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2002年05月27日(月)
2002年5月27日。

週刊プレイボーイ4月23日号・赤塚不二夫(漫画家)と武藤敬二(プロレスラー)の対談記事より抜粋。

【赤塚「僕も実は最初は手塚治虫さんのマンガを真似して書いてたの。修行中はね。でも、ある日、手塚先生に言われた。「人の真似をしたら、真似た人の線まではいくよ。でも、それ以上はいかない。自分で開拓しなさい。そのためにはいい映画を見て、いい音楽を聴いて、いい本、いい芝居を知って、そして自分を見つけなさい。マンガは読んじゃダメ。マンガからマンガを真似するのは愚の骨頂だよ」って。僕もそうしたよ。映画だったらマルクス兄弟、チャップリン、キートン、ボブ・ホープ。彼らのギャグのエッセンスを取り入れて自分のストーリーを考えた。】

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技術の修得はまず真似から、というのは、おそらく真実といえるでしょう。どんなに絵の才能やピアノの才能を潜在的にもっている人でも、それに対するトレーニングを受けなければ、まったくその能力は開発されないわけですし。例えば、あなたの隣で居眠りしている人やあなた自身も、ひょっとしたらピカソを超えるような素質としての絵の才能をもっているのかもしれないし、子供のころから練習をしていたら、メジャーリーガーになっていたのかもしれません。
もちろん、この「真似するな」というのはある程度のプロとしての技術をもったひとについての話なのですが。

手塚さんの作品は、いろんな意味で「映画的」だといわれるのですが、彼は映画のほうが偉いと思っていたわけではなく、自分の引き出しとして「映画」というある程度成熟したジャンルの娯楽の要素を取り入れていったんでしょうね。
「マンガが好き」で「マンガををたくさん読んでいる」ということが、必ずしも漫画家としてプラスにならないということなんでしょう。
ただし、映画の世界でもパロディものがあるように、批評的な感性として面白い作品を作っていくことは、必ずしも不可能ではないと思われますが。

でも、ほんとに超一流の創造者を目指すのであれば、他人の真似をしてはダメなんだよ、と。そして、このコメントのもうひとつのポイントは、真似するな!といいつつ、他のジャンルのいいところは取り入れろ、という具体的な方法が明示されているところだと思うのです。

手塚さんは、当時のマンガというジャンルに失望し、真似る価値はないと思っておられたんでしょうか?それとも、他の人のを読むと真似したくなってしまうという衝動が、あの巨人・手塚治虫にもあったということなのでしょうか?

WEBサイトでも、あまりネットの世界にばかりどっぷりつかっている人の文章には、あまり心引かれるものがないと思うのは、僕だけでしょうか。