世界お遍路 千夜一夜旅日記

2005年07月29日(金) 木曽御岳山登拝記

はや金曜日である。
それなりに忙しくて・・・というか、あれこれあって・・日記が書けなかった。
でも、思い出が遠くにならないうちに登拝記の記録を残さねばということで。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  木曽御嶽山登拝記

22日夕方、同行の弟が家まで迎えに来てくれた。
弟の中学時代の友人が神主さん(三ツ石神社という、中越地震で鳥居が倒れて大変だったみたいだ)が、連れていって下さる講で同行メンバーは22人だ。
8時過ぎにバスが来た。
次々に同行する人を拾って、高速道に乗った。
しかし時間はすでに9時過ぎ、夜中の道を、走って、木曽王滝村の宿に入ったのは夜中の1時過ぎであった。
バス車中ほとんど寝ていたのだが、深夜に目が覚めて外を眺めていたら、バスが徐行した。なんとブタの子どもみたいなヤツがトコトコと車の前を横切って、森には行った。はああ???なんな、あれは・・・と思わず独り言。
朝、運転手さんに尋ねるとウリボウくん、イノシシの子どもさんであった。
いやあ、マジにぶたっこでしたわ。イノブタとはよくいったもんだ、多分限りなく遺伝子は近いのだとおもう。

着いた宿の大広間に敷き詰められたお布団で、朝6時まで仮眠。
起床後、御岳神社里宮まで散歩がてらにお参りだ。
「木曽は山の中」って、藤村かだれかいっていなかったかな。
ホント、みあげるばかりの山の底に村はあるというのが、夜が明けてわかった。
深い森の切り立った崖の下に鎮まる里宮は、完全に神仏習合の古い日本の信仰の形を残していた。お不動さん、大黒様・・
御岳神社の主祭神は、クニトコタチノミコト、オオナムチノミコト、スクナヒコナノミコト。
御岳湖に流れ込む川沿いには、宿とともに無数に磐碑が立ち水垢離場がある。
毎年来ている人たちの言葉「今年は異様に暑いどうしたんだろうか」
いつもだと、寒い位なのに、蒸し暑くてと。異常気象である。また地震かという話になった。(夕方、それがオオタリだってわかったが)

8時出発。
途中、八海山神社がある5合目で小休止するが、登り口の7合目まで直行である。
7合目から3,5キロを登って標高3067mの御岳山頂にたどり着く。
土曜なので、人出はかなりある。
5合目で休むのは神主さん(みんなは先生と呼んでいるが、わたしは中学生の彼を知っているのでどうしても名前で呼んでしまう・・・のだが)「一気に7合目まで行くと、具合が悪くなる人がいるんで、特に年配の人が・・・」ということであった。ちなみに神主さんは、神主装束にチカタビ、笠、お杖、さんや袋と独特のいで立ちだ。四国におけるお遍路装束みたいにこの御嶽山では違和感はなくて、むしろ「いとつきづきし」である。
7合目、涼しいし、やはり空気薄いぞてきな気配がある。
遙拝所で、全員がお参りして、登らないで下で待つ人と登る人に別れる。
登拝者は12人。この頃は登らない人が多かったのに、今年はすごいと、毎年行く人達が感激している。(弟も、毎年行くメンバーなんでオオといっていたが)
なるほどねえ。
登り始めは木道だが、じょじょに岩がごろごろの急坂になってきつい。実にきついのだわ。1000m台の岩ごろごろ山の急坂だったら、なんてことはないのだが、歩くとわかる、空気の薄さが・・・ヒマラヤを思い出した。
特に、薄曇りの今年は、低気圧なんで、なおのこと薄い、らしい。
で、毎年登っている女性が、顔が蒼くなってグワイが悪くなった。
口だけ元気おじサンが、飲む酸素とやらを取りだしてみんなの飲料水にいれてまわって(わたしは遠慮したけど)、彼女もそれを飲んで、酸素を吸ってややげんきかいふくした。
うちの弟もそうだが、半数の人が酸素缶を持っているのにはビックリしたわ。
道はどんどんきつくなる。息はあがる。
ふふういいながら八合目を過ぎると、木がなくなって視界が開けるが、息はさらにきつくなる。
なんとわたしは、9合目手前の「一口水」なるところで、「餓鬼」(ダル)につかれて動けなくなった。
「うわ・・ダルだわ、ダルが憑いた、餓鬼が憑いたよ。お腹が空いて気持ちわるい、寒気がするし、力が出ない・・、ここでわたしだけおにぎり食べてから行ってもいいかな」
 そうしたら、神主さん「いいですよ、ゆっくり来て下さい」
ということで。
遅いグループはまだ来ないし、わたしは座って宿でもらったおにぎりの1個を手にしてパクン。ほとんど、水が流れるように梅干しおにぎり、お腹に納まった。
いや・・・・・うまかった、というか生き返ったというか。
もう1個は頂上で、と思ったが、我慢できなくてまたパクン。これまた、あっという間にお腹へ。
ここに着く前、金剛童子という場所で、ちょこっとおやつを食べたのだが、それが返って胃を動かして、この事態を招いた、と思う。
というか、宿で2膳目を軽くなんていわないで、山盛りもらって食べればよかったのだわ、と反省。
元気が出たので、水を飲んで出発。
遅いグループはまだ来ない。
それにしても、すぐそこに、山頂の小屋が見えているのにいやはや着かない。しんどくて、しばらく行くと休んでの繰り返し。
「ヒマラヤ」状態であった。
それでも、一口自ら40分後なんとか宿の山小屋着。
先頭グループの5人も、部屋で食事中であった。
「オオ来たか、早かったな」
と意外な顔をされてしまったが、なに、腹ができれば元気になるわたしである。
ダルは消滅した。

さて、ふつうだったら、3000mのお山に着いてお参りした時点で終わりなのだが、ここからまだ先がある。
ごはん休止のあと、なんと、また延々2時間近くを歩いて「3の池」(3000mにある日本で一番高所にある神秘の池)まで、お水を汲みに行くのだという。
一瞬、ゲーと思ったが、知らないところはどこまでも見に行くわたしなので、行くことにした。
メンバーは、12人の半分、6人となった。
そりゃ、すごい強行軍だものねえ。
1時半過ぎに出発。
頂上社にお参りして(さらりとした気が流れる場であった)から、またまた、岩だらけの道を歩む。
シンドイ、シンドイ。
2の池のそばには万年雪、池の水の色はアイスランドを思い出した。
サイノカワラといわれる石積みがたくさんあるところは、まさに高山植物の宝庫で、シナノキンバイ、イワリンドウ、ガンコウラン・・などが見事だった。
さていよいよ3の池だ。
真下に見下ろす場所にある。
要するに、真っ逆様に3000Mまで下って、水を汲んだらまた登って戻るというわけなのだ、ヤレヤレ。
ここで、まだ2人離脱。
わたしも離脱したかったが、しかし、来年はさらに体力は落ちているだろうし、これるかどうかもわかんないので行くことにした。
でも、お水は500MLのペット2本。これが限界だ。
弟と、神主さんは、下で待つ人の分まで汲んで帰るから、二人して20リットルくらい持っていくようだだけど。すごいもんだわ。
以前3回ほど父親ときた甥が「人に汲んできてもらったお水って、ご利益あるのかのかねえ?どう思う?」と真剣な顔をして聞いてきたが、なるほどこの道を見るとわかるねえ。
上の3の池遙拝所でお参りをして、ドンドコ下る。
これまた岩だらけのすごい道だ。
お水を汲む前にまたお参り。
お水は、実にオイシイあまい水だった。
高所のお水、ご霊水。
腐らないという。
帰りは恐い、で、また登りだ。
途中、山用ストックの先っぽが取れて3mほど戻ったけど、これがたった3mだけどやだった。つらかった。

戻る途中、雛鳥を連れた雷鳥を間近に見た。
これは、がんばったご褒美かな。

5時宿。着
いやあ。ばてました、疲れまいたわ。
こんなに「参った」って感じは、久しぶりだ。

夕方うちに電話(携帯が通じるんですな、山頂は)したら関東地方の地震ニュース。
ビックリして、あちこちに問い合わせたら、川崎の親戚のパパが正確なニュースを入れてくれて「大丈夫みたい」とわかって一安心した。

夜、月と星がホントにきれいだった。
ビックリしたのは、深夜3時過ぎに、延々と7合目から灯りが続いていることだ。
御来光を拝もうと上がってくる人達の列だ。
日本て、もしかして、けっこう信仰心残っているんじゃないの?と思っていまうふしぎの景色だった。
早朝4時半、外へ。
4時50分、雲海より朝日がでてくる。
見事な、見事な。
ちなみに御来光がこんなにしっかとみえたのは7月、これが2回めとか。
運がよかった。

7時、下山。
これまた、膝も足も笑って大変だったが、8時半過ぎには7合目到着。
シンドイ思いをして登ったのに、あっという間に下りてきてやや残念。(笑)
帰りは、霧ヶ峰高原に寄り道してニッコウキスゲを見た。
やや終わりかけであったが・・・

いじょうでした。

帰ってきて、甥と「山頂についてさらに3の池まで行く根性って、フツーじゃないよな」という点で意見一致しました。
弟は、あのお山がシンドイ、お水がたくさん背負えなくなった時点で「年だなあ」と思うのであろうな・・・

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地震雲情報
今朝も昨日も朝焼けがすごくて気持ち悪かった。
昨日は午後、北東から、南西へかけて天空を横切ってすごい地震雲だった。
今日も、同じ方向にでていた。
しばらく地震列島日本・・・かなあ・・










 



2005年07月25日(月) 無事下山、無事帰還

昨夜、8時過ぎに無事に帰った。
よい天気に恵まれて、御来光もすばらしく。
久しぶりの3000mで実にしんどかったが・・・・
また、ボチボチ詳述します。

それより、わたしがお山のてっぺんにいたとき、関東の震度5に驚く。
まあ、最近の地震雲の育ち方を見ると驚くこともなく、当然帰結なのだが。
数日前の、東から西に天空を横切って伸びる、巨大地震雲、私は西か?と思ったのだが、東だったということだ。
ちなみに、昨日は日暮れ後に、北よりの空にあかっぽい帯状地震雲が見えた。
空はすでに真っ暗なのに、そこだけが赤くて不気味だった。

杉浦日向子さんが亡くなった。
46歳だとか。
お若いのに・・・。
2月だったか3月には、中尊寺つゆこさん(オヤジギャル)が、41だったかで亡くなり、今度は杉浦さん・・・女流漫画家はなぜか短命。
黙祷。



2005年07月22日(金) 今夜出発

木曽御嶽山登拝、今夜でる。
お陰様で台風も来ていないようだし、ヤレヤレよかった。
ではそういうとこで。



2005年07月21日(木) 間違い電話

今日は、元同僚の友人、kさんからから携帯に電話が入っていて、ビックリ。
めったにないことなんで。
で、何事!とかけ直したら「え、かけていないよ、もしかして、昼寝していて、そばに携帯があったから、無意識におしてしまったのかも」
はあ・・・・なんとまあ
しかし、それはそれ、久しぶりに近況を語り合った。
Kさん、わたしの転居後の徳島に電話してくれたみたいで、ああ引っ越したんだとは思っていたけど・・という感じで。
わたしの近況を聞いて、免許取っておいてよかったね、徳島に行ったからだね、この流れのために徳島へ動いたのかねえ、とかいわれて、笑った。
でも確かに、そうかもねえ。(笑)

今朝は、公園ウオーク、いつもはうるさいカラスの声がまったく聞こえないので??だった。
しかし午前9時半頃、やや揺れた。
納得。
カラスさんは知っていた・・・
でも、この揺れは、中越地震の余震の揺れではない。
新しい震源地だ。柏崎市高柳町。
やはり、つぎはどこって、恐い。




2005年07月20日(水) 動物本能

毎朝行くウオーキング、公園内に小動物園がある。
孔雀、鶏、家鴨、鴨、小鳥、ウサギ、熊、テン、タヌキ、キツネ、アライグマ、サルくらいしかいないささやかなモノだが、先日(けっこうまえ)、震度4が来たときは、すべての動物が朝早くから、おりの中をウロウロして、すごかった。
多分、予知?
いや確実に予知。
だって、後にも先にも、熊までもがウロウロしていたのはあの時限り、1回のみ。
キツネとタヌキは、私たちが通ると必ず様子をうかがうがあとの動物はでてきもしない。

今朝はすごい朝焼け(恐かった)で地震雲もでていたが・・・動物がうろつかないところを見ると当地ではない??

フジテレの菊間アナさん、ご受難。
しかし、飲酒がドライバー・未成年についてヒジョーに厳しくいわれているこのご時世に、ばかげたことをして、さらには感覚がずれきっているんだし、仕方ないよなあ。
私はけっこう、彼女のことを気に入っていたから残念であるが。
しかし、もう、気に入っていはいない・・・ハイ。
オバカな菊間さん。
それにしても、テレビの人って、やはりずれているが感想。
人類が滅亡のベクトルへ乗っているように、テレビも衰退へとすすんでいるのだろうなあ。



2005年07月19日(火) 大胆な地震雲

今日は、東から西へ、天空を横切ってすごい地震雲がでていた。
東の山峰から放射状に帯状というかナマズ雲といかそういうヤツが何本もでて、西(やや南にふれている)へと、その放射状が束になって収斂しているのだ。
尋常じゃない。
夕焼けもアヤシイ色だった。
西か東か・・どちらか・・私は西かなとおもったりもしているが・・・みなさん気をつけられたし。
地震雲が育っていますから。

徳島の今頃の夕焼けは美しかったわねえ・・・
思い出しますわ。
それにしても、去年徳島で免許取っておいてよかった、それだけはつくづく思う。
徒歩片道30分までだったら、できるだけ歩いてはいるが(身体によろし)やはり必需品だ。
今都会暮らしで、やがて田舎暮らし志望の人はまずは免許、ですねえ。

ところで、木曽御岳登拝、獣肉(案内の紙には4つ足とあった)は絶ってというのだが、母親は卵も食べるな、というが・・これいかに。
それに、理屈いうと、鶏は2本足だぞい。
西洋ベジタリアンだって、卵はいけるんだけどな・・・まあ、別に卵をどうしても食べたくなる体質ではないけど、疑問だ。



2005年07月18日(月) 犬のツボ

このところの暑さで、実家の犬(室内犬)が、食欲を失っている。
で、食欲回復の犬のツボはないのか・・と・・
ネットサイトにありましたわ。
基本的にニンゲンと同じだそうな・・(そうか、そうなのか)
鍼を打つのがベストらしいが、それは個人ではしがたいという場合は、千年灸やドライヤー灸、ブラシマッサージ(これは小児鍼と同じ原理)でいいらしい。
私が探し当てたサイトでは、「犬のツボ」という質問がコンスタントに来るらしい。で、おまけで犬のツボは書いていますが、当院では犬に鍼はうちませんというお断りが・・・そりゃ、やってくれますかという問い合わせも来るだろうて。
思うんだけど、このご時世、犬猫専門の鍼灸師さんというお仕事、意外といけるかもと思うんだが・・



2005年07月16日(土) 梅雨明け?

今日はホントにむしむしした。
湿度高し。
梅雨明けだろうか・・・
空は静かだ。
昨日、南に、渦巻き雲(直下型)がでていたが、本日は穏やかな空だ。

今日は「よみがえれ、ブッポウソウ」という本を読んだ。
南からわたってきて、繁殖するブッポウソウは美しい鳥だ。しかし、近年、繁殖地が減って、危機に瀕しているという話。
ブッポウソウは、日本の里山にどっぷり適合して特殊化した鳥で、里山が滅びると彼らも危ういということ。
あと数十年もしたら、地球人口は爆発する。(らしい)
自分中心に地球を壊し暮らしてきたニンゲンどもは、やっぱり、やがて滅びるのだろうと思う。
この頃、98%ニンゲンは滅亡する、それもこの100から200年以内にという気がしている。
日本を始めとした先進国に不妊治療をいくらしても・・・だという人達が増えているのは「神の御手わざ」(私がいうこの場合の神は大いなる自然の法則性とでもいうべきモノだが)だろう。地球の怒りとでもいおうか・・・
すでに、緩慢に滅びは始まっている気がする、と感じるのは考えすぎだろうか。



2005年07月14日(木) 精進食で

来週末に弟の友人の講で、木曽御嶽山に登拝するので、それまで肉類禁止だ。
まあ、ふだんから魚中心だし、時には大豆系だし・・・そうは困らない。
以前から行きたかったので、楽しみだ。
問題は天気だ。
よろしく、天の神さま、まちがっても台風なんぞが来ませんように。



2005年07月12日(火) 課題図書、2冊

アマゾンに頼んでいた本が来た。
でさっそく2冊読んだ。
1冊は「秘密の道を抜けて」・・・冒険的なタイトルだが、アメリカ南北戦争10ン絵くらい前、南部の農場から逃げてきた黒人奴隷を北へ、自由の国カナダへ逃がす「地下鉄道」とその「駅長」さん家族の話であった。
要するに、地下鉄道とは非合法で黒人奴隷家族を逃がすのだ。
駅長はかくまうシゴト、運ぶのは「車掌」といわれたらしい。
そんな家族と逃げていく家族の一時の交流を描いている。
読み応えがあった。
今、こんな時期だから、なおさらであろうが・・・「地下鉄道」は、実話に基づいている。黒人奴隷が解放されるまで、約10万人あまりがこの地下鉄道組織によってカナダへ脱出したという。

もう一冊は「望まれる国際協力の形 アフガニスタンに住む彼女からあなたへ」
国境なき医師団のメンバーがアフガニスタンの北マザリシャリフに産婦人科の緊急医療病院を開くまでの援助の形を書いたモノだ。
乳幼児・産婦の死亡率が高いこの国で、特にマザリシャリフ周辺には、難産の場合、帝王切開などのオペをして母子を救う病院がなかったのだそうだ。
固そうな雰囲気だが、内容は固さも柔らかさもあって、一気に読めた。
この本から得た情報はまたゆっくりと書きたい。

HP(ひとり旅のほう)やっと、更新したわいさ。
相変わらず、工事中はありますが・・・まあ、シベリア鉄道だの、アイスランド探鯨記だのを書きましたのでよんで下されや。

今朝は大雨だった。
今までは少しくらいだったら、傘を差して敢行したのだが、さすがにウオーキングは止めた。
久しぶりにゆっくり眠ったでごじゃる。(と本音でございます)
明日は小雨くらいでしょうし、またがんばります。



2005年07月10日(日) 村祭り

実家の村(行政名は町なんですが、村のようなところなんで)の祭りがあった。
昨年父が亡くなって1年過ぎていないんで、うちはお参りを遠慮したのだが(それが村のしきたりらしい)、一応、義妹のお父さんとお母さんとうちの家族でお昼にご馳走を食べて「お祝い」をした。
私の子どもの頃にはなかった子ども御輿が、1けん1けんうちをまわってご祝儀をもらっていくとかあってヘエ・・・だった。
夜店みたいなヤツも1けんだけ出ていたが、ややさびし。
神社も地震で石段とかボロボロだったんだが、修理はなんとか間に合ったらしい。
それにしても、祭りなんて、何十年ぶりだった。
往時茫々・・なりや、年だねえ。



2005年07月09日(土) 地震があり・・よかった

7,8日とまったく日本のどこも揺れない状態で、大きいのが来る前兆と大心配をしていたのだが、今日は、朝からふつうに3,4回とありましたわ。ホッと。
異様な湿気の果てに雨が降り出した。
明日は大雨らしいが・・・お祭りなんだわねえ・・・
私はといえば、イマイチ、疲れている。
早起き疲れかな。
夜更かし、早起きの連続だったし。
HPの原稿書きや更新しなくては・・と思いながらも、今日も気が盛り上がらずに、無気力に1日がくれた。
ロンドンのテロのせいもあるなあ。
人がたくさん死ぬのは私はダメだ。一気に気分がおちる(みんなそうだろうけど)
日本の場合、地下鉄やJRではなくて、空港が狙われそうな気がする。
時期は秋か・・・彼女たちがことをするとなると事件・地震が起きると、いみじくも言った人がいるが・・・やんごとなき方のおめでた騒ぎの頃??
(ワタシ的にはあのお姫様は人がよさそ、やさしそで好きなので、さらにはホントに育ちがよいというのは彼女に残っている、と思っているので。別に他意はない、でもなぜか、そういう巡り合わせになる人っておられるのよ)なんてつい悪い予想をしてしまうのだ。
(ただ今、地震があった・・19時23分?、震度3くらい)
ちなみに、新潟東港、富山伏木港近辺はパキスタン人を始めとしたイスラム系の人達、沢山いる。中古車輸出のお仕事だ。
新潟東港近辺にはプレハブモスクもあるらしいし。
確か、日本に潜伏していたアルカイダ系の男が滞在していたのは、新潟なんだった。港近辺にいたんだろうと思う。
自衛隊、引き上げよう!
ブッシュの尻尾につかまっての言動、止めようよ、といいたい。
そうすりゃテロも忌避できるだろうよ。
んあんてことをロンドンテロのニュースを読んだり見たり妄想したりしてるから日が暮れてしまうのだ。反省。
・・・・・・・・・・・・・・
さっきの地震は震度4の発表でした。
2ではなかったな・・とは思いましたが。
このところの地震雲ってこれかな?
いや違う、もっと大きな気配がする雲であったが。



2005年07月08日(金) 夜風邪

夕べ寒くて、風邪気味。
で、午前中は完全休養。
死ぬほど寝たら元気になった。
疲れもあるのだろう。

ロンドンのテロひどし・・・言葉もない。
合掌。
NY、ロンドン・・ときたら、つぎはトウキョーしかないではないか。
つぎは日本、だろう、このまま行けば。
サマワからの撤退がなければ。

7/7,8日(pm10時半現在)、日本が揺れていない。
こわいなあ・・・でかい揺れが来る前触れか。
今日の夕焼け、明らかに地震雲が出ていた。
西、東から南・・・大きくて不気味なヤツだった・・・・
確実に近々、大きく揺れるだろう。

ロンドンテロのテレビを見て、夕べは夜更かしで、寝不足で4時おきでウオーキングで、その上に夜中に寒くて、体調崩すよね、ふつう。
ホントは、今日は、HPの更新などの作業をやる予定だったのににぃぃぃ、予定が狂ったわさ。
まだ、ちょこっと頭が重い。
寝よ。



2005年07月07日(木) 七夕曇り

雨ではないけれど、★は見えないみたい・・・残念、ね。
肌寒い。
今日の夕日は恐かった。
妖しすぎた。
地震、来るよ、どこかは知らないけれど・・・と思ってしまう空だった。
車で1時間半以上かけて、論理エンジンに興味のある親子さんが見学に来て下さった。
通うのは無理ですねえ・・・ということになったが、代わりにお母さんに「論理エンジン塾をはじめられたらどうですか」「この夏、東京で集中講義があるようですよ」とすすめてみた。
それにしても、1週間が早い。
気候の変動も激しいし、ややお疲れ・・・本日、閉店、早寝しようっと。



2005年07月06日(水) 10:45終了

今日は、国語特訓クジラコース開講日。
8時30分から10時30分。
いまさっき終了。
サッカーに打ち込んでいる少年(高1)で、学校で部活が終わって、ご飯を食べて飛んで来た。ご近所の子さんだ。
ジャニーズ系のハンサムくん、まじめで賢いし、字もきれいだ。
どこまで伸びるかな、楽しみだ。
明日は、論理エンジンに興味があるので、と車で1時間以上かかるところから、見学に見えて下さる方がある。
こちらのほうが、どんな方が来て下さるのか、興味津々だ。
さて、ビール飲んで寝よっと。



2005年07月05日(火) やらなきゃいけないこと、ありすぎ

HPの更新(旅の方がぜんぜんできていない、まとまった時間がない)、夏休み教室の準備、新しい生徒さんへのお便りつくり、早起き・・・などなど、やらなきゃいけないことがありすぎで、返って無気力になって、手がつかない状態だ。
やれやれ。
とにかくあっという間に一日が終わる。
そのわりに何もできていないのだ。
こまるねえ・・・・

郵政民営化可決、イラクの自衛隊に着弾、世間も、いいんだろうか・・ということがいろいろとある。

朝は降っていたが、傘を差してウオーク。
午後から上がったが、南から西にかけてでていた雨雲が地震雲系で恐かった。



2005年07月04日(月) どんな音(ね)を聞くか・・

須磨寺や 吹かぬ笛聞く 木下闇(こしたやみ) 芭蕉

須磨寺は、歌舞伎なんかで有名な平敦盛の青葉の笛が奉納されているところだ。
それを踏まえての芭蕉の句。
木下闇・・という季語が幽玄というか、では闇から何がでてくるか(敦盛のあれ・・ね)・・という想像まで喚起してすごく大きい。
聞こえぬ音を聞く・・ではどんな音を聞くのか。
人それぞれ、とはいいながら、その人の性格やら何やらが聞こえてくる音に反映される。
さわやかな風の音を聞く人、忍びやかな悲しみを聞く人、諸行無常を聞く人、あるいはおどろおどろしい怨霊の音を聞く人・・・それは、その人の想像力や性根、人生に根ざしている。
どんな音を聞くのかは、ホントに自由というか、その人の限界や可能性までも提示しているわけだ。
ま、私はさわやかな風や諸行無常のかなしみを感じる人が好もしい・・・な。
すべては明日の我が身だもの。
「朝に紅顔ありても夕べには屍となる・・云々」って、親鸞上人?の「おふみ」だったかな?(不勉強です)
ちなみに破磐神社の宮司さんは、3/21日の開眼供養の後に「この種の祭祀のあとでは不思議と身体の中を風が吹き抜けていくのが感じられます」と感想を記したおたよりをくださった。

今日もよく降った、というか今も降っている。
疲れがでているというか、なんだか梅雨の中だるみだ。
やたらに眠くて、さっきも7時から8時半まで爆睡だった。
ビールも飲んでいないのに。
まだ眠れそうだし。

今朝あさがた4時、東から南、南西にすごい地震雲でした。
近々、震度4以上が来そうな。
お気をつけて。







2005年07月02日(土) 要注意、はでな地震雲

昨日昼頃、東から南に地平線と平行なの帯状地震雲あり。

今日は、昼くらいから晴れたのだが、東から、南、南西へ昨日と同じかなりでっかい地震雲がでていた。
さらに、北東から南へ天空を横切る、細めウナギ雲がくっきりとあり。
西北にも薄いが同様のモノが観測できた。
とまあ、空が地震雲だらけだった。
明らかに天(雲)が不穏な感じだ。
どうも来そうだ、震度4くらいから上が、近々に。
ミミズやヘビのうごきを注視したい。

これだけ大雨なのに、不思議なことに朝のリハビリウオーク100日行の時間は晴れる。だから、21日から100日第1日目のカウントをはじめたのだが、1日しか休んでいない。で今日は11日目だった。
朝5時から歩き始めて6時くらいまで。
この時間だけ晴れて、車に戻ったとたんに降り出すなんてことも再三で、これは蒼紫神社の神さまがバリアを張って下さっているのかね、という話。
まずは、神社に参拝してから、長岡城型の郷土資料館方面へ。
みたいな道順を取っている。
義妹は、脳梗塞にいいというポリフェノールたっぷりのウーロン茶500MLを持って、飲み飲みウオークだ。私にはほどいい運動で疲れもしないのだが、彼女は汗たっぷりかいてすごい。なんでも、この10日で体脂肪率が4%も減ったらしい。
たったあれしきでそんなに減るモノかとビックリしている。






2005年07月01日(金) 殺意が煮詰まるって・・・

中学1年兄が妹を「殺そうと思った」・・・またしても長崎
HPの日記に殺意が高まっていく様子を書いてそれを実行する・・・土佐義塾
岐阜であった一家惨殺事件の原平被告は「母への殺意、恨み・・おさえ切れなくなった」
どうしてこんなふうに煮詰まるのだろうか。
許しってないの?
慈悲ってあるでしょ。
それに何より、煮詰まんないうちにその場でやり合えよ。
大人も子どもも。

お年寄りからリフォーム代金だましとりは「まだ取れる」って。
なんなのよ。
腐っておるわ。
地獄に堕ちるね。
そうそう、殺したら地獄に堕ちるぞ教育をすべきだ。
地獄絵を見せて、説教節でおどろおどろしく学校の体育館で説教師が語る、全国を巡回するってどうだろう。

またまた、大雨警報がでた。
ぼちぼちふっています、今夜も。


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