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2003年04月13日(日)
「友達に裏切られたことはない」という人生。


 「哲学」(島田紳助・松本人志共著、幻冬舎文庫)より抜粋。

(島田紳助さんの「友達」についてのコメント)

【友達に裏切られたことはない。一緒に遊ぶこと以外は、何も期待しないから。
 そして、仕事のことでは、おたがいに助け合わない。
 僕の友達に花屋をやっている奴がいる。どこもそうだろうが、今は売れなくて大変なときらしい。
 でも、大変だからといって、「こいつのところで花買うたろ」とはみんな思わない。
 むしろ、知り合いだから「まけろ」という。
 僕は、それでいいと思う。】

〜〜〜〜〜〜〜

 僕も友達は少ないです。
 でも、テレビなどで「友達何人くらいいるの?」と聞かれた女子高生が「え〜っと…」とか言いながら、携帯の電話番号の数を数えて、「100人くらいかな!」というのを見ると、ちょっとうらやましいような気がします。
 まあ「友達」と「親友」とでは。ニュアンスが違うと考える人もいるかもしれないけれど、ここは「友達」=「親友」という解釈にさせてくださいね。紳助さんも、そういう意味でこの話をされているみたいですから。

 「友達と金の貸し借りをしてはいけない」というのは、昔から言われている警句です。
 その一方、「困ったときの友達こそ、真の友達」という言葉もあります。
 お金がらみでない「困ったこと」に関してサポートしてあげるのが、「友達」というものなのではないか?という意見もありますよね。
 しかし、よくよく考えてみると、とくに大人の場合には、お金がらみでない「困ったこと」というのは(あとは異性関係くらいでしょうか?)、あんまりないんですよね。まあ、人生の悩みなんていうのもあるんでしょうけれど「オレは今、貯金は3億円ほどあるんだけれど、何をやっていいのかわからない!」という40歳男性が相談してきたとして、まあ、たいていの人間は「しばらくブラブラしてたら、そのうち何かやりたいことでも見つかりますよ」とか答えるはずで。
 いわゆる「色恋沙汰」以外の大人の悩みっていうのは、お金の力で解決できる、もしくは状況をかなり改善できることが多いと思われます。

 紳助さんの発言については、「一緒に遊ぶだけの人間は、友達じゃない」という気もしますし、こういう発想は、紳助さんが「成功者」だからこその発想なのかもしれませんが…
 でも、こういうふうに他人に依存しない生き方ができるっていうのは、凄いとも思いますし、別に彼が冷たい人間だとも感じません。僕も、あまりに依存しあっているような「俺たち、友達だよな!」っていうような友人関係は苦手ですから。
 そんなふうに言う人には「言葉で確認しないといけないようなら、友達じゃないなあ」と内心思ってしまいます。
 だって、本当にお互いに自信があれば、恋人同士で「ねえ、私たち付き合ってるよね」とか言わないでしょう?
 
 でもなあ、僕はこの年になっても、よくわからない。
 「友達」って。何なんだろう?
 「友達だから、お金は貸さない」という友情もあるし、「友達だから、金を貸すんだ」という友情もある。どちらが正しいとか、決められるもんじゃない。
 「友達に裏切られたことなんてない」と言い切ってしまえるような人生も、ちょっと寂しいような気がするし。

 そうして今日も、街頭インタビューで「人生で一番大事なものは『友達』です」と答える人々の笑顔を眼にするたびに、なんとなく居心地の悪い思いをしているのです。