると、正直、怖いな、とも思えてくるのです。少なくとも、運転手が解雇されても、この通報者が直接の利益を受ける可能性はないだろうに。 もちろん、「嘘をつくこと」は悪いことなのですが……
でも、本当にこれは、ある意味悲劇的なことですよね。解雇された人たちは、バスの運転手になりたくて大学に行ったわけではないのだろうし、景気が良くて仕事が有り余っている時代であれば、こんな諍いは起こらなかったような気もしますし。なんだか、「学歴社会への不満」を大卒・短大卒者の代表としてぶつけられてしまったみたいで、ちょっと不憫でもあるのです。
しかし、このバスの運転手って、どういう基準で採用しているんだろう?まさか、「他所では採用してくれないような人」を優先的に雇用している、というわけでもないだろうしなあ。交通機関の運転手って、人の命を預かっているんだしねえ。
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