監督:西川美和 出演:笑福亭鶴瓶 瑛太 八千草薫、他 オススメ度:☆☆☆☆
【あらすじ】 山間の過疎村で1人の医師「伊野」が失踪した。警察が捜索に乗り出すが、医師を慕っていたハズの村民達は実は伊野の素性についてほとんど何も知らなかった。遡る事2ヶ月前、東京からこの村に研修医としてやって来た相馬は、この地で腰をすえて地域医療に専念する医師・伊野の姿に、そして伊野を神のように慕う村民達との関係に心打たれていた。ところがある日一人暮らしの未亡人「鳥飼かづ子」が倒れ、伊野は彼女から「一緒に嘘をついて欲しい」と頼まれる・・・
【感想】 「蛇イチゴ」で鮮烈なデビューを飾り、「ゆれる」でその才能を世間に広く知らしめた西川美和監督の最新作。 この方の作品は絶対に期待を裏切らないと信じている。彼女のデビュー作「蛇イチゴ」を見た時に既に感じていたが、本当にこの監督さんは人間の心の奥底に広がる闇や心理描写を描く天才。 本作でもその力量はいかんなく発揮されていたと思います。
前2作では「家族の心象」を見せていたが、本作では過疎の村で地域医療に従事する医師とその周囲を描いています。 予告編を見て「え・・・鶴瓶が主役?また何とも微妙なトコロ持って来たなぁ(苦笑)、瑛太が客寄せパンダか?」と思っていたんですが、この監督さんは脚本や絵の撮り方も素晴らしいけど、配役も意外でありながらドンピシャな人材を配置する才能を持ってますね。映画を見終わったら伊野役は鶴瓶しか考えられない! 八千草薫さんの演技にもやられたけど(台所で背中越しに伊野に語るシーンなんてゾクゾクしましたよ)、井川遥さんが全く期待していなかったのに実にいい演技をしていました。
人は嘘をつく。生まれてから一度も嘘をついた事がない、なんて人はいない。 ではその嘘は善意なのか悪意なのか?善意から出た嘘であっても巡り巡って、または違う立場の人の目から見渡した時に悪意になる事もあるのではないか?・・・そんな禅問答のような、そして誰もが持つ心の闇を見せる作品でした。
高齢者ばかりの山間の過疎の村に敢えて従事したいと思う医師は少ない。 ところが本作では、伊野がその過疎の村で献身的に医療を続けている。感想を語る上でネタバレをせざるを得ないので書いちゃいますが・・・ ※ 以下、完全なネタバレなので本作未見で情報を入れたくない人は読まないで下さい
伊野はこの村で高齢者医療に従事しながら村人達から大いなる尊敬を集めて信頼を勝ち得ている。 だがそれは過疎の村だから出来た事で、都会では通用しない。伊野本人だって判っている。
彼は何を思い、この村で医療行為を続けていたのだろう? 伊野がやらなければ、この村はいつまでも無医村で高齢者ばかりの村民達は日々のちょっとした治療、風邪を引いたとか腰が痛いとかいった些細でありながら治療を必要とする医療行為を受ける事が出来ない。 伊野はそんな村民達にとって救世主だっただろう。伊野もまた村民達が自分の医療行為で元気になったり明るい笑顔を取り戻す姿を見る事で、その使命感を充分に果たす事が出来ただろう。
でもそれは伊野の完全なる「善意」から発せられるものだったのか?
優秀な医師である父を持ちつつも自分はその後継者とはなれなかったコンプレックスがあったのではないか?また法外な報酬を手に出来た上に周囲からの絶大なる尊敬を得る事に快感がなかったと言えるのか? 「どうせ高齢者ばかりの過疎村だし、よもや高度治療技術を必要とするような事態はなかろうて」とタカを括って、自分の心地良い居場所を確保するのを目的にこの村にやって来た・・・そういう気持ちはなかったと言えるのか?
伊野のした事を人は「人情に厚い」と言うかもしれないが、本来医師ならば絶対にしてはいけない行為。 それがたとえ善意から発せられた嘘でも、嘘をつかれた家族側からすれば「悪意の嘘」になってしまう。善意でありながら別の角度から見れば悪意たらしめてしまう。善意と悪意は正に表裏一体。 そこには間違いなく伊野の善意から発せられるホスピタリティ精神が宿っていただろうし、また同時に「虚栄心」を満足させてくれるという悪意も意識外に横たわっていただろう。
でも、その思惑に一片でも悪意が混じっていたら、全てを「悪」と一刀両断出来るのか? そこが人間心理の微妙なトコロだろうと思う。本作でも伊野が何を思い・どういう気持ちであの村に留まっていたのかについてははっきりと明言はしていない。 それは見た観客1人1人がこの映画の登場人物の誰に感情移入出来るかによって評価は変わるだろうし、作り手もまたその評価を観客が自分自身に投影させる事で様々に味わって欲しいと委ねる形式を取っている。
相変わらずこの監督、やる事が上手い。
完全なる「善」は存在しないし、完全なる「悪」も存在しない。 沢山の善意にほんのカケラの悪が混じっていたり、圧倒的な悪の中に同情すべき善が混じっていたりする。それが人間。 小さな嘘、大きな嘘に潜む善と悪。まるで自分の心の中を見透かされたような気分になる、全く持って素晴らしい秀作。
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