晩夏
2002年08月24日(土)
もう随分前からのことだが、ブツブツと独り言をいう人をよく見かける。 そういう人が多いと感じたのは、イタリアから帰国してからのこと。 この頃ますますそれを感じるようになった。 歩きながら独り言をいう中年の女性は、どういう訳だか電車の中、スーパーの中、路上でとちょくちょく行き会う。声だけ聞いているとまるで誰かと一緒に歩いているような自然な会話(?)である。 彼女だけでなしに、行き当たりバッタリに行く先々でこのような人を見かける。 ある時待ち合わせで入ったミスター・ドーナッツの店内には、テーブルに2人分のコーヒーとドーナッツを置いて、まるで目の前に誰かがいるみたいに身振り手振りを交えて見えない相手と話す若い男性がいた。勿論、目の前のコーヒーは減りはしないし、ドーナッツもなくならない。
こんな風に、あらゆる場所で誰かが見えない相手と会話を交わしているような光景をよく見かけるが、比較的若い男性に多い気がする。 それは何かを暗記しているような様子ではなくて、誰かとの会話なのである。 彼らの声は決して小さくはないので、思わず目が行ってしまう事がある。お互いの視線が交わっても、彼らには私が見えないようで、私には見えない何かだけを見ているようだ。
人は嫌でも何かと同調して生きている。多くの顔も持っている。職場での顔や家庭での顔、その他諸々。社会に出てみれば、嘘をつかない人など見たことがないし、立場や顔を重んじればそれは仕方のないことでもある。 誰もが本来の自分の気持ちにだけ沿って、やりたいようには出来ないし、そこからはみ出す事は何かを破綻させることもある。 多くの人はそれを自分の中でどうにか折り合いをつけてやっているのではないかと思う。 理性に感情がついていかずに、精神のバランスを崩してしまうことは誰にでもあると思うが、またそれをどうにかこうにか誤魔化したり忘れようとしたり、無意識のうちに時間という力を借りて何とかやっていたりする。 そういった働きを何というのかは知らないが、人が生きていくにはとても重要な役割だと思う。 彼らは何かの理由でそれが上手く行かなくて、鬱積したものが独り言になって溢れてしまうのだろうか。全くの勝手な想像だから、そうでないかも知れないが。 傲慢にもお気の毒なんだと思う半面、一方ではどこか警戒する私がいたりする。 しかし、こうしてページを作ってダイアリーに言いたい事を書いてる私は一体なんだろうと思ってしまったりもする。 本来の日記など、誰に見せてもいいはずがなく、ここに綴ることといえばやはり誰に見られてもいいようなことばかりである。 ページを立ち上げている以上、これも何かの意志伝達の手段でもあるわけだが、誰かが読んでいるとは限らない。 小説や音楽、何かの作品やゲームなど、何らかの付加価値を見出せるようなページを創る人は沢山いるが、私は、面白い小説が書けるわけでもなく、音楽や画像やゲームを配信して人を楽しませることが出来るわけでもない。 映画や小説の感想を書いたところで、それを記録として収めておきたいのなら、メニューに加えて配信する必要もないのである。 それなのにこうしてページを立ち上げ、つらつらと言いたい事を書いているのは、自己顕示欲といってしまえばそれまでのこと、開き直れば自己満足。
随分前にダイアリーに書いたが、インターネットをしない人にとって、この世界はないものである。そのないものの中でこうしてあれこれ書いている私はもしかしたら、どこかで独り言を言っている彼らと変わらないのではないかと思ったりして、たまに自分が分からなくなる。
なんというか
2002年08月21日(水)
予想以上にメニューが増えてしまったので、ちょっとレイアウトを変えてみた。 この分だと、そのうちに横にメニューが来ることになるかも知れない。 一つ一つの広い画面が気に入っていたので、あまり変えたくはないけれども、このままだと見やすくないかも知れない。
ふいに
2002年08月20日(火)
思ったんですが、コンテンツの中身を更新するのには、まずこのダイアリーの場所に書いてから、そちらへ移せばいいんだなと。 今までは、いきなりそれぞれの場所に書いていたのですが、今度からそれで行きます。 って、何言ってんだか(笑)
さて、早く寝ないと。 おやすみなさいませ。
夏休み
2002年08月18日(日)
いよいよ終わりです。 学生はまだまだ休みが続くのに、自分の休みが終わってしまうと思うと、もう夏が終わりのような気がして、少しだけ淋しいです。 夏の終わりって、何で淋しいと思うんでしょうか。 子供の頃もからそうでしたね。 夏って短いからでしょうか。
この夏の間に、お絵描き掲示板の絵を描くのにはまってしまいました。 遊びに行った先のお部屋で、とても素敵な絵が描かれていて、ついついちょっとやってみたら、これがとっても楽しいんですね。 絵なんて描けるとは思っていなかったんですが、何だか勿体ないのでまとめてみちゃいました。 でギャラリーをUP!遊んでいますね。(笑) 素人衆の描いた絵です。 ペンシルタイプのマウスが欲しくなったりしています。(笑)
で、曲まで作っていただいてしまいました。 今この部屋に流れている曲です。
↑こんなイメージです。 素敵な曲をありがとう!です♪
お戯れでございます
2002年08月16日(金)
ログ巡りをしていたら、15才、中学生の部屋に、癒しのタイトルのついたメニューを見つけた。 コンテンツの中身は、その子の好きなCDやらゲームのことなんかだったようだが、15才で癒しなんて言葉は、少なくとも私は知らなかった。 中学生の頃は、コドモから少しだけオトナへの変わり目で、コドナなどと呼ばれていた。 色々なことに興味津々目は爛々。見たい聞きたい読みたい知りたいやりたい、あーどうなってるの?そればかり。 圧倒的な経験不足から、情報収集が消化不良をおこして理性と感情が一致せず、頭と心とがアンバランス。 疲れを知らず暑かろうが寒かろうが、空間移動もものともせず、西かと思えばまた東(ちょっとオーバー)一日がみっちり凝縮されたようで、養分という養分を吸い込んで、傍若無人に過ぎていた。 若さは馬鹿さというように、恐い物ナシ、前途洋々(な気分)、心身ともにちょっとぐらいの傷なんか、あっという間に治っていた。 何で傷ついたのかすら忘れるくらいに自他共に目まぐるしく変わり、瞬くように過ぎていた。 インターネットなんぞなかったけれど、あったとしてもいじってなんかいないだろう。 パソコンに向かってじっとなんかいられなかったに違いない。絶対にそうだ。 全てのことに貪欲で、癒しというより卑しかった。 思えば随分子供だった。
最近の中学生はオトナなのね。
珍しく
2002年08月14日(水)
夏休みで、普段の生活とは時間の感覚が全く異なる。 何かに縛られることもなく、勤勉とは程遠く、一日がゆっくりと過ぎてゆく。 休暇が集中するこの時期は、どこも人が少なくて、のんびり出来るから、遠出する気になれない。 やっぱりこの休みはひと月ぐらいあるといいのに。 普段働き過ぎの日本人は、休みボケするくらいで調度いいのだ。(笑)
グルメの部屋を見ていたら、急にいじりたくなってUPしてみました。 メニューがだんだん横幅一杯になって来て、そのうちどうにかしないといけなくなりそうです。
2002年08月10日(土)
小さなチョコレートを少しずつ齧りながら、 「いやさ〜、年を取るってのはつまらないもんだね、本当にさ」老人は続ける。 「そうですか?」 「だってさ、俺はどちらかというと昔は体力には自信があったんだよ。50歳の頃なんてさ、ゴルフだって麻雀だってバンバンやったもんだよ。足腰なんか回りの50代よりずっと丈夫でさ、ちっとも疲れないし仕事だって面白かった 。 それがさ、どうだろ。55歳になった途端に何だかさー、疲れやすくなっちゃってさ、あんなに自信があったのに、あれ?ってなくらいガターーーーっと体力が落ちちゃった」 無声音を交えてガターーーーーっと言い、、チョコレートを持っていない方の手が空に一本の直線を描く。 「 ゴルフも半分ぐらい回るともう疲れちゃって、後は皆で行ってきてってのも悪いじゃない、だからだんだん行かなくなっちゃったし、麻雀だって同じことさ、半ちゃんやったらもうダメー。それじゃ他のメンバーに悪いだろ?お酒はもともと飲めないしさ」
少々血圧が高い以外には、これといってどこか悪い場所もなかったとも言う。 最近になって、かかりつけの病院で新たに出された血圧の薬がどうも合わなかったらしく、そのせいでこの病院で検査を受けるようにと紹介されて来たらしい。 「今さらさ、狭心症だの何だのって医者は手術を勧めるんだけどさ、冗談じゃないよね。俺は絶対に手術なんかしないんだ、しないと言ったらしないよ」 「怖いから?」 「そりゃー怖いさ。だって心臓だろ?だけどさ、俺は今75歳だよ。もういいだろ?定年してから10年ぐらいは生きると思っていたけどさ、その間にちょっとはまぁ、のんびり好きなことでもして、あとはもうお終いと思っていたの。こんなに長く生きちゃうとは思っていなかった、本当に思っていなかったさ。今なんかおまけだろ?おまけもおまけ大おまけ。 もういいよ、そこまでして生きたいとも思わないさ、やることはやったし思い残すことだってないよ。そうだろ?」
あれが悪い、これが悪いと言ったって、どうせ残りは僅かじゃないか、そんな風に話す老人は遠くを見たり私を見たり、それはひとごとのようでまるで手術中の父が言いたいことを老人に言わせているのじゃないかと思えてくる。
父はまったく同じことを言っていた。今まで何事もなく生きて来られたのがありがたい事で、この先何もしなくてもそう長くはないだろう。今、手術をしても体の回復が先か、寿命が先か。残りの年月に大差がないなら、出来れば何もしたくはないと。
私の中には、父が手術をすることには沢山の逡巡があったし、何より私以上に父本人の心の葛藤はもっともっとであったと思う。最終的に、父は観念した形で手術を受けることになり、それならもう良くなることだけを考えて協力しようと思ったのは実は理屈の上だけで、私のどこかで何としても辞めさてやれなかった自分自身に少しだけ罪の意識があったのだ。
風は何度でも頬をくすぐる。 老人が笑うと少し下がる目尻には、3本のシワがくっきりとしなやかに刻まれる。 傍目から見れば、暖かな日の当たるベンチで日向ぼっこをする穏やかなおじいさんである。 木の葉や花がゆらゆら揺れて、ときどき止っていたタクシーが、お客を乗せて走り去る車のエンジン音だけが聞こえてくる。返す言葉もなく音に目線をやりながら、手術中の父を思う。
老人の家族は、誰もが心配はしているが無理にどうしろとは言わないという。 「煙草を吸ったりしたら、お家の人から辞めなさいって言われませんか?」 「そりゃ言うさ、ばぁさんがさ」笑いながら老人は言う。 「やれ、本数を減らせだとか深く吸い込むなとかさ、でもこれだけは辞めたくないさ。だって、他に楽しみがないんだもの。もうせんからそれは知ってるんだよ、うちのばぁさんもさ。刑務所にでも入らないと僕は煙草を止められないさ」 ますますいたずらっぽく笑う老人の目が小さくまん丸になる。
年老いて穏やかに生きるとは何だろう。家族とは何だろう。 1つのことの受け方や態度のとり方で、人は穏やかになれたりなれなかったりする。 最も身近な家族は一体、どの目線でどの次元で物を考えれば良いのだろう。
「今はこうやってお喋りをすることぐらいしか楽しみがないからさ、悪いねつまらない話でさー」 肩をすくめて笑って見せると、老人はチョコレートを食べ終わった両手をパンパンと叩く。 「とにかく年を取るとつまらないよ。何にも出来なくなっちゃう。俺なんかさ、70を過ぎたらアッチの方もさ、ダメになっちゃってさ、ほーんとつまらない」 そう言うと老人は、叩き終わった左手の小指をピンと立てた。
サンドバッグ
2002年08月08日(木)
目が疲れるので眼科へ行った時のこと。 待合室のソファーに座っていると、診察室から親子連れが出て来た。幼稚園の帰りらしく、女の子は園服を着て黄色い通園バッグを持っている。母親は、ヤクルトおばさんのような制服を着てパートの帰りのようである。 続いて診察室から出て来た看護婦さんが、検査の結果が出るのでまた数日後に聞きに来るようにと母親に告げた。 母親は、いかにも迷惑そうに 「え〜!また来るのぉ!」 と言っている。どうやら幼稚園の目の検査で受診を勧められたようで、看護婦さんは何やら説明をし、母親はやむなく承知する。 親子は会計で呼ばれるまでの間、私の座った場所とL字型になったソファーに座るが、その途端に母親が 「ったく、アンタのせいで面倒臭いじゃないよっ」 と娘を小突く。 女の子は「痛い」と言って頭を抑え母親を睨むが母親は疲れの八つ当たりをぶつけるように 「アタシは朝から働いて疲れてんだからね、こんな所になんか来ないでさっさと家に帰りたいのに、最悪だよ!」と言ってまた娘を叩く。 それはひどい叩き方ではないが、娘にとっては痛いだろう。 女の子はこんな事には慣れているようで、気丈にも、自分の手で頭を押さえて防御しようとしたり、逆らうような事を言うが目は明らかに悲しんでいる。母親がずっとグズグズと当り散らすので、気持が不安定な様子で立ったり座ったりと落ち着きがない。 その母親の隣には、2歳ぐらいの女の子を連れた親子連れがいて、この子があっけに取られてこの親子を見ていた。 「ほら、見てみなよ、こんな小さな子がちゃんと座っているのに、アンタはなんだよ」 そう言っては、また娘を小突く。 「最悪だよ、やってらんないよ」 を繰り返し、何度も子供を叩くので 「ちょっといい加減にしなさいよ」 と喉まで出かかるが、後で娘に仕返しが行くんだろうと思うと、女の子が可哀想で言葉を飲み込む。 この女には、娘の悲しそうな目が見えないらしい。さらに言えば、自分のみっともない姿などもっと気がつかないのだろう。彼女はずっと立てひざをついたままである。 こんな、顔にご意見無用と書いてあるような中年女は、始末に悪い。あれじゃ子供がヒネたって文句は言えないだろう。そして、私が何を言わなくても、いずれたっぷりとツケが回ってくるんだろう。 会計を済ませて帰って行く健気な女の子の後ろ姿を見ながら、強く生きて欲しいと思った。
つらつらと
2002年08月07日(水)
前回のダイアリーで、今では使ってはいけない(らしい)言葉をあえて書いているが、例えば「お百姓さん」という言葉は、農業従事者、とか農家の方とかという言い方をしないといけないらしい。オカマっていうのもあまりよくないそう。これ、何か蔑んだような意味になるからだそうで、差別語っていうことらしい。
言葉は生き物だから、どういう言い方をしようと言っている意味は変わらないと思うし、使う人のニュアンスではいかようにもなるわけだから、家政婦さんでも、路上生活者でも、言い方を変えたところで近い将来またそれがいけない言い方になるんじゃないだろうか。 その昔、「チビ黒サンボ」という物語が教科書に載っていて、それは楽しいお話で、そのチビ黒というのが引っ掛かるらしいんで、今ではなんというんだろうか。 私の教科書では、チビ黒サンボが4匹の虎に追いかけられて、木に登って逃げると虎が木の回りをグルグル回ってしまいに4匹が溶けて美味しいバターになってしまうというお話で、挿絵だってもちろん黒人の子供だったんだけど。私にとってあれはやっぱり「チビ黒サンボ」以外の何でもない。そう言えば、中学の英語の教科書には「Blaky」という犬も出てきたりしていたが、やっぱりいけないんだろうか。
言葉使いの良し悪しと、単語使いの良し悪しとは別物の気がするが、色んな言葉が使ってはいけない言葉になっていくというのは、日本人はもともと野蛮な人種だったのだろうか。
話は違って、数日前にTVで福田和子のドラマをやっていた。普段あまりドラマは見ないが、これはちょっと興味があって見てみた。さすが、大竹しのぶが圧倒的な迫力で、ストーリーは特に作られたものではなく、福田和子の供述から成り立てられたものらしい。話は淡々と進んで行くが、脇役も手堅く固まっていて、グイグイ見てしまった。主人公が「殺人犯」であるということより、逃亡生活に重点をおかれたような描かれ方だった。あれが、事実とどのくらい距離があるのかは分からないが、腹の据わったしたたかさは充分伝わった。最後の取り調べ室のシーンで福田和子は、久しぶりに自分の本名をサインするが、その時浮かべる笑みを浮かべた一種恍惚とした表情が、その昔何故かトリノで見た映画「愛のコリーダ」で阿部定が捕まった時の表情とオーバーラップした。(トリノの映画館では古い映画を時々やるのだ。)あれが、製作側の演出なのか、実際の取材のもとなのか興味が湧くいた。
いずれにせよ、色々な事件が多過ぎて、何が起きても驚かないようなマヒしているような気がして、ちょっと怖いかなと思ったりする。
おバカ
2002年08月04日(日)
「もしもし、俺だよ〜助けてくれよ〜」 「ん??どした?」 「それがさぁ、もう参っちゃったよ。惚れちゃいそうなんだ」 「また随分と深刻そうに・・・」 「あんな可愛い女は見たことない。何を言ってもやっても可愛いんだ」 「へぇ・・・それはそれはしっかり惚れメガネ」 「もう、1つ1つのしぐさが女らしくてさ、やることなすこと可愛いんだ、いたれり尽せりのサービスでさ」 「何だ、またお水さん?」 「そうなんだけどさぁ、あんなのは見たことないんだ」 「あんなのってどんなのさ?」 「それがさ、お前笑うなよ。」 「ってことは、笑われるのを承知でかけてきたんじゃないさ」 「それを言うなよ。こんな事誰にも言えないしさぁ・・・」 「ふーん、ごちそうさま。んで何を言えないって?」 「それがさぁ、オカマバーなんだよな・・・」 「え?相手はオカマなん?」 「そうなんだよ・・・俺さ、自分でも自分が信じらんねぇ。一昨日初めて行ったんだけど、ずっと忘れられなくてさ、ハマリそうなんだ。また会いに行っちゃいそうでさ、そしたらヤベェぞ」 「きゃははは、笑うってそれ」 「だから、笑ってくれるなよ、俺はさ、真剣なんだから、シ・ン・ケ・ン」 「みたいだけど・・・、でもさ、それは女らしいかも知れない。男がやる女は、男の理想を絵に描いたようだから。梅沢富美男を観に行った時さ、こんな綺麗な女の人は見たことないって思ったもん」 「お前よ〜、梅沢富美男なんかと一緒にすんなよ。相手はまだ20代だぞ」 「20代だろうが、30代だろうが、さっきまで汚れたお百姓さんのおっちゃんが、ものの数分であっという間に妖艶で綺麗な女の人になって出て来てみんしゃい、そりゃもう息を呑むほどだって、差す手引く手が、有り得ないほど女っぽいんだもん。あーゆうのを見たわけね、しかも真近で、サービスしてくれたんでしょ、そりゃ〜惚れても無理ないかぁ」 「わかってくれるか?」 「わかる気がするけどさぁ、虚構の人物に惚れたってしょうがないじゃん、バーチャルだよそれ」 「そうかな・・・」 「それにさ、お客は他にもいるんだからさ、誰も彼もが優しくしてもらってるわけでしょ。商売だもん、今頃は他の誰かにやさし〜くしてんだ」 「お前、そういう事言うなよ辛いなぁ、それ」 「何を今更純情に帰ってんのさ、無菌培養じゃあるまいし」 「こんな気持ちは久しぶりだぞ、それが大事なんじゃねぇか?いくつになっても大事なんだぞ」 「じゃあ、せっかくだから付き合ってみれば?それも面白いかも」 「人の事だと思って面白がるなよ」 「いや〜、だって初恋のようにドキドキときめいてるんでしょ、いいじゃないそれ、とことん行けば?話もっと聞けるし、怒らすと声がうんと低〜くなるしさ」 「ひでぇな、面白がるな。 俺はさ、本当に今こうして家に向かって車を走らせていても、いつUターンしかねない自分がいるから電話したんじゃないか」 「つまりやめろって言って欲しいんじゃないさ」 「ん〜、それがさ、分かってもらいたい気もしなくもないしさ」 「わかった。わかったけど、アンタみたいな甲斐性なしは、このままUターンした方が世のため身のため、さっさとお帰り」 「そういう事を言うか? ・・・それもそうだよな」 「そそ、さっさと帰って家族サービスでもしなさいよ」 「あーあ、現実に戻るよな、ホント・・・虚しいぞ、寂しいぞ」 「はいはい、いっちょ上がりだよ、そろそろ着くんじゃないの?」 「うん、あと3分で家だよ。あーあ女房子供にこれから会うのか・・・」 「それがいいよ。君子危うきに近寄らずっていうじゃん、こんな時間に女友達に電話して、オカマに惚れた腫れたでどうしようって男、君子でも何でもないけどさ」 「うーん、やっぱりダメか・・・こんな男の女房の顔が見てみたいなんて言うなよ」 「うん、今更親友の顔見なくてもいいってば」
千鳥足
2002年08月01日(木)
駅前から商店街の道が東西に伸びて、朝は昇り来る太陽に向かい、夕方は沈み行く太陽に向かい直接日光を浴びて歩く。 だからどっちにしても眩しい。 駅の反対側に住む人は、逆にいつも背中に太陽を背負う。 商店街の通りは、もともと大して広くはない。 道の両側にスーパーやらファーストフードのお店やら、銀行やらがずらっと並び、その前に車が路上駐車をしているので尚更狭い。 裏通りになると道幅が更に狭く、駐輪場でもないのに自転車が所狭しと並んでいる。 この自転車は、業者がいくら撤去してもまたすぐに一杯になる。 その為に、車はやっと1台が通れるような狭さになるが、駅前の通りからもと来た方向へ戻るには、この道を通って迂回するしかない。 この狭い道には、小さな小さなオフクロの味系の一杯飲み屋が数件ある。 見るからに古くて、あまり綺麗でもなさそうなその店は、入り口も引き戸で暖簾の奥に見えるのは、ほんの5〜6人が座れば満員になりそうなカウンターと、壁に貼り付けてある「にくじゃが」とか「すじ」とか書かれた札。 そうして中年のいわゆるおやじ世代の男の人が、スーツ姿で赤い顔をして並んでいる。 今日こそは真っ直ぐ帰ろうと思うのに、暖簾を見るとついフラっと入ってしまうオジサンたち。 2〜3歩通り過ぎて、その間に逡巡やら葛藤を味わい、やはり後戻りしてフラッと入って行くオジサンもいたりする。 せっかく夜の8時に、家の近くの駅まで来たのに、何で真っ直ぐ帰らないんだろうか? たまにその道を車で通ると、千鳥足なんてもんじゃないオジサンが歩いていたりする。 右へ大きく3歩よろけ左へ大きく3歩よろけ、片側の自転車の列に突っ込みはしないか、こちらの車にぶつかっては来ないかとハラハラするが、おっちゃんは意に介せず、ひたすら酔いにまかせて彷徨する。 仕方がないので車のスピードは止まりそうな勢いになり、ただただおっちゃんの歩調に合わせて後ろを行く。 後ろの方からクラクションが聞こえても、おっちゃんにはどこ吹く風。 ようやく広い道に出て、それでもおっちゃんに注意を払いながら追い越す時に、おっちゃんと目が合ったりもする。 特別嬉しそうでも、悲しそうでもないけれども、自分で自分が見えているような気がしなくもない。 あまりにも危な気なので、乗っけてあげようかなんて思ったりもする。 一瞬だけど。 子供の頃は酔っ払いが怖かったのに、この頃は怖くなかったりもする。
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