続けて2件、親を殺して子どもが自殺する事件があった。 せつないというか、悲しいというか・・・
思うに、学校を終わったら、子どもはすでに子どもじゃないのよね。 知り合いから聞いた話 子どもが高校を止めた。勉強が好きじゃない、ということで。 親が子供にいったこと「学校に行かないのならば、働きなさい。それからうちからでていきなさい」 その子はでてアパートを借りた。ご飯だけは時々食べに来ていたようだが、19歳にして今はすでに完全に独立。親から見たら、どうして・・というよなしごともしているようだが、とにかく自分でアパート代をはらって食べている。 この話を聞いたとき「学校へ行かないのだったらでていけ、働け」といった親の思い切りのよさに感動した。正しい「愛」だと思った。 寅を千尋の谷に突き落とすって今時ははやらないだろうけど、子どもはそれを受けて立ってはい上がっている・・・
学校へ行っている間はうちにいろ、終わったらでて行けとすべての親がいえたら、こういう悲劇は起こらないのに。 病気の時支えるのは家族、親だろうけど、健康ならでて行ってもらってスープが冷え切らなくらいの距離に住むのが今時は健全であろうか。 オランダあたりは、大学生も生活費が支給されるのでたいてい家をでて部屋をシェアして借りたりして暮らす。
自殺防止基本法ができたとか行っていたけど、そういうコトじゃない。 もっと夢を持てる社会にしないとダメだろう。 仕事でいつまでもアルバイトではなくて、働き方によっては正社員のメもあるとか、何きちんと社会保障をつけて結婚しても大丈夫的なレベルまでの給与の補償をするとか、こういうコトをしっかりとしていかないと自殺防止基本法なんてお笑いぐさだ。
| 2006年05月30日(火) |
次から次と冥府の人・・・・ |
米原万里さんが56歳の若さでなくなった。 なんとまあ・・・彼女の書くもの、好きだったのに・・・ 岡田真澄さんも・・70歳で。 若いよ、両方とも。 お次は今村昌平監督だ。こちらも75歳かな。 まだ監督としての仕事ができるのに。 合掌
今さっき調べものをしていたら、なんと牧野富太郎って、95歳まで生きたんだって知った。 亡くなる2年前までしごとしていたよ・・すごいよね。 かくありたい!と思う。 95歳まで生きたいとは思わないが、死の前日まで働いていたいですわ。
寒い風がふいている。 うちから見える山の雪はさすがになくなったが・・・先日の観音参りの帰りに見た上越県境では森に雪が残っていた。
| 2006年05月29日(月) |
坂東順礼・マイルール |
昨夜、眠気をこらえて書いた日記にまちがい多数を見つけたので、日本語ページのアップのついでに朝っぱらからなおした。 でついでに、マイルールを書く。
★札所まで10キロほどだったら駅から歩く。 ★次札所まで20キロ以内だったら、道順・時間が許す限り歩く。 ★行きは歩くが、帰りはバス便があるなら乗ってもよい。 ★日没タイムオーバー(これは西国歩きの時も設けたルール) ★乗り物を使う代わりといってはナニだが、般若心経のほかに観音経のげ(漢字が辞書にない)、延命十句観音経を唱える。 ★無理をしないで道筋で歩きしか見えない景色を楽しみ、時により道をして野次馬となり、モノを考える。
さて、今日は月末だし忙しい。 肌寒い天気はいつまで続くのかねえ・・・ このおかしな天気とインドネシアの地震は関係あるのかな・・・たくさんの方が亡くなった・・・合掌
| 2006年05月28日(日) |
お大師さんからのお便り |
渋川発8時49分の電車、水上の乗り換えできたく。 12時40分うち着。 朝の伊香保はどしゃ降り。 寂しかった。 山の斜面にただ温泉がでるというだけでしがみついたかんじの町。 湯質は茶色のいわゆる「金の湯」で有馬温泉系かな。 いい湯だと思ったが。
帰ったら善通寺のシンポでご一緒した高野山奥の院維那(字がちがうような・・・これでよかったようだ、しらべました)日野西先生からのお便りが来ていた。 あの時ご一緒した先生方には、勉強をさせていただきましたとお礼の手紙をお出ししていたのだが、もちろん返事なんて予想の外。期待してもいなかったのでただビックリした。(だしたのも5月第2週のはじめ) 奥の院のお大師さんの直近でご奉仕なさっている先生からのお便りって、ワタシ的には「お大師さんからのお便り」って感じ。 有り難くてうれしい。 それも、観音参りを再開したとたんに届いて・・・これはきっとお大師さんがよろこで下さっている、激励して下さっている、もろもろ見ているから精一杯働きなさいといわれている・・ ご機嫌気分。
夕方、末弟の入浴介助とビワ灸。 足の褥創はもうひと息で完治。
★メモ 維那・・ゆいな・・奥の院で毎朝お大師さんに御供(朝ご飯)をささげ、ご奉仕をされるお仕事。仕事の内容は極秘らしい。1000年以上続けられてきた。
| 2006年05月27日(土) |
歩くと見える(1)・・・坂東順礼15,16番 |
8時5分の新幹線で高崎へ。9時13分、横川行きに乗り換える。 天気はよくない。 出たときは快晴、新潟暑くなるぞだったのに、県境の山見値を超えたとたんに、どんよりとした今にも降り出しそうな雲行きだ。 手のひら返すとはこのこと。 群馬八幡で下車。 駅で、降ってもいいように雨具を着込んで出る。 時計を見ると9時半。 きょうは寂しいところもあるのでと「お大師さん」についてきていただいたのだが、やっぱり、関東地方では「金剛杖」は目立つようだ。 じろりと通り過ぎる人がみる。 オフホワイトの綿パン、白の長袖Tシャツと身仕度的にはできるだけフツーにしたのだが。 国道へ出て、セブンイレブンの先から右折。金井淵団地を抜けて・・・と、駅から15番白岩観音までの道をマップファンのナビ機能を使ってトレースしたのだが車ならいざ知らず果たしていけるかと心配しつつ。 しかし行けました。 とりあえず、金井淵団地入り口という道路表示を見てヤレヤレ。 それにしても、この団地、高崎市営らしいが、ログハウス風ですごくオシャレだ。 住んでみたいわ、の気にさせられた。 市営団地のイメージ一新だ。 榛名白川という大きな川に沿ってサイクリングロードを歩く。 雨が本降りになってきたが、まあよしよし。 なにより、地図通りに道が展開していること(当たり前だけど)がうれしい。 15番までは約8,5キロ。 2時間。 その後4時間歩いて16キロ先の16番水沢観音まで、というのが今日の予定だが、これだけ自分がトレースしてきた地図がつかえるとなると先が明るい。 白岩観音への分岐で和田山、鎌倉期北条時政に滅ぼされた和田義盛の居館址なるかんばんもあった。 とにかく最短距離で歩こう、ということで歴史・旧道無視だったがあながちはずれてもいないようだった。 実際、この集落は古そう。
分岐からは歩道がなくて恐かった。 尾根道歩きだ。 昔は尾根道・川沿い・山際を歩いたということを考えれば、ここはいわゆる順礼道なのかも知れないが。 何の看板も出てこなくて心配になって、通りかかった軽トラックのおじさんに聞いたら、ここでいいんだよ、20分も歩くとつくよ、とおだやかな笑顔。 つく手前5分あたりに昔の「順礼道」の道標があって、文化財だとかっていう看板があってやっぱりだった。 11時20分着。 つくとちょうど帰られる車順礼のご夫婦が「歩いているんですか」とこえをかけてこられた。 多分、私が歩いている姿を車から見てのことだろう。 「駅からです、駅から10キロくらいだったらあるくって決めているんですよ」 「つぎはどこへ」 「水沢です」 「だいぶんあるでしょ」 「16キロくらいですよ、4,5時間です」 「気をつけて下さいね、がんばって」 どうも。 でもあんまりがんばりはしません、ボチボチと。とは心の声。 白岩観音、昔はえらい名寺だったらしいが、今は雨もあってものざみしい。 それと写経納め箱の前に「300円」とあってビックリ。理屈はわかりますが、霊場札所でこれは初めて見たわ。 納経所はおだやかで感じよかったが、本堂から出てきた若いお坊さんは生活習慣病的・・・お腹周辺がはち切れそうな巨漢だった。 で、だれもいない本堂の前には、「ただ今祈祷中につき入れません」の看板。 ガイドブックには「上がって拝めます」とあったが、どうやらダメみたい。 本堂前で、般若心経、観音経のげ、延命十句観音経と唱えた。 本堂の階段の隅っこで雨宿りさせていただいて、おにぎり2このお昼。 お手洗いをお借りして12時10分出る。 この間、お参りは1人。 それも、納経はしない男性。 デジカメ写真だけはとっていったところを見ると、HPでもつくるのか。 雨でガスも出てきてますます寂しくなったわ。
今度は長い距離なんで道まちがいは禁物と思っていたのだが、さっそく間違える。 トレースした地図にない目印が出てきて、どうやら早く右折しすぎたことに気がついたが。 ちょうどきた田植機を運転中のおじさんに聞いたら、このまま行ってあの橋を渡ってずんずんいけば、もとルートに出られるとのコト。 よかった、だってもどり嫌いはだもん。 しかし間違えもよし。なんとふれあい公園という立派な児童公園が出てきて、トイレもきれいなのが完備。 このルートで一番心配だったのはトイレだからだ。
無事に、箕郷小(右折ポイント)に行きついてホッとした。 この後、道路際「水沢観音→」という看板につられて道を右にとったら間違えていて、一瞬自分の位置がつかめなくなりかけたて途方に暮れたが(目印の東明屋がでてこない)・・まあなんとか切り抜けた。 雨降りの日は人が外にいなくてなかなか聞けなくて困るのだ。 この後は順調。 しかし「最短」のナビに従ったので、道は寂しいとこだらけ。 足門・水沢線なる県道なんて車のみが通る林間の道。ここが心配で、戦友の「お大師さん」にご同行願ったのだが正解だったわ。 工事現場、モーターサーキット、使わない林間学校の建物、ラブホ、葡萄園、梨園・・・きわめつけはすごく広大な自衛隊の演習地。人気なし。 自衛隊って、四国でも西国道でも広大な演習地見たけど、人気はないんよ。 これって、日本をよく知ったテロリストがいたら、容易に平和ボケのこの国を震撼とさせること、できるよね、と思ったことであった。 足門・水沢線なる県道・・3.8キロ。ガスって、前からくる車のライトも煙るほど。早く抜けろと一生懸命歩くもとろとろ登りできついんだわ。 水沢観音まで1キロ足らずの左折にでたのは4時。 4時15分、観音下のあまいと感じるような手水の水をごくごく。 おいしかった。 この地域は、水がおいしいので、それを利用して水沢うどんというのが名物なんだとか。 店がいっぱいならんでたが、ともだおれにならないのか。
4時過ぎていたので、観音堂の入り口も締められてしまったが、外からお参り。 しっかりとお経をあげる。無事に来られた御礼。 納経所で、何時間できたかと聞かれたので4時間ですといったら健脚だといわれたが、1時間4キロペースはまあ並足だと思う。すごく大変な山越えとかない平坦系の道だったし。ただ、高崎から県境へ上るに従って標高が上がるのが身体にしみてわかる道だった。すべてとろとろ登りなんだから。
ガスで先が見えないので、車が恐い。お寺の人にも勧められたので、本日の宿伊香保温泉まではバスとした。市営無料タウンバス。渋川市太っ腹。 伊香保温泉で一番安宿という素泊まり4200円の宿。 つげよしはるのマンガの舞台になりそうな雰囲気を漂わせていた。 食事は外、宿のお風呂は恐い気?がしたので町営温泉。 古いけど、シーツなどの夜具は清潔だったしテレビやその他は一応あったのでヨシだった・・が・・土曜なのにだれも泊まっていないのがぶきみだった。 女将さんは人のよさげなフツーの人。 この人はマンガの主人公にはならないでしょう。 9時爆睡。
昨夜、溜まっていた削除迷惑メールを全部消したのに、きょうまたまた1日で30通もクソメールが溜まった。 このところ、異様に多い。 どうなっているのだ・・・。
蒸し暑い。 眠たくて困った。 明日は雨か。 出かけるのに、残念。
| 2006年05月25日(木) |
どうっていいのかわからない・・といういい方 |
*奈良市の小1女児誘拐殺害事件で、わいせつ目的誘拐、殺人などの罪に問われた元新聞販売所従業員、小林薫被告(37)の第8回公判が25日午前、奈良地裁(奥田哲也裁判長)で始まった。 ・・・中略・・・ 「突然、娘を失った両親の気持ちがわかるか」と問われると「はい」と答えたが、「どんなつらさか」などとの問いには、「どう表現していいか分からない」「言いたくない」と繰り返した。* (ヤフーニュースより)
「どう表現していいかわからない」 といういい方がこの頃気になる。 「なんかわかるんだけど、どういうことばでいっていかわからない」 チョーがつく国語苦手の子がいうこととにている。 小林被告も「気持ちを表現することば」を持ち合わせていたら、幼女を誘拐して殺さなかったように思うのだ。 つらい、苦しい、悲しい、怒り・・・といったマイナスの気持ちの表現力がどれだけあるかで人生が変わっていくように思うのだ。 マイナスの気持ちをことばで見つめてことばで考えることが多分暴走しないポイントだ。
いい天気だけど、肌寒い。 今朝ビワにおいでになるはずだった方が、カゼで熱が下がりませんとキャンセル�筺�「うつされました、お花の教室で」 今頃、インフルエンザのような風邪がはやるなんて、やっぱりどこかおかしい。
風邪ひきが多いようだが、この温度差ではネエ。 今日なんて、寒いもん。
仙台で子どもが死んだ。 また、殺人? どうなっているんだろうか。 たしかに「地獄の釜のフタ」が開いてわけのワカラン魑魅魍魎がでてきているのかも。 そうとしか思えない不気味な事件が次々だ。 世の中、みんな鬱になってしまう・・・よ。
「このひょうろくだま!」 「ウスラトンカチ!」 という罵詈雑言を、掲示板にはっておいたら子どもたちは「ひょうろくだま」のほうは知らないみたいだ。 こういう罵詈雑言の元気だった時代がなつかしい。 うちは死んだ父が「このひょうろくだま」をよく使っていた。 今は、罵詈も雑言もなく、すーっとうしろから首を絞めていく・・・
昨日のいい天気のつけで今日は雨。 じめっとした、はしり梅雨的な空気だ。
午前中は、まじめにお仕事あれこれしましたが、午後からごはんを食べたらどうにも眠くて・・・長いお昼寝タイム。 予定大狂い。 今日は、明るいうちにひっくり返っているストックルーム(この借家のいいところ、3畳あまりあるけっこうな物置がうちのまん中にある)を片付けて、衣類の交換をしようと決めていたのだが、ついでに冷蔵庫の掃除も。 ぜんぜん進まず。 気乗りしないというか、要するにこれってひっこし後遺症だよな。 などといっているとあのオバカ社長クンと虚弱なカメラマンを思い出すなあ。 しかし、オバカ社長クンには、神さま、仏さま、クローを与えたまえ、と思う。 彼がクローしてからおうちを継がないと、たくさんの従業員たちが路頭に迷いそうだモン。 今にして思えば、虚弱カメラマンは、オバカ社長クンにエネルギーを吸い取られていたんじゃなかろうか。 「ほら、彼と結婚して彼の奥さんは難病になって、あなたは次々に両親が病気になられて亡くなられて、私もここへ来て急に父を亡くして・・・どうも彼は悪い気を振りまく人としか思えないけど。いるんだよ、そういうやさしげな顔をして悪魔の手先みたいな人が、そういう運を背負っている人が、この世には。あなたいつまでも彼の腰ぎんちゃくになっている人生が狂うよ」と、彼が引っ越す前に忠告はしたのだが。 どうしているコトやら・・雨は、何やら昔のことをおもいださせるわい。まあ達者で生きているんだろネエ。 気分はもう10年も昔のような。 週末は出かけたいので、降ってもボチボチと回復してほしいお天気である。 それにしても、やるぞ! よなかになっても掃除の続きを。
| 2006年05月22日(月) |
いつから、こうなった? |
秋田の事件、佐賀の子どもをひき逃げした上に遺棄する事件。 昔は、1年に1回か2回しか起こらなかった事件が毎月、毎週のように起きている。 なんて世の中になったのか、と嘆く私はおばさんか。 どこから変わってしまったのか。 やっぱり、大阪の池田小学校襲撃事件からだろうか、とわたしは考える。 宅間進(だったよね)が、蒔いた悪の種が芽を出して花開いてる感じだ。
ニート・フリーターの税金控除を止めるという案が浮上してきている。 順序がちがうよなあ・・ まずは、働く意欲が出るような条件整備をしてからだろうが。 いくら一生懸命に働いてもパートや契約社員から抜けだせないという状況を法的に改善してから、こういうコトをいえといいたい。 例えば、うちの近くの大手スーパー。若い子(男も女も)がたくさんレジで働いている。ここのスーパー、いくらがんばっても、正社員にはなれない。コースがちがうのだ。 しかし、自給800円や900円で、自立できるか? 永久にパートでしかもミスを指摘されて解雇されたりしたら、その子は未来がまったく見えなくなってスーパー立てこもり事件とか、毒物混入事件とか起こしてもおかしくない世の中になっている。 受け皿つくり、一生懸命やったら報われるんだと見える世の中をつくらない限り、子どもを殺す事件、なくならないように思うのだ。 フリーターの問題と昨今の悲しい事件は潜在的にリンクしているとわたしは思う。
やっぱり、ホピ歴2012年12月23日になんかありそう・・・かな。 ニンゲン、煮詰まっているわ。
午前は、また実家の手伝い。 午後、末弟の階段リハビリでワンコを連れて宮路様へ。 母にたのまれて1万円ご寄進。 このお宮は、母の実家に近くて子どもの頃からお参りにいっていたのだが、地震で大破。宮司さんの家は最近やっと建て直しがすんだようだ。 いまだに灯籠や、鳥居は壊れたままだ。 母は、それを気にかけていて、前から少しでもしたいといいつつ、ついに自分で行かずに託されたというわけ。 宮路様は神社だが、お不動様もおられて、いわゆる神仏習合が境内に残っている。 きょうは、快晴で新緑も鮮やかとあって、境内には何人も談笑する人たちがいた。 境内の隅で、宮司さんの奥さんがしておられる茶店(ニシン煮定食が名物)にも犬連れでお茶している人がいて、うちのワンコも吠えていたが、相手のミニュチュアダックスさんがくると怖がってすがりついて抱いてくれと・・・気が小さいワンコです、楽ちゃんは。 末弟は、階段の上り下りもじょうずになった。やれやれ。 ビワ灸をしているあいだに、母が煮込んだ蕗をいただいてきた。 チョーウマ。 またまたビールがすすみました。 そういえば、この頃、新聞の片隅に山菜採りで行方不明とか転落したとかいう事故記事が多いな。 蕗、ワラビ・ゼンマイ・三つ葉・・などなど。いまが旬だ。
晴れの気持ちよさ、北欧の夏の気持ちよさにつながっている。 夜明け前にほの青い時間があるが、あれを見ると白夜を思い出す。 ああ、旅がしたいなあ・・
世界不思議発見で、ホピ族をやっていた。 世界最古の村ホピの歴史は大変に興味深かったが、例の予言がねえ・・・ ホピの予言って有名である。 未来予言として「滅び」がある。 テレビ終了後、調べたら「白い人たちが月にはしごをかけて、空に浮かぶ家を造ろうとするとき」地球は滅びの大変化を起こすらしい。 月にはしごをかけるってもうやっている。ロケット着陸。今やコロニーをつくろうしているから、それも近いねえ・・・。 近い将来第三次世界大戦が起こって、ニンゲンは浄めの火に遭うのだという。 2012年12月23日が「問題の日」となると、ネット上では出てきたが。 昨今のおかしな天気、戦争、悪魔の手先としか思えないお方たちが指導者になる(ブッシュがいい例)、不妊治療者の増加(今や10組に1組が不妊に悩むらしい)。もし魂が生まれる時を人を選ぶなら、滅びが近いこの世に誕生したくはないだろうし、人は地球の守護者、地球の守り手(とホピ族は考えている)たる気持ちを忘れたニンゲンたちのところにも誕生して来たくもないだろうと思う。 前々からの私の「妄想」だが、不妊は個々人の体質や思いを越えて地球の意志なんだろうと思うのだ。物理的にこれ以上ふえると、地球がニンゲンを食わすことができない、これ以上傷つけられたくない、と。 ホピの予言、以前ちょこっと読んですごく共感していたのだが、今回改めて考えさせられた。
肌寒い日だった。 去年の今頃はもっとあたたかかったと思うんだが。 大雪の年は酷暑、がことわざらしいが・・・7月が来て急に熱さがくるとか。
午後から温泉。かけ流し、無加熱の桂温泉へ。 きょうは、1000円払って、入浴後休憩室でお昼寝というコースをえらんでみた。 といっても田舎の日帰り温泉のこと、10畳ほどの和室にテーブルと座布団、テレビ、マッサージチェアとお茶などがあるだけのいたって素朴な休憩室。 1時過ぎにいって、30分入浴。2時半過ぎまでごろごろしながら読書。しかし爆睡。 気持ちよかった。 命の洗濯をした。 夕方、実家で末弟の入浴介助。 蕗、タケノコと豚肉の煮物をもらってきたのだが、それがメチャうまい。 ただ先日は、母が煮た身欠きニシンとタケノコでそれは今日以上に絶品だった。 いずれにしても、こういうつまみがあるとビールが進む。 きょうは500ミリ1本を空けてしまった。 温泉効果で、まだからだがぽかぽかでなおさらうまし。 お腹ビールでパンパン。 ああ幸せ。 ・・・・・・・・・・・・・ 秋田の田舎町でまたしても小学生の殺人事件。 4月に亡くなった女の子のとなりの隣だというではないか。 私、あの事件、おぼえている。 死因は水死だったが、ホントに水死? と新聞報道で見つかったと読んで疑問を持ったのだ。 だって4年生が春先に水かさの増えた川に転落するかな、地元の4年生なら、当然回避する知恵というかここはアブナイ、という知恵はあるはずと思ったのだ。 幼児だったら、水にという言葉に疑念は持たなかったのだが・・・ 地元の人達は、秋田県警の捜査のずさんさに怒っているようだ。 亡くなった4年生の女の子のお母さんが、あの時もっとしっかりと捜査をしてくれていたら・・といっているようだが、私もそう思う。 かわいそうに・・・残念。
きょうは平均気温より3度高かったらしい。 昼になって暑いので厚手ブラウスを長袖Tシャツに着替えてしまったし、まあそうだったのだろう。 長岡市雪害対策本部が昨日解散した、というニュースが地元紙に載っていた。 やっと、だ。 ちなみにいまだに県境地域には、融雪なだれ注意報がでる。 たしかに、昨年6月湯沢町のブナ原生林歩きにいった時、沢筋には雪が残っていたし「融雪・なだれ」には納得だ。 うちから見える山並みにもやっと残雪の白い筋がみえなくなったばかり。 初夏と晩春がクロスしている。
あんまりテレビを見ない私だが、三輪明宏さまは昔からファンなのでこれはちょくちょく見る。 で、日付が変わってしまった。 きょうは研なお子さんであったが、なかなかにフムフム。 で、私の前世ってなんだろと思うわ。 山を歩いているときに安らぐ私はやっぱり山に縁がふかかったんだろうな。 この頃なんて、なんとか山の中に住めないか、なんて思うし。 突如だが、今年は新潟県内のお寺を回るつもりでいたのだが、100観音を成就したいと思った。 板東のほとんどが残っている。 いつか全部歩いて、と思っていたのだがそのときは多分当分来ないだろうと。 で、ルールを決めて100観音を結願したいと思っている。 今夜のひらめき宣言。
| 2006年05月16日(火) |
新聞の1面コラム・社説 |
毎週、中学生以上に読ませたいのでネットで新聞コラムや社説で適当なモノを拾ってくる。 あちこち開いて読むと分かるのは、やっぱりダントツで朝日新聞の天声人語がわかりやすいというか、いわゆる論理建てがクリアですっきりしているのだ。 入試出題1位というのもうなずける。 内容云々ではなくて、文が際だって論理的でバックに膨大な知識がなくても読める。 モノによっては、さまざまな予備知識がないと文の意味が取れないようなモノもあって、つくづくと文を書いてよんでもらって、いいたいところのことを余すことなく伝えるというのは、本歌取りとか、しかじかの教養が読者にあると踏んでの文を書いてはいけないとおもったことだ。
ところで、きょうは末弟の退院後初めての診察で外来へいった。 病院大繁盛。 9時予約、10時レントゲン、10時半診察。 形成外科も、褥創診察。 で終わったのが11時過ぎ。支払いをしてディサービスへおくったら12時だった。 ものすごく疲れた。 炎天下の国道を40キロ歩いたあとみたい。 明らかに「気」を奪われた。 午後から、予定変更。私が寝たきり老人状態だった。 病院って、生気を奪うとここだよ。 みなさん、通院でかえって、気を奪われて悪化してんじゃないの。 ああまた1ヶ月後に行かねばならないのだが、気が重い。
地元紙夕刊に号外が挟まっていた。 なんと、w杯メンバー決定の内容。 え、こんなことで号外をだすのう? さすが、アルビッレックスきちがいの、サッカーファンの多いお国柄である。 先日、ビワに見えた70代の女性、きょうは7時からテレビ観戦といわれるので何かと思ったら、対ドイツ戦。 聞けば、チケットがほしくて、埼玉まで行くつもりで探したのだが、入手できなくて残念であったと。 ひえーーーー。 昔、母校の応援にラグビーは見にいったけど、しかし、わざわざ、チケットを手配してという感じでスポーツを見ようとは思わない、私は。 テレビで十分。 うちの母は、ボクシングとかキックボクシングが好きな人で、たしかやっぱり昔見に行っていたよな。 いやはや、人は話してみないとワカランものである。
今日はすごくいい天気だった。 しかし、湿度が低いので、日陰は肌寒い。 夕方、地震雲。 北北東から北、北西。
| 2006年05月14日(日) |
母の日ですねえ・・・ |
朝から、母にはラベンダーの鉢植え、義妹には彼女の好きな黄色いカーネーションの鉢植え。昼ご飯プレンゼントでカレー大鍋、新キャベツのゴマ和えをもって、朝8時半に実家へ参上。 (母には、4月末には、ほしいといっていたレンギョウの幼木をネットでお取り寄せでプレセントしているし、四国からミカンだのメロンだのを送っているし、十分しているのだが) 午前は、稲の苗箱洗い。片手使いの義妹と、姪っ子と3人。 なにしろ、お米を無料で実家からもらっている身としては忙しいときには少しはお役に立たないとネエ。 田植えで超繁忙期。 実家の主である弟は、アルバイトさん2人が来てはいるが、休日の甥っ子も入れてせっこせっこと仕事である。 午後から末弟の階段リハビリに、みやじ様という神社へ。 チビ犬も連れていったので、きゃつめ、石灯籠だの、賽銭箱にオシッコかけようとして止めさせるのが大変であった。 末弟は石段上り下りじょうずに歩くようになった。 その後、入浴介助といつものビワ灸。 なんてことをしていたら、夕方になった。 姪っ子が母の日プレンゼントで、夕食つくりをしていて、食べて行けといわれたが、ビールが飲みたいんで失礼と。 でも、母がつくった赤飯とか、ヒジキの煮物、アスパラのゆでたヤツとかで、またしても料理知らず。ありがとう。 シャワーの後のビールがうもうございました。 ビールは、汗流さないとおいしくない。 全身使った労働は体に効く。
かなりの田んぼで田植えがおわって水が張られている。 そこに、ボヤンとした夕日が映って美しい。平和な田園風景。 私は「弥生」と思っていまう。 そう、弥生時代の弥生。 もちろん、弥生時代は、直播きだったんで今のような風景はあり得ないんだけど、そう連想ゲームをしてしまう私の脳である。 新潟平野が美しい時季、私がすきな風景が始まっている。 でも、まだ山には雪がありますよ、みなさん。
パッとしない天気。 で、温度が上がらない。 先日は32度もあったのに・・・・ つい、重ね着をしてしまう。
松井の指が折れちゃった。 かわいそうに・・・・ それにしてもあんなに簡単に折れちゃうモノだろうか。 王ジャパンに参加しなかったんで、誰かに呪いをかけられたあ?(笑)
| 2006年05月12日(金) |
お騒がせの長岡郵便局 |
なんとまあ、トップ記事になっているではないか。 27億円もおまけ?してあげるなんておかしいぞ。 なんという体質だ。 私、ふだん、使っているんですけどね。 窓口はきちんとした応対するんだけどなあ・・・ 残念。
夕方、末弟の入浴介助に行ってタケノコの煮物だの、お赤飯だの、青菜のおひたしだのをもらってきたんで、なにもつくらずにそれで夕食。 でしばし、ごろんと牛になっていたら、眠ってしまった。 やれやれ。 目が覚めたら、12時を過ぎていました。 さあ、これから、ビールを飲んで本でも読むか。 夜光病が治らぬ。
| 2006年05月11日(木) |
ついでに、漢字携帯サイトもオープン |
思いついて、「小学漢字塾1006字マスター!」というサイトも開いた。http://k.excite.co.jp/hp/u/mohejis 「日本語1日1語」からリンクしている。 小学校で習う漢字1006字、だいたい8割マスターしていたら、後はおいおい身に付くといわれている。 しかしこの8割がこの頃むずかしいようなんだわ・・・ ちなみに国語の力が定まるのは13,4歳、中学2年前後だともいわれている。 国語はほかの教科とちがう、国語で勝負というのはガッコの先生時代からの私の持論だったが、この頃更に更にそう思う。 悲しくなるこの世の中の乱れよう、国語というかことばの力があれば、も少し何とかなった、こんなに不幸にならなくてもよかったのだと思うことがある。 特に少年犯罪だ。 ウザイ、きれた、という言葉でしか表現できない子たちがもっと言葉をもって、その気持ちを分析したり、言葉で人に訴えたりできていたらどうだろうか。 それができていれば、他人を傷つけることはなかったんじゃないかと私は考える。
できることから、私やります。 よきことはすぐにやりなさい、善は急げって破磐神社の宮司さんの教えであります。
・・・ 昨日は32度。 今日はうって変わって肌寒い。 おかしいよねえ。
| 2006年05月10日(水) |
携帯HP「日本語1日1語」オープン |
ただ今、草木も眠る丑三つ時。 昼間にいい気分でひるねなんかしたもんだから、ゴキブリのように夜中に活動してしてます。 懸案だった携帯サイトに「日本語1日1語」のページを開設した。 続けられなかったら意味がないので20分もあれば更新できる感じで。このウエブ日記より簡単な感じで、思いつくまま、気の向くまま。 なにしろ1ページ280字以内なんで、続くと思う。 みなさん、一度のぞいてみて下さい。 以下です。パソコンからでもアクセスできると思いますよ。
http://k2.fc2.com/cgi-bin/hp.cgi/moheji/
ちなみに 1)早乙女 2)八十八夜 です。 こういった純和風の言葉だけでなく、「里親」とか「さしがね」といったいわゆる若者が疎いかと思われる言葉を選ぶ予定です。 里親は、意外と知りませんですよ。 先日意味を聞いたら「故郷の親」といわれましたわ。 なるほど・・だが・・トホホ。
誓いの言葉 「とにかく続けます。365日といわないまでも、350日以上は更新したい」
日中の当地最高温度25度! うそおうう、だ。 一気に夏の暑さで、ついお昼寝を・・・ チュウーリップが残っているのにねえ。
いじめの恨みで遠縁の男性を殺す、別れ話のもつれで元恋人を刺し殺す、9ヶ月の幼児を親がおぼれ死にさせる、引きこもり支援のNPOが「拉致」(この言葉を使用していたとは、もうなにをかいわんや)した男性を殺す・・・ 先日の5遺体発見事件といい、一体どうなっているのだろうか、この国は。
陽光が溢れる季節なのに、なんとも昏い。
すごい数だ。 営業停止になったアイフルの数。 ザッとわり算しても、1県に45はあることになる。 おかしいよね。 「どうするアイフル」って、お犬様を出したコマーシャルは罪が深い。 あれで、どうやってあこぎな取り立てを想像しろっていうんだ? あれ、コマーシャルも取り締まるべきだ。
あたたかい日。 やっと元気がでてきてホッとした。 どうやら、日常にもどるの、2日はかかるような・・・ チューリップが散った。 春おわり? 明日はけっこう温度が上がるらしい。
むしむし系のお天気。 なんだか体がだるくて、新聞読んでボヤンとしていたら時間どんどん過ぎてしまった・・・疲れているのかも?? でも、昼からは実家へビワ灸と末弟の入浴介助・犬の散歩。 末弟は私がいないうちに、ずいぶんと達者に歩けるようになっていた。 よかった、よかった。整形外科のリハビリは、やはり、ふつうの生活にはやくもどるのがいちばんということなんだね。
新聞の記事に「肥満、運動不足、喫煙」とそろうと、成人病発病率がふつうの1、5倍近くになるらしい。将来的には、これに該当する人の医療費を上げるとか。要するに、自己管理を如何にしているかで医療費スライド制にするということなんだろうが。 私も、このところ、歩いていっていたところも車で運動不足、さらには肥満・・・該当2つだ。 横峰山の登りがきつかったわ。 体重を落としたいと思う。 また、是非ともヒマラヤ街道を歩きたいし、いずれカイラスに巡礼もしたいのだ。このまま肥満ではおぼつかない。運動不足で筋肉減るとダメだ。 とまあ、ダイエット宣言。 以上。
大阪発 急行きたぐに 朝7時17分に無事着いた。 てくてくと家まで10分あまり。 いないあいだに、けっこう春長けたという感じ。。 帰ってすぐに、金魚にエサをやった。彼らは水草のみで1週間を生き延びてていたんで、すごい勢いで食いまくっていた。 次に、花の水やり、ハーブがでかくなっていて、チュウリップが伸びてばけかけていた。 次に、洗濯機をかけて、家のお大師さんとお不動さんにお参りして、自分のごはんだ。 たまちゃんのお母さんからいただいたエンドウをゆでてドレッシングがけ。 新鮮だから甘くておいしい。 大阪駅のデリショップで買ってきた全粒粉ブレッドとハーブ漬けの蒸し地鶏。コーヒーとオレンジジュース。ヤレヤレだ。 ネットが不具合で困ったけど、やっと動くようになった、これまたヤレヤレ。 まだまだやることたくさんあり。 眠いけど、がんばらねば。 これから、昨日の日記をアップしてネットプチンで、通常業務=日常にもどります。
朝7時33分、山川駅発の特急剣山。 はやいのに、たまちゃんご家族に送っていただいた。 ありがとうございました。 たまちゃんは、この後、甲浦まで電車のりに行くようだ。
山川町=今関さんなんだけど、時間がなくてお会いできず、ごめん。
徳島8時半のバスで難波まででたが、なんと特急高野号は本日すべて売り切れだって。すごーーー。世界遺産、恐るべし。ま、天気もいいしね。 11時3分の急行で行って、橋本乗り換え2時間でつくといわれて、それでいったが、やっぱり電車はメチャ混みだった。 奥の院も、お遍路さんより一般の人が多くて、大師廟の前を通過するもお参りしない人がいたりして、これもまた、世界遺産のせいかなと思うが。 お参りの後、しばしすわってしみじみ感謝。 その後、1の橋まで歩く。 結縁潅頂を確か金堂でしているはずなんだけど、今回胎蔵界を受けると、次はまた秋に上ってきて金剛界を受けないとダメだと思うので、今回は止めた。 人でにぎわっている陽光の高野山、これもまたよしで、のんびり歩く。 いつものようにかさ国さんで「三鈷」のお干菓子を買ってこれまたいつものゴマ豆腐屋さんでと思ったら休みなんで、かどのお土産屋さんで少し購入。ゴマ豆腐の困ったところは重たいことだ。 そのままぶらぶら金剛峰寺へ。 お次はやはり御影堂。 久しぶりに御影堂の美しい屋根の線を見る。なつかしい。 奥の院やメインストリートがあれほどにぎわっているにに、ここ、御影堂や金堂、根本大塔はひっそりとしている。 ウーン。おバカさんだなあ、観光客。 ここが高野山発祥の地なのにネエ。 それと、奥の院近辺もパワーがあるが、このあたりもかなり強い気があるんだよ。 気持ちいいとこなんだわ、わたしは好きだ。 お大師さん、このあたりにおられたはずだし。 それからたぶんだが、この地(檀上)を築くにあたって、永劫の聖なる地にするために何か埋めるか、しくんだと思うのだ。 (かんたんなのは水晶を埋め込む。しかし、真言密教恐るべしでそんな単純なものではないと思う) 例えば、高知の国分寺も檀上になっているけど、築くにあたってなんかしているよね、パワーあるもん。 金堂そばの、平清盛が金堂修築をしたときにお大師さんが感謝を述べるべく姿を現わされたという言い伝えがある桜の木のそばのベンチで、ボヤンと5時過ぎまでしてからバス・電車で難波へ。8時少しまえ。難波で夕食を食べてから、モスバーガーで抹茶ラテで10時まで粘って大阪駅へ。 待つこと、1時間弱できたぐにがはいってきた。 4回目結願、高野山お礼参り。すべて完了。 久しぶりになつかしい方々にも会えたし、よかった。 ありがとう。
4時おき。友人hさんのご主人が車で松山駅まで送って下さった。で、5時9分発の高松行き特急いしづち。高松で、待ち合わせ40分「特急うずしお」で板野着9時13分。 それにしても、どうして、高松と徳島の連絡が悪いのか?と思うが。 で、さらには突然車内で「本日は、板東に臨時停車いたします」それって・・・はやくいえや!です。 だったら、1番さんでたまちゃんご一家と待ち合わせができたのにさ。 さてさて無事に1番さんでお礼参りをして、2回以上の人に下さるという鳳凰の数珠なるモノをいただきました。 で、いよいよ、たまちゃんとご両親と共に歩き遍路開始。 でも、たまちゃんは車椅子が大半ですが。 いい天気ですが、いい天気過ぎて昼からがたいへんそう・・・ 歩きも車もすごい数のお遍路さんがいる。 さすが連休だ。 ボチボチ、てくてくと歩く。 途中、41日で回ったというガイジンの遍路さんに会った。 3番さんで昼ごはん。 手作り弁当がおいしかった。 ごちそうさまでした。 ここで、でかい手に提げる荷物を持っているのに野宿で回るというお兄さんにあって、ザックを買うというので鴨島のお店をたまちゃんママが教えてあげた。 私は、今日は初日だし宿、明日は鴨の湯の接待所で泊めていただいたらと助言。 がんばれよ若者遍路の巻。 昼からはやっぱり熱くなって大変。 なんとか4番にたどり着いて、完了でした。 たまちゃん、途中の山道急な坂を歩いた。がんばった。
朝4時起き。 5時に宿をでた。 やっと空の色が変わってきた中を横峰山湯浪登山口に向かう。 だれもいないと思いきや、前にご老体風の男性お遍路さん。 最後で私が追い越したが、登山口でトイレ休憩と水汲みをしているうちにまた追い越されて、ついに追いつけなかった。 登山口発6時50分。 仮の鉄製の階段を上って山へはいる。 荒れようはネットで拝見したりしていたが、確かに・・・木の仮橋で水が増水したら危ないところが2カ所あった。それでも、よくぞここまで歩けるようにして下さったモノよと、感謝しつつ歩く。 横峰寺山門、8時10分。 ウーム、以前より20分もよけいにかかっているぞ・・・これも寄る年波のせい、それとも肥満体のせい?けっこうショックだ。 シャクナゲはまだはやく、八重咲きの桜が咲いていた。 帰り道、通行止めのひもを跨いで歩きの遍路道へはいる。 歩けるが、時々展望が開けると、山のあちこちに土砂が流れ出ていて山が満身創痍なのがよく分かる。 この山道で、8人もの歩き遍路さんにあった。 みなさんよいお顔であったのが印象的。 香園寺奥の院近く危ないところもあるけど、通り過ぎれば大丈夫、問題無しとのこと。 私は小松駅にでたいので「岡村」採石場への道をとる。 駅着11時過ぎ。 12時02分で松山へ。 松山着13時57分。 即タクシーで西林寺へ。ここを打って、初夏の日差しの中を浄土寺、さらには繁多寺。 ここで結願。時計を見れば、4時45分。 おめでとう。 納経所で「お陰様でこちらで、4巡目結願させていただきました」といったら、無愛想だった顔がゆるんで、「それはおめでとうございます」と笑顔と共にいっていただいてありがたかった。
さてこのあと大問題勃発。 宿がない。 松山然り、明日お礼参りに行く徳島の宿然り。 満員御礼。 経済うわむきだなあ、と喜んだのはいいが、しかし、私は困るのだ・・・ で助け船、松山在住の友人Hさん宅で善根のお宿を戴く。 ありがとうでした。 それにしても、この夜、宿がなかったお遍路さんがいたんじゃなかろうか、と思う。
4巡目は、電車にのったり、あるいたり、乗せていただいたり、みなさんとお参りしたり・・・いい経験だった。 しかし、妙絹尼がいわれるように、遍路を行ずるとは「単独行」か、な。私にはそれがいちばん性に逢うようにも思う。 次回はまた、一人歩きで自分なりのペースで進みたいと思う。
| 2006年05月02日(火) |
65,64,63,62,60番:乗り物速し |
朝食後、よんでもらっていた車で65番へ。 青空屋さん、気持ちよく心こもったお宿でありました。 しっかと送って下さいました。 ありがとうございました。
私としては、曼陀峠のトンネルをくぐって池田にでて椿堂脇の道を進んでほしかったのに、運転手さんはすごい遠回りをして、海ぞいの道まででてしまってくれた。 いくらなんでも・・・と「運転手さん、少し遠回り過ぎません、私は池田にでてほしかったんだけどね」 「すまんなあ、ついこっちに来てしもた、もう、止める」とメーターを落としてくれたが・・時間もかかり。 ちなみに請求は5630円だったか。いくらか高いよね。 しかし、私はお遍路さん、これも縁、文句はいわず。 6000円出して、早朝から来てもらったし運転手さんのコーヒー代にしてとおつりはもらわなかった。 しきりに道を間違えてよけいに払わせた上にすまんな、と言っていたがいいよ。次にお遍路さんを乗せることがあったら、親切にしてもらえれば。 でも、私が運転手さん、いくらなんでも遠回りよ、といわなかったらどうなっていたんだろうなあ?
三角寺のお参りをすませたら、空が暗くなってきて雨。 雨宿りしていたのだが、上がりそうもないので、傘を差して歩いたがけっこうな降りだった。 三島の駅に向かうが、9時50分の電車楽勝のはずが雨宿りと駅への入り口を間違えて少し時間ロスをして乗り遅れた。ヤレヤレ。 次の電車は乗り継ぎが悪くて伊予西条からの歩き。 でも、湧水で有名な伊予西条の「打ち抜き井戸」の水を飲めたし、見られたしよかった。 伊予西条から1時間ほど歩いて前神寺。 あとは、63,62,61番と次々。 雨も打ち進むうちに上がってきた。 順打ちの歩きのお遍路さんに会うこと、10人以上。 すごいなあ。 明日は、湯浪を登りたいので61番から4キロほどの道をりんりんパークの小町の里温泉へ急ぐ。 さて、小町の里温泉。部屋はきれいだが、温泉の脱衣場とか休憩室がなんだかどぶのようなにおいがするんだよね。 私の嗅覚が敏感すぎるのかも知れないが、厭だった。で、温泉は1回のみ。 そうそう、洗濯利用400円・乾燥機利用100円。だって業務用のでかいのを使うんだよね。 これもなんだかなあ・・遍路さん用の小型機を用意してほしい。お遍路さん歓迎というのだったら・・・それぞれ100円にしてほしい。 素泊まりで5400円・・安くはないが、部屋はきれい。 食事付きだと、8700円だったかな。 フロントにいるオーナーさん、一見愛想いいんだけど、(私の心は)薄情というかアヤしそうな人に思えてしまって・・・苦手だったね、これは何故? どこに不満があるわけではないが、次は多分泊まらないだろう。
夜半、国道の車の音がうるさくて何度か目が覚めた。
| 2006年05月01日(月) |
観音寺から青空屋さんへ |
昨夜、近くのコンビニで買ってきておいたパンとおにぎり、ホテル備え付けお茶で朝食。 6時20分出発。 7時前には68,69番へ。 今日の予定は逆で、68,69,67,66番。 で、66番は、1度のりたいと思っていたロープウエイの予定だ。 ホントは、その後池田へ下って「岡田」に泊まりたかったのだが、満員であった、残念。 おじさんと、また、とお話しした。 で、宿は評判のいい新しい宿、青空屋さんと決めたわけ。 66番登って、お歩きで降りる予定。 明日が、時間短縮のために、65番までタクシー。
朝の札所はいつもの事ながら気持ちいい。 しばし、久しぶりのお遍路感を味わうためにベンチでぼあんと空をながめる。 ゆっくり2寺、ついでに昔の本堂だった階段の上のお堂もお参りした。 行きしなに、琴弾八幡宮さんもお参りして、お守りコレクターーとして戌年守りをゲット。 熱くなってきたが、歩いていたら、バイクのおじさんが選ってきて、香川県の札所じゃと地図をくれた。ありがとう。 道がよくなたっというか、歩道ができたところが多い。 5,6人と順打ちのお遍路さんに会う。 みんなよいお顔だ。 四国で、よい顔の人たちと出会うと機嫌のいい顔をすると他人にどれだけ功徳がアあるか、分かる。
65番への入り口をまちがって寺の裏にでてやや遅れる。 それよりなにより、途中で、昼飯を仕入れてこなかったので、おなかが空いたが、なにしろこのあたりなにもない。 非常食で飢えをしのいだ。 白藤大師堂手前で自販機に出会えて「オオやったラブリ!!」 なにしろ暑くて、身体にこたえるのだ。 ここから、青空屋さんまでの登りだ。 もう少し、というところで車の人に声をかけられた。 見たら、65番で少しおしゃべりをして、お線香を分けて上げた人だ。 雲辺寺への登り道を見に来たという。 だんなさんが歩きたいらしい。 ならば、と歩き遍路用の地図とへんろみち保存協力会の住所を教えた。
12時までには青空屋さんに着く予定が1時近い。 庭が広くて犬がたくさんいるすてきな宿。 冷たい水をただいて、生き返った。ありがたかった。 さて、いよいよロープウエーまでの歩きだ。 3キロほどだと、宿のオーナーはいう。 ちょうど、ツツジの満開で、美しい道となっていた、たしかに1時間弱でたどり着いたんで3キロほどだったろうと思われる。 ロープウエーのレストランで、おいしいそばと、お稲荷さん。 これまた生き返った。 3時間かけて登る道も、ロープウエーだと、5分かそこら。 なんというか、有難味ないわ・・・・・ 汗かかないで、札所に建ちたくないわたしとしては、「そっか体験」だった。 山上は、19度で、まだ山桜が満開だった。 下界とは別世界だ。 同じロープウエーにいた自転車遍路さんとしゃべった。 なんだか、神仏から、人を癒す力を授かったのでお礼に毎年こうしてまわるんだとか。 フーン・・・一見ふつうのおじさんでしたが・・・ 聞かないとわからんもんです。
境内に臍と及びその周辺、及び、肩背中露出のロシア系の若い女性とデブ系の中年日本人がいた。 女性は、あちこちでビデオをまわしてもちろん、手を合わせる気配はない。男も・・・ 見ていて不愉快。 よっぽど、アンタその露出、仏さまに失礼よ、といいたかったが、要するにいっしょにいる日本人の男がバカなんだから、そうなったんだろうと。 つまりは我が身にツバするようなもんで。 ま、いずれ因果応報と思いたい。ふん。
それにしても、66番ていつも思うのだが、設備は壮麗なんだけど、寂しいというか、空虚を感じるのは何故?
5時前、宿着。
お風呂をいただいて窓から空をながめる。 窓から見える空の分量が大きい。 たしかに「青空屋」だわ。 古い農家を買い取って、改築をしたのだとか。 おもてなしもさることながら、なかなかすてきな建物でもある。
夕食はご馳走。 歩き遍路さん2人と同席。 よいお顔だ。 久しぶりに9時なんていう時間に爆睡。
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