七転八倒 〜彩音の日常&育児日記〜
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2006年02月27日(月) 苦しくなるんだよね、こういう行事。

今日は特学の行事で、ちょこっとだけ見学してきた。

この日記を読み続けてくださってる方ならご存知だと思うが、私は喜怒哀楽が激しい。
小6及び中3のお子さんを送る会的なものだったんだけど、そういう季節もあってか、
私の涙腺はすぐに緩んだ。
各学校さまざまな生徒がいて、それぞれに歌を歌ったりしていた。
止めようとしても流れ出す涙。

自分が中学卒業の時なんか、クラスの女の子で泣かなかったのは私ともう一人だけで、
「泣かないなんておかしいよ(冷たい)」って言われたっけ。
♪そつぎょーしーきでなかないーとー つめたいひとといわれそう♪ by 斉藤由貴「卒業」
その通りじゃん?(^_^;)でも私の場合、人前で涙を流すのが嫌だった。ただの勝ち気だっただけ。
(卒業できてせいせいした!)って思ってた。

優等生気取りだった私は、社会に出てさまざまな挫折を味わい、出生のことで鬱に陥り、自分の人生を投げ出し、
息子が生まれて、人が味わうのと別の苦労を味わってきた。
人ってそういうことに出くわさないと、人の痛みとか苦しみとかを理解できないのだということも知った。
それ以来、私はどんどん涙もろくなっている気がする。

その息子、私の姿に気づくやいなや、こっちを見っぱなし。(-_-;)
ちゃんと前見ろよ?私語はやめろよ?って念を送るが、一向に止まず。(-_-;)

精神状態もこのところ不安定で、他の人から離れて座っていたけど、もうこれ以上は座ってられないなと思い、
ささっと席を立った。
正直つらくなるんだよね、こういう場が。人の中にいて泣いてる自分を見られるのが、よけいつらさを助長するのもあるけれど、
それだけじゃなくて、特学の現実を目の当たりにするからだ。
苦しくなって、30分ほど見学したところで、息子に手を振り、息子も手を振り返してくれたから
その場を去った。

その後、駅前に用事があったから人ごみの中を歩いたのだけれど、ものすごく具合が悪くなってる自分に気づいた。
誰かが笑ってる。自分が笑われてるような気がして、耳をふさぎながら歩いた。

学童にお迎えに行く頃は復活してたからよかったけど。
帰りのバス停で、思わず息子の頭に自分の頭を何度も寄せた。息子は「なんでこうすんの?」ってきいてきたけど、
そうするとなんだかほっとしたからだ。

まだまだ行事は容赦なく続く。できるだけ参加しようと思っているが、具合が悪くなったらそれこそ
元も子もないので、無理にならない程度にしたいと思う。


2006年02月21日(火) 寝るまで話し続ける息子

学校や学童から帰宅する夕方はちょっと眠くなるけれど、その後は絶え間なく話し続ける息子。
あまりにひとりで話し続ける息子に、「ちょっとスイッチ切っておこうよ?」と言ったら、
「スイッチきるとかいわないで!!いやだったよ!!」と言葉を返した。
「冗談だよー」と母はあわてて言ったけれど、相当嫌だったらしい。
息子は、嫌なことはちゃんと嫌って言うもんなー。私は子供の頃、誰にも嫌って言えなかった。
子供の中では打ち解けなくて、でも、大人の前ではおしゃべりだった私。息子のおしゃべりな気持ちは
自分がいちばんよくわかる。わかってる、どこか淋しいんだよね、兄弟いないのって。
大人を独り占めできるのもわかってるから、心を許せると思えた人には甘えて、おしゃべりにもなるんだよね。
息子は私によく似ている。

いつも届く通販雑誌の、ちょっとした言葉にうるっと涙がにじんだ。
心温まる文章の中に見つけた、「生まれてすぐに『知的障害』と言われた時はショックでした」という言葉。
でもその方のお子さんは、ママにも思いやりのあるとっても心優しいお子さんだということ、
お子さんから教えられた幸せがたくさんあふれているということが、その文章から読み取れて、
涙が止まらなくなった。

息子が寝て静かになった。
にぎやかに話す息子も、私にたくさんの幸せをもたらしてくれているのだと思った。
同時に、その通販雑誌のマタニティウェアを見て、自分の妊娠中を振り返り、オシャレなんて
まるで無関係だったなと思い出し、また涙があふれた。
吐いてばかりの毎日。食べることもままならなかった。どうしてこんなにつらいんだろう?
プレママ雑誌を読んでは落ち込んで・・・赤ちゃんグッズを用意するのに、心が沈んで・・・。
育児を楽しいと思って過ごしてこなかった。

息子が成長するにつれて、悩みは形を変えていく。楽しいことばかりじゃない。
特に心が沈みがちな病を抱えているので、楽しいとなかなか思えない。
が、こうして息子が明るく話してくれて、にぎやかな会話が続く限り、私の中に幸せのかけらが
必ず存在し続けると思う。

最近、おともだちと2回ほど、私の好きな雑貨屋さんに出かけた。
あれほどインテリアや雑貨から興味が薄れていたのに、雑貨屋さんめぐりが大好きだった頃の自分の感覚が、
自然によみがえってきた。
旦那から見れば、ただのムダ使い。モノが増えるだけ。確かにそうなのだろう。
でも、買わなくてもただそういうモノを見ているだけで、心の中に幸せな気持ちが生まれる。
その想いが大好きで、私はあちこち出かけていたのだろう、きっと。
そして、ひとりで出かけていたあの頃と違うのは、おともだちと一緒だということ。
私にとっては、そのおともだちに出逢えたことがものすごく大きい。いつもありがとう。<(_ _)>

先日泣いた時も、おともだちに言っていた。
自分を支えてくれている人が、一人一人大きな支えだから、絶対に失いたくない、と。
たぶん、自分を産んでくれた母や兄妹と離れたという喪失感が大きすぎたから、そう思うのだろう。
ファン友達と自分から縁を切ったことも、本当は大きかったのだと思う。
ひとりになりたがるクセに、本当は淋しがり屋だから。

話し好きな息子は、本当に私の血を受け継いでいるんだなと、しみじみ思った。

明日はまた別のおともだちと会うことになっている。
やっぱり私の病は、心を許せる人がそばにいてくれるだけで少しずつよくなっていくのだろうな、きっと。

私を支えてくれてるみんなへ。いつもありがとう!!<(_ _)>


2006年02月17日(金) 今日はいろいろあったなぁ

ここに書き切れないほど、感情があふれ出した今日。
私はたいていのことは、毒を吐きながらもここに書くのだけど、今日は書き切れない。
生きてるとなんかいろんなことあるなぁ、って思って。よう泣いた。発作のように泣いた。
私の電話にお付き合いくださった方、ありがとうございました。m(_ _)m

そして、せっかく読んでくださった方、申し訳ありません。詳細が書けずごめんなさい。m(_ _)m
今日はもう寝ます・・・。


2006年02月15日(水) 毎日アニメばっかり(-_-;)

朝はBSのポンキッキーズ関係の番組。
夕方も同じく。朝もトーマス見たじゃん?!そしてBSデジタルのアニメを見まくる息子。(-_-;)
これ!!昨日見たじゃん?!って、話違うってか?!(-_-;)

で、夜はPC。さっきは「りぼん」のHPでゲームやってた。(-_-;)
しかもお菓子作りのゲーム。(^_^;)
「りぼん」のHPがなんで息子のお気に入りに入ってるかって言うと、「アニ横」が連載されてるから。(^_^;)
あぁ、確かに母もりぼん読んでたさ。まさか息子が好んでHP見るようになるとは。
母はアニ横を見て、思わず言った。「おかーさんもこんなよーな絵描いてたんだよ?」
「おかーさんもかけるの?イッサ(パンダ)かける?」と息子。
たぶん。(^_^;)

テレビのリモコン操作とかPCの立ち上げとかすぐに覚えるのに、どうして算数の計算は
なかなか覚えないんだろうね?(^_^;)子供に対する親の永遠の悩みかも。(^_^;)


2006年02月14日(火) いつもの公文の行き帰り

行きはいつものしりとり。帰りはしりとりの後、今日は「クイズです」になった。
息子による出題。

息子「アンパンマンでそらをとぶのはアンパンマンとカレーパンマンとそれとなんでしょう?」
母 「食パンマン?」
息子「せいかい!」

他にもメロンパンナちゃんとか飛べるんじゃないの??(^_^;)

息子「ドラえもんのポケットからいつもいろんなものをだすのは、だれでしょう?」
母 「のび太」
息子「せいかい!」

いや、ポケットから出してるのはドラえもんだと思うんだけど?(^_^;)

息子「とっとこはむたろうで、たねをあたまのうえにのっけてるのはだれでしょう?」
母 「え?種乗せてるの?知らないよー、そんなの。オーキニーちゃんじゃないし・・・」
息子「おかーさん、オーキニーちゃんしってるの?」
母 「おおきにーって言う子でしょ?」
息子「そらハムくんはー?」
母 「知らない」
息子「そらをぴゅーんととんでっちゃうの」
母 「あぁ、あの飛行機だかハンググライダーみたいなのだかで飛んでっちゃう子ね?」
息子「うん」

一応、なんだか問題らしきものを出せるようになったんだ?(^_^;)

げっ!!さっきアニ横(アニマル横丁)見たのに、今度はBSでアニ横やってるから、息子また見てる!!(-_-;)
あーりゃりゃこりゃりゃだよ、ホントに。(^_^;)
え?話が違うの??って、そういう放送内容までリモコン操作して見れる息子。(^_^;)
母よりずっとテレビのリモコン使いこなしてる。(-_-;)いつの間にか、BSでできるゲームとか出して、
ゲームやってたり、その他のチャンネル一人で出して、あれこれ見れるようになってた。(^_^;)
「あしたのてんきは・・・」とか気象予報士になってたり。

あ、これ!!先週見たアニ横だ!!って、母もしっかり見てんじゃん。(^_^;)

そうそう、公文から帰ってきた時は、BSでケロロもやってて見たんだった。(^_^;)
録画もしてんのに、BSでも見るのかよ?!って、見てて楽しんでるのは母も同じだったりするんだけどね。(^_^;)


2006年02月12日(日) おともだちへ

昨日もらったお菓子、今日作って食べたよ。息子と二人で食べた。
おいしいじゃん、あの味。止まらなくて、見事完食してしまいました。(^_^;)
あのちょい甘なとこがいいよね。あ、その前に、昨日渡したあのお菓子、うちでも1袋食べちゃった。
牛乳かけて、シリアルみたいに。
やっぱりこういうお菓子って止まらないね。(^_^;)

以上、ご報告でした。m(_ _)m


2006年02月11日(土) ひさびさ楽しかった、休日の昼間。

↑こういう昼間を送ったのに、夜はとんでもなく疲れた母と子。詳細はここ(2006/02/11分)です。

さて、その昼間。昨日おともだちに買っておいたお菓子を、今日おともだちが取りに来た。
このお菓子がやめられない止まらないタイプのもので、ゆうべ私は息子と一緒にけっこう食べちゃった。(^_^;)
代わりに私もお菓子の素をもらってしまった。あ、まだ食べてない。明日作ったら息子と二人で食べよう。
なぜ旦那にあげないかと言うと・・・↑の日記を参照してください。(^_^;)

おともだちのお子さん二人と息子が、楽しそうにうれしそうに遊んでた。おともだちと私も
休日に話ができた。
こんなの私にとっても久しぶりのことだ。楽しかったよ、ありがとう!!m(_ _)m

でも、帰宅したら、リビングには重い空気が流れてた。そして夜へと続く。(-_-;)
「そんなに話すのがいやなら、こんな病んだ奴と一緒になんなきゃいいだろっ?!」
「(私の鬱を)自分が治すとか言って、あんたが治せるなんてはじめっから思ってねーよ!」
↑夜、号泣しながら私が叫んだ言葉の数々。(-_-;)これも言葉の暴力か・・・。(-_-;)

彩音のダイアリーにも書いたけど、今はポルノの曲を何度もロールしながら聴いてる。
ホント、ポルノの音楽は心を落ち着かせて、元気をくれる、私にとって安定剤。
たとえその詞に泣いたとしてもね。
そういうものが一つあるだけでも、幸せだと思う。いや、音楽と息子だから二つか。
息子も私にとって、苦労であるとともに幸せの素だ。


2006年02月08日(水) 本当はつらいこと多いけど。

学童からの帰り道、息子と同い年くらいの男の子二人が、自転車に乗って楽しそうに、生意気そうな口をききながら
帰っていきました。
ごくふつうに育っているだけなのに、それだけなのにうやらましくてたまらなかった。
こんなこと書いたら、「それはそれでいろいろあるのよ」って思われることでしょう。
どう思われてもかまいません。私は単純にうやらましかった。

でも、決して私は息子のことを引け目に思ってはいません。
他の子にはない力があると信じています。人の心の動きを汲み取ることができる子です。

旦那が帰宅した時、私は起き上がれず横になっていました。その姿に嫌気がさしたのでしょう。
怒りは息子に向けられました。その声が、ひどく私の胸を苦しめたのです。
情けないことに、私は泣きました。
すると息子は小声で「おとうさんいやだね」と言った後、「おかーさんとおふろはいる」と
抱きついてきました。
ちゃんと知ってるんです、どうしたら母を癒せるかを。
私の涙の理由が旦那にはわかりません。でも息子にはわかるんです。

他の日記にも書きましたが、旦那と結婚したことは悔やんでも、息子が生まれてくれたことは
決して後悔しません。苦労は尽きなくて、山ほど泣きます。本当はつらいです。
でも後悔はしていません。私を救うために生まれてきてくれたと思います。
お風呂で、ヘタクソな手つきでからだを洗う息子。その横顔を見て、尖った心が癒されました。

ダメ母でも、「おかーさん」と呼ばれることに生きる意味を見出したい、
苦しくてたまらないけど。逃げ出したくなることいっぱいあるけど。
そんな夜でした。


2006年02月07日(火) 人なつっこい子

息子を学校にお迎えに行くため、バス停で待っていると、小1〜2くらいの女の子が話しかけてきた。
「どこまでいくんですか?」
この子、以前もバス停で私に話しかけてきた子だ。

私  「○小まで行くの」
女の子「わたしは○○。おえかききょうしつにいってるんです」
私  「そうなんだ?小さい子もいるの?」
女の子「ようちえんくらいのこ・・・かな・・・いる・・・」
私  「そう。どこにあるの?」
女の子「ええと・・・」
しまった、説明するのに苦労してる。(^_^;)聞いたらいけなかったかな。(^_^;)
私  「一人で行くの、えらいね。おばさんも昔、お絵描き教室行ってたんだよ」

そんな会話をしていたら、バスが来た。「じゃあね」と別れて座った。
私は学校近くのバス停で降り、その子を見たらその子も私を見てたから、手を振った。

なんだか小さい頃の私と重なった。幼稚園の頃入院して、一人で淋しかった時、お掃除のおばちゃんに
話しかけていたのを思い出した。
私は子供は苦手だが、その子の気持ちになることはたぶんできる。教育者である母としては
ダメかもしれないけど。

子供って、私にとっては重荷に感じることも多いけど、病んだ心を癒してくれる力も持ってる。そんな気がした。
息子もそんな力を持ってる、きっと。


話は変わって。お迎えに行って帰宅した時、エントランスでちょうど会ってしまった、同じマンション内に住む
俳優・Aさんに。
以前一度出くわした時は、息子はまだ気づいていなかった。が、一度テレビで見たから覚えていたらしい。(^_^;)
オートロックのドアが開いて中に入るやいなや、息子「○○いろのくるまの○○さんだね?あっちゃった!どうしよう?!」
まるで悪いもんでも見たかのような口ぶり。(^_^;)

母 「今度会った時は、気づかないふりしてるんだよ?ああいうお仕事してる人は、ふだんはそっとしておいてほしい人が
   多いんだから。わかった?」

でもたぶん息子はまた言うと思う。(^_^;)どうか「○○さんだ!!」とだけは言わないでほしい。(^_^;)
今日も、一応通り過ぎてから口にしてたけどね。(^_^;)

それにしても母、Aさんに出くわす確率けっこう高いかも?なんで?(^_^;)
誰か他の俳優さんにも出くわさないかなぁ?←ヲイ(^_^;)
あ、やっぱり、できたら茂かまぼか昭仁か晴一に会わせてください。お願いします。m(_ _)m←ヲイヲイ(^_^;)


追記。

公文の行き帰り、またもしりとり。(^_^;)
母 「し、し、しんどうはるいち」「あ、あ・・・あきひと」「し?しげる」
息子「ぽ、ぽるのぐらふぃてぃ!」
この母にしてこの子あり。(^_^;)


2006年02月03日(金) 再び療育病院・心理の日

今日も給食の後早退して、療育病院へ。早く着きすぎたが、待合室でのんびり過ごす。

心理で先日の続きの知能テストを。息子、調子よくできてるうちは、わかっているのにふざけて答えたりしていた。
が、自分ができなくなってくるととたんに態度が悪くなり、その様子を見ていた私は、また精神的につらくなってきた。
どんどんうつむく私。息子が「おかーさんどうしたの?ぐあいわるいの?」と寄ってきた。
その後は、ずっとうつむいたままだった私。先生はどうにか、知能テストの3/4を終えた。
本当はあと1/4が残っているのだが、私の状態が悪いため次回は予約せず、この時点で担当医に
報告をしてくれるそうで。
時間的に余裕のある春休みとかに予約を入れて、先生の方から結果を聞くという形になった。

「ゆっくりいきましょう。お子さんはちゃんとわかってますから、大丈夫ですよ」
心理の先生はそう言ってくださった。

でも私は心理が終わるやいなや、息子に言っていた。
「あのお勉強はテストなんだよ?わかってるのにふざけて答えたらできないってことになっちゃうよ?
 もったいないじゃない。わかる?」
「たーぼー、ちゃんとやってたよ?」と息子。
それ以上は言わなかったけれど、こういう現状を目の当たりにすると、本当につらくなる。
本当は思ってはいけないのだろうけど、やっぱり理解できない問題がたくさんあるんだ・・・って思うと、
大きな壁が立ちはだかってるように感じる。

今日もものすごく疲れた。次回の心理の予約がないとほっとする。
あそこは症状の重い子が多い上、その親御さんたちが明るく元気に言葉を交わしてる姿を見るにつけ、
息苦しくなるというのが正直な気持ちだ。私にはきっとあんなに明るくしていられないだろう。
たとえ、みなさんが心の中で密かに泣いてるとしても、私はたぶん人前でも涙をこぼしていると思う。
それじゃ親失格なのかもしれないけど。

とにかくしばらく時間をあけたい。3学期も学校行事は多いから。毎週のように何らかの行事が入っているし。
でも帰宅する時、いつもよりは足は重くなかった。どうにか乗り切れた。

次回の定期診察で、先生から息子の知能レベルを聞くことになる。
息子はどんな位置にいるんだろう・・・。それも現実。受け止めるしかない。


2006年02月02日(木) お受験親子(母のメモ書きより)

注:めっちゃお言葉が悪いのですみません。m(_ _)m


今日は、市内にあるおりこうさん学校のお受験日だったようで、やたら人通りが多くて。

今、外で遅いお昼を軽く食べているのだけど、隣りに座ってる親子(パパ・ママ・ボク)もそう。
話してる内容聞いてると、なんか世界観違うなぁって思うね。こういう話、うちじゃありえないから。

パパ、少しだまってろ!!でないとアタシのパンチが飛ぶぜ?(-_-)/~~~ピシー!ピシー!
生きてくのいっぱいいっぱいだからさ、うちら。
なんでここに越してきたんかなぁ?ハイソな町なんてうちらに合わなかったのにねぇ・・・。

パパ・ママがペラペラしゃべって、ひたすらだまってるボク。ボクが口開く間なんてないんじゃない?
まぁ、しゃべんない年頃かもしんないけど。
うるせーよ!パパ!!アンタがいちばんうるせーよ!!(-_-)/~~~ピシー!ピシー!
数値で例えるなら、パパ60%、ママ35%、ボク5%って感じ?

世の中にはいろんな奴がいるってコトだ。うちのクソオヤジみたいに、なーんもしゃべんねー奴も
ホントつまんねーけど。(-_-)

別世界はライヴだけでいいよ、アタシは。



追記。

先日のこと。息子が学童帰りに「マイアヒー♪」とか歌っていたら、横を通り過ぎた二人の男の子のうち、
一人が「マイアヒー♪」とマネした後「キモイ」とか言ったらしい。息子が怒っていた。
そういう言葉を使いたい年齢なんだろうけどね。
「キモイとか言ったら、自分もそう言われんだよ!そんな奴ほっとけ!!」と私は答えた。

私は学校大嫌いだった。子供の残酷さ知ってるから、自分も子供のクセに大嫌いだった。
おとなしいがゆえに(って今の私からじゃ想像できないかも?)、いじめられっ子だったし。
でもさんざんいろんなこと言われても、無視。(ばっかじゃねぇ?こいつ!)って思ってるとこあったし。(^_^;)
「こいつしゃべれねーんじゃねーの?」とまで言われた。でも無視。(^_^;)
で、いじめられても休まない。学校嫌いでも勉強は嫌いじゃなかったし。そこが自分の負けん気の強さ。
勉強でわかんないとこあったら、なんとか克服する。進○ゼミ中学講座もやってた。
あれは、かなり自分の勉強しようとする意思がないと続かない。キツかったけど、理解度は高くなった。
中2、中3、高1、高2、高3は一日も休まなかった。確か小5、小6も休まなかったと思う。
小6なんて女の子にいじめられてたけど、その子たちのグループ以外の女の子全員と遊んでたから。←根性(^_^;)

息子も負けん気は強いけど、私とは違って無視はできないんだろうな。しっかり怒るし、大人に訴えるから。
立ち直りは今の私なんかよりずっと早いし。子供ってたくましいなぁって思う。発達遅滞があろうがなかろうが。
で、もう少し公文でできるだけのことを学んでほしい。というか、健常児の中にいて勉強することを
体感させたい。いかに学びたいという気持ちを引き起こさせるか、だ。
あとは、難しい勉強より生きていける力を大切にしたい。

って、やたら長くなってしまった。(^_^;)ではこれにて・・・。<(_ _)>


2006年02月01日(水) 育児日記とダブりそうな内容をDiaryに書きました。

よろしかったら、彩音のサイトのDiaryも読んでみてやってください。m(_ _)m
今日は調子がよくなくて、このくらいしか書けなくてすみません。m(_ _)m


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