おひさまの日記
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2003年12月30日(火) 通り雨に打たれて

自分ってバカだなって思う。
自分って無力だなって思う。
自分って意味ねーなって思う。
自分てサイテーだなって思う。
自分なんか消えちゃえばいいのにって思う。

本当はそうじゃないってわかってるけど、今はそう思いたい。
そういうふうに考えたい自分が存在してる。

だから、今はそういうふうに思っていようと思う。
そういうふうに思ってても、どっかで大丈夫だとわかってる。
安心して痛い場所にハマろうって思える。
安心して苦しいってのもなんかヘンだけど、
安心して苦しめるってのは、なんかこう、いいよ。

なんで安心してられるのかって言うと、
今日こんな私でも、時が流れればここから抜けて、
こうじゃなくなることを本能で知っているからだと思う。
それを信頼できているからだと思う。
今までさんざん地を這うような痛い思いしてきて、
そっから抜けて、そっからいかに贈り物を受け取ってきたかを知って、
それを、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、体験したからだと思う。

そんな私を、色々な感情が、
入れ代わり立ち代わり通り過ぎていく。
そう、通り過ぎていく。

感情は通り雨のようだ。
だから、雨が降ったら、雨だなぁ、と眺めるように、
辛くなったら、辛いなぁ、とその辛さに浸ってみる。

そして、明日は明日の風が吹く。

これは一生続くのだろう。
人間だからこそ、それさえも受け入れて生きていきたい。

友達が言ってた。
「天気が悪くなっても誰も太陽に向かって怒ったりしないじゃん?
 ただ、天気が悪くてがっかりするだけじゃん?
 なんでもそんなもんだよ」
友達は、その後、交通事故で亡くなった。
私は彼の墓前に、線香の代わりに、火を付けたタバコを供えたのを覚えてる。

ちゅーちゃん、あんなにいつも助けてもらってた私が、
今じゃあ、セラピストになっちゃったよ。
なんかおかしいよね。
また「バッカだなー!」って言ってほしいのにな。


2003年12月28日(日) 負の快楽

私達には「負(ふ)の快楽」ってもんがある。

傷付いた自分でいることで、
未熟な自分でいることで、
私達は案外多くのぬるい恩恵を受け取っている。
そのぬるい恩恵が「負の快楽」だ。

たとえば、私の場合、
私ってダメな人間なの、できないの、わからないの、って、
言葉態度で限りなく連発していた頃は、
「私はかわいそうで苦しいダメ人間だからやさしくしてね。
 あなたがいれば私はダメじゃなくなれるわ。
 だから、私にうんとよくしてね」
言葉なき言葉で、周囲にかわいそうでみじめな自分をアピールしていた。

今思うと、その頃は、すべてすべてを人のせいにしていた。
今私がこうなのは誰それのせい、
誰それがあれこれしてくれないから変われない、って。

そして、そういう態度で周りの人をコントロールしようとしていた。
「だから私の言うことを聞きなさい」と。

もちろん、表面ではそんなこと思いもしなかった。
私は常に正当である、そう信じていた。

苦しい場所は居心地のいい場所でもあるというパラドックス。
私にとって苦しい場所とは、
自己成長を放棄し、わがまま放題、したい放題できる場所だった。
そして、それを手放せない、そこから逃れられない自分を演じていた。
無意識のうちに。

自分の苦痛を代償に手に入れる何か。
免罪符になった傷によって許されるある種の怠惰。
前進、成長、努力の放棄。

自分が持っている無意識の「負の快楽」に気付くこと、
そして、それを認めることで、必ず何かが変わる。

自分を大切にしてくれる誰かがいることで、
私達は強くなれるし、支えを得る。
でも、その人は自分を変えてはくれない。
ましてや、負の快楽でコントロールしてそばに置いた人達は、
なおのこと私達には何もしてくれない。




無意識を意識化してみると、色々なものが見えてくる。


2003年12月26日(金) メラニーに愛と感謝を込めて

今日、1日遅れで、
本当に素晴らしいクリスマスプレゼントを受け取った。

それは、もう何年も連絡を取っていなかった友達からのクリスマスカード。
私はポストの中に彼女からの封筒をみつけた時、
思わず「信じられない!」と叫んでしまった。
だって、もう二度と連絡は取れないと思っていたから。

彼女はメラニーと言って、アメリカのユタに住んでいる。
私が中学生の頃始めた海外文通の相手だ。
当時、英語も大してできないのに、
海外文通の本にある例文をいくつも組み合わせて必死に英語の手紙を書き、
もらった返事を辞書と首っ引きで訳して、
また例文を組み合わせた返事を送ったものだった。
彼女は私のしっちゃかめっちゃかな英語の手紙にも懲りず、
いつもとてもあたたかい返事をくれた。
彼女との文通が私の最大の楽しみでもあった。

何年も文通を続け、それぞれが大人になり、
お互いの環境が変わったり、引っ越したりで、だんだん疎遠になった。
そして、やがて、まったく連絡を取らなくなった。

ある時、急に思い出して彼女に出した手紙が転送不可で戻ってきた。
もうすでに引っ越して長い時間が経っていたらしい。
とても悲しかった。
連絡は取らなくても、いつも心のどこかで思い出す大切な友達だったから。

その後、何年もの月日が流れ、
アメリカに、名前や生年月日、家族構成、最終住所等で、
人を捜せるシステムがあることを知った。

私は、たおを介して彼女についてのあるだけの情報を伝え、
ひとつの住所を手に入れた。
祈るような気持ちでそこに手紙を出した。
1か月経ちあきらめかけた頃、メラニーから手紙が届いた。
なんと、私が知らされた住所は、
彼女のご主人の3年前に勤務していた会社のものだったという。
それでもなぜか私の手紙は彼女に届いた。

そうして私達は長い年月を経て、再びつながった。

でも、そこには問題があった。
私も英語力がものすごーく低下したということだった。
今さら「楽しい海外文通」の例文でやりとりはできない。
書いてはやぶき、封をしては出さず、の繰り返し。
そうしているうちに5年が経った。

12月の初め、メラニーに今年こそクリスマスカードを送ろうと、
私はとても素敵なカードを買った。
でも、送れなかった。
今さら送っても同じ住所にいるかどうかわからない、
いてももう返事がないかもしれない、
そう思って送るのをやめてしまったのだった。

心の片隅で、もう一生連絡を取ることもないんだろうか…
そんなことを考えていた。
静かな寂しさと悲しさを誰にも伝えることなくひっそりと味わった。

そして、今日。

突然そんなメラニーからのクリスマスカードが届いた。
そこにはこう書いてあった。
「If this finds you, I hope all is well there!」
涙がにじんできた。
彼女も私がもう同じ住所にいないかもしれないと感じながら、
クリスマスカードを送ってくれていたのだ。
彼女と彼女の家族について書かれた長い手紙と、
家族全員の写真も添えてあったそのクリスマスカードは、
私の宝物になった。

私は、もう一度英語勉強してみようかなぁ、って思い始めた。
そして、どんなとつとつとした手紙でもいいから、
これからは恥ずかしがらずに手紙を書こう、
もう二度と大切な友達と離れない、
そう心に決めた。
インターネットが普及したこのご時世、
メールでだって連絡が取れるだろう。

私は今とっても幸せ。
うまく言葉にならないけれど、
とても大きな愛を受け取ったような、あたたかい気持ちでいる。
言葉を越えて、世界のどこかに自分のことを思ってくれる人がいる、
なんて素敵なことだろう。

私は人生のプランに「メラニーに会いに行く」というのを加えた。

感極まって、回想録みたいに長々と書いてしまったけれど…

ありがとう、メラニー。
私がどんなに嬉しいか、どんなに感動しているか、手紙に書いて送るね。
愛と感謝を込めて。


2003年12月23日(火) 感情に支配されない唯一の道

私は、辛い時、悲しい時、
どうしようとか、どんなふうにして抜け出そうとか、
そういうことは考えない。
厳密に言うと、あまり考えないようにしている。

また、人には、
それを解決してほしいとか、理論立てて説明してほしいとか、
そういうことは思わない。
ただ共感してほしいという気持ちはあるけれど。

人は感情をなんとかしようとし過ぎる生き物なのかもしれない。
それが、自分の感情であれ、人の感情であれ。

自分の感情であれば、
それをなんとかしないと飲み込まれるのではないかと恐れたり、
それが永遠に続いて終わらないのではないかと怯えたり、
ネガティブな感情であればそれを持ってはいけないと感じたり。

人の感情であれば、
それをなんとかしないと自分が無力だと思ったり、
それを解決しないと事態の収拾がつかないと思ったり、
それに対処できないと相手から受け入れてもらえないように感じたり。

でも、それは違うと、私は思う。

感情を支配しようとしないことが、
感情に支配されない唯一の道なのではないかと思う。
それをなんとかしようとすること自体が、その感情への執着にもなる。

感情の支配への試みをやめる時、
それはただ単に私達を通り過ぎていくものになる。
一瞬にして通り過ぎるものもあれば、
生涯の長い時間をかけて通り過ぎるものもあるけれど、
それは、いつか必ず通り過ぎてゆく。

単純に言うと、
自分の中にある感情を安心して感じ切っていいのだ。
感じ切らないから、それは、後から後から、
感じてくれよ〜!と追いかけてくる。

感じない感情は、それを満たすために、
歪んだ形で自分や人をコントロールし始める。

感情を感じることは悪いことや恥ずかしいことや怖いことじゃない。
感じてほしくてでてきている感情は、
しっかり感じてあげればあげるほど暴走しなくなるのだ。
感じてくれてありがとう、って、やがて通り過ぎていくのだ

私達は人にやさしくしてほしい。
感情も私達にやさしくしてほしいのだ。







今日はトレカフェのクリスマスパーティだった。
常連さん達が集まり、とっても楽しい時間を過ごした。
料理がまた!すごいのなんの!
ナオミちゃんは天才だわ。

帰りは、その足で7bitに行き、
ジムのイントラちかさんと、
マスターの野中さんの誕生日をちょこっとお祝いし、
深夜帰宅。


2003年12月20日(土) 非を認める

自分の非や未熟さを認めるのは、とても難しい作業だ。

多くの人の場合、自分の非や未熟さを認めるということは、
「私はダメな人間」というレッテルを自分に貼ることになる。
けれど、それは、本当に「ダメな人間」だからではなく、
自分でそういう反応をするからという、ただそれだけの理由だ。
本当はダメなのでもなんでもなく、自分の非や未熟さを認めるのが怖いのだ。
認めると自分が一気に崩れそうになるのだ。

その一例は今日の私。
アンナに某出版者の子供向け教材を毎月取っているのだが、
日中郵便局に代金振り込みに行けない日が続き、支払いが遅れていた。
その催促の電話がかかってきた時の話だ。

先方は、単に「遅れている支払いを早目にお願いします」と言っているのだが、
遅れたことで後ろめたい気持ちになっている私、
つまり自分に非があると感じている私は、
まるで「テメー!金払えよ、バカヤロー!」と言われているような気持ちになる。

すると、こんな反応をする。
「はい、はい、はい、申し訳ありません…」
消え入りそうな声で、暗ぁく答える。

あああ、私って今すっごく感じわるぅ!と思いながらも、
ひとり勝手に責められているような気持ちになっているので、
そこにある単なる伝達事項を、単なる伝達事項として受け止められない。
反応大魔王である。
自分に非があるとわかっていつつ、自分の非を認められないのだ。

反応のポイントは『攻撃されている、責められている気持ちになる』ということ。
悔しいという感情や、怒りの感情が湧いてくることもある。
そうすると相手が憎らしくなる。
でもそれはお門違いで、単なる自分の反応による逆恨みってもんだ。

実はこういうこと、日常茶飯事に誰にでもあることだと思う。
あまりに当たり前にあり過ぎて通り過ぎているかもしれないが、
間違いなくあるだろう。
それどころか、自分がそういう反応をしていることに全く気付かずに、
「こんなひといこと言われた!」と、相手を攻撃しているかもしれない。

非を認めるというのは大変な作業だ。

でも、勇気を出して(勇気ってこういう時に使うもの)、
自分の非や未熟さを受け入れると、
自分が恐れているものとは逆のものが待っている。
その先には素晴らしい世界がある。
自分が待ち焦がれていたものがある。
変化がある。

私達は自分の非、過ち、未熟さを認めても何も失いはしない。
失わないどころか、とても沢山のものを取り戻していく。

こういう場合にも言える。
ありのままの自分を知る、認めるって、とても楽になることなのだ。


2003年12月17日(水) それはまるでとろけるチーズ

どうしようもなく眠い時、
まるで自分がとろけるチーズみたいだと思う。

とろ〜んと溶けて、
肉汁したたるハンバーグの上に、
カリッと焼けたトーストに上に、
自分の輪郭ををなくして崩れていく、
そんな、とろけるチーズ。

まぶたが重くなって、意識が遠くなる。
全身を包む脱力感、無抵抗な感覚。
眠いって極上の快楽だ。


2003年12月16日(火) ネガティブになろう

私達は心の世界にたくさんのものを持っている。
喜びと悲しみ、希望と絶望、期待と不安、
それぞれに正反対のもの両方を持っている。

特に、負の感情、悲しみ、絶望、不安は、持っていると苦しいものだ。
だから、ない方がいいと思ってる人が多いみたい。
でも、別に持っててもいいんだよね。
それを持っていることは、いけないことでも、間違ったことでもない。
とても自然なことだ。

逆に、正の感情しかもってなかったらとても怖い。
一時期に流行ったポジティブ思考にも落とし穴がある。
ポジティブになろうとするがゆえに、
自分の中のネガティブなものを否定してしまうのだ。
もともと自然に存在しているそれを、
受け入れずに消そうとしたり、無視したりしてしまうのは、とても危険だ。
ポジティブになろうとしてなれない自分に罪悪感を持ってしまうことだってある。

ネガティブな想いだって無意味にそこにあるわけじゃない。

ポジティブなことだけ考え続けるってことは、
まるで「物は食ってもいいけどうんちしちゃいけません!」ってくらい、
ものすごく不自然で不健康なことだ。

これは、よくクライアントさんにも話すんだけど、
道教の陰陽マークにも見て取れるように、
陰と陽は常に相反する形で同時に存在し、
また、陰の中に陽、陽の中に陰がある。
これはすべてに通じる真理だ。

今日、私は、もう死んでしまいたい!と思うほど、
ネガティブな感情に翻弄されて、ぽろぽろと泣いていた。
泣きながら、肝を据えて、
「よっしゃ味わってやろうじゃないか!
 おいで、おいで、出ておいで!」
と、とことんネガティブな場所にい続けた。
しんどかった。
「私って孤独ぅ!」とか「私って誰にもわかってもらえないぃ!」とか、
ぐちぐちぐちぐちずーっと考えてた。
ずーっと、ずーっと、ずーっと、考えてた。
「私は一生こういう気持ちで生きていくのよぅ!」とか、
絶え間なく考えてほろほろ泣いていた。
しまいには吐いた。
でも、ずーっと考えてると、やがて混乱してくる。
混乱して、なんだかよくわからなくなって、どよーんとして、
少しずつ、どうでもよくなってくる。
そして、今は、ま、いっか、という感じになった。
何が、まあいいのかよくわからないけど。

ずっと考えてぐちぐちぐちぐちしてよう、と腹を決めると、
それは通り雨のようにどこかに行ってしまうものだ。
こんなのイヤ、こんなこと考えている私はダメ、こんな自分はよくないわ、
やめなくちゃ!抜けなくちゃ!変わらなくちゃ!
そう思っていると、その行為自体がネガティブな想いへの執着にもなる。

こういう感情は、次の自分へのステップになる。
もちろんとっても辛いんだけど、必ずヒントになっている。
辛い時にそんなこと言われても「るせー、このヤロー」な気分かもしれないけど、
そこを抜けることで次に出会うものが必ずある。
夜明け前がいちばん暗いのだ。

それだけわかって、もんもんもんもんもんもん…としていればいい。
そして、本気でそこから抜け出したいと決断した者には、
それに必要な情報が来たり、誰かと出会ってきっかけをつかんだり、
おのずと道が開けてくる。
そのもんもんがあるからこそ、私達は変化への意欲を持てるのだ。
もうこんなのイヤだ!って思って。

これは書きながら自分にも改めて言い聞かせていること。
それに、心の痛みは私の商売道具でもある。
だから、私はなくなればいいとは思っていない。
いつでも誰かの痛みと共鳴していたいから。

ひとまずネガティブになろうよ。
それは辛いことではあっても悪いことではない。

私達は悲しんだり苦しんだりすることはできても、
悲しみや苦しみそのものになることはできない。

自分の中で完結していない感情に出会うことは素敵なことだ。
その感情がどんなものであれ。
自分を愛する第一歩だ。
自分を知る第一歩だ。
感じてあげよう。


2003年12月07日(日) 近頃のブーム

私の近頃のブームは黒酢。

以前から酢が体にいいとはよく聞いていた。
実家の母は酢を毎日ずっと飲み続けている。
なんでも、一時、血液検査で、中性脂肪値がヤバかったのを、
酢がいいと聞いて、毎日続けていたら、
短期間で血液中の中性脂肪の値がぐっと下がり、見事改善したのだそう。
それは検査結果で証明された。

なもんで、先日も、
「恵美も酢を飲みなさい。
 血液がさらさらになるよ!」
と、自信たっぷりに、私にでっかい酢のボトルを持たせた。

持って帰ったものの、飲もうとすると、当たり前だが、酸っぱい。
そのまま飲んだら頭がキーン。
水で割るだの、色々な飲み方を試したが、どれもイマイチだった。

ある日、ピン!と来てやってみた飲み方が、
ものすごく美味しかった。
牛乳に黒酢をどぼどぼ入れて、オリゴ糖を多めに入れて、かき混ぜる。
これ。
うまーい。
匂いも味も気にならない。
って言うか、おかわりしたいくらい美味しい。

ということで、私のオリジナルの飲み方も決まり、
毎日ぐいぐいと黒酢を飲んでます。

なんでも、酢の中でも、黒酢は、
活性酸素を除去する効果が、他の酢より何倍もあるそうだ。
と来れば、健康はもちろんのこと、お肌にもいい!
ゆみかおる(の若さ)を目指すなら、活性酸素除去だ。
ただでさえタバコで活性酸素生産してるんだから、消さねば。
代謝も上がりダイエットにもよろしく、やせにくい人にはもってこいだそうだ。
あ〜た〜しぃ〜のための飲みものだ。
いや、飲みのもじゃないんだけど。

安くて手軽でいいものって、いいなぁ〜。

昔、こういう健康にいいってのにすぐ手を出す母を見て、
ばばくさいな、って思ってたけど、
私もそういうのをする年齢になったということでしょうかね。








今日の夜は、保育園のママと夜ごはんを食べに行った。
辛いもの好きで意気投合してタイ料理。
子供達もはしゃいで、とっても楽しいディナーになった。
たまにはこういうのもいいなぁ〜♪
タイ料理、フィリピン料理、メキシコ料理、インド料理、ブラジル料理、
この界隈には、意外とそういう店があったりする。
彼女とそれを制覇する約束をして帰宅。

明日は久々に美容院に。
多分、パーマかけると思う。


2003年12月06日(土) 深夜に思うこと

人は「わかってもらえない」と感じると、心を閉ざしていく。
受け入れてもらえなくて、それ以上傷付くのが辛いから。
そして、辛いから、それを感じるのが苦しくて、無関心になってゆく。
無関心になって、かつて相手を愛していたことさえ忘れようとする。
やがて離れようとする。
そういう生き物だ。

私達の無意識の中での判断基準は、
自分が傷付かないためになにをするか、なのだ。

傷付かないための行為とは、
人を攻撃すること、
人をコントロールすること、
自己を抑圧して感情を消し淡々とそこにいること、
心を閉ざして離れること、
色々、色々だ。

他人への攻撃。
自分を正当化することにより、自分の存在価値を見い出そうとすること。
私は正しい、私は間違っていない、そう思うことが自分を救う。

コントロール。
立場や力や威圧によって相手をいう通りにさせ、
自分の思う通りに動かすことによって、
自分の正しさを感じて、自分の存在を正当化すること。
あなたのため、という大義名分のもとに行われるコントロールもある。

自己の抑圧、感情の消去。
相手に受け入れてもらうために、自分の意志や感情を放棄すること。
放棄せざるを得ないこと。
子供が親に対してよく行う行為。

心を閉ざし離れる。
上の、自己の抑圧、感情の消去、の次の段階。
本当は愛されたいのに、否定を受け続け、その痛みに耐えきれず、
無意識に感情のブレーカーを落とし、
愛されることよりも傷付かない選択をしていく行為。

私達は、常に、常に、自分が傷付かないように生きている。
それがどんな形で表れようと、根底は一緒だ。






だからなんだってんでもない。
ただ、書きたかったんだ。

それを知っていると、
大切な人と向かい合う時に、とてもいいんだ。
とても。
何より、自分を知ることができる。






だからと言って、私達は自分の傷に溺れてもいけない。
傷付いていることを理由に人をコントロールすることだってできるのだから。
被害者は加害者以上に相手を陥れることだってある。
傷付いた場所から逃げ出さない人がいるのは、
このコントロールの心地よさを知っているからだ。
そのコントロールは一種の快楽だと、私は知っている。
こんなに傷付いているのだから、
私を大切にしなさいよ、癒しなさいよ、いうことを聞きなさいよ、って。

私はかつて、その麻薬みたいに心地よいコントロールの中にいた。
それは自分の力の放棄でもあった。
できることもできないのは、この傷のせいよ、って。
できない私を許しなさいよ、受け止めなさいよ、って。
あなたがなんとかしなさいよ、このすべてを、って。

ダンナは言った。
「悲劇のヒロインになるのはいい加減にやめろ!」
その言葉は私の胸に突き刺さった。
痛いところをいい感じに貫いた。






傷を知る。
その痛みを知る。
ただ、知る。
何の道具にも言い訳にもしない。
それは私達を殺しはしない。
向かい合ってあげればいい。
強い意志と勇気を持って。
新しい選択と共に、新しい選択のもと新しい行動と共に。
その時、初めて、私達はそれを手放し始める。

私達は、ただ愛してほしい。
愛する人に。
そのためには、自分自身にこびりついたフェイクな何かを、
剥ぎ取って捨てていくしかない。

自分の力と意志を、他人や他のものにゆだねてしまう時、
それらを見ないようにカモフラージュする何かを行使する時、
権力や立場、正論で相手を制しようとする時、
人は人生の歯車を狂わせていく。






今日も浮かぶままつらつらとタイプ。


2003年12月05日(金) コンプレックス

私は、小さい頃、父に、
「ブス」
「顔がまんまる」
と言われていた。

母にも、
「あの子はスラッとしてて、美人でいいねぇ、
 それなのにあんたは…」
と、遠回しにチクリ、チクリと言われていた。

「ブス」「みっともない」を、執拗に言われ続けた。
父なんて私を「犬のチンコロ」って言ったんだよ!
ひでー親だなぁ(笑)

なもんで、私は自分の容姿にコンプレックスを持っている。
持ってるがゆえに、今もキレイになるためのものに対して異常に執着する。
変身願望がものすごく強いのだ。
づらとかも大好きだ。
コスメもダイエットも補正下着も服も興味津々だ。

小さい頃の私は、
ぽっちゃりしてて、いや、でっぷりしてて、顔がまんまるで、
くせっけの頭はうねうねのぐりんぐりん、
お世辞にも可愛いとは言えないどんくさい女の子だった。
あだなは「フグ」。
クラスの男の子にもブスと言われた。
当時の写真を見て、自分でもブサイクだな、と思う(笑)
高校の卒業アルバムを見せると100%の確率で誰も私を探せない(爆)
体重も今よりあって、なんつーか別人。
いやぁ、本当に卒業アルバムは笑えるよ。
(見たい人は見せますよ!(笑))

顔が変わらないなら他をなんとかしようと、
丸井の赤いカードで必死に服を買ってた時もあった。
ダイエットもした。
髪型も化粧もあれこれと工夫した(そういうことが好きなんだけど)。
結果、なんとか人並みになったんだと思う。
20歳過ぎてから、人からブスと言われることがなくなった。
これは嬉しいことだった。
「ブス」のレッテルのない人生。

でも、呪文のように「ブス」が刷り込まれていたので、
やっぱりコンプレックスがあった。
だから、キレイな女の子を見ると、キレイというただそれだけで、
ものすごーく嫌いになることができた。
いじめちゃったりもした。

今は昔より自分が好きになった。
自分の心と向かい合うようになってからかもしれない。

アンナがある日言った。
「ママはおもしろくてかっこよくて可愛いね」
しかも、すっぴんで眉毛なくて、パジャマ着て、頭ぼさぼさな時に。
おせじにも素敵だとは言えない状態で、だ。
私、化粧取ると、結構、顔違うし。
でも、それが妙に嬉しかった。
くすくす笑ってしまった。

そして、月日の流れを感じた。
うまく言えないけど、自分を好きになれたかも、って思った。

コンプレックスの片鱗は今もある。
たとえ人に褒められても、
どっかで「嘘だ!おせじだ!」って思う自分がいる。
親のブスコールはそれだけ強烈だった。
世界最強の暗示みたいなモンだね(笑)
でも、ごつごつしながら褒め言葉を受け取れるようにもなってきた。
その受け取るという行為は、私の容姿が云々ではなく、
コンプレックスをバネに色々努力した分への自分へのご褒美かもしれない。

コンプレックスと一緒に、いい婆さんになりたいもんだ。
コンプレックスはバネにもなる。
そう、バネにしてるなぁ、って思えるようになってから、
自分が好きになったんだ。

目指せ、マドンナ!
目指せ、ゆみかおる!(の若さ)
目指せ、年下キラー!


2003年12月04日(木) 不器用な私達

私達は、自分の意見や存在を認め受け入れてもらうことで、
愛を感じようとする生き物だ。
でも、人はひとりひとりが違う人間で、考え方もなにもかもが違う。
誰も、たとえ親子でも、相手をコントロールすることはできない。
愛を持って待って導くことは必要でも、コントロールは不要なのだ。
けれど、私達は悲しいかな、コントロールに成功した時に、
愛すること、愛されることに成功したと勘違いしてしまう。
だから、私達人間はすれ違っていく。

でも、本当は、ただ愛し合いたいだけなんだ。
家族もそう、すべての人と、ただ愛し合いたいだけなんだ。
傷つけ合わずに、ただ愛し合いたいだけなんだ。
あなたを認めますよ、受け入れますよ、愛していますよ、って、
言ってほしいだけなんだ。
ただ、それだけ。

この仕事をしながら、年齢を重ねて、私はようやく思う。
人とはなんと愛すべき存在なのだろう。
そして、なんと遠回りする不器用で愛おしい生き物なのだろう。

だから、私は、自分が遠回りした分、誰かが近道できるように、
何かできたらいいなぁ、って、この仕事をしている。

認めて、受けれ入れてもらえない悲しみは、
やがて、怒りや無関心となり、私達の愛を麻痺させていく。
自分自身への愛さえも失っていく。

カウンセリングやセラピーを通して親の痛みと愛を知った時、
私はそれまで思い出すことのなかった楽しい親との出来事をいっぱい思い出した。
苦しみに溺れていた時は思い出しもしなかったのに。

先日、寝たきりの父の部屋に入り、話をした。
昔、私を罵倒し、手をあげていた父の面影はほとんどない。
弱々しい小さな老人だ。
「お父さん、
 昔、私がいたずらした時に怒らないでかばってくれて嬉しかったよ。
 お父さんが謝ってあげるから、いっぱいいたずらしなさい、って、
 言ってくれたよね。
 嬉しかったよ」
そう伝えると、
「覚えてない」
とひとこと言って寝返りを打った。
少しして「思い出した」と言って私の方を見た父の目は潤んでいた。
じゃあ帰るね、と言って、そうしたい衝動で父の手を握ると、
彼は私の手をぶっきらぼうにふりほどいて布団にもぐり込んだ。
部屋を出ようとすると、父は急に布団から顔を出し、
少し笑って「また来いよ」と言った。
不器用で、傷付いていて、愛おしい父だった。
勇気を出して話してよかった、そう思った。
同じく不器用な私は、
父にありがとうを伝えるのに30年以上もかかった。

私の過去は苦しい過去は完結している。

不器用だから私達は愛すべき存在なのではないでしょうか?
痛みにまみれながら必死に光を求めようとする
愛すべき存在なのではないでしょうか?


2003年12月02日(火) everyday is a good day

私の親友たおが、
PIE BOOKS(ピエ・ブックス)からエッセイを出した。
今日、その本が私の手元に届いた。
タイトルは「everyday is a good day」。

これまでにも、彼女は数多くの本を出版してきた。
手作りの石けんや化粧品のレシピを中心に、
彼女の人柄が垣間みられる言葉がちりばめられたその著書は、
たくさんの人の支持を得ている。

エッセイ「everyday is a good day」、
「毎日がいい日」というタイトル。
私は彼女のその本を読んで泣いた。
淡々と過ぎていく普通の日常がこんなにも美しいなんて、
私はきっと知らなかったのだろう。
喜びも悲しみも、なにもかも、すべてが混在する人生が、
こんなにも愛おしく、尊いものであることを、
たおは改めて教えてくれた。

また、その本の中に使われている写真は、すべてたお自身が撮ったものだ。
彼女がカメラのファインダーを通して切り取る日常は、あたたかくやさしい。
プチ・プチ写真集のつもりで開いてもいいくらいだと感じる。
一度だけ訪ねたことのある彼女のアパートの様子が写真の中にあると、
私は「ここ知ってるんだよ!」と、子供みたいにはしゃぎたくなる。

たおは私のことも書いてくれた。
とっても嬉しかった。
とっても嬉しい、なんて言葉では、
この喜びと感動は表現しきれないないんだけど、
他に言葉がみつからない。
おおげさかもしれないが、生きててよかったと思う。

たおは、セラピストである私の専属セラピストみたいなものだ。
いつもはほどんど連絡も取らず、
メールもほんの数行の短いものをたまーにやりとりする程度だけど、
とても苦しくなった時、私はたおに長いメールを送る。
これまで何度彼女に救われてきたことだろう。
私に中にありながら、それでも言葉にならなかったもどかしいものを、
的確に言葉にして返してくれることもある。
私よりもたおがセラピストになった方がいいんじゃないかと思うくらいだ。
本当に。

私が惹かれ、尊敬し、愛してやまないたお。
彼女のエッセイの最後に、とても心にしみる文章があった。
ここにそれを紹介し、
この日記を読んでくださっているみなさんにも贈りたいと思う。
ごくありふれた誰の日常の中にでもある輝きに気付かせてくれるたおのエッセイ、
みなさんもよかったら読んでみてください。


*****


everyday is a good day.というタイトルは、
私がマークから学んだ生きるということを言葉にしたものだ。
goodというのは「いい」という意味だが、そこにはドラマチックなよさはない。
エッセイの中では「まずまずいい日」という言葉を使ったが、
goodというのは、そんな可もなく不可もなく、
ややニュートラルな意味合いのよさを表している。
生きるというのは、たくさんの体験と感情に包まれながら、
淡々と流れてゆく時間を通り過ぎてゆくgoodなことなんじゃないかと思っている。

「everyday is a good day」著・小幡有樹子(ピエ・ブックス)より抜粋


2003年12月01日(月) 素晴らしいミスマッチ

某スーパーで買い物をし、レジに並んでいたら、
私の後ろに、えらく感じの悪い女性が並んだ。
いかつい顔をして、イライラしているようにも見える。
とにかく怖くてそばにいられないような雰囲気が漂っている。
ただ立ってるだけで、ここまで感じの悪い人も珍しいと思った。

私が会計をしていると、携帯電話の着メロが鳴った。
それは、志村けんの「バカ殿」の曲だった。

♪てれれれれれれ〜 
 ちゃかちゃ〜ちゃかちゃ〜ちゃかちゃ〜
 ちゃ〜ちゃかちゃ〜ちゃかちゃ〜ちゃかちゃっ、ちゃっ

だっ、誰!?
ナイスな選曲だ!
私好み!
(かつてそのバカ殿の曲や伊勢崎町ブルースを着メロにしてたんだ。
 今はクールな路線でパット・メセニーだすけど、うふふ)
辺りを見回す。

あの感じ悪い女性が携帯を取って「もしもし」と言った。
ええっ!?
お、お前かよ〜っ!?

私は一気に脱力した。
感じわるぅっ!と思っていたその女性が、なんだか急に愛らしく見えた。
相変わらずいかつい顔で携帯を手に話してるんだけど、
バカ殿の曲と彼女のミスマッチがまたよろしく、
ああ、この人本当はいい人かも!?なんて思う自分がいたりした。
なんだか急に嬉しくなってワクワクした。
マスクをしていた私は、もちろんマスクの下で笑っていた。

人って勝手だよね〜(笑)
勝手に相手のこと決めてそのイメージで見て、
そのイメージをコロコロと変えて、相手の印象も変化させてく。

実は、そういうこと、私達が日常茶飯事でやってるんだろなぁ、って思った。
本当に人って勝手だ。
こうやって勝手に相手への想いをコロコロ動かせるんなら、
今日のこの女性のように、
意外性を発見してその人を堪能できたらいいだろうなぁ。
まぁ、神様じゃないんで、いつもいつもは無理なんだけど。

人をよく思えるっていいなぁ、
自分も気分いいなぁ、
そう感じた瞬間だった。







私の癒し処LaQuaで修行中のみこちゃんとじゅんちゃん。
今、リンパマッサージを習ってるそうで、
今日は彼女達のモデルとなり、ふたりにオイルでもみもみされた。
極楽だった!
永遠にやっててくれー。
いつでもこのばでぃを練習に使ってね。

ああ、そろそろゆきりんにも揉まれに行きたい…


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