世界お遍路 千夜一夜旅日記

2015年11月30日(月) タニタランチ

久しぶりに実家に帰って見えた旧知の方とタニタランチ。
タニタ監修の低カロリーランチ。
えちご豚のソテーとカボチャとブロッコリつけあわせ、和え物のようなもの、もやしの味噌汁、ご飯・・私がふだん食べている半分。
六〇〇カロリーないメニュー、塩分も三グラムくらい。
ふだん居酒屋みたいなところで食べたのだが、やっぱり物足りないな。
ご飯が白米っていうのも原因かな。
発芽玄米の私には、白米って、はかなすぎ。
彼女は、豚肉が意外とかたい、それと長岡はランチが安いね・・と驚いていた。
七五〇円・・安いかな・・富ずしも同じくらいだけど量的にもっとお得だし、里味はあと二〇円くらい安いよ。
暖やは、もっと高いが,もっと豪華だし。
タニタランチ、私的にはリピートはない。

久しぶりにお日さまこんにちは。
明日は忙しくてできないので、お稲荷さんの冬の衣装。
新しいカサと赤いマント、新しい榊。
でも、二週間以上前の榊が生き生きと元気であった。
寒いんだね、やっぱり。

それにしても日暮れがはやい。
今がいちばん昼が短いときだ。
そして私が苦手な季節。
これ、毎日のように書いている(笑)



2015年11月29日(日) 終日、薄暗し

いやな時節だ。
朝から晩まで薄暗い。
少しだけ空が明るくなったときに、お参りへ。

山が白くなっている。
山雪、来たんだね。
外の空気は確かにひやり感がちがう。
もう家から、山が見えないから、わからなかったわ。
山が見えることに引っ越したくなっている昨今。
窓を開けると、隣のうちの惑って、いやだなあ。
大家さんが言うには「苦情を言うと(それなりの手段で訴えると)相手方の窓を閉じさせることができる」らしいけど、そりゃ、大家さん、あんたの仕事でしょてなわけで。
ま、仕方ないねえ。
今日は先々のことを考えて、年賀状を100枚印刷しました。
12月前こんなことをしたのは初めてだ。
夕方は、歩いて姪のことに飲みに行く。
もちろん、お酒は私が持っていくのだが(あるし)
しょぼしょぼ降っているのが、なんだかな。
ま、仕方ないね、これも。




2015年11月27日(金) 土門拳展へ

大風、大雨の中を新津美術館の土門拳展へ行ってきた。
駅に着くと、既に電車が遅れまくっていて・・やれやれ。
しかし、新津には10分弱の遅れで着。待っていてくれたカサとコーヒーして、バスで美術館へ、まあこれが不便な場所にあるのだ。
土門拳の写真は酒田市の本格的な方(土門拳美術館)を見ているので、思ったほどではなかったが、でも懐かしい寺でらのたたずまい、仏様の姿。
思ったんだけど、仏さまに男女はないのだが、土門さん、シャッター切るときに、あ、男、女とか気合い入れて切っている感じだ。
だって、ああこの写真は壮年の男性、とか、少女だな、とか感じるんだもん。
今回の発見だった。

美術館の半分は明・韓国の陶磁器展。
景徳鎮窯の圧倒的な完成度の高さにうーむ。

新津駅まで戻って、イタリアンレストランでランチ、ワインフルボトル。
昼酒でした。まあ、私が三分の二は飲んだ感じだけど(笑)
遅れている電車で爆睡。
酔いも覚めているので、7時頃車運転して温泉に行ってきました。
寺宝の露天にいたらものすごい勢いで、あられが降ってびっくり。
あ、今も降っています。
凄いわ。
いよいよ冬将軍だ。
そういえば、今日新津でお昼頃、雪下ろしの雷があったわ。

さて、早寝しようぞ。



2015年11月26日(木) やれやれ、うれしや

推薦入試合格の一報はいる。
やれやれだ。
AO入試を落としたので、小論文と面接、背水の陣で臨んでいたのが・・意外なええ!的ミスをするところがある塾生なんで、本当に心配していた。
中学2年の終わりからここまで4年弱。
これで卒塾だし、少しさびしいが、これぞ門出というものだろう。
寿!寿!!
11月はじめから、蒼紫神社の本殿脇の蒼紫天満社にお賽銭を10倍まし(笑・破磐神社の宮司さんにお願い事の時はちくっと痛いお賽銭の教えを守って)で,ほぼ日参で祈願していたが,お礼参りに行かないとねえ。
蒼紫神社の神様、お優しや。
もちろん、本人のがんばりがあったわけですが。

昨日は、鬱になりそうなほど薄暗い1日だったが、今日はお日さまがでていて気分もアップ。
ありがとう!!と天に叫びたい気分である。(悠久山で叫んでこようかな)
さて、今日もがんばるぞ。



2015年11月25日(水) 横田悦子さんの訃報

冬タイヤに交換して、実家にそれをおいてきて、郵便受けのはがきを見て息が止まった、一瞬。
横田さん、横田悦子さんの訃報。大学時代の先輩、年は同じだけど彼女は現役組だから1年上。サークルが同じ。下宿も近かったからよく遊びにいっていた。
大学卒業と同時に結婚して岡山へ。子育てほぼ終了後市会議員、県会議員。
現役だったはずだ。
骨髄異形何たらという癌、白血病の一種のようだ。・・ネットで調べた。
旦那さんの横田賢一さんも大学の同窓、岡山新聞勤務でおもしろい方。何度か遊びに行って泊めてもらったものだ。最後にあったのは、多分2004年か、5年だ。以降、年賀状の交換で終わっていたが・・弟が亡くなったときは、悦子さん、心配して連絡くださったが。
しかし、はやすぎだよ。
ショック!!で何も手つかない、ボー然としている。
今日は弟の月命日だ。
そして、同僚で親しくしていた正木達子さんの月命日でもある。

今日は、横田悦子さん(大学時代は、富丘さんだった)を思い出したい。祈りたい。
しかし、この先こういう風に、知り合いが少しづつ彼岸に渡っていくのだろうな・・・さびしい季節だ。
もちろん、私もいつ渡るかわからないわけだが。

そうだ、三島由紀夫の切腹自殺の日でもあった。
あれは、まさに青天の霹靂。
テスト勉強をしていて、ニュースが入らない状態で朝になって(今のようにネットはなかったし)朝に新聞で知った。
本当に驚いた。
あれから45年・・・・ずいぶんと遠くまで来た。私も、この国も、世界も。




2015年11月24日(火) 忙しい火曜日を終えると・・

月曜日の夜は、夜なべで、そこそこの火曜日の塾用意をして就寝。
で、6時半起床。
朝の勤行、弟のおやつや、母の温泉バックのおやつやら甘酒やらの用意。
ゴミ出し・・今日は、新聞紙の縛ったのを3つと、洗濯した古着を1袋、ビンの資源ゴミ。これを3Fから2回にわたって1F外のゴミ置き場まで出して。
自分の支度とコーヒーとバナナ1本。
猫のご飯を忘れるとイッサに悲しい顔をされるので、それもあげて。
7時50分にはでる!
今日は雨のせいか、車が混んでいたわ。
母を迎えに行って寺宝温泉に落として、施設で車を福祉タクシーに乗り換え、弟のリハビリ。
10時40分には施設に帰り、施設の職員と細々とした打ち合わせ。母を温泉にピックアップ。たみちゃんに甘酒を宅配して、母をランチへ。
今日は、富寿司の日替わり。
日替わりとは別に、いつものようにイクラの軍艦を別に頼む。
うまいうまい、と喜んで食べていたわ、母ジャヒト。
85才、健啖です。
送って、実家でわんこ楽ちゃんのお散歩して、神社にお参りして、少し買い物をして帰宅14時少し前。
もう1日が終わるくらい動いたけどね・・・仕事です。
21時40分くらいまでは。
帰宅後30分ほど、猫たちとうとうとしたし良しとするか・・・
今日は薄暗いし、寒いし。
力がもう一つでないわ。
やっぱりお日さまがでている日がいいなあ。



2015年11月23日(月) 靖国神社でテロ?

靖国神社のトイレで、何かが爆発して少々燃えたそうな。
テロ?!ですか。
警戒、していないのか?警察庁。
強力なものだと神社の本殿や参拝者に害が及ぶけどな・・・・。

今日は本当に穏やかな小春日和。
もうこんなお天気のはないだろうな,と思わせられる晴天だ。
しかし、勤労感謝の日、という感じではなくて、勤労しています、はい。
平常営業。むしろ、テスト直前の高校生の臨時を入れているので、忙しいくらいだ。
そうだ、実は本日の正しい名前は、新嘗祭でしたわ。
秋を食欲的に満喫はしています。
神さま、ありがとうございます。

12月冬休み恒例の「関西出張」のバスチケットを購入。
お稲荷さんの冬支度の赤いフリース布購入。
年末そこです。



2015年11月22日(日) 寺泊ウオーク、挫折

ホントは家を朝7時にでて、寺泊まで信濃川沿いを歩こう、と思っていたのだが・・夕べ、ちびちびと1合。
イッサが膝に乗ってくるので、遊びつつ、時計は一気に深夜だった。
イッサは、子ネコの時に膝で寝たり遊んだりしていた記憶はあるのだね。
ほとんど子ネコになる、6キロ弱ある大猫が。
猫は,継続する記憶力はない。過去も未来もない、というのが定説だが。
しかし、子猫の時の気持ちよい思い出は残っているのだ・・
猫でさえ、況んや、人の子は。
チヨは、チビ猫時代に膝遊びはしていないから、微妙な目つきでイッサの様子を隣の椅子から見ている。
おっと、話横道。
起き出したの、7時半。
見事に挫折でした。
で、8時半に家をでて、悠久山ウオーク。
わざとアップダウンの道を選んで90分。
雪降り前の最後だね。
落ち葉のにおいを鼻腔いっぱいに感じつつ、弱い日差しの中を歩くのはまさに晩秋。
バナナ1本とコーヒーででたので、めちゃハングリー。
*ランチメニュー*
発芽玄米ご飯
納豆汁(インスタント)
焼き鮭
ブロッコリの馬路村ゆず胡椒ドレッシングかけ
エリンギ・にんじん・ブロッコリの芯・シメジ・ゴボ天の炒め煮
梅干し1つ
デザート・・渋抜き柿・カボチャプリン
コーヒー
私的には至福の秋の味でございましたわ。しかしね、ハングリーが何よりの味付けです。(笑)

午後からは子どもたちにあげるクリスマスプレゼントのカレンダーにもへじの紙をつけたり、本格冬物衣料の用意をしたり、猫たちと昼寝したりで日が暮れた。
日暮れがホントにはやいわ。

そうそう午前は西ないしは西南から北東ないしは北へ、空を地震雲が横切っていた。
うーん、これはおきたら大きいかな、と感じたが。はずれることを祈る。
なんだか気になって、カレンダーにつけたクリスマスオーナメントの丸いやつがいくつか余ったので、ナマズの絵を描いて、バックやリュックにつけた。
地震よけ守り。
それと、ちょこっと秘密の願掛けで。
この願が成就しないとこの国が亡びそうで怖い。

今年は、弟が出てきて(もちろん脳裏に)アネキよ、タイヤ交換とまだせかさないので、雪はしばらくは来ないのだと思うが、しかし。
今週中には、冬用に換えるつもりだ。
あと1月ちょっとだし、今年も。




2015年11月21日(土) 北の湖さん、そうなのか・・・

62才って、そして前日まで仕事して・・・壮絶ながん死だねえ。
土俵に命捧げたのだわ。
ゆっくりしていれば、もっと命ながらえたはず。
亡き弟を思い出して切ない。
最近、新聞の家庭欄に最新癌治療情報の特集があるが、まだ胸に去来するものがあり、読めない。

川島なお美さんもそうだったが、癌は最後の最後まで、うまくつきあえば仕事さしてくれる。
でも、両者とも苦しかったろう。
どっちも、凄く根性モンと思う。

北の湖さん、若いよ。
強面、愛想なしの顔つきだったが、実直で根っこはやさしそう、という感じのお方。
先日突然死の阿藤快さんも、感じいいお人だったが。

改めて、お三方 冥福をお祈りします。

昼が短い。
最も苦手な時季だ。



2015年11月20日(金) コーラン

パリテロの首謀者とみられる若者のことが、ここ数日 新聞で詳報されている。
ベルギーのイスラム移民街に住んでいたが、特にモスクに通うわけでもなく、お酒やマリファナ・・ありの生活だったとか。
で、シリアに渡りISへ。
乱暴にいってしまえば、「イスラムの正しい教え」は身についていないというか、知らないことにならないだろうか。
身についた、というか洗脳されたのは、ISの教えだ。

コーランは朗唱されるのが正しい、そしてそれは学校で専門学科がある。
イスラム教の伝道師は必須とか、いうのは、あちらの映画などを見ているとわかるのだが。
それと、トルコ町中の民宿の朝に響き渡ったアザーンの美しさ。
ベッドで聞きながら、いいなあ・・と思った自分の感性。
などなどでコーランは気になる存在。
でもって、しかし、読んでない。
今アマゾンでチェックしたら、なんとコーラン、文庫で3冊もあるのね。1冊千円前後のものが三冊。文庫で千円・・・けっこうなボリュウムだし、何より三冊というのにくじけた。レビューを読むとむずかしそう。
井筒何とか先生という、語学の天才の泰斗がおられて(既に逝去)その方の訳。
買っても、間違いなく1冊読めればいいところ、本棚の肥やしになることは間違いなし。
挫折。
で、塾生用に漫画の「コーラン」阿刀田高さんの「コーランを知っていますか」というあたりにした。
旅するときに、それなりにガイドブックのイスラム教の説明や文化、ネットでもかなり読んだが、今もっと知りたいと思っている次第。
しかし素朴な話だが、イスラムでは、ムハンマドを絵にするの禁止でしょ?
漫画っていいのかな?
1月のパリのシャルル・エブドのテロはそこに端を発しているのに。
まあ、風刺という一種の「悪意」があったけれど、それにしても絵はだめなのでは?と思いつつアマゾンをポチッとした。

さて、今日はぼちぼちの天気だ。外の植木のお世話をしないと。
午後からは弟の受診。足の補助具を作る予定。
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夕方、西から南西に地震雲確認。
月は上弦で、膨らみつつある。大きな地震、気をつけよう。



2015年11月19日(木) 昨夜は・・・

昨夜、暴食、反省。
あたたかいスープを1杯飲んで温泉へ。帰りがけ、母が好きな原信の半額おはぎを買いに。
でもって、他の半額に欲の皮が突っ張って、いろいろと買い込んできて・・・・
5勺の「百薬の長」をちびちび。お寿司ぱくぱく。ポテトサラダ、ぱくぱく。レーズン・クルミ・オレンジピール、松の実などが入ったまるパン1つばくばく・・やばいよ、止まらないと思いつつ・・
反省、反省大反省。
今朝は、胃が重かった。
12時を過ぎるとラジオ深夜便、世界の国からの筌函璽なんだよね。
昨日も地球の裏側からのお便り。そんなの聞きつつ、ばくばく。
温泉と百薬の長で、胃がいい意味で刺激された結果だろうけど、もうしません。(深く頭を垂れて)

ところで、百薬の長
今冷蔵庫に入っているのは、
*朝日山吟醸の冷やおろし
*吉乃川純米の冷やおろし
*お福正宗純米?多分の冷やおろし
飲み終わったのは、雪中梅の冷やおろし
あと、どぶろくもまだ残っている。
今のところ、朝日山が一番私の口には合う・・な。
5勺ですが,ちょうどいい量だ。
秋から冬場、夜中にお手洗いに起きることが多い。
冷えるせいだろう。
しかし、この5勺でそれがなくなった。(今のところ)
やっぱり「百薬の長」なんだろうな、少量の日本酒は。

今日は、北から北西方地震雲が走っていた。



2015年11月18日(水) なめくじ

先日来、ナメクジとカタツムリのお話を書こうと思い。
頭の中でナメクジがうろうろとしていたのだが、夕べ、本物に遭遇。
驚愕!
最後の塾生を送りに玄関にイッサをだいてでて、入ろうとしたらガラスのドア下にチビナメクジ発見。
とにかく驚いたわ。
この時期、普通、当地ではナメクジはおらん。
で、今朝、同じところをみたが、もういなかった。
代わりに玄関の中にダンゴムシが入ってきていたが。
まあ、ダンゴムシはあり得る。

あのナメクジ、どこから来たの?
神様からの「頭の中、お見通し」メッセージ。
かいな?

いつも清き明き直き心でがんばっておりまするが・・・
ただね、早起きができていないねえ。
冬至に向かうこの時期、私の朝もどんどん遅くなる。




2015年11月17日(火) カラシニコフ

カラシニコフの銃弾は粗悪で、体内に入ると爆裂するんだとか。
今日の弟のリハビリの担当者と話している中で知った。
パリのコンサートホールの身元確認が大変なのは、そういうことなのか・・・
ひどい話だ。
思うのは、テロリストだってお母さんから生まれて、子ども時代は親にそれなりにかわいがられ、親兄弟、友達とのいい関係もあったろうに。
何で、無差別なああいう虐殺ができるまでに、変わるのか。
冷酷になれるのか、ほとんど殺人自爆ロボットだ。
それを、洗脳といってしまえばそれまでだが。
謎だ。
アフリカのジャングルの少年兵士として育ったというのなら、まだわかる(ひどい例ですみません、でもわかりません?)
フツーに育ったんじゃなかろうか。シリアは、内戦前まではそれなりの平和があったはずだが。
ベルギーやフランスの国籍を持って、その恩恵を受けてきたはずだけど。
私の発想が平和ぼけした日本人過ぎるのか?
でも思いたい。
ISに渡って戻ってきた人たちが全員洗脳されてテロリストになるわけではないことを。
殺人者になる素質がある人?いるんだろうな。
1月のテロはまだ「選別」があった.しかし無差別は怖い。
フランスの首相じゃないが、明日おきてもいいし、またおきるというのは正しい。
その昔、海外の一人旅の一番安全なところはヨーロッパだった。
一番危険なところになってしまった。
パリにはもう一度、ピカソ美術館を上から下まで見に行きたいと思っていたが、無理だね・・・





2015年11月16日(月) パリ

昨夜写真を見たが、本当にひどい。
それでも、日本で見せられる画像はソフトなはず。
現場はどんなことになっているんだろうか・・・・
想像するだに、身が固まる。
フランス軍は本日も空爆したらしいが、それも最大の。
応酬にならないといいが。

暖かい日。
昨日なんだか元気が出なくてできなかった掃除をしたが、疲れた。
このところ、休みといえば飛び回っているので、綿埃や猫の毛埃が凄いことになっていた。少しさっぱりしたが、いろいろと捨てたい気持ち。





2015年11月15日(日) 大きな木たちのこと

玉置神社の巨木たちに付着している着生木をどうするか、から村民と、宮司さんたちの対立が始まったらしい。
それは、ネットで検索したら、出てくるので詳細は省く。
宮司さんたちは、反対の声をほとんど無視するような形で、着生木を除去した。
神社の木に手を出すな、の言い伝えを遵守したい村民の怒りを買い。
でもって、例祭、地域の総代さんが半分以上出ていなかった。
いくら高齢化していても、自分たちの誇りとする神社のお祭りに出てこれないことはないはず。
心にいろいろあっての欠席と察せられた。
何しろ、宮司の顔色がよくない。晴れやかではない。
暗くて、人相悪かった・・・
さらに挨拶でボランティアの方が北海道から来てくださいました、ボランティアに感謝云々を3回も話された。
要するに、地元民に力添えをもらえなかったってことだ。
それと、気になったのは、今、神社の運営はは、地元からの「おかね」ではなくて、全国からの崇敬者のご祈祷、ご寄付等々から成り立っている・・地元は2%であると。
こういうことを,宮司さんが会報のようなものに書いておられる。
さらに宮司が例祭の日に話しておられるのをちょこっと耳にしたのだが「私は統計を取っています、全国に崇敬者は5000人はおられますよ」みたいなことば。
多分、もっとだと思うが・・個人的には。
しかし、会報に書いたことと併せて、それを口にして地元の方々を刺激するのはいかがなものか。
せっかく、地元十津川出身の方が宮司となられて、今度は和気藹々となるのか(今までの対立の根っこにはよそ者が俺たちの神社で宮司して勝手しているという感じのものが多かったような)、と思ったら、そうならなかったのが残念、と思った。
しかし、要するに玉置の地がそういう人の姿(魂)をあらわにする宿命を持った地なんだろうな、とも思うが。
木については、私も帰ってきてからずっと考えていた。
短期「科学的」にいえば、着生木をとった方が,樹勢回復かもしれない。
しかし、玉置の木たちに手を出すな、という言い伝えは何なのか。それはこの世の生きるもの(人間も含めてすべての命あるもの)の宿命に手を出すな、ということなのではないか、と思い至った。
命あるものは、絶対に亡びる。
それは確定的なこと。
数千年の命を持っている巨木たちにしろ、それは同じなのだ。
結論
木に手を出すべきではなかった、と私は思う。

考えて見れれば、どちらの立場の人たちもそれぞれ玉置神社のこと、巨木を思ってのことなのに、対立を深めているのが本当に残念。

以上、先日書いた玉置の木のお話とともに最近考えていたことの総括でした。
・・・・
花の都パリ、とんでもないことになっている。
射殺された実行犯の一人はシリアのパスポートを持っていたとか。
要するに、難民としてテロリストが入ってきているということ。
難民の流入は止まっていない。
ヨーロッパ、非常に危険な状況となっているのだと思う。
平和を謳歌して、旅できる時代は終わった。







2015年11月14日(土) パリと鹿児島

パリのテロ、凄いことになっている。
死者100人以上だというが・・・
「アラーは偉大なり」
とさけんでいたらしいが・・・
アラーは今のように自爆テロをしたり、人を殺す爆破事件は望んでおられないと思うが。
どうして道に迷ってしまったんだ、イスラム教徒。
しかし、思うのは、こういうことをしつつ、難民として次々とヨーロッパに来る。
サウジやドバイなどの同じイスラムの国へ動かないのはなぜだ?
多分、今回のパリテロで、同胞イスラムの人たちも少なからず亡くなったり、傷ついてていると思うが。
悲しいことだわ・・・
祈りたいです,たくさんの心ならず現世を去った魂に。

鹿児島周辺で地震。
まだあると思う、南西に地震雲がかなりはっきりと確認できた。

今日はお天気がよくないが、妙に暖かい。



2015年11月13日(金) 免許講習

1ヶ月以上前から、行かねば、と思いつつ11月になった。
行ってきました、ゴールドです。
しかし、笑ったのはというか焦ったのはお財布にお金を足していかねば、と思いながら忘れていて。窓口で、3000円といわれ、更に、寄付金みたいなのを要求されて。
むむ?
もう一度うちに帰る?
それとも、近隣の郵便局か銀行か?と思いつつ、財布をのぞいたらありました、きっちり3000円。
その寄付金みたいなの、強制なの、と訊いたら、任意です、と窓口の女性。私の慌てぶりを無視して冷たい顔していうので、ちっと思って、ンじゃ、そちらは今回はしないということで・・ほら財布からっぽ・・と財布の中を見せたが、それも無表情。
さすが、警察の下部組織。
変なところで感心した。
心配だった視力もなんなく通過。
で、30分講習で更新免許もらいましただ。
はやいなあ・・・免許とって10年過ぎたってことだ。
当地に帰京したときに、弟が住所変更に連れてきてくれたなあ・・と今は亡き弟を偲んでいました、晴天のもと。
会いたいな・・と思うなあ・・我が弟。

午後は、もう一人の弟のひなたぼっこに行ってきた。
カボチャプリンと、三枝子から送られてきたチョコと、コーヒーと、柿と、行肉のポン酢味とろみ付けを持って。
お昼ご飯のあとなのによく食べてご機嫌でしたわ。



2015年11月12日(木) マサコ、園遊会、50メートル歩いた!

しごとを終えてヤフーニュースチェック。
トップにニュースに、園遊会の画像。
なんと、マサコの紫芋スーツがアップ。
マサコが12年ぶりに出るとか、ニュースになっていたが、最後の最後でまたドタキャンだろうと思っていたのだが。
おどろいた。
まあ、しかし、デブだなあ、何でこれが病気なんだ。
お立ち台みたいなところに立って、あとは50メートル歩いて退場だって、これまたびっくり。
つまり、招待客と話ができない、ふれあえないってこと。
しかし園遊会って、皇室主催でしょ、先に退場ってものすごく失礼でしょう。
それと、招待客はみんな着物なのに、何で皇族はスーツなのか。マサコしように皇后さんが指令出してしたんだよね。
皇后さん、おかしい。
常総市の大水害の時にまだ皆さん水の中で孤立したり、水の底に沈んでおられる方もあるときに、美術館へ天皇さんと腕組んで出てこられたときにおかしい、これがホントの姿。慈愛なんて嘘っぽいわ。今まで「演技」だったんだね。だったら、最後まで最高の「演技」していただきたいです。
としっかり思ったが、またまただ。
溺愛の出来損ない息子・更に出来損ない嫁をサポートしすぎで、税金で支えてくれている国を忘れておられまするわ。
完全に、晩節は真っ黒になられましたね、今上陛下とコーゴーさん。
ニュース画像だと、コータイシ、君が代が流れているときにマサコとおしゃべ
りしている。これまたサイテー、こういうとき小学生だって口を閉じるわ。
写真掲示板によると、足に「袋」(尿)をつけておられるとか。確かに、右足太もも当たりがおかしい、うわさは本当なのかも。
彼らが次代なら天皇制は即、終了だろうな・・だれも彼らをリスペクトできないだろう。
コーゴーさんとマサコ、結果的に皇室滅亡のために入られたんだなあ、と思う。
変な嫁が2代続いたら、一般家庭でもおしまいですし。
秋篠宮家がしっかりとしておられるだけに残念だが・・
しかし、こちらは皇室廃止でも生き残れそうだ、個人能力がそれなりに高そうだし「皇族」なんてラベルがなくても,生活して世が渡れそう。
マサコとコータイシ、アイ子はだめだろうな。
ああ・・リアルな現実、ため息です。

さて、今夜は寒い。




2015年11月11日(水) 町にはクリスマス・ツリー、ジングルベル・・

猫たちのこたつがまたしてもこわれた。
同じく猫飼いの新聞屋さんがおうちにあったものをくださったのだが。
出した11月1日は、稼働していたのになあ。
気がついたのは昨夜。しかし、もっと前からかもだ。
ときどきこたつに2ひきしてのって寝ている、あるいは上がったりおりたり飛び越えたりで遊んでいる。2匹がのって寝ているのって、断線のもとか?
コメリで、こたつを買おうとしてちょっと待てよ?
また壊れるんでないか?
だって、これで2つめだし。
でもって、エイと変更、1畳のホットカーペットにした。
こたつの方が安かったんですがね。
ホットカーペットなら、乗って断線ということはなかろうし。。
近々に原信でたくさん段ボールをもらってきて,段ボールこたつを作ってやろう。

ところで、町中ツリーだらけ。
それで、ヨーカ堂と役所に行ってきたのだが、ジングルベルも。
うーむ。
なんだか、焦る。



2015年11月09日(月) 玉置神社のご神木

玉置神社のご神木等々を巡って人間界ではいろいろとあったよう、というか いまだあるようです。
あそこは、あの地のエネルギーや空気が人間という生き物の卑小さを露呈するのか、なにやらいつも争っているような。
凄いところなのです。
だから、人はその心根というか魂を試されるというか。
そして、えらく恐ろしい(縄文的エネルギーに満ちた)カミサマにNGを突きつけられた人(宮司さん)は下界へ去る、あるいは霊界へ去るということになる・・・・
そんなことを10月の玉置神社例祭参拝で思いました。
例祭の次の日の方「後の祭り」の方が私としては気持ちよかった。
思いもかけず、後の祭りの正式参拝をしてきた。
もしも、来年もよんでくださるなら、また参拝したい。
と思う。
でもって、玉置から帰ってずっと考えていたことをお話にしてみました。
子どもたちの文を直すようになって、なんだか赤ペン先生になってしまって、長いことお話は書いていませんでしたが・・・神代杉に着生木が揺れていた頃の玉置を想って、生まれたお話です。。
今日はとりあえず、ここまで。
昨日六本木まで出張った付けで、やることたくさん、更に家の中も汚い汚い、チヨ?多分不在時にあちこちに吐いていたわ・・・それを発見してお片付けしないと。そこそこにはやったのですが・・まだありそう。チヨちゃん、ストレスです、まだ猫かわいがりが不足らしい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「お山の大きなスギの木は」

山のおくの、そのまたおくに大きな木たちが生きていました。スギという木です。でも、木たちは自分の名前なんて知りません。ただじっと立って生きている、生きてきた。それだけです。
 立っているところは、お山のてっぺんちかくです。てっぺんから、はれた日には海が見えます。でも、木たちは知りません。だって、動いて見に行くことができないのですから。知らないまま、千年、二千年と生きてきました。
 あるとき、木たちの森へニンゲンたちがやってきました。ニンゲンは、木をおそれました。そして、何本かに名前をつけました。大きな木にカミサマがおりてこられると信じて、そばにお社をたてました。おまつりもしました。
 
 そうして また 長い時間がすぎました。
 お社ができてから、いろいろなニンゲンたちが来ます。木たちをかまいもせず、でもそれなりに 大事にしてくれました。
 木たちは、思っていました。
 ニンゲンは風のようにいなくなる、と。動き回り、走り回り、あっという間に失せていく。木たちの中にできるネンリンというワが、百にならないうちに雲隠れしてしまうのです。
 でも、それはしかたないこと、それがニンゲンという生き物なのですから。
 木たちは、わかっていました。でも、話しかけてくるニンゲンたちのイノチが風のように、通りすぎていくのがさびしい気がするのです。話しかけてくるニンゲンたちにことばを返してやることができないのがさびしい気がするのです。
 木たちは、ささやきます。
 お社ができるまでは、こんな心持ちにならんかったなあ。
 今日も一人のニンゲンがやってきて、いいました。
「ジンダイスギさんよ、こまったことになった、あなたにくっついている木をひっぱがすということだ」
 ジンダイスギ、というのは、ニンゲンがひときわ大きな木につけた名前です。お社のうらにどっかりと立っている1本です。その大きな木のまわりには、他の木々がとばしてきた種が芽を出して育っていました。その子どもの木たちは大きな木をお母さんと思っています。ゆれながら、ときどき風が運んできたうわさ話をしてあげているのです。
「むかしから、木に手を出してはいかんというのが、ここのおきてだというのになあ」
 どうやら、ニンゲンたちは争いをはじめたようです。小さな木たちをぬきとってジンダイスギを元気づけるか、おきて通りに手は出さないとするか。
 ジンダイスギは、風にゆれながらいいました。
 「このままでいいのだよ、小さな木たちは子どもだ、子どもを育てるのに親が元気をあげるのは当たり前だ、わしらとて永遠ではないのだから」
 ほかの木たちも、こっくりこっくりうなずきました。
 しかし、木の声は、ニンゲンたちにはとどきませんでした。
 お山の木々がきれいな色にそまりはじめたころに、ジンダイスギの子どもたちはぬかれて、どこかに連れて行かれてしまいました。 大きな木は、なきました。
 冬が来て、寒い寒いとぐちりました。そうなのです、小さな木は、大きな木にくっついて温めてくれていたのです。
 そのとき、大きな木にカミサマのことばがひびきました。
 かれて去るもよし、毛虫のようなニンゲンたちが去ってのち、また子どもを育てるもよし。すべては、おまえしだい。子どもを連れていったニンゲンは やがて 去るだろうよ。あれら いつもおろかし、イノチ,いつも はかなし。
 お山に、大きな木たちよりもはるかむかしからいるカミサマの声でした。
 ジンダイスギは、カミサマに聞かされたはかないニンゲンのイノチになきました。自分にくっついて育っていた小さな木たちを 思い出して なきました。そのかなしみに、ほかの大きな木たちもなきました。
 お山は、そのとどろくようなひびきにおどろくあまり、お社の水を止めました。森にすまう けものたちも 耳をそばだてちぢこまりました。ざんねんながら、ニンゲンたちには聞こえなかったようでしたが。
 
 また長い長い年月がすぎました。
 ニンゲンたちにジンダイスギといわれたスギは いちだんと老いました。でも、大きな幹には、また子どもたちをくっつけています。風の運んできたうわさを子どもたちから聞いています。
 風のように来ては去っていくニンゲンたちは、やっぱりまだおろかなようです。
 
 
 



2015年11月08日(日) ニキ・ド・サンファル回顧展

六本木の国立新美術館まで出張りました。
多分、日本ではもうニキの大規模な展覧会はだろうと思ったので。
仕方ないよね、絶賛の支持者だった方がなくなられて栃木県のニキ美術館が閉じられて久しいし。

やっぱり「ナナ」シリーズがいい。
大きなおしりにおっぱい、カラフルな色合い、きらきら。
見ていてにやりとしたくなる。
でも、もちろん、毒気も大いにあるわ・・・当てられて疲れもしたが、心地よい疲労感。
アートを見て、疲れるって、久しぶり。
ニキ・ド・サンファル・・・・草間彌生さんに女をたっぷり塗り込めた感じ(笑)
それと、痛々しいが命にあふれているフリーダ・カーロをすこしだけ健康的にして突き抜けた感じ。
それぞれ、時代の女性アーチストとしてのお役目や痛みがあったなあ・・と私も回顧している次第。

帰宅の前に、友人と東京駅近の沖縄料理屋さんでオリオンビールにおつまみいろいろ。

疲れました、寝ます。



2015年11月07日(土) ムカゴ飯

ムカゴ、を知っている人は若者にはあるまい。
実際、できて届けた姪の配偶者は知らなかったし。
ムカゴとは、長いもの子ども・・と言っていいかな。これを埋め込むと芽が出るのだろう。
大豆を大きくしたくらいのサイズで、外側は薄茶色っぽい。
いろいろな食べ方があるのだが、子どもの頃、ムカゴ飯を食べた記憶あり。
ムカゴ五目飯にしようと決めた。
シメジとマイタケ、にんじん、油揚げ。
そこに水洗いしたムカゴ、醤油、だし汁、お酒やみりんで味付け。
おいしかったぞ。ムカゴはつるんつるんの口当たりだし。

今時ムカゴを買えるとは思わなかったのだが、地元の産直「なじらあて」にてゲット。

実家の母と義妹は懐かしがっていた。
姪家族にとっては新しい味。
作る私には気分転換。

天気予報が外れて、今日もお天気が持っている。




2015年11月06日(金) 弥彦山登山(拝)

7時7分の電車に乗って、弥彦へ。
菊祭りをやっていて、早い時間なのに境内は賑わっていた。
根が一つなのに、ばあーと広がって花が100くらいついているのって、どうやって育てるの?
日本人って、すごいわ。
ご遷座100年,神恩感謝。
お札のお金を奉献してお参りして登山口へ。
9時、出発。
以前のぼったのは多分10年近く前だと思う。当地に帰ってきたばかりの頃。暇であちこちに出歩いていた頃一度のぼった。そのときは、毎日のぼっている地元のおじさま・おばさまに次々と追い越されてけっこう悔しい思いをし、すごいなあ、と思っていたのだが、今回も同じ。
それとしんどかった。
前は、こんなにしんどいという感じはなかったのだが。
結局2時間弱で弥彦神社奥宮さん(お山の頂上)着。
まあはやくも遅くもないようだが。
しかしお山の美しさといったら、格別!まさに「錦秋」という感じだ。
ゆっくりその美しさを鑑賞しつつ。
山頂でお参り後食べたおにぎりの旨さも格別。
帰り道で会った地元の方が「今年は、10日くらい紅葉が早い」といわれていた。そのおじさんは、持っていたおにぎりを大きな木の上にのせて柏手打ってすたすた。私もつられて柏手ぱんぱんぱんぱん(お弥彦さんは出雲系で4拍手なんです)
そうしたら、ありがたさは何にもないよ、これは動物へ。
いや、十分ありがたさあります、その優しさに。

下山は90分弱。
そうしたら、菊祭りの賑わいすごし。県外ナンバーのバスや車も多い。
ホントは、温泉に入りたかったのだが門前の日帰り温泉は土日しかやらないのだって。
残念。
これから行ってきますわ。
昨夜寝たのが夜中だったし,はやく出るのがきついな、と思ったのだが。
チヨが早朝からなぜか大暴れして廊下を走り回るので覚醒。
出かけてよかった。

もう少し体重落として、筋トレしないと、来年の屋久島「チャレンジ!」ができない。
それがわかった。
がんばろう。



2015年11月05日(木) 本日もニッポン晴れ

昨夜は露天風呂でぼんやりしていたら、流れ星が見えた。
流れ星を目にするの、久しぶり。
私一人の露天風呂、深夜11時20分のことでした。
夕べは、帰宅後珍しいものを見つけたと買って冷蔵庫保管のどぶろく5勺、吉乃川の冷やおろし5勺、少し余分に飲みましたわ。
どぶろくは、上越の方に「どぶろく荘」というのがあって、そこの主人作成、どぶろくの賞をもらっているのを新聞で読んで知ってはいたのだが、お取り寄せするほどの興味は持てず。
ちょうど地元スーパーに売り切れごめん状態でならんでいたのをゲット。
一言で言えば、甘くて口当たりがよかったが。
リピートはしないだろう。
懐かしいな、と思ったのは、今は亡き徳島山川町の今関さんのどぶろくや発酵中のお酒の味。あれはおいしかった。
つまみは、地元の「里山母ちゃん工房」の大根の酢漬け。
おいしかった。
新聞の読んでないとこ読んだり、膝に乗って遊んでくれというイッサとじゃらけていたら、寝たのは1時近かった。
でもって、本日、少し寝過ごしました。
でも、元気に洗濯、掃除、少しだけ料理。
仕事・・等々。
お天気がいいと気分も晴れやか、元気いっぱいだ。
お日様 ラブ♥

玉置神社のことで書きたいのだが、考えること多々あるのだがいまだ書けず。



2015年11月04日(水) ニッポン晴れ

本当にいい天気だった。
朝から洗濯して、母を温泉に送り、弟が唇にヘルペスでご飯を食べたがらないという電話があったのでようすを見に。
確かに出ていたが、私が持っていた好きなものは食べたし、要するに好きではないものだったので食べなかったのでは?(笑)
そうそう、ヨーカ堂にクリスマスプレゼントで子どもたちに配る「月の満ち欠けカレンダー」の注文にも行った。
年賀状も買わねば。仁木さんのミカン注文は出したし。
口や足で描く芸術家協会のカレンダーと雑貨も注文出さないと。ブックサンタも12月になったらすぐしないと。新潟動物ネットワークのカレンダーは注文したな.(これは毎年恒例の寄付みたいなもの)
こんなことを、年末を前に考えてあれこれしている。
しかし、こんなニッポン晴れ日は、世間の雑事を考えないでどこかお日様の下深呼吸しながら登山とかウオークとかしたい。
歩き遍路、今日みたいな日はホントにいいだろうね。(ため息)

さてさて仕事だ。
今晩は温泉に行こう。
夜空もきれいだろうし、露天でほっこりするわ。
毎日忙しく動けるのってありがたいことだ.感謝。



2015年11月02日(月) 真冬並み

本当に寒い。
陰気な暗さも漂っているし。
しかし、11月は気温高め推移だって。
ホントかしら。
そうであってくれれば、うれしいことだが。
3月までの4ヶ月、我慢期間。
できるだけ降雪は遅い方がいい。

猫たち、こたつから出ず。
夕方、さすがに「勤務時間」になったのはわかったのか、ぼちぼち出てきたので、下にいっしょに連れてきたが、やっぱり寝ている。
こんな日は確かに寝ていたいのは私もいっしょだ。
しかし、勤務する気があるのは、見上げた猫魂だ。





2015年11月01日(日) 6の3の有志さん、ありがとう!!

朝、弟のランチ会の準備でばたばたしていたら、でかい段ボール箱が来た。
あけたら、6の3有志の玉手箱。
ありがとうさんです。
イッサとチヨにまでお誕生日プレゼント、猫たち喜んで食べていたよ。
猫にかわって、ありがとうニャン、ニャン。
こんなふうに誕生日を祝ってもらえるのは、元教師冥利に尽きます。
感謝、感謝、また感謝。

クラス会のお誘いを受けたけど、行けなくてごめんね。
初め、お彼岸頃のお休みと思っていたのですが(メグチャンに、そうメールしたんだけど)考えたら、弟が毎年のように体調崩して発熱したり、緊急入院となる頃,と気がついて。それと姪の息子のお誕生日のことも忘れていたし。
でもって、失礼したというわけです。
弟、今年は1ヶ月遅れで発熱していました。

・・・・・
今日は 弟、大きな口を開けて、カレーをおかわりして食べて体調戻った感じ。
やれやれでした。
しかし、今日は疲れたわ。
まず、おいしい穴子をいただいたので、巻き寿司をつくり。(おいしかった)
それを姪家族と母たち(こちらはラップをはいだら即食べられる)にあげるようにもして。
その後、またご飯を炊いてカレー用に。
カレーは、弟の嚥下のことがあるので野菜を刻みにしなければならないので時間が意外とかかる。
あと、温野菜のサラダ、柿と甘いたまなミカンのデザート。
母と義妹、姪夫婦と子どもたち、暖かい施設のホールでわいわい食べた。
弟も楽しかったのだろう、笑顔が出てよかったわ。
夜は猫たちにこたつを出した。
2匹とも入ったまま出てこない。
フリースの掛け毛布を1枚だけ掛けて温度が上がらないようにして、更に1カ所、その毛布も上げてあるがやはり外の気温よりずいぶん違うのかな・・・
カーテンも冬用にして。
なんだか、くたびれましたわ。

そんな誕生日。
終わりました。
いいお天気だったが、明日はまたよくないらしい。


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