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2004年06月27日(日)
「ハガキ」と「封書」では、どちらが面白いのか?

「中島らもの特選明るい悩み相談室・その2〜ニッポンの常識篇」(中島らも著・集英社)より。

(川上弘美さんとの「巻末対談」の一部です。「明るい悩み相談室」に投稿されてくる相談の内容について。)

【川上:すごい競争率だと思うんですよ。
 中島:週百通ぐらい来てた。新聞社からはノーチェックで、封を切らずにそのまんまおれのところに転送されて来るんです。でも、おもしろいのは、封書よりハガキですね。
 川上:ハガキ?
 中島:たぶん、ハガキっていうのは、だれの目にも触れるわけでしょう。で、あっけらかんとして書き飛ばしてくるわけですよね。封書は、内面をのぞかれたくないみたいな自意識が強いのが多いから、おもしろくない。
 川上:つい書き綴っちゃうんですね。じゃあ、恋文なんていうのも、ハガキで書いたほうがいいものが書けるのかもしれないですね。でも、多分、普通の人生相談だと封書が本流なんでしょうね。】

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 普通に考えたら、気合を入れて「他の人には読ませられないような話」と書いてきているはずの封書のほうが面白い内容のものが多いんじゃないかな、と思いますよね。
 まあ、この「明るい悩み相談室」というのは、質問も深刻なものというよりネタっぽいやつがほとんどなのですが。

 確かに、封を開けないと読まれない「封書」というのは、ハガキより文章も長いでしょうし、読まれにくい分だけ恥ずかしい話とか本音も書きやすいのではないか、というイメージがあります。もらう側だって、ハガキが来れば、サッと裏返して内容を読んで「ふむふむ」という感じですが、封書を読むには、ある種の「緊張感」がありますよね。
 些細なことをわざわざ封書で送ってくるはずがない、というイメージもありますし。
 ハガキの場合、何かの拍子に読まれてしまう可能性はありますし、もし読まれても「読まれたのかどうか?」というのはわかりません。郵便局の人とか家族が読んでも、証拠は残りませんから。まあ、郵便局の人はわざわざ読んだりはしないとは思うのですが、ハガキの場合は逆に「読まれても仕方ない」という面もあるわけです。

 こういうのは、「ハガキと封書」に限らず、実際の生活で相談を受ける場合でもそうですよね。
 「内緒の話があるんだけど…」と言われてドキドキしながら話の続きを待っていたら「それだけ?」なんていうことは、けっこう多いような気がします。逆に、普通の会話の中でポロッと出てきた「ひみつの話」のほうが、はるかに「まさか…」と思うようなものが多かったりするんですよね。
 伝える側に過剰な自意識が働いている場合には、伝えられる側にとっては、その自意識がかえって鼻についてしまうこともありますし、「他の人に知られてもいいや」という開き直りが、洗練を生むことだってあるのです。
 もともと、「悩み相談」の場合は、採用されれば人目に触れるものですし。
 それに、「恋文」なんていうのは、あまりに自意識過剰なものより、ハガキに書けるような内容のほうが、受け取る相手にとっては読みやすいのかも。「重すぎる」恋文は、かえって引かれることもありそうだし。もちろん、恋の行方は別として。

 これって、サイトでもそうなのではないかな、という気もします。
 「会員制」とか「内輪だけのサイト」なんていうのは、おそらくあまりたいしたことは書かれていない場合が多いのではないでしょうか?
 「秘密日記」の中には、間違って読んでしまったら、そのあまりの自己陶酔っぷりに「キミの言いたいことはわかったし、読むほうが気持ち悪いから、永遠に秘密にしといて!」なんて思うものありそうです。

 あまりに周りを意識しすぎて媚を売りまくっているのも、それはそれでつまらなかったりもするのですけど。