世界お遍路 千夜一夜旅日記

2007年10月31日(水) 妖怪ジジイたちの密室対談

昨日の句は、
★あれこれが セピアと変ず 秋の夕暮
のほうがええような・・・昨夜ビールを飲みながらうかべり。

福田・小沢会談、いやだねえ。
密室会談じゃんよ。
小渕さんが亡くなったときもいわゆる「密室会談」で森オバカ首相が決まって、わりとすぐにニッポン神の国発言をやらかしてくれて、世界中に配信されたことを思い出すわ。
あの時は、世界のはしっこアイスランドの新聞でも、あの発言を取りあげていて、それも1面でだよ・・・情けなかった。
21世紀なのに、時間が止まったごときの福田・小沢。
妖怪ジジイが対決するのはかまわんが、2人でこっそりひっそりはよくない。
年経た妖怪だけに、何しでかすかわからぬ。
やるんだったら、公開党首討論で、ばりばりやってほしい。
国民はそれを望んでいるはず。

きょうは彩雲を見た。
いいことあるかな。
悪い予兆でないことを祈る。
山でキノコがさっぱりとれないらしい。
中越地震の年もそうであったらしい、やや不安である。




2007年10月30日(火) 200回以上・・

自分で倫理規定(業者からごちそうにならないとか)をきめておきながら、よく破れるね。
で、毎週ゴルフ。対して、自衛隊員は、土・日休みなしで、災害復旧支援やら、海外派遣。どっちも命かけてなのに。
これでは「士気」おちますよね。
今朝、新聞を読んであきれかえった。
で、政治家もセッタイ受けた、だけど、名前はいわない・・これは脅しだ。
便宜を図っていないって、それがなくてどうして、10年以上、セッタイする?
こんな台詞がウソだって、小学生だってわかる。
ホントに情けない国だわ。
それにしても、ごまかしや誠実にやっていなかった人は結局のところ、ボロを出す。
それを目の当たりにして、人間まっとうで正直であることが一番と、ごく当たり前のことを確認した人も多いのでは?
今日はあまりお日さまもでないし、底冷えがする。
ストーブを入れようか・・・と迷いつつ。
でも、11月までがんばると。

母が、お寺さんが檀家さん連れていく「京都ツアー」に行っている。
東大谷御廟への父の骨納めだ。
祖母も入っているし、まあ、納めようということで。
末弟は、通所施設へ「お泊まり招待だよ」ときかせて2泊お泊まり。
彼、あしたの夕方は帰ってくる。
母は明後日の夕方にしか帰らないし、あしたの夕は弟夫婦に世話を頼んで、木曜朝はわたしが行って世話。という分担になっている。
母には長生きしてもらわねば、と改めておもう。
それにしても
あっという間の3年だった。
3年前の今ごろ、徳島で失業中。
バカ社長だったMに腹立てながらも、あまりの小心と馬鹿さにあきれかえっていたから返ってさっぱりしたってな気分もあって、元気に教習所に通い詰めていたっけ。
その少し前は、仕事場から、田んぼの中の道を真っ暗になってからてくてく歩いて帰っていたねえ。
不思議だったんだけど、4月にあの道をあるきはじめたころ、ふっと、冬にはここを歩いていないってひらめきのようなモノがあった。
私は、自分のそういう直感がけっこうよく当たるのを知っているし、何で?と不審に思ったもんだ。
結局、大当たりだったけど。
こうやって、ホンの3年前のことが、うんと遠い思い出になっていく。
不思議なもんだ・・・

★思い出が セピアになりて 秋の夕暮 
★あれこれが セピアとなれり 秋の夕暮

どっちがいいかな。
どうも秋になると俳句がよみたくなる。





2007年10月29日(月) 守屋元次官さん

けっこうすごいことになっている。
たしかきょうは証人喚問、どうなったのかな。
奥さんと2人で偽名つかってまでゴルフとはねえ。
子どもの留学のメンドーも見させていたっていうのも、家族ぐるみでいわゆる官僚体質ってヤツ。
べつに、おどろかんけどね。
まだまだあるだろうよ、外務省、財務省なんかにも。
アメリカ留学のマサどんの卒論、えらい人がほぼ代筆ってウワサもネットではずっと。まんざらウソでもないのかもしれん。
実力ある外務次官の娘だったら当然ありえる・・なあ、とこの話を読んで思った。
それにしても、小池百合子元大臣とのごたごたで辞めてからの問題勃発って、まあ、防衛省にとっては想定内の読み込み済みだったのか。
これが、現役だったら、もっとすごい騒ぎで、かつ醜聞(今でも十分汚いですが)あったろう。
それにしても、防衛省がアメリカのメーカーにチョクで問い合わせたら、苦情をいったという山田洋行って会社ってなんだあ?これにもあきれかえって、しまったが。

ミートホープや不二家に始まって、白い恋人、伊勢の赤福、比内地鶏・・みんな、うそうそ。
白い恋人や赤福は、大好きだったんで情けない、腹が立つ。
そうそうノバもね。
あれは、外国人講師たちの処遇をなんとかせんと国際問題だ。
あしたのことはだれにもわからない状態の昨今。

昨日は、缶ビール1本飲んだとたんに、眠たくなって、パソコンも電気もつけたまま熟睡であった。
秋には時々こういうコトがある私。
きょうはボチボチがんばっている。



2007年10月27日(土) 雨で暗い日、読書日和

だいたい、天気の悪い土曜は本を読む日である。
本日もそう。
子ども本2冊。子どもの本読み千夜一夜のためですだ。
「おやすみなさい フランシス」
「北緯36度線」
サキ短編集・・・皮肉がきいておもしろし、半分。
山本夏彦の影法師・・・例の名コラムニストが残した50冊の手帳をもとに息子が書いたエッセー?おもしろかった。
けど、あと少しで読了というところで例のごとく、眠ってしまたのだ。
だいたい、本を読むときはひっくり返ってという子どもの時からの悪癖がいかんが・・・今さらなおらない。

朝から雨で終日雨。
街路樹の葉がみごとに色づきはじめている。



2007年10月26日(金) 全国学力テスト

なんとまあ、77億円を使ってまた来年もやるって、文科省はいっているみたいだけど。
これって、ベネッセとの癒着?
あれ、請け負ったのはベネッセだっていう話だったけど。
どうなんだろう・・・・
まさか、防衛庁(じゃない、省でしたね)と同じ、セッタイ漬けだったりしないよね。
しかし77億円もテストにつかうんだったら、教員を増員したほうが有効な使い方だと思うけど。
何百人どころか、千人以上増員できると思うが。
気になるのは、いわゆる「保護家庭」の学力が低いようだということ。
ただ、それはまあ予想してはいた・・・
お金をかけて塾通いをする子と、しない子・・だいたい勉強の時間が全然違ってくるんだから、学力差はまちがいなく付くよねえ。

新聞に、秋の園遊会の写真があった。
地元紙、もう「雅子さまご療養中のため欠席」なんて、書きもしていない。
産経とか読売は、ちゃんと書いているのに。
完全無視だ。(オオ、と笑い)。春には書いてあった、たしか。
で、昨日力いっぱいやすんどいて、本日。
マサどんが、長野以来の「ご公務」で徳島においでになったらしいですが。
5ヶ月ぶりとかいわれているけど、こういうのって恥ずかしくないかなあ。
ほかの皇族さんは黙々と仕事しているのに。
でもって、11月7日には数日那須で「ご静養」らしい。
要するに11月のご静養の理由のための「ご公務」みたいだ。(出汁にされて、徳島がかわいそうだ)
徳島には行かないといわれていたのだが、オワ父が帰ってきて(今日本・講演かなんかで)マサどんに「ゲキ(地位があぶないぞ、的な)」をとばしたんじゃないか、とネット(2ちゃんねる)ではウワサされていたけど。
昨今の一般週刊誌(除女性)で取りあげられるのは、マサどん及び東宮ご一家がほとんどでそれも「ウソでしょ!」「トンデモ」的な情けない話題ばかり、マイナスイメージで。
今まで皇室なんぞに興味のなかった人たちの中にも関心持つ人が増えているんではないかね。
皇室ウオッチャーmohejiが、昨今あきれかえったのは、公園ルールでは、子どもしか乗れないラクダに皇太子妃が「乗りたい」といって乗って(那須の動物王国)ラクダのこぶをモミモミしている写真、あるいはネット配信の動画ですねえ。
ああなると、もうフツーじゃない。
(ハッキョウ、と書いている人もいたが)
43歳にもなって、子どもしか乗れないっていうのに皇太子妃、という「地位」を利用して乗りますか、フツー。
皇太子夫妻が関わると、不幸になる、破滅するというジンクスがある。2ちゃんねるで証拠付き語られている。
私としては、ご縁のあった徳島に災いが起きないことを祈りたい。(気になる)

今日は雨。
でも、桂温泉露天風呂でまったりしてきて、ぬくぬくである。
しあわせなり。



2007年10月25日(木) 金魚の冬支度

塾オープン時には5匹いた金魚さん、2匹となってしまった。
私が悪い。
むかし、金魚にヒーターを入れるなんてことはなかったし(ガッコの教室でよくかいましただ)、ほっといて冬を迎えること2年。
寒すぎて弱った。
そして死んだ、あるいは消化不良で病を得た。
温めて冬越しさせてやるなんて知らなかったので・・・・
改めて見回せば、金魚のエサ売場にも、ヒーターたくさん売っているよ。
で、今日取り付けた。
水もも変えた。
やれやれだ。



2007年10月24日(水) 1夜あけて

中越沖地震の刈羽原発の被害がつぎつぎと明らかになっている。
まったく不気味。
もう稼働してほしくないなあ・・・

昨夜(昨日)はあちこちで、3年前の中越地震の慰霊式が行われた。
夜9時過ぎに実に盛大な花火、慰霊の花火。
あの、優太くんは来年小学生だという。

よい月夜、今宵も。
どんどん寒くなる。



2007年10月23日(火) シッコ(Sicko)

当地のショボイ映画館のレディスディーである。
見てきた、シッコ。
何かと話題の問題作をつくるマイケル・ムーアの最新作である。
テーマはアメリカの医療問題。
アメリカには、国民皆保険制度がない、とは知ってはいたが、さらに深刻な事情が見えた。
この作品は、マイケル・ムーアが医療制度の問題を自分のWEBサイトで募って実際に寄せられた話をもとにつくられた。
医療保険未加入者が約5,000万人という問題はあるが、それ以上に、、保険会社は、保険に加入していても、あらゆる手段を講じて保険金の支払拒否しようとする。
要するにですな、アメリカでは救急車を呼ぶ前に保険会社に電話して、「よろしいか」と伺いを立てて、OKをもらってから、でないとかかった医療費の支払いを拒否されるというわけ。
保険会社は、利益をおさえるために、OKを出さないわ、既往症を見つけて、支払い拒否するわ・・・映画に登場する「被害者」の話を聞いているとほとんど無法地帯だね。
こうして空前の利益を上げる医療保険会社や製薬会社。癒着、取り込まれた政治家の構図もあり。
かつてヒラリー・クリントンがファースト・レディとしての立場(当時)から公的医療皆保険制度の整備を求めたのだが、議会の反対により頓挫したことがあるんだとか。
ムーアは、こういうほとんど崩壊状態にあるアメリカの保険制度をイギリス、フランス、カナダ、キューバなどの医療制度と比べる。
ムーアはいう、 よその国では当たり前のことが「なぜアメリカで出来ないのか?」
見ながら、日本でも昨今問題になった膨大な顎の「未払い保険金・・・・これもまた、保険会社の支払い渋りの結果で生まれた問題ある。
さらには、英仏、カナダ、キュ−バでは無償の医療、日本では年々個人負担が上がっていく。さらに、自由診療という名の格差。お金があれば、最高の更に上の医療が享受できる・・・・けっこう未来に「小アメリカ」になりそうな日本の姿が見える気がした。

ちなみにこの映画、アメリカではドキュメンタリー史上第2位の観客動員数。同時期に公開された「ダイハード4」を上回る数字であったらしい。
「シッコ (sicko)」とは、「病人」「狂人」「変人」などを揶揄するスラングである。
ちなみに日本でのキャッチコピーは「テロより怖い、医療問題」だそうだ。
(参考:インターネット百科事典ウイキペディア)
・・・・・
13時からの上映、観客は私一人でありました。
おお・・・ダイジョブか。

今日もいい天気。
天気がいいと元気なmohejiである。

夕方6時、中越地震3年の花火が揚がった。
何かと花火、の町なのだが、3年である。
きょうは月が美しい。



2007年10月22日(月) いいお天気で、元気が出て

やっと、お日さまが拝めました。
やれやれ。
元気が出ました。

今朝体重計にのってびっくり!!!
なんとビックバン!
これは、ダイエット至上命令。
で、今日から、テーブルにノートを一冊、食べたもの日記をつけることにした。
夜は、ビールは1本より多くは絶対に飲まない。
このごろ、ビールを飲んでからワインを1杯飲んでいる。これ、余分。これ、止める。それから、つまみもカロリーのない海藻とかキノコのドレッシングかけを少々とかにする。
と、固く誓ったのであった。
あんまり太ったら、まずガンのリスクが上がる、遍路の道も歩きにくい、自分が重くて。
さらにはカイラスの夢があるのに・・・とにかく体重は増やしてはいかんのだ。
1ヶ月に1キロずつ減らしていきたい。
(希望いや、決意だ)
そうそう、ハエ太郎がいなくなった。
旅に出たのか?



2007年10月21日(日) もう初冬の気配

天気が悪いと初冬だね。
昨日は夕方になって大車輪で大掃除と洗濯をした。
でもって、今日も昼間がごろごろで、新聞熟読で、「パレード」読了。(「センセイの鞄、外伝)
きょうは、夜に母と義妹の誕生祝いなり。
母は、皇后陛下美智子様と同じ誕生日。
人生ろいろいろですな。
やんごとなき人も、とんでもない嫁をもらってご苦労なりで・・・
まあそれがご時世でしょうが。

地震も3周年で、故郷再生とかって新聞は大騒ぎしているけど、県内に限界集落(住人が高齢化して祭りとか水管理とかできなくなっている集落)が増えていることは確かだ。
実際被災地で人がもどったのは7割程度になっていて。
村が衰退していくのは、これは宿命でしょう。
先日、ラジオを聴いていたら(わたし昼間はたいていながら仕事をします)人間が開発して姿を変えた自然が、人口減によってもとの姿を取り戻す過程に今あるって話をどっかの大学教授がしていた。
長期的視点に立てば、地球環境にとっていいことであるって結論で。
そうか・・・と思った。
納得。
高知の足摺から宿毛へ越えるあたり、この10年でずいぶんと「自然」にもどった。過疎で無人化したせいだ。さらには、足摺の自然の強さだ。
問題、と思っていたけど、いいんだよね、っていうかしかたないんだね。当然なんだよね、地球の目線にたてば。

さてこれから図書館に行って本を返して、また借りて実家に行こう。
読書の秋だ、読書の秋。



2007年10月20日(土) さむい風がふきます

昼過ぎて、寒い風がふいている。
わたしはと言えば、昨夜、週末恒例桂温泉で1時間も漬かっていたせいか、さらに帰ってきてビールとテレビ三昧をしていたせいか、今朝はぐっすり眠りすぎて寝坊。止めどもなく眠い、なんだか。
掃除をせねばと思いつつ、ごろごろしながら新聞をくまなく読み、さらに先日より読みかけのかつてのベストセラー「センセイの鞄」読了。さらにさらに「外国人犯罪〜彼らは何を考えているか〜」(中公新書)を半分まで。
 中国人犯罪者の中には「日中戦争の時に、日本軍が自分たちにしたことを考えれば、日本人のものを盗ろうと命を奪おうとさしたることではない」と、思っている者がいるというのに、改めて教育の怖さを思った。
で、日本は、犯罪が実にしやすい国。商品がいくらでもとれるようにならべてあるし、田舎に行けば鍵もかけてないし、つかまらないし逃げやすいし、というイメージがあるっていうのもフーンそうかもな、と思ったことであった。
そこで眠ってしまって・・しかし、そうだ、善通寺のお遍路原稿今日まで締め切りだったんだ、と思いだして、できていたものをメール添付で送って、ついでに日記を書いているわけ。
今も外は木枯らしのようにとをならして風がふく。
4時前なのに、薄暗いし。
あたしの一番嫌いな季節がすぐそこまでですなあ。
やれやれ。
今日やろうと思っていたこと、この薄暗くて寒いお天気にやる気をなくしてすべてキャンセル。ほとんど穴熊のようにすごしておわろうとしている本日。しかし、心入れ変えて、掃除だけはします、です。

★日出ず(いでず) 熊の仔のごとく 秋深し
 





2007年10月19日(金) 原発の燃料棒

原発の燃料棒が1本抜けない、というのが地元紙の1面トップ。
これって、かなり・・やばいでしょ。
昨日来た6年生が「先生、来週の火曜にマグニチュード8の地震がまた来るっていうウワサが流れていて恐いんだけど」という。
多分、ないでしょ・・・ただ、そんなことはだれにもわかんないけどね。
でも・・・恐いと言い募るので、賢い子だったから、地元の雑誌にあった記事のコピーを上げた。
で、これは1つの「学説」であって、今まで予知した人はいないよ。
と教えた。
軽い地震PTSDだと思う。
かわいそうだけど・・・何もしてやれない。
だいじょうぶだよ、あなたは手相を見ると生命線が長いから、23日に地震がたとえのたとえであっても死なないから。
といい聞かせたが。。
地域面に、赤いミョウガの花が咲いた、とか、桐の花がさいたとか、「異常」を思わせる記事あり、気にはなるが。

兵庫の小2の殺人、長野の紀元会の殺人、愛知だったかの自分の子どものコンクリート詰め、ニートの息子が祖母と刺し殺し父も刺したはどこだったけ?
なんだか、悲しくて狂気の事件が多すぎる。



2007年10月18日(木) おくれてきたハエ ハエ太郎

このところ、ちっさい、殆ど蚊ではないかと思うほど貧相なハエが教室に棲みついている。
動きも鈍いので、殺そうと思えばできるのだが、かわいそうすぎてできない。
しかし、子どもたちは見つけると騒ぐ。
「蚊だ、蚊だ。恐い、さされる」
夏の終わり頃、蘊蓄で蚊が媒介する「西ナイル熱」の話をした、温暖化の影響で日本にも入ってきているらしいてな話をしたのがまずかったね。
効きすぎた。
しかたないから「あれは蚊じゃない、ハエだよ。それも遅く生まれてろくろく栄養とれなかったチビなかわいそうなハエだよ、ハエ太郎っていうんだよ、ここで飼っているんだし、殺さないように」
「え・・・エサは?」
「それは、自力でなんとかしてもらう」
「エサやらないんだったら、飼うっていわないよ。」
「いいの、放し飼いだから、自分でなんとかできるの。」
ハエ太郎、きてんだか、聞いていないんだか、神妙に白い壁に止まって動かない。ところが、勉強終わった子どもたちがアメ(帰る前に上げる)をなめはじめると動き出して子どものまわりにまとわりつくんだよね。
アメのにおいがわかっているとしか思えない。
あんな、2ミリくらいハエでさえ、不思議ないのちの力があると感心している。
さあ、ハエ太郎、いつかで生き延びるか。

ものすごくいい天気。
観音様の日なので、実家の100観音霊場の掛け軸の観音様にお経を読みに行ってきた。
母が外でブルーシートを敷いてマメを採取していた。
その姿、ほとんど「安寿恋しや、ほーやれほ、厨子王恋しや、ほーやれほ」の世界。
「こんなにいい天気だとまた地震が来る、3年前と同じだあ、こわいことら」とブツブツいっていた。
イヤーまさに、だわ。
よすぎて恐い。







2007年10月17日(水) 昨夜の地震

深夜2時に地震あり。
そもそも、昨夜は本を読んでいて珍しく12時過ぎに布団に入った。
でもって、寝入りばな地震だったというわけ。
震度3は十分にあった。小千谷は、震度4だったという。
このところの天空の不穏はこれだったのか?

地元の雑誌に少し恐い話が書いてあった。
中越地震も、中越沖地震も「人為」だというのだ。
実は、末弟の行っている施設のそばに、たしか日本最大の天然ガス田がある。
採取にあたって、出てくるCO2を地下に埋設しているのだとか。
地球温暖化防止の一環だという。
しかし、これが問題で、非常に圧縮して地下に注入したガスによって、活断層を刺激して、今回の地震に至ったというという学説が出ているのだとか。
だから、そのCO2の注入が続く限り、第3の巨大地震はあり得るという結論になっておるのよね。
うえーーーだ。
たしかに私は前から、まだあるよ、とは言い続けてきたが、この「学説」が正しかったら、新潟はずたずただ。



2007年10月16日(火) 紅葉が始まっている

近所のコミセン(コミュニティセンター)に8月から手書きではじめた「親と子の国語便り」(10月号)をとどけんと歩いていたら、わずか数分に、道の問い合わせ2件、「帝京幼稚園はこの辺ですか」「中央病院はどっちですか」
なんでほかの人もいるのに、私の前に止まって聞くわけ・・・
そんなに、おひま顔して歩いているのか、我は。
中央図書館へは車で届けた。
ふっと気がついたら、並木のカエデのてっぺんが染まりはじめている。
オオ、まじめに秋だ。
花屋さんにちょこっと寄ったら、シクラメンが出ている。
はや!
シクラメンって、ポインセチアの赤と共に年末の花だよねえ。
あせりまっせ。
★紅葉に シクラメンまで 時速し
      
 



2007年10月15日(月) 新大解剖医の指摘

地元紙夕刊に、「県人力士死亡 初動捜査にミス」とでっかい文字が踊る。そばには、珍しく解剖医の眉をひそめての写真。
この、両親の依頼を受けて解剖した解剖医はいう。
多数の外傷を受けたことでの呼吸不全に陥った可能性が高い。検死官が見ればすぐにわかること、それをしなかった愛知県警のミス・・・手厳しい指摘だ。
もしも、勝手に荼毘にでも付されていたら、闇から闇へだった。

先日は理事長がやっと謝罪とお参りに来たが、自分たちが時津風親方(元)から聴取した話は警察がしらべているから、としなかったという。遺族は大変に不満といっていた。もっとも、と思う。
オフレコで、といくらでも話せるだろう。
だって、遺族は「当事者」なんだから、聞く権利があると思う。
それにしても、この10年間に8人の力士のタマゴが同様の亡くなり方をしているとかいう話だが。
ちゃんこ鍋は、栄養学的にあの体をつくるのに合理的な料理だと何かで読んだことがある。
強い力士になるための練習だって、今や、もっと合理的かつ科学的に行えると思うのだが、他のスポーツはみんなそれをやっている。もう一つの国技といわれる柔道だって、今は非常に科学的にトレーニングしているではないか。
兄弟子・新弟子間の関係だって、もちろん、兄弟子をリスペクトするけれど、新弟子の言い分だってきくよ、程度の「民主主義」を採用しないといけないと思うが。
すもうよ、もっと「21世紀的」に変わりなはれ、と思う。
多分、すでに中はかなり腐って末期的なんだろう。
いっそきれいに崩壊して、それこそ仕切り直してほしい。もっとクリーンでもっと明るく。

あの黒川紀章さんが亡くなりましたね。
知事選出たり、この前に選挙に出たりしていたのに、びっくりした。
明日がわからぬ我らが生よ、諸行無常なり。



2007年10月14日(日) なんと勤勉な日曜日

朝起きるのは遅かったが、怠けなかった日曜日だ。

1 朝ご飯のあと、先週母にもらってきたでかいキャベツ一個を料理。
ニンニクとショウガを油で炒めて油に香りをつけて、合い挽き肉を入れる。そこに、ざくっと切ったキャベツとシメジと彩りのニンジンせん切りを入れて炒める。
八穀ミソという調理ミソをお酒で溶かして入れ込む。炒め煮だ。そこそこ煮詰まったら、豆板醤少々。味がやや薄いのでしょう油で整えてできあがり。
お昼ご飯のおかず(メイン)にしたけど、おいしかったす。でも、何しろキャベツ1個だ。あまりまくっているので、今度は上からタマゴを流し込んで閉じた。
実家に配達だ。
2 キャデイボックスと、カーテンぬい。
昨日100円ショップから購入してきた材料で、手を入れてくじを引くようにしてとるキャンディボックを完成、塾用。1時間。こういうの、私好きなのだわ。
3 子ども本4冊読了。大人用1冊速読了(田口ランディ 「コンセント」)
4 メルマガ原稿書いて配信
5 新潟県の地図掲示用を貼り付けでつくる
6 ハロウインの南瓜に目鼻をつけて玄関靴箱上に設置

でもって夕方。
ああはやい早い、しかしあたしってなんて勤勉・・なんてね。
さあ、これから、末弟の入浴介助とビワだ。

いいお天気だったが、このところ、また空が不穏だ。
雲が不自然に南西に流れている、というか強い力で引かれているようなのが気になる。



2007年10月13日(土) 芋虫の3分15秒

午後から、快晴の中、図書館へ本を返しに行った。
で、帰ろうと通路を歩いていたら、人差し指ほどの巨大芋虫クンが、のっそのっそと、歩いているではないか。
芋虫に本を読もう、借りようという向学心があるとも思えぬので「お前、だれかに踏まれるよ、いい場所に連れていってやろう」と持っていた車のキィーで拾い上げて大きな木の下の植え込みに離した。
そうしたら、死にマネしてくれるの。
いったいどの位しているのか見極めてやろうと、時計を見つつ待った。
1分経過。
うごかん。
私、借りてきた「ウサギ屋のひみつ」という安房直子さんの本(児童文学・子どもの本読み千夜一夜用)を読みつつ横目遣い。
3ページ目をめくったら、もそもそ・・・ムムム・・時計は3分すぎていた。
約3分15秒でうごきだした。
ほっほほお、けっこう、根性ありますなあ。
もしかして、本格的に寒くなる前のお引っ越しだったのかもしれんと、帰り道に気がついたが、それにしても、図書館の駐車場が埋まるようなお日和に、あんなところを歩いていちゃいかんね。
昨夜のビールはさむかった。
今日は、ワインを買ってきた。
季節がかわったなあ・・・と感じるワイン日和。
★ワインの日 始まる今日から 秋深し



2007年10月12日(金) 舞姫

近所の高校生君がひとり、今の国語塾を始めてすぐくらいから来てくれている。
彼が「舞姫が全然わかりません。あれ、古文ですよ。教えて下さい」
というので、私も彼のテスト範囲というところを読み返した。
それこそ何十年前、私も高校時代に読んだきりだったし。さらに、ワタシ的には高校時代の悪印象・・・まったく女を捨てるやなヤツだ、、と森鴎外というと横目で睨んでいたっていう経緯がある。
実際、彼はエリスさんがドイツから会いに来たのを追い返しているんだわね。
正直、あんまり読み返したくもないとは思ったが、教えるためにはやらんと話にならん。
そうしたら・・これがおもしろかった!
豊太郎クン、マザコンなのね、ママが30過ぎに産んだ一人っ子って、明治にゃめずらしかったろうに。
で、東大に入って主席となるためにがり勉し、役所につとめて、上司に気にいられ。いやなヤツだせ、しかし今もいるねモード。
で、ドイツに行って3年、にわかに反抗期、自我に目覚めてからの彼の悩みや言動はこれまさにいつの時代にもある若者の青春と孤独。
で、エリスとの出会い。

美少女エリス、明らかにお金を借りるために気の弱そうな豊太郎ちゃんをおメメ「ニャン」したね。
そりゃ、父親の葬式代がなければ、愛人にならねばということなら、やりますよ、美少女は。
高校生君に、この辺り先生はどう教えたの?と聞いたら、
「愛人」とは言わなかったですよ。
彼曰く、でも自分はそうかな、とは思いましたけどね。
私:そうそう、そういうことを考えながら読み進めるとおもしろいんだよ。
でもって、じゃ、「マジ恋人になったのはどこだと思う?ホラ探せ、探せ」
私:仕事を首になり、留学生の身分ではなくなり、母親が死んで・・泣きっ面に蜂の時に・・そういう時ってだれかに頼ったりおぼれたくしたくならないかい?
高校生くん:なり、ますよね。
私:でしょ。だから、ここね、これ以降、2人の愛の同棲生活が始まるわけ。
高校生くん:でも、これって、はめられたんですかね。
私:エリスに?
高校生くん:そう。
私:マアね、エリスとしては資金援助も受けていたろうし、好きだったろうし、別れたくないって思えば、女は、まして、チョーがつく美少女のようだし、するかもね。
高校生クン:やっぱしますよね、おれははめたと思います。
私:そういの、英語でハニートラップっていうんだよ、「はめた」という言葉よりっていうより、ぴったりかなあ。

なんて調子で、実にイトおもしろく学習できました。

ということで、彼のテスト範囲以上に読みたくなって、青空文庫(著作権がなくなった文学作品を紹介しているインターネットの文庫)から、コピーしましたわ。
今晩はそれを読みます。
若いころにワカランかった読み方ができるって、年とるっていいなあ。(笑)

たとえ、文が擬古文でもいまだに高校の教科書に「舞姫」がのっているのはわかった。その魂のありようは、まさに高校生の隣にいる人のごときだから。
また、異文明へおりたち、異文化によって、その心のありようが感化され葛藤していく姿がつぶさに描写されている。
こういうのを、やっぱり、永遠の名作っていうんですよね。

昼間はあたたかかったけど、夜は寒し。
ほっぺがおちるほどうまい枝豆をくれた母に「問題はビールを飲むと震えるほど寒いってことだね」といったら、「じゃ、1升ビン(!)でももらっていって、それにすれば」といわれた。
「でも、私は1日の終わりの一時、新聞や本読みながら、しばしビールタイムが幸福タイムなんだわ。缶ビール1本で、今日も無事におわった感謝のチョー幸せなんだわ」
っていったら、あきれられた。
さて、また震えながら、ビール、飲みますか。
はい、ありがとうの今日1日。








2007年10月11日(木) 小2の さんまのうた

題 さんま
 さんまが あくびしたよ
 さんまは ごはんをたべたよ
 さんまは うみの家でたべたよ
 ぼくは さんまを たべたよ
 おいしかったよ
 さんまは い(胃)に いったよ
 さんまは だいちょうに いったよ
 うんちに なったよ
 トイレに いったよ
 川から 海に ながれたよ
 さんまのうんちは 
 さんまの子に たべられたよ

今日の「メダカ(小さい子)クラス」でできた傑作だ。
テーマは「先週に集めた秋のことばをつかって、秋の詩をかこう」
「さんま」を選んだ大ちゃん、
「おいしかったよ」まで書いて、つまっていた。
で、食べられたさんまはどこにいったの?ってきいたら、「い」
つぎは、「だいちょうだよ」
ほかの2人の子も、自分の書きかけをさておいて、俄然おもしろがって、叫ぶ。
ウンチででるんだ!
というわけで、みんなで大わらいしながら、上の詩ができた次第。
子どもにしか書けないみごとな「秋刀魚の歌」だ。
佐藤春夫もまっ青?(笑)

私も、ああ 楽しかった。

それにしても、寒いなあ。
10月中旬って、こんなに寒かったか?
年のせい??



2007年10月10日(水) 相撲部屋の金属バットとかけて

その心は、「かわいがり」用、リンチ用・・・ってことですね。
ふっと、思ったんだよね。
野球部の宿舎でもないのに、なんで金属バット?って。

伝統的にしごき用としてあったということですよね。
これじゃ、日本の親は子どもを力士にしようなんて、金輪際おもわんだろうなあ。
相撲は国技・・これ、止めてほしい。
もはや、恥だ。

本日の地元紙夕刊の、新時津風親方が両親にお詫びに、という記事を読んで思ったことである。

寒い。
夜、ホッとして飲むビールのあとに、ブルブルとする。
そろそろ、ワインや日本酒の季節かな。



2007年10月09日(火) ミャンマー軍による長井健司さん殺害に抗議する

ロシアで知り合って、おつき合いしている友人よりメールが来ました。

内容は、
「ミャンマー軍による長井さん殺害に抗議する会」に賛同しています。
抗議文の趣旨にご賛同頂ければ署名お願いいたします。
ということで、ブログサイトがついていました。

以下のブログを開いて、趣旨を読んで賛同できれば、ネット内で署名をお願いしま
す。
http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927/
ブログでリンクしているフォームにお名前と肩書きを書き込んで下さい。
よろしくです。
上のアドレスを、アドレスバーにコピぺすれば、サイトに行くかと思いますが、キーワードでググるときは「ミャンマー軍による長井健司さん殺害に抗議する」(サイト名)でいいかとおもいます。

友人は、長井さんと面識はなかったのですが、タイのエイズ施設の子どもたちを撮っ
た写真やようすをメルマガ配信してもらっていたのだそうです。
せめてそのお礼にということで、昨日のお葬式に行ったそうです。
一般の人もってよびかけていたし、もへじも東京近隣に住んでいたら行ったと思いま
す。
あの、カメラを握る手を硬直したまま即死された姿を映像で見て、不覚にも涙が出ましたから・・・。
無念であったろうと思います。
又、上記サイトによれば、長井さんは生前「もしも死んだら、カメラを日本に送り返してくれ」といっていらしたそうです。
ならばなおさら、取り戻さないと・・と思います。さらに、帰ってきた遺品で、手帳よりミャンマーにはいってからの取材の部分が切り取られていたとか。

以前、この日記に書きましたが、長井さんの契約先のAPF通信社の代表である山路徹さんのお話をきいたことがあります。
30人たらずの小さな会でしたが、コソボ紛争の詳細を映像と共に話してくれまし
た。
やっぱり、「だれかが行かないと・・・」といっておられましたね。
同士を失われておつらいだろう・・・と思っています。
思いのある方は上のリンク先から入って、ご署名下さいますように再度お願い申し上
げます。
又、友人・知人さんにも上のアドレスをご紹介下さいませ。

・・・・・・・・・・・・・・
ということで朝から、上のようなメールを飛ばしたり、日記を書いている次第です。





2007年10月08日(月) 沢尻エリカのふてぷり

びっくりした。
一般地方紙にもドアップで、そのふてっぷりを報道されるって、どうよ。
なにがあったのかねえ。
もともと売れっ子になってから「何様?」的な言動をするってあまり評判のいい子じゃなかったとは思うけど。
上戸彩も一時そうだったって、なんかで読んだ。
今は、落ち目状態なんで、かなりかわったという話だけど。
こういう子たちって「実るほど、たれる稲穂かな」とかいう話をだれもしてくれないのかしらねえ。
沢尻エリカは、確かクオーターで、混血系のきれいな子だと思っていたんで、まあここまで見事にふててしまうと性格がマジ悪いんかと、残念。
ネットや週刊誌のウワサだけでなく、フツーの新聞にも報道されるようだとやばいねえ。

今日は寒くて陰気な雨降りの日。
ああ、又してもわたしの苦手な冬が来るんだと、シミジミと実感している。



2007年10月07日(日) 土曜のフラガール

見たいと思いつつ、ビデオを借りてくるヒマもなく、でいた「フラガール」を見た。
おもしろかった。
で、ホロリで、リアルで・・・日本でヒットする映画のすべてがあった。

風邪である。



2007年10月06日(土) ブレンダさん

地元紙を読んでいたら、あの曽我ひとみさんの娘さんのブレンダさんが佐渡のホテルに就職が決まったそうな。
よかったね。
ジェンキンスさんも、佐渡金山のお店で、まじめに働いているようだし。
すぐそばに、横田めぐみさんのお誕生日記事。
でそのそばに、福田が拉致被害者家族会の人が面会にいったら、あわなかったという記事。
外国の首脳と電話会談があったから、とかいいわけが書いてあったけど、やっぱり、そうかい福田総理だね、会えよ、20分でもいいからさ。
「▼拉致被害者家族は、福田首相に複雑な思いを抱いている。二〇〇二年、電撃訪朝した小泉純一郎元首相に北朝鮮が拉致被害者の「安否情報」を伝えた直後のことである。「家族会は一つの家族のようなもの。一緒に安否を聞きたい」と訴えた蓮池薫さんの母ハツイさんは、心が凍り付いた。
▼当時官房長官だった福田氏が、「黙って聞きなさい。あなた方の子は生きているのだから」と言ったのだ。「命の重みに配慮がない。涙が出た」とハツイさんは語る。福田首相は冷たい人なのか、心のゆとりを失っていたのか」(新潟日報コラムより)
これだよね、彼の本質は。一言でいえば、冷血。

いい天気なのに、図書館から借りてきた「金と銀と銅の歴史」(岩波の新刊)という本を読まねば、とごろついて読みふけっていたら、そのうちに爆睡。夕方にナゾの花火が打ち上げられてお目覚め。
何かと花火を打ち上げる町なんだけど、なんだった?
それにしても夕暮れははやくなった。



2007年10月05日(金) 久しぶりの桂温泉

久しぶりに、実家で末弟の入浴介助をしてから、桂温泉にいった。
気持ちよかったべ。
それにしても、あそこは「地元温泉」。「温泉組」みたいな感じで、ご常連さんがお風呂から上がって持ち寄りで宴会しているよ。
何だか、いいねえ。
そういうの、見ているだけでこちらも幸せになる週末だ。
桂温泉も、寺宝温泉も、回数券を持っておるんだけど、なかなかいけず。
しかし、シャワーじゃ寒い、お湯が恋しい季節になったし、週一回くらいは保養に行こう。

★風寒し 湯浴み恋しい 秋の夕
★露天風呂 夜空ながめて 虫の音聞く

なんて、なぜか秋が来ると「にわか俳人」になるもへじなのである。
さて、母の特製枝豆をもらってきたからビールだ。
FOXテレビを見つつ。



2007年10月04日(木) 知事さん、すごい

新聞の溜め読みをしていたら、我が県の知事さんけっこう「すごい」んでおどろいた。
*県議会で、柏崎市長を名指しで非難。
ほおおお・・・
中越沖地震後、刈羽村は経験豊富な外部ボランティアがよく活動したので、後始末等が実にスムースに動いたが、柏崎は市長が外部の人間を入れるのをいやがったのでうまくいかなかった。(自分が、避難所の老夫婦から直接聞いた嘆きを紹介して・・だから、説得力がある)県の財界のことを書いた雑誌の見出しにも、にたようなことを書かれていたような。的を射ているのだろう。
*原発、廃炉もありうる
はい、よくぞ申して下された。
この一言だけで、わたしは次回、彼に投票してもいいよ。
活断層上に、地質調査結果の数字を改ざんしてあの原発をGOとしたといううわさもあるので、これは当然だろう。
今回は壊れなかったが、今度また地震がきたら、あぶないヨ。だってかなりいたんだはずだし。
*平成の大合併は間違いだった
経済基盤の弱い地域などが時盤沈下を起こしている。合併によって、地域力はむしろ弱まった。今後の合併は慎重に行うべき。むしろしないほうがいい・・・的な発言。これには、思わずわらった。「君にも責任、あるでしょう」ま、彼は自分の前の知事の仕事だからいったようなのだが・・・部下が、知事は合併によって元気のない地域の活性化策を考えねば、という意味の発言とフォローしているようだが。

知事になった翌日に中越地震。で作業着で飛び回っていた彼にしての発言かな。
県庁内ではいろいろと評判の悪い面もあるようだが、それは上意下達系だからだそう、という記事も読んだことはあるが。
ホオオオ・・・とおどろいたが、まっとうではあると思う知事さん。

昨日は、疲れて日記の更新もせずにビール1本で就寝。
で、今朝も7時近くまで眠っていた。
熱こそ出ないが、お疲れ系か。
鼻の中に、風邪の花が咲いて、やっと風邪をひいていたらしいことが、今日判明。
季節の変わり目、気をつけませう。




2007年10月02日(火) 今日も眠くて、だる・・しかし自作教材

一気に気温下がりすぎだ。
今日もだるくて眠たいが・・・眠ってもおられずに起きて、仕事しています、はい。
午前中いっぱいかけて、次のような問題つくりましただ。
小4・5・6年用の自作教材ですだ。
*****************

  映画 「ひめゆり」を見て 〜感想文〜 十月     イルカコース用

 長岡アジア映画祭で「ひめゆり」という映画を見ました。これは、ドキュメンタリーです。 実際にあったできことを取材して撮影する映画のことを、ドキュメンタリー映画といいます。
 では、「ひめゆり」はどんなできごとを取材したのでしょうか。
 それは戦争です。今から六十二年前、日本は戦争をしていました。第二次世界大戦、太平洋戦争ともいわれる戦争です。戦争の終わり頃には、沖縄で激戦がありました。
 そのとき、一五歳から一九歳の女子学生がたくさん戦場へ動員されました。傷ついた兵士たちを看護(かんご)したり、軍の仕事を手伝ったりするのです。そんなことはしたくない、とはいえませんでした。みんな「お国のため」といって、一生けんめい働きました。がんばりました。
 この女子学生たちのことを「ひめゆり学徒隊(がくとたい)」というのです。映画の題は、ここからきています。
 アメリカ軍が沖縄に上陸(じょうりく)して戦争がはげしくなるにつれて、ケガをしたり死んだりする兵士も多くなりましたが、ひめゆり学徒隊の女子学生たちもつぎつぎと死んでいきました。にげ場を失って、水も食料もなく海岸をさまよったあげくに爆撃されて亡くなった人もおおぜいいたそうです。
 ひめゆり学徒隊として動員された人は先生も含めて二百四十人で、亡くなった人は百三十六人! 半分以上が亡くなっているのです。この映画は、このはげしく悲しい戦いで生き延びた人たちの証言をまとめています。
 戦争の時は少女だったのですが、今はもう七十代、八十代のおばあさんです。その人たちが自分がにげまどった海辺や、友だちを失ったどうくつを訪ねて、当時の話をしてます。
 本村つるさんは次のように話していました。
「夕方、米軍機が去るのを待っていたら、急に弾(たま)がおちてきたんです。安座間晶子(あざまあきこ)さんが重傷、宣保(ぎぼ)春子さんは、体ごと吹き飛んでどこにいったかわからなくなりました。晶子さんは、自分はもうダメだから殺してくれといいましたが、みんなで大丈夫だからと励ましました。でも、最後はお母さんや妹さん、家族のことを言いながら静かに亡くなっていきました。」
 さっきまでそばにいた友だちが吹き飛び、もう一人は家族のことを話ながら亡くなっていく・・・十九歳だった本村さんはどんなにショックで、つらかっ
たでしょうか。
 石川幸子さんは水が飲みたかったようすを次のように話します。
「水、水って、下を見て、そしたらあった。水たまりなんですよ。手ですくえるほど多くなかったので直接口をつけて飲もうとしたら、とってもくさいんです。でも息を殺してガブガブ飲んだ、多分、オシッコやら死体の汁やらいろいろと混じっていたと思います」
 とてもとても、今の私たちにはできないことです。
 美しい沖縄の海や、緑がしげる南国の景色をバックにしてこんな話が続きます。
 わたしはだんだんと画面を見ていることが苦痛になりました。これ以上見たくない、聞きたくない、と思いました。それでも、話している元ひめゆり学徒隊の人たちはわたし以上につらくて必死だと思うので、目をそらさずにスクリーンを見つめました。 
 やがて、わたしは映画を見ながら、ホエールウオッチング行った沖縄の座間味島(ざまみじま)で出会ったオバア(沖縄ではおばあちゃんのことをこういいます)のことを思い出しました。
 海が荒れて、船が出ないので、何人かのオバアたちとおしゃべりをしていました。ひとりのオバアが、後ろにジャングルが迫る拝所(はいしょ)という、島の人たちがお祈りをする場所に連れていってくれました。そして、とつぜん自分の首を見せて「これは、ここで集団自決(しゅうだんじけつ)したときの傷だ」と泣きながら話しだしたのです。
 傷あとは、のどの辺りに大きくえぐるようについていました。
「お父さんが、わたしののどをカマで切った、弟もやられて死んだ、お母さんもやられた。お父さんは自分で自分の首をしめたけど、死ねなくてほかの人にしめてもらって死んだ。」
「どうやって、生き延びたんですか。」
「たくさんの人がここで死んだよ、その中で三日間死んだマネをしていた。三日目に、上陸してきたアメリカ軍に助けられた。十二歳だったよ。」
 集団自決というのは、アメリカ軍につかまるなら自分たちで死ね、という軍の指示です。オバアのお父さんは好きで家族の首を切って殺そうとしたわけではないのです。命令だったのです。心の中で、血の涙が出ていたと思います。
「今までこんな話はだれにもしなかったよ。悲しすぎてできなかったんだよ。今も昨日のことのように思い出すからねえ。あんたは本土から来た人だ、どうかこの話を帰ったらして下さい。」
 オバアに泣きながら頼まれました。
 わたしはオバアの頼みを実行しようと、機会があるとこの話をしています。
 元ひめゆり学徒隊の人たちも、ひさんな戦場のようすや亡くなった友のようすを伝えるのが使命だと、こうやってカメラの前で語り続けているのだろうと思います。なんの体験もないわたしと比較するのも失礼で申し訳ないのですが、そのように考えます。
 忘れてしまいたい、思い出したくない話を一生懸命にしてくれているのです。そうすることで平和の大切さを考えてほしいという気持ちなのです。
 映画を見ながら、改めて「何がなくても平和が一番」ということばを胸にきざみました。そして(忘れてしまいたいことを語ってくれてありがとう。)と思いました。
 二時間十分の長い映画でした。上映後、監督さんが話してくれました。
「この映画を十三年かけて撮りました。遺言(ゆいごん)として残したい、という元ひめゆり部隊の人たちのことばに心を動かされたからです。」と。
 この映画祭の会場で、わたしはめったにしないことなのですが、手を挙げて発言してみました。座間味島のオバアの話をしました。
 そして「沖縄には、まだたくさんのオバアやオジイが、つらくてなかなか人に語れない思いを胸におさめてくらしておられるように思います。どうか、その人たちのお話も発掘してフィルムに収めて下さい。」と監督さんにお願いをしました。監督さんは、深くうなずいてくれました。
 もし、沖縄に旅することがあったら、ぜひ「ひめゆり平和祈念資料館」を訪れてほしいです。それから、「ひめゆり」の映画を見る機会があったら、ぜひ見て、ひめゆりの生き残りの人たちの「遺言」に耳を傾けて平和について考えてほしいと思います。

*問題  
この文は、次のような下書きメモをつくってから書きはじめました。
 どこからどこまでが、下書きメモの番号にあたるか、読んで 屐 廚いΔ佞Δ砲ぎって下さい。
 また、下書きメモにはなかったけれど、書きながら付け加えた部分もあります。それはどこでしょうか。( )で囲んで下さい。
   ,呂犬瓩里海箸
  ◆ 屬劼瓩罎蝓廚箸いΡ撚茲里擦弔瓩
   場面をせつめいしながら感想を書く
       友だちが死んだ 水を飲むなど・・・
  ぁー分の体験を書きながら映画の感想へもっていく 
       座間味島できいた話
  イわりのことば 
      もし沖縄に旅することがあったなら・・・
     映画も見てほしい・・・

****************************

軍による集団自決の指示の教科書からの削除抗議、沖縄の11万人デモの思い、当然だろう。
座間味のオバアを思いだしながら、わたしも沖縄在住だったらいったぜい、と思った。
・・・
ここへきてまた入塾したいという問い合わせがぼつぼつと来る。
手作りの教材で、誠実にやって行くしかないと再確認しておる昨今である。
それと、大人として「戦争は最悪なんだ」と言うことを伝えてもいきたい。

それにしても眠たい・・今晩もはやくねようっと。(でも、11時だなあ、今日は遅くまで生徒さんいるし)



2007年10月01日(月) 10月の寂聴さんの言葉

何だか、だるいし、眠いし。
風邪気味のようだ。
一気に温度が下がったし、体が微調整中という気配が濃厚。
朝も、なかなか5時過ぎ起きがつらい。
どうしても6時近くにもそもそと、になってしまう。
体調維持のため、今夜は早寝しよう。
月が変わった。
あと、3ヶ月で今年も終わりだ。
何だか、釣瓶落としの我が人生だなあ。
秋の夕暮れどころじゃないわ。
今月の寂聴さんの言葉
「愛した瞬間から苦しみが始まる。それでも人は愛したがる。愛のない人生はきっと荒涼として寂しいからだろう」
マザーテレサが言ってもないリアリティが、寂聴さんが言うとあるねえ。
この人にして、この言葉、とは今月のお言葉がドンピシャだ。


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