| 2009年08月31日(月) |
日本人が熱いなら、革命だ |
民主とりすぎた。 せいぜい、270までと私は見ていたけどな・・・ それにしても、これって革命じゃん。 日本人が、もっとタフで熱い人たちだったら、革命が起きてしかるべき状況。 自民党は自分たちの地盤が地方だってことを忘れて小泉改革にのっていった。 その結果がはっきりと出たってことだ。 でも、じゃ、民主党に何ができるんだろ? いろいろといっているが、そのための予算は、既得権益でおいしい思いをしている人たちから奪取しないと出ない。 役人天国、官僚天国、議員天国も入るかな。 これ、それこそ革命しないと変わらない。 ゆっくりと中から腐って、ガラガラ崩れる。 自民はまさにこれ、だったわけだが。 まずは派遣切りで住まいも心配な人たちに救いを、八方塞で自殺しそうな人に希望を。 と思う。
それと個々人が内側より価値観を変えていかないと、暮らしを少しずつでもいいから変えないと、ひとりひとりの不幸感や不安感は解消されない。 ストレスの病といわれるガンも自殺も減らない。 それぞれが、他者の幸福、大きな幸せのために何ができるか、を考えるときなのだろう。 せめて祈りたい。 明るく素直で温かい気持ちで全ての人たちが暮らせる世になりますように。 わが命、生かしていただいてありがとうございます。 だね・・・・
| 2009年08月29日(土) |
中から腐る、ということ |
今日はだらだらと、塾部屋の掃除。 いつもは3月にする整理をしてなかったので、さすがにしないと汚すぎて、っていうか、自分の気分がいやで。(このあたりA型) なんとか、ごたごただったプリント類の大方を捨てて少しカッコがついた。 身辺整理をしたいと思いつつ、遅々として進まずって感じ。
だらだらの休憩にテレビを見て、コンビニの「内引き」という話に愕然。 要するにアルバイトさんがレジのお金を抜くんですね。 年間40万も抜かれていたオーナー夫妻が意を決して監視カメラをつけ、信頼していた女の子がぬいていたことを知ってショック。泣いていた。で、それでも、した子に諄諄と説教して、警察には言わずに、辞めさせていた。 オーナー夫妻人格者、対する女の子は泣いていたけど、うーん、こういうのって病気っぽいから・・ヤクと同じで・・・違うコンビニに雇われたら、またするだろうな・・って言うのが私の悲しき感想。 だって、でき心でほとんど毎日ようにしますか、オーナーがそばにいるのに見えないようにしますか? ホントは警察に行った方が将来的に彼女のためにはよかった、と思ったんだけどなあ。 そのあたり、客商売の難しいところかも知れぬが。 最近、この「内ぬき」が多くなっていて、そのための監視カメラ会社はいい景気のようだ。 倫理が地におちた。 中から腐る。 魂がどんどん雲って腐って。 こういう人が増えて、世の波動のレベルが落ちたら、さらにさらにこの国は悪くなる。 自分の心のうちに映る自分の魂の姿に曇り無きように生きること。 人間は神の似姿という、しかし、一瞬にして悪魔にもなれる。 自分の判決は最終的に自分がする。 心に恥じる、いわれて泣くようなことはしないこと。 こういうことを、小さいときから染み込ませるにはどうしたらいいのだろうか。 大人がいちばん悪いんだけどね、美しい心の持ち主、プライド高い魂を持つ人がどんどん少なくなっているということなんだろうけど。 毎晩写すシルバーバーチの霊訓 昨夜であったいい言葉 「祈りは魂の表現だ」
神が新型インフルをつかわされた理由は、はやり「ノアの箱舟」か。 でも、悪は栄えるんだよね・・・免疫力高そうだし。 七人も他界されて不気味を感じる。
いつもするおひるね。 弟が亡くなってからは、どうも起きるのがいやだ。 今日も1時間半。 昨日は1時間。 夜半12時過ぎに寝ても末弟の尿糖値減らしお弁当作りと朝の瞑想(祈り)のためには五時半過ぎには起きねば・・で、そうすると夕方にエネルギー欠になる。 で、朝9時から30分はコーヒーを飲んで新聞読みタイム。昼ご飯を食べてからの30分はひるねタイムときめている。 ところがどっこい、ねむり過ぎ。 眠っていたら、あれこれ考えなくていいから。 ただ、眠りからおるときにすごく寂しい。なぜか、寂寥が襲う。 寝過ぎだ、反省。
昨日は、買い物に行ったついでに本屋をのぞいて、表紙絵に惹かれて木村藤子さ んの「幸せの風が吹いてくる」を買ってしまった。 開いてみてわかったのだがなんとこの表紙絵、エイブルアートだった。事故で、お体がご不自由になった方が書かれていた。 ほかと本と全く違うやさしさというか明るさが表紙にあったんだ。 エネルギーが出ている表紙。 木村藤子さんの本、今たくさん本屋さんに並んでいます。 表紙にご注目。 内容は私的にはそう目新しい、ということは書かれていなかったが、彼女のところに来る人の描写にただ唖然。 木村さんは自分ことを透視する霊能者。 と位置付けておいでになる。 スピリチュアルカウンセラーではない、と。 だから、メモを見て神様にうかがうと一瞬にして「見える」 その旨を伝える、だいたい5分ですむ。 しかし、来た人は話を聞いてくれないと怒る。 さらに霊障というのはそうやたらにあるものではない。 しかし、ほかの霊能者に霊障をいわれて、でもその人に除霊できないといわれたのに来たのにそれはないと駄々をこねる人がいる。 言われたことを否定してののしる人がいる。 借金、病気、ここに来れば全て解決するといわれたのできたのに、解決してくれないのか、という人がいる。(怒る) なんだか、読んでいてお口ぽかんだった。 そんなん、自分の責任で自分であるいは家族で解決することでしょう。 確か木村さんは、決まった額を取ったりされずに「見られる」と聞いている。箱かなんかあって「ご喜捨」という形だと。(今は知らない) ああ、霊能者って大変だ。 それが私の感想。 わかりやすくこの世の仁義、魂の磨き方が書いてある本でああるが、私の読み方は以上の如し。 ところで、この木村さんの本や昨日あげた飯田先生の本、それから荏原さんの本って、図書館で大人気なんだわ。 貸し出し中が多い。 みんな、何かを人間として求めているのか。
| 2009年08月27日(木) |
[生きがいのメッセージ」という本 |
原題は、Hello from heaven「天国からこんにちは」 でも、この本の責任編集の飯田史彦先生は「生きがいの創造」というベストセラーの作者。 で、こういう内容から遠い題になったようだ。 副題は「愛する故人とのコミュニケーションがもたらす新たな人生観」 アメリカでの故人からメッセージ、あるいはコミュニケーションを聞き取りによって集めたものの一部を本にしたもの。 怪しげだが、厳格な基準で掲載するものを選んである。 全十二章になっているのだが、びっくりするのは、「電話によるコミュニケーション」だ。 夢とか気配がするとかっていうのは、私もわかる。 しかし、電話ですか・・ほう・・・・であった。 その例の1つ フロリダ州にすむテリー。癌のため76歳でなくなった母から、何度も電話でのメッセージをもらっているのだという。 お母さんが亡くなる前に買っておいた靴が病状悪化のために履かずじまい。 でお母さんは、返しにってね、といって亡くなった。それから1月半の間に(夜)3回の電話。 1回目 「お母さん、今どうしているの」 「万事申し分なしよ」 「あたしは寂しいわ」 「おまえ、靴はかえしたの」 「まだよ」 「あたし、もう行かなくちゃ(電話切れる)」 2回目(2週間目くらい) また靴を返したかどうか聞かれる 「まだよ、でも必ず返しに行くわね」 3回目 また靴のこと、ケリーが泣き出したら 「そんなに泣くんだったら、もう電話しないわ」 でホントにかかってこなくなった。 それから数週間後に靴を返しに行ってお金を払い戻してもらった。
といった体験談が載っている。 故人しか知らないことで、生きている人に大切なことを教え来る故人。 幽体離脱して会う、命を故人に守られたなどなど。 責任編集の飯田先生のことばに 故人からのメッセージ全てに共通の基本原理。
1愛すること 2がんばって今この瞬間を生きるということ 3また、必ず会えるということ 4いつでもそばにてくれること
があるという。 確かに。
図書館で借りた本であるが、今のところ、こういう本を読むのがいちばん私の心を元気にする。
この飯田先生の肩書きは、福島大学の准教授だったのだが、今は退職されてスピリチュアルケア研究所「光の学校」なるものを設立されようとなさっているようだ。 自分が死にかけて、生かしていただいた代わりに、こういった活動を無償でするというお約束を「あちらのえらい人たち」とされたかたのようだ。
暑い。 夏休み2日目。 午前は料理を作り、子どもたちにはがきを書いて、午後からは例のごとくお昼ね。その後またはがき書きを続行。 ホントはもっとアクティブになりたいのだが、のらくら。 でもがんばらない。
| 2009年08月26日(水) |
ネオテニージャパン 高橋コレクション |
今日から土曜まで、私のささやかな夏休み。 とりあえずは、県立近代美術館でやっていた企画展を見にいってきた。 日本の現代美術コレクション。高橋さんというのは、精神科医さんだとか。 ネオテニーとは、たしか幼形成熟。 漫画やさまざまなキャラクター・・・今この国に跋扈しているサブカルチャー。 みんなこれ、である。 おもしろかったけど・・・楽しみましたが。 でもね、感動ってない。 獣的エネルギーがない、こちらまで熱くなるような。 ピカソを見た後の疲労感がほしいよね。 これ「感動」なり。 常設展に岡本太郎さんが1枚あって、それがいちばん獣的エネルギーが出ていた。それから、白髪一雄さんも。
お昼に友人のお店にランチを持っていっていっしょに食べた。 で、午後からは昼寝をして、ニトリで買ってきた組み立て本棚を作って、本を移し変えて夕方なり。 夜はまた友人が来て、いっしょに夕ご飯なり。 これで1日終わったよ。 明日は、塾部屋の掃除だ。
夕べは、末弟がショートステイにいったので、母を夜麻生の湯に連れていった。 麻生の湯は6時を過ぎると780円から600円になるので混む。 8時ころについたのだが、結構な混み様だった。 でも、ここは塩泉なんで、すぐに暖まるし行くのも5分くらいでいいので、実家にいって母をピックアップしてお湯に入って戻っても1時間ほどですむ。 手ごろな「親孝行」だ。 露天風呂から、市内が一望で、ここは長岡祭りのフェニックス花火を見るのに、絶好の場所だと思ったわ。
今日は3回目の命日。。弟が他界して120日が過ぎたってこと。 弟は、この頃、あんまり家にいないと思う。 毎朝、遺影の前で心経をあげるのだが、何も返ってこない日が多い。 (こういういい方しかできないんだが) また彼岸に帰って、「修行」に励んでいるように思われるのだ。 まじめな頑張り屋だしねえ。 で、この頃は、じきにお彼岸が来るし、そうしたら、またお暇をいただいて帰っておいで、それまでまた、修行をがんばんなさいよ。 と話している。 伝えたいことがあるなら、だれかの夢枕に立つだろうし。 だいたい、用がないと出てこないらしいんでねえ。 寂しいことではあるが・・・ でも「あの世」はまちがいなくあるので、いずれ再会できるだろうとは思っている。 54歳で、老後がなしで帰って逝く、いやまったく私が代わってやりたかったけれど・・・・この世はうまく行かない。
まるで秋の涼しさだ。 いいんだろうか、心配になる。
| 2009年08月24日(月) |
がんばったねえ・・拍手 |
日本文理、えらい頑張った。 ちょうど、ふりかえの塾をやっていて、テレビも見ることができないで、ラジオで途中まで聞いていたのだが、9回の表の反撃にはかろうじて間に合った。 惜しかったけど、よく頑張ったよ。 あきらめない、ということの具体的形を見せてもらった。 ありがとう、拍手。 日食・月食のおかしな年だからの快挙。(怪挙?ゴメン) 県民としては、準優勝で十分満足です。
いい天気だが、なんだか不安になる。
町内会の夏祭り前に、洪水ハザードマップの説明があるというので、行った。 で、町内会長さんの挨拶「わたしら、信濃川ががあふれるなんてありえないと思っているけど、ほら、新潟が、決勝進出するなんて、信じられないことが今日は起きたんだから、信濃川があふれるってこともあるし、しっかりと話を聞いてください」だって。 笑った。 確かに。 新潟県民、うれしいけれど、内心はうそー、お口ポッカン状態なのだ。 全国一弱い県だったのに、どうした?! てか、新潟県民、みんなここまで来ると、よく頑張った、もうこれで負けてもいいよ的な気持ちもあったりする。 もともと、もっさりおだやか系の気質だから。 さてどうなるか。
よく晴れて残暑。 末弟の施設を運営する医療法人の夏祭りにいってきた。 屋外だったのだが、どこもかしこも、手の消毒シュッシュ。 新型インフル不気味だ。
なんだか、いやな感じの夕方の空。 不穏というより、無気味な静けさという雲行き。
日暮れがはやくなった。 寂しいですねえ・・・・ ホントなら、朝9時からの仕事が終わった昼下がりの2時半。 窓からの涼しい風を楽しみながら、好きなことを楽しめる時間なんだが。 ぼやんとしたまま、なんの楽しみもなく。 テレビをつけて、しかし、そう真剣に見るでもなく、片耳では高校野球を聞きながら、ごろごろ。 この頃、先に逝っちまった弟がうらやまし。 老後のない人生、悪いもんじゃないかも。 死は敗北ではないし、とも思える。 現代の生きる、勝つが絶対、医学で助からない=敗北 この「公式」が間違っているんじゃないかと思うのだが。 弟は、なんとしても現世で楽しみたかったクチだろうし(霊界にいる今は違うかもだが)いや、マジに代われるなら、代わったのに、と思ったりする。 でも、生きている以上は、今をそれなりに生きていかねば、とは思うが。 今を精一杯の根性は息切れ気味。 ぼちぼち、まあまあ。
びっくりだ。 「奇跡」のチームとあたっているし、次は多分だめだろうと思っていたし。 2桁得点で、勝者になってしまった。 おめでとう、日本文理。 次も頑張ってね。 また、新潟駅じゃ号外が配られたかな。
新型インフル、正式に「流行」ですって。 学校が始まると、さらに怖くなる。
昨夜、お友達と結構長々と電話で話した。 彼女もいう「今年あたりに他界した人は、振り返れば、ラッキーだったなんてことがあるんじゃ、なんかとんでもないことがおきそうで私も怖い」 私が昨日日記に書いたことと同じことを話していた。 そんな風に漠然とした不安を感じている人は今多いかも。 私は、毎朝祈っている。 「世の人々が明るく素直に温かい気持ちで暮らせる世界になりますように、争い・戦争のない世の中になりますように。地球さん、こんなどうしょうもない人間たちを辛抱強く守ってくれてありがとう、地球に感謝、天地神仏・大いなる絶対者に感謝、ありがとうございます。生かしておいて下さってありがとうございます」 これ、お大師さんとお不動さんに読経をしたあと、瞑想をしつつ声を出していっている。 たくさんの人が祈り始めるとき、その想いや念のは波動で、それで状況は変わると聞くから。 この日記を読んでくださっている方々、朝でも夕でもいいです、短い時間でいいです。 地球や、今、自分が生かしていただいていることへの感謝を言葉にして見ませんか。地球の未来への祈りをしませんか。 このままだと、なんだかホントに大変なことがおきそうで、やっぱり依然として怖いもへじです。
| 2009年08月20日(木) |
新型インフルエンザ、バンデミック? |
亡くなられた人、3人。 オーストラリアでは、126人だったかの死亡が確認されている。 怖いことになってきている。 昨日、母と末弟に食べるようにと、黒酢づけのニンニクを持っていった。 免疫強化のため。 ほかの人たち(義妹やおい)は、言っても食べないし。
中国の西部ではなんと黒死病(ペスト)が確認されているらしい。 台湾で台風と水害による多数の死者。 病気、最近全国で多発している地震。 天候不順、異常気象。 心の荒廃。(魂の劣化) 経済と政治の迷走と低迷。 止まないイラクやアフガンのテロ活動。 全てが嵐の前の静けさで、何かとんでもない「不吉」「破局」が未来に待っていそうな不安。 地震、戦争? もっとすごい天変地異? それとも、中から果物が腐るように一気にどっと何かが壊れる? 心の領域に属する何かが・・・ ノアの箱舟が動いているの? とにかく、理由なく落ちつかない。 心が沈む。 自分が動物で、何か不吉を察知しているのだが言葉にできない、そんなもどかしさを感じている午後。
けさ、徳島のIさんと電話でお話した。 先日お見舞いをおおくりしたのだが・・・ 末期ガン。 この頃泣ける、抗がん剤は苦しい、痛い、だからモルヒネを使っていると。 泣き声で話しておられる・・・言葉がなかった。 ガンと共存することを考えてください、ガンは自分が作り出したもの、自分の体の一部ですから、仲良くなって、大きくならないようにしていくのが一番いいように思いますが・・敵に回して叩きのめせば、自分も死にます・・・・ 抗がん剤は最強ですが、毒薬です。 俺もそう思うよ。 ゲルソン療法をやるよ、抗がん剤は苦しすぎるから、止めようかと思っている。 自分が思うようにされるのがいちばんいいですよ、うちの弟は抗がん剤を信じて討ち死にしましたが、自分の選んだ治療法でした。 今朝も、Iさんのことを想いながらお日さまにお祈りしました。 そんな話をした。 本当につらい。 つらかった。 諸行無常。
| 2009年08月19日(水) |
ふっと口を突いて出たことば |
「先に逝くほう勝ちだねえ・・・」 いや、逝ってしまえばこっちのもの。 逝けば、現世の憂いはどうあがいても、もはや、なんともしがたいと思うと「もうしゃないな・・あちらはあちらのご修行で」と構えるしかないじゃないか、霊界で。 と思うと、早い者勝ちかも、と。 やれやれ。 「シルバーバーチの霊訓」に、私の感慨とぴったりのことばを見つけた。 「・・・(略)・・・地上の科学者がいかなる説を立てようと、いつかは必ず肉体に死が訪れます。それは霊を解放するという役目を果たすことになるのです。つまり肉体の死は肉体の誕生と同じです。 前者は霊の�狢狆譟蹐任△蝓�後者は�狷�場″です。 地上では死を悲劇と考えますが、私たち霊の立場からすれば悲劇ではありません。解放です。なぜなら、魂の霊的誕生を意味するからです。地上のあらゆる悩みごとからの解放です。よくよくの場合を除いて、死は苦労への褒賞であって罰ではありません。死は何を犠牲にしてでも避けるべきものという考え方は改めなくてはいけません。生命現象に不可欠の要素であり、魂が自我を見出すための手段と見なすべきです。」 『シルバー・バーチの霊訓 (8)』(近藤千雄訳)より シルバーパーチの霊訓は、ネット上で無料公開されているので、興味のある方はご覧ください。 本としてもでています。(潮文社から21巻で) じわじわと売れつづけているので(ロングセラー)、出版社は絶版にしたくてもできない不思議な本だそうです。 わたしは時々、夜寝る前に、心にしみこむページを書写しています。 ささやかなわが魂の癒しとして。
今日は30度ほどあった。 空は以前ほど不穏ではない。 秋空になりつつあるが。 ああ、去年はあの空の下に弟がいたのに、とつい思うと雲を眺めるのもいやになる。
高校野球、日本文理(新潟代表)がなんとまあベスト8だ。 おめでとう、号外が出たそうな。 快挙だけど、くじ運の強さもあるかな。
このごろ、自分のことを、まるで3年寝太郎だと思う。 最低限のことをこなすと、ごろついている。 本を読むか、眠るか。 図書館にない本は買うから、本代がすごい。
でも。このどっち(寝るか読むか)かをしていると、ほかのことを考えなくていい。 この前、1982年の大韓航空機事故で奥様と息子さんをなくされた方のホームページを見た。 無明のうちに出会われたのが心霊学。 奥様と息子さんと「霊界通信」をしておいでになる。 そして、シルバーパーチの霊訓をその生きる灯火にして、 ホームページ上で、かつての自分のように無明に沈む人たちとの対話の場を設けておいでになる。 そこで、五十代の弟をガンで四月に亡くして寝てばかりいる。寝ている間は考えなくていいから・・でもそれではなくなった弟が悲しむので動き出したら、すごい蕁麻疹が出始めた、という主婦のメール相談があった。 わたしは蕁麻疹は出ないけど、「寝てばかり」というあたりは似ているよ。 同じような人、あちこちにいるんだろうねえ。 ありきたりだけど、固有の一人一人ちがう悲しみ。 やはり、この世は地獄の一部なんだろうな、と思う。 元気が出ないと葛根湯だけど、いくら漢方とはいえ、依存はよくないから、今日は素直にごろついていた。 少しだけ元気になった。 夜、瞑想をしよう。
暑いが、セミは鳴かない。 なんでかな。 震度3の地震が北から南まで続いている。 あの不穏な空模様がこの前兆であったのだたらいいのだが。 またお天気が晴れつづきなのも気になる。 とにかく何かがおかしい自然界。 それは人間たちのせいではあるのだが。
| 2009年08月17日(月) |
ターシャ・チューダーが亡くなっていた |
今日ナニゲに、買い物にいったついでに本屋さんをのぞいたら、「ターシャ・チューダー最後のことば」という本が目に付いた。 え?亡くなったの? 思わず買ってきた。 で、昨年6月18日に亡くなったんだそうな。 知らなかった。 結構ショックだ。 彼女の絵や文、それから見事なガーデニングの写真、生き方・・みんな好きだっただけにねえ。 しかし、享年92歳。 大往生ではある。 一年遅れだが、祈ご冥福。
今日は暑い日だが、空気にはもはや夏のじっとり感がない。
気圧配置はほとんど秋だ。 北からのはりだしでの晴天。 今日は暑いが、でも夏の炎天下ではない。 今年は「夏」はほとんどなかったといっていいかな。 3階の私室ではクーラー入れなかったし。 夜は窓はぴっちり閉めている。夜明けに寒いのだ。
大原麗子さんに続き、山城新吾さんの他界。 どちらもスターらしからぬ寂しい終りだ・・と傍目に感じる。 人生、終りまで生きないとわかんないなあとつくづくと思う。 そして、いくらお金を溜め込んでも、物を増やしても絶対に持っていけない。 ぼちぼち、まあまあ、少欲知足。 食べることだって、欲にまかせた多食とぜいたくはペケ。 「食は運命を変える」という本を読んでから実にそう思う。 粗食・少食・節食。
昨日、根室で震度3があった。 あのすごい地震雲がこれ、だったのだとしたらいいのだが。
今日で、作文教室は終わり。 あとは淡々と、算数と英語のクラスを一週間ばかりやって、4日ばかりの私の夏休みがくる。 どこも行かない、いく気がしないし。 そうじだ。 そうじしまくって、物を捨てる。 さっぱりと、もしものことがあっても人に迷惑かけぬよう。
| 2009年08月15日(土) |
秋のような・・・終戦記念日 |
気配が秋だ。 セミも鳴かない。 終戦記念日、いや、敗戦記念日。 昼に祈ろうと思う。 多くの犠牲の上に、平和があるということを我々は忘れかけている。 昨日新聞で見たら、またしても東宮御一家、この日那須でご静養だ。 戦争責任に苦しまれた(と思う)昭和天皇の孫がこれでは世も末。 「民草」が忘れるのもしかたなしとはいえ、忘れれば、天変地異かとんでもない厄災が来る、絶対に。
今、自分にとってのカルマは家族だ。 その解消のために生きている感じ。 じゃないと、自分がここに生まれたわけが分からない。 愛別離苦もあるけれど、怨憎会苦もある。 淡々とカルマ解消に励もう。
朝方、すごい地震雲。 方向は、北東から北.天空を横切って南西へ。 多分、当地から見て北東かな。 大きさは震度5は十分ありそう。 時期は、一週間後が新月なので、その前後かそこになる前に。 でも、外れることを祈る。 しばらくは、がけ崩れしそうなところや、海には行かないほうがいいだろうな。 そうそう、お盆のうち海・川に入ると足をひかれるっていうし。
*本日のダライラマ法王様のことば*
最も重要なことの一つは、慈悲の心です。慈しみの心は、ニューヨークの大きな店でも買うことはできません。機械でも作り出せません。しかし、心の内なる発展によってはじめて手に入れることができるのです。
そうだね・・・心の内なる発展により一層努めねば。
| 2009年08月14日(金) |
「転生 古代エジプトから蘇った女考古学者」をよんで |
子どものころから、おもしろい本を手に取ると、とにかく時間を惜しんで、道を歩きながらであろうと、読んだ。 おかげで、電柱に頭をぶつけたことは数回あり。 昨今(といってもかなり昔)の記憶では、佐藤優氏の「国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて」がそうだった.夕飯を食べてから読み出して、読了したら朝方だった。 おもしろくて止められないんだもん。 「霊界通信 小桜姫物語」もかなりおもしろかった。 「私の遺言」(佐藤愛子)もかなり。 しかし、今回読んだ、「転生」はもうやっぱり、寸暇を惜しんで・・だった。 朝、末弟のお世話から帰り、お昼にお盆で帰ってきている父や弟イサオへのお供えにとチラシ寿司を作る準備をして後はもうどっぷり。 昼近く、チラシを作りもっていって、供えてみんなで食べて母を麻生の湯に連れていって送って。 で、帰ってきて、またまたどっぷり。 窓からの気持ちのいい風を受けて、ラジオで高校野球をかけて、ごろしながら一気に読了。夕方6時過ぎだった。 この生活って、ネコ系人間だった私の究極の夏のお楽しみ生活。 それこそ、蘇ったつかのま。 今日が完全休でよかった。 くつろいだ。 結局のところ、本を読むというあまり生産的じゃない行為と考えるという見えない行為が私には最上の楽しみだということだ。 これだけは、何をする気もなくなった私に残った。
さてこの奇怪なタイトルの本について。 ドロシー・イーディー。1907年生まれのイギリス人。女性。 3歳のときに階段から落ちて、仮死状態に。それ以来、不思議な夢を見るようになった.さらに、エジプトに対するすごい執着が始まった。 少女時代、大英博物館にいって、エジプト室から離れられなくなって、ヒエログリフをみていう「この字、私、しっている」 ヒエログリフといえば、私もいたく興味があって、若かりしころ(30代)に、ヒエログリフ(「死者の書」)を読む講座に1年くらい通ったことがある。いま思えば、かなり変わっていたと思うが。今や全然おぼえていないけど、古代エジプト人は、現在の生活を霊体になっても続けるという死後世界観を持っていたということはおぼえている。 死ぬと、カーというその人の生前の行いを判定する神さまが待っていて、天秤に羽みたいな真理判定の重りをのせて、もう1つの天秤に死者のの心臓をのせて、その罪をはかるとというもの。 その後、エジプトに行って、この話とカーという神さまの姿はおぼえていたら、お墓めぐりの時に確認したものだ。
おっと、話が脱線した。 ドロシーはついに自分が前世になんであったのか知る。 自分はエジプトにいた。 3歳の時に、セティ1世神殿に捨てられて巫女になった女の子だった。しかし、神殿においでになった、セティ1世と恋におちて妊娠、それは巫女ゆえに許されない行為であって、自殺した。 やがて、彼女はエジプトの若者と知り合って、カイロに渡り結婚する。 しかし、息子(セティという名前)を授かるが、夫は新しいものが好きで、彼女の興味は古代エジプトにしかない.離婚。 やがて、カイロの考古局に勤め、デッサンの技術や、ヒエログリフへの造詣の深さで一目置かれるようになる。 そしてついに、アビドスのセティ1世宮殿にすみつき(前世にいたところ)生涯をおえる。 彼女は、昼はエジプト学者として働き、夜にはセティ1世と逢瀬を重ねるという幻視の世界に入ったのだ。 彼女は1981年4月21日に他界した。 (セティ一世のところに旅立った) 幻視の世界でおもいだしたことや、夜にやってくるセティ1世に教えられたことで、アビドスで新しい発見をしたりすることで、彼女のエジプト学者の間で知られるようになっていくのだ。 外側から見れば貧しく、動物たちと一緒に暮らすような衛生とは無縁の生活、しかし、古代エジプトのまじないを使って付近の人たちの病をなおしたり相談にのったりして完全にエジプトの田舎を「最上の地」として生きていた。 そして「わたしはこの生活で満足、幸せ」といっていたとか. 明るくて元気で、辛らつで楽しい人だったらしい。 なお彼女は、エジプトでは「オンム・セティ」と呼ばれていた. 「セティの母」 エジプトでは名前をいうと悪い霊に取りつかれたり、呪いにかけられたするので、こういういい方をするらしい。言霊だね. 著者のジョナサン・コットは、ニューヨークの作家、詩人で、著名な音楽家へのロングインタビューで有名な人らしい。 最後に一言でいうと「本当に前世はあるのか、彼女はそこを生きていたのか、それともたんにキチガイなのか」を探求している。 結論は出ない。 しかし、大事なのは、彼女がその生を充実のうちに閉じたということ。 イギリス女性がエジプトにくらし、エジプト学を極め、成果を出し、現世の生活において険しく困難の道を歩んで、その生を充実のうちにまっとうしたということ。 その充実が前世との関わりであったとしたら、前世のあるなしや科学性はどうでもよくはないか、という結論に達している。(とわたしは読んだ) いや、その通りだ。 そういう意味では、わたしは前世療法は、肯定する。 前世を知ることで、というか退行催眠でわかることで、現世の不調和が軽快して元気になれるのならそれでいいのだ。 前世のあるなしは、だれにもわからない。 「ある」と信じることで、人はよりよく生きられるのではないか、と思う。 現世のさまざまな欲望を否定はしない.しかしただそれだけでのみ生きるとするなら、それは動物人間だ。まさに「人はパンのみで生きるにあらず」 前世も霊界も見えないけれど「存在」する。 前世で出来なかったことを極めて、より高い魂を持って霊界に帰っていく。 こう考えて、日々を精一杯に良心に恥じないように暮らしていくことで霊長類の仲間入り「霊的な人間」になれるのではないか、と思うのだが。
お日さまが出た。 気持ちのいい日.でもすでに秋の気配だ.
八丈島の地震。 日本の半分以上に大雨洪水雷注意報や警報が出ている。 フツーじゃない、怖い気がする。 なにか不吉な・・・何の前兆? みなさん、気をつけませう。
お盆だ。 これから、お参りに行く。
元気がなくなると、飲むのは葛根湯。 からだが冷えたと感じると食べるのは、ショウガ。 ま、私の「ヤク」は、ショウガと葛根湯だ。 カンフル剤のようにニンニクが入る。 心の栄養に時々見に行くのは、ダライラマ法王さまの日本駐在事務所のホームページだ。 エンターに法王さまの言葉が載っている。 それを読みいく。 心に染みる一言が多い。 昨今見つけた言霊 ★死や一生のはかなさについて深く考えると、私たちの心は自然と精神的成就に興味を抱き始めるようになりますが、ちょうどこれは、ごく普通の人が友の亡骸を目の当たりにしたとたん、何かに気付き始めるのと似ています。 無常と死について瞑想することは、大変有益なことです。 なぜなら瞑想することによって、はかなく無意味な行いに心が奪われてしまうことがなくなるからです。★ (上記ページよりコピペ) 今の私をあらわしているなあ、と。 それと、水害で家族みんな一気に亡くなられた方々のことを考えると、そのはかなさに絶句だ。
今日は、夏らしい日だ。 しかし、雲は不穏。 台風一過のせいか地震がまだ収まっていたいせいか・・・不安な気持ちで空を見上げている。
| 2009年08月11日(火) |
雨の次は地震・・まさにノアの箱舟? |
震度6ですか。 朝早くて、平日でお天気が悪かったのが幸いした。 これが、真逆で、休日で、時間が9時ころで、お天気がよかったら、海に釣りとか山へお出かけとか、岩手のような悲劇があちこちで起きただろうと思う。 天の慈悲か? それにしても、水の害のすさまじいことよ。 改めて、人間のちっぽけさ、を想う。 そして、いくら、宇宙ステーションで滞在できても、どこから来てどこに行くのか、分からない我らの存在のはかなさを考える。 「今を、今現在を精一杯に生きる」 究極、これだろう。
今日は当地は蒸し暑い晴れ。 それでも、灼熱の夏ではない。 米は不良だろう。 我が家とて同様。 おまけに甥っ子は亡き弟ほど、米に愛がないようだし。 若さゆえかね・・。
健康格差、ということばがあるらしい。 即ち、収入と健康度や診療を受けられる可能性は比例する、ということらしい。 しかし、抗がん剤の場合、金の切れ目が縁の切れ目(抗がん剤の切れ目)のほうが長生き出来ると思うのだが。
| 2009年08月10日(月) |
まるで、ノアの箱舟のような |
すごい雨だ。 前例のない降り方。 大勢の方が亡くなっている。 それも,逃げる途中とかに・・・・ 祈ご冥福。 先月から,雨と天候不順でどれだけの人が亡くなっているのか。 まるで現代のノアの箱舟だ。 もちろん,亡くなった方々に「何か罪のようなもの」があって,のことではない。 すべて「天」の仕事。 天というか,摂理,カミといってももいいが,そこに我らが人間的な「感情」はない。
不浄を流したいのか・・・ 都会では,次々と薬に手を染めた人たちが白日に晒されている。 薬の常用とは,悪魔に魂を売るのとおんなじだから,これまた1つの浄化なのか。 夜回り先生が、薬で亡くなった女の子の話をされたときの凄惨さ,苦しさを私は忘れられない。 のりぴーはかわいそうだが、しっかり裁かれてほしい。 それが今の彼女のお役目なんだろう。
今日は,午前の教室がないので,作りおきのおかずをいくつか作った。 *かぼちゃとあずきのいとこ煮(これ,時間がかかる) かぼちゃもあずきも母が作ったもの *じゃばらキュウリのごま油漬け 母のキュウリがたくさん。 でっかい姿の悪い奴をわざと選んでもらってきて,半分に切る。 割ばしを切るときにおいて、じゃばらにする。 塩をしてしんなりしたら,ごま油を混ぜる。 醤油をまいて鷹の爪1本を刻んでいれて冷蔵庫へ。 ここで,酢をいれてもいい。 刻みごまをいれても可。 大事なことは上等のうそごまかしのない塩,ごま油,醤油を使用のこと。 *キュウリと生姜の刻みの塩もみ酢 うちの玄関で取れたてのキュウリと生姜を刻んで塩でもんで酢をかけて冷蔵庫へ。
どれもこれもそう面倒なものではないけれど,玄米食によく合います。 いとこ煮は,おやつにもなったりして。
ちなみに今朝のマクロビ *山芋納豆 近所のスーパーで北海道産の山芋が大々的に売られていますので。 *たまねぎとまい茸炒めにオキアミを入れての卵とじ *きざみ昆布とたたき豆とあぶらあげ,エノキ茸,人参の佃煮(常備菜)
昨夜,夜中3時にめずらしくトイレに起きた。 昨日は9時半まで塾をやっていたし,冷房でひえたんだろうと思うのだが。 で,また寝入ろうとした、あるいは寝入った直後?その当たりでだと思う。(時間感覚なし)弟が出てきたんだなあ。 丸々した健康なときの顔で、黒々したたくさんの毛髪があって,にこにこしていた。 服装は坊さんスタイルではなくて,フツーだった。 あれ坊さんスタイルではない,と思ったのだが,詳しく服装は覚えていない。 このところ,お盆にはかえっておいで,と毎日祈っているんで「帰る」のメッセージで出てきたのか,と思うのだが。 目覚めても丸々とした顔立ちと黒々毛髪,笑顔が,クリアに残っていた。 ちなみに今日お昼ごろに雷がなった。
このごろ,ふっと気がついたのだが,弟が急激に悪くなったのは3月のお彼岸ころだ。 実は,あそこらへんで定命が尽きていたんじゃないかと思う。 わたし,3月末に輸血,と聞いたときにウワー・・とえもいわれぬいやな気分になったのをよくおぼえている。 しかし,5月まで持った。 それは,ひとつには祈りの力だったのではないかと。 弟の旧友の神主さんは衷心に毎朝祈ってくださり。 破磐の宮司さんも祈ってくださったはず。 そして、家族や近しい人たちの念,思い。 わたしも,毎朝必死に祈っていた。 最後の数日,わたしは1日数回病室で自分のエネルギー(気)を祈りつつ、いわゆるツボから注入していた。弟の体に自分の手から出ている「気」がはいっていくのがわかった。姉弟だし、こういうときは入りやすい。 最後のときもそうだった。 私が病室でにぎっていた手を離して、塾を休みにするために病室を出て10分足らずで逝ってしまったのだ。 天寿,だったのだろう。 しかし,魂は不滅。 存在する、みえないけれど。
それにしても、と思う。 3月に,最後の旅で弟夫婦が訪れたのは,姫路と大阪だ。 他界する前に,破磐の宮司さんと姫路のdさんたち,大阪の味噌先生に会ったということ。 2晩とも「ありがとう」と電話してきた。 その楽しそうな声が今も耳に残っている。 そもそも破磐さんとのご縁は観音巡礼でわたしが姫路のDさんに出会い,そこから始まったわけで。 それは弟につながって、となって。 通常会うわけがない人たちが出会うとは、つまりは,それはご縁(前世縁)で、今生で会わねばならなかったんだろうとは思うが。 ふしぎだ・・・・ どういうご縁だったのか。
蒸し暑い。 ごろごろとしてすごした。 久しぶりのゆったり時間。 やることはたくさんあるのだがね・・やる気にならんという毎度のいいわけで。ごろごろしつつ、「与え尽くしの愛」と「シルバーバーチの霊訓1」を好きなページから読んでいた。 どちらも,スピリチュアルな本。 今の私の「魂の栄養」として必要な言葉があふれている。
そうそう,今日は長崎原爆忌.11時2分テレビの慰霊式のライブを視聴しつつ黙とうしました。 これまた,このごろふっと感じたのだが,広島・長崎の原爆投下、敗戦記念日、なぜに日本のお盆月である8月なのか。 6月でも7月でもなく,なんだか天の配剤を感じる。 8月は「昇りやすい月」なのであろう、と。
のりピー、失踪から,逃走へ。 なんだかすごいことになっているようだ。 小学生だというお子さんが、とんでもなくかわいそうだ。 日本に居場所がなくなった。 海外の,それも目立たないところへ,だれかの養子にでもなって留学するしかないじゃないの。 なんともそれがかわいそうだ。 おろかな親たち。
周期的に「少し鬱」になる。 今日はだめだ。 葛根湯を飲んだけどね。
梅雨明け十日は晴れ続き、というけれど、昨日につづき今日も雨がちな日になった。 天候不順。 米のできもよくないという。
本日,当地,大雨注意報。 そんな中を末弟を乗せて毎度の定期受診へ。 おかげさまで,春に「+5」あった尿糖値が+1へ。 これで,糖尿予備軍の恐れがぐっと減った。 よかった。 マクロビ食事療法が功を奏した。 やはり,食事療法は確実に効果が出る。 こうなると,やはり、亡き弟を想ってしまう。 抗がん剤で一気に攻めるのではなくて,食生活とライフスタイルと心のあり方変化させる、を継続してゆっくりと結果を出してくれたらよかったのにと・・・。
午後,母を連れて,車で5分の麻生の湯へ。 寺宝まで行く時間的ゆとりがなかったので・・・ ここは,数年前にできた温泉なのだが、私は1度も入っていなかったのでいってみるかと。 かなり濃い食塩泉。 あったまって,意外とさっぱりしていい感じだった。 もちろん,泉質的には寺宝と桂がいちばんだが,2番手にいいかも。 亡き弟の代わりにといっては何だが,私ができるささやかな親孝行かな。 させていただけることがありがたし、ありがとうさん。
ちなみに今日のマクロビ *切り昆布とまいたけとあぶらあげ,ショウがの煮物(常備采ですな) *キュウリの刻みとオクラの刻みの塩もみ(その後軽く酢を降りかけて冷蔵庫へ) *小女子のごま油いための卵とじ *かぼちゃの煮物 これに,ごまを混ぜて梅干を刻んで入れたおにぎり
ま、弟はこんな食事をここ数ヶ月続けて、+1になったのだが,要するに粗食,昔ふうです。 お肉と乳製品は,もうずっと食べていません。 肉って,食べないと,食べる気がしなくなる。 意外と簡単に止められるもんです。 これ,発見。
本日は、夏らしい日。 汗が出たし,日差しが「夏」していた。 玄関先の朝顔が咲かない。 昨年高山で見て惹かれたはかなげな水色の朝顔。 ヘブンブルー・・・天国の青という名前の西洋朝顔だけど。
今日は,えっという方が末期がんだと知ってショックを受けている。 作文書きに来た子どもの一人に「元気ないねえ,先生」って言われてしまった。 お世話になった方が,ガンだってわかってショックなんだよね。 そうか,大変だねって・・・って子どもながらに・・さすがに6年生。 別の子にも「ママが,先生元気ないね,心配だね」っていっていたよって。 一生懸命に「今日1日,明るく朗らかにし様と思う」って思っているんだけどなあ。 元気になろうと思って努力しているんだが。 さらに丹波哲郎の霊界サロンで見た名言 「明るく素直に温かく」って言葉も,塾部屋に張りつけてつぶやいているんだけど。 どうしても下向きになると,向精神作用がある葛根湯を飲みつつ,いいかせているのだが。 やれやれだ。 つらいことも時間が過ぎれば,状況は変わる・・遍路が教えてくれた。 ただ,ただ,時の過ぎ行くことを待つのみ。 人間はちっこい。
| 2009年08月05日(水) |
ぼくの羊を探して・・を読んで |
中学生が,この本で感想文を書きたいというので読んだ。 ボーダーコリーが、育てられていた牧場から売られて、逃げ出してあちこちさまよい、いろいろな人間に出会いついにハッピーな居場所を得るというお話だ。 最後にいいせりふがある。 放浪の旅の最中に会って、途中で亡くなったじいさんがボーダーコリーのシェップに語ってくれた言葉。
シェップ、生きて行く上で大切なものはそれほどたくさんないんだよ。 悲しいかな、たいていの人はそれを知らない。 大金持ちになりたい。 豪勢な車を買いたい。 立派な家がほしい。 そんなふうに欲張ってへとへとになってしまう。 そういうものはなくてもよい。 寝る場所,あったかい食事,正直な仕事,苦労を分かち合う友,それだけそろえば幸せになれる。 しかし,もう1つ,大事なものがあるねえ。 そうじゃないかい、シェップ? それは,自分の一生は役に立った,と最後に思えることだ。 自分なりにかんがえ,努力をし,世の中のことを少しは住みよい場所にした,と思えることだよ。
あと1ページで完読というところに書いてあった。 胸にジーンときた。 本当にそのとおり。 こんな人生でありたいと思う。
| 2009年08月04日(火) |
がんばると精一杯のちがい |
この2つのちがい、このところ、ずっと考えていたことだ。 がんばるとは、漢字変換すると「頑張る」となる。 頑固に,我を張るってことだろうか。 流れに逆らっても自分を通るべくやりぬく,我慢する。 しかし,精一杯は,まさにその状況の中で,誠実一杯にふるまうってことかな。 それは流れに逆らわぬこと。 良寛さんじゃないが「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候 死ぬ時節には死ぬがよく候」って世界ではなかろうか。 無理はんせんのだ。 しかし,身の丈に合わせて誠(=精)一杯すること。 今を精一杯生きるとはそういうこと。 頑張らない、今を精一杯に。 毎朝「今日1日頑張ります」って以前はいっていたわたしだけど。 最近は、今日も目が覚めて生きています、生かさせていただいて、ありがとうございます。精一杯にやらせていただきます、だ。 1日ずつ,完結するのが理想だろうと思う。 だって,明日、また目がさめて、1日生きるって保証はないから。
やっと、梅雨が明けたようだ。 それでも、いわゆる「夏」らしくない日々ではある。
| 2009年08月03日(月) |
秋のような風?でいいのか |
さわやかな風が吹いている。 今日は、いい花火となるだろう。 今朝の作文教室で、長岡の花火のいわれを来た子どもたちに話した。 即ち、慰霊なんだよ、と。
弟が他界(死去ではない)して、次々と出会った人たち。 即ち、ダスカロス氏であり、シルバーバーチ師であり、山村幸夫さんであり。 いずれも今生の人たちではない。 シルバーバーチさんなんて、あの世の高級霊さま だ。 が、みなさんすばらしいの一言。 彼(弟)がこれらの人々とご縁をつくってくれたことに感謝する。 わたしに霊的成長をせよ、ということなのだろう。 あの世はあるとか、前世はあるとか、わたしは以前から漠然と知っていたし信じていた。 しかしどこか他人事だった。 でも、この姿勢を正さねばならないのだろう。 これらの出会いと、残されたわたしの生がすべきことは関係があるのかも知れぬ。 この世には必然しか起こらないから・・・
それにしても、彼らの姿勢や言葉に出会うと、自分のうすぺらさが見えて苦しい。 これくらいたかい霊性にわたしが達していれば、弟を助けられたのか知れぬと。
魂は不滅であると信じている。 きっとその辺にいるのだと。 昨日、弟の友人の神主さんいわく 「そのうちどこかに生まれ変わってくるかもも知れないしねえ」 そうだよねえ。
長岡大花火大会の真っ最中。 まるで爆弾のような音が聞こえてくる。 見る気にもならない。 去年は、松山からのお客さまと土手まで見にいった。 弟にもらったチケットで。 でも、今年、彼はいない。 無常なり、無常なり。
弟夫婦も毎年土手まで見にいっていたが、今年が義妹が、いつもご一緒する人たちにいきませんかと誘われていくといっていた。 甥のガードマンで。 弟の写真を持っていって、転ばないように頼みながら歩きなさいといっておいた。
午前中は実家のお寺にお参り。 夕方には、弟と親しく付き合っていただいた御嶽教の神主さんのところにお参りとご挨拶に。 彼は中学のころから知っているんで、つい長話をしてしまった。 どっかにいるとは思うけど、姿が見えないのはさびいしいよねえ・・と。 彼も深くうなずいていた。
| 2009年08月01日(土) |
金スマの川村カオリさん |
ほとんどテレビを見ないわたしが、見たよ. 考えてみれば、わたしが偶然見たドキュメンタリーって、金スマだっただろうな. 3月3日。めったに見ないわたしが、ちょうど風邪をひいて寝ていて、テレビをつけたら彼女が出ていたんだ。 ご縁を感じるなあ。 それにしても、すごい。 突っ走って、生ききった。 彼女も、死ぬってわかっていて、でも、最後までそれを信じないで(絶対矛盾的な言い方だけど)自分は生きるって信じていた。 これは弟イサオも同じだった。 何度もテレビを見ながら、涙が出た。 ネットで見たが、娘のるちあちゃん、お葬式でも涙を見せなかったという。 けなげで、かわいそうで・・・ きっとカオリさん「透明ヘルパー」となって、娘を助けることだろうと思う。
今日は朝9時から、お昼休みをはさんで、5時半まで働いたわ。 土曜午前から午後にかけてはいつも個人指導の時間帯なのだが、今日はその後に夏休み教室が入った。 で、その後末弟のお風呂介助に。 明日が祭りなんで、道が込むと困るから。 今日は長岡空襲の日。 午後10時半。B29来襲。 長岡は火の海になった。 時間になると、花火が上がる。 亡くなった1600人あまりの方々に祈りをささげよう。 今日個人指導の男の子(中学生)が帰りがけに「先生、戦争で亡くなった人たちは無駄死にだと思う?」と聞くので、 あなたはそう思うの?わたしたちが今こうやって平和に暮らせているのはだれのおかげ? と問い掛けたら、そうだよね、無駄死にじゃないよね、と納得して帰っていった。
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