2002年07月31日(水) |
許してやらんでもない。 |
世間は不景気ながらも 週末深夜ともなると 酒臭い人込みで溢れ 酩酊するものあれ ヨイヨイになる者あれ 奇声を発する者あれ 全く持ってみっともない 記憶が無いなどもってのほかだ 私も酒は人並に飲むが ああはならない 所詮 そういった人間は 酒でのみしか 発散する術を知らない 現実から目を背ける 哀しい奴らなのだが 同情はする 同情はしてやろう 同情してやらんでもない だがしかし 何でも すいません酔ってますから で済む世の中は間違っている 酔っているからという理由で 他人に迷惑をかけたり 不快な気分にさせてよいはずがない 酔って人を殺しても 罪は罪だ 憲法にそう明記されているはずである その点 夏は良い 夏は嫌いだが 良い 何故なら 夏だから という理由で 何でも許せる気がする この束縛の多い世の中 あまつさえ 来週頭には 住基ネットによって 個人が 日本国民全員が 府中や網走その他各刑務所のごとく 番号によって管理され 番号の管理によって 個人情報を監視されるわけで その監視・束縛・呪縛が大きければ大きいほど 夏のこの陽気 下着に近いほど 薄着になると 脱いだ薄着とともに その反動で 心まで開放的になるのは これ自然 そんな開放感を 皆知っているものだから 夏に 少女から大人になったり 浮気心が芽生えたり ナマでしちゃって 秋に生理が来なく後悔したり そんな事も全て 夏だから という理由で それで全部 チャラ になるような気がしませんか え?しませんか それほど 夏は幻想と誘惑に溢れ また 夏だから その一言で 世界が平和になる そう 私のちんこが短いのも 夏ですし ちんこの皮が長いのも 夏ですし 減オナニーなどと決意して 昨晩2日前倒ししてまでオナニーしておきながら 今日ビデオを 1時間かけて4本レンタルしているのも 夏ですし ちんこの毛を剃るのも これは本当に蒸れるから 夏ですし 露出プレイをしてみたいのも 夏ですし 乱交プレイしてみたいのも 夏ですし 肛門の周りに毛が生えているのも 夏ですし 人肌恋しいのも 夏ですし 女装してみたいのも 夏ですし クンニしていると 毛が歯に挟まるのも 夏ですし 少女も熟女も小さい人大きな女 全て食べて見たくなるのも 夏ですし 夏だからこそ 私はちんこを握り いつ何時でも ちんこの用意はできてある ちんこ発射準備完了の元 夏ですし 私のちんこを握ってもらいたい 私のちんこを握ってみないかい 私のちんこを握ってみたくはないかい 君は虹を見たかい 私のちんこを握ってくれないか 私はちんこを握るのに少し飽きた 私のちんこを 握ってください 夏ですし 憲法にも それくらい明記してくれる 思いやりが欲しい こおゆうことを 民と官の温度差 と言うのですなあ。 俺のちんこは 皮に包まれて 今日も 熱いぜ。
2002年07月30日(火) |
童心に帰る。のも好き。 |
私が注射好きである原因は 私も人間である ということを再認識する所以である 特異なちんこや 特異な性衝動・性癖であっても どこにでもいる他人と 何ら変わらない 安堵感かもしれない 幼少の頃より私は 病弱で成長も遅く 今と変わらない コンプレックスを持ち だがそれ故に 病弱扱い子供扱いされることに 嫌悪感を持ち 強く反抗し 一人前のアピールとして 少年期より酒を飲んだり タバコを食らったり だがその反面 周囲の人間とは 私は何か違うモノを持っている 私には才能がある 周囲のような馬鹿者痴れ物と一緒にすなこのたわけ などと若者特有の 勘違い暴走をしちゃって そういった 精神的少年期を経て 私のちんこだけは 周囲の他人とは違う 特異なカタチになってしまったのも 何かの業か ただ ただこんなちんこでも 注射をして採血すれば 皆と同じ赤い血が そのちんこをこすれば 出るまでに多少の時間差は有れど 皆と同じ白い液体が やはり私は 正常な人間であることを 再認識させて安堵する つまり 巨乳だろうが 貧乳だろうが 乳首が黒かろうが 陰毛が濃かろうが 夏だしノースリーブ・チューブトップ なのに 腋の下に黒いブツブツがあろうが せっかく初めての彼とのベッドイン ああそんなときに 3枚千円の肌色ブラだろうが ああそんなときに パンティの脇から 陰毛がはみ出していようが ああそんなときに あまり慣れてないよヘタクソだよ って言ったのに とんでもないテクを疲労してしまっただとか クリトリスが長い ビラビラが伸びる伸びる 夥しい異臭を放つ おまんまんさんの位置が下付き けれども皆 クリ派ナカ派はあれど 皆 やさしい彼が弄くってくれれば 濡れるのであり わざわざ手首を切らずとも 皆一様にして 毎月赤い血を流すのだから 女性は毎月 人間であることを 再認識できるという点において またそんな女性を見つめる事で 人間を再認識する為に 私は今日 人間として 人間としても本能を 満たす為にオナニー日を 3日ほど前倒しして ちんこを握るのですが 幼少の頃 子供扱いされた 大人になった今では ちんこのカタチは子供だけれど その機能は きっとぎりぎり大人レベルに 達しているんじゃ ないのかなあ 毛も生えてるし あ、今ないんだけどね それよりも 何よりも 年齢・私の身体・私のちんこが 大人となった今となっては 逆に ちんこを 子供扱いされた方が 子供扱いしてくれた方が 気持ちが良かったり するんでちゅ。 おっぱいが欲しいんでちゅ。 ママ、ママ ちんちんが ちんちんが痛いよ ちんちん ちんちんが熱いよ。
社会が発展するのは 人間がより良いより楽に 願う本能であり その本能が歴史となり 新たな社会を生み出す それはそれは素晴らしい事 だがしかし 社会が発展すればするほど そのひずみが生まれる その煌びやかな歴史の陰には その興隆によって 被害を被る者もいる またそんな犠牲があってこその 歴史・発展なのだけれど そんなひずみとして 現代病なんて呼ばれるのも そのひとつ 例えば現代には 高所恐怖症・閉所恐怖症など 数え上げたらキリがないほどの 精神的病が多々存在し 高所恐怖症などは 昔は高いところが無かった だがこの21世紀 高い場所など無数に点在し その弊害が表面化しただけのことであり 閉所恐怖症などは 昔は暗く狭い場所に置かれた そのトラウマなのだけれど 私はそうではないのだが 先端恐怖症と言うものがある 何でも 先の鋭い 鋭利な尖っている物が苦手恐怖し ひぃぃぃぃと日々慄いているらしいのだが そんな人には この先読まないほうが アナタの為ですので 念のため。 さておき 私は生来のMっ気からか はたまた前世の業か 注射が大好きだ 注射が大きければ大きいほど 興奮するし 何よりも楽しいウキウキウオッチン いえ別に 太い大きな肉棒を 私のアナルに突っ込んでえぇ そんな心理状態でなくて 純粋に注射が好きなのだ 元来 その体格に似使わず病弱な私が その治療方針に疑問を感じて すぐに転院を繰り返し 新たな病院発掘が 新たな趣味となっているのは ひとえに 検査で注射してもらえるからかもしれない 私の腕はよく血管が浮かび 注射しやすく 何度も何度も刺し直すトラウマがないのも 注射好きの一因かもしれないが ここで私の 注射自慢 私は数年前に 若いのに珍しく 後から調べればそれは ステロイドの副作用だったのだけれど 白内障を患った 目の中のレンズの役割をする 水晶体が白く濁る病気で すりガラスを通して物を見る感覚 治療法は無く 水晶体の中の液体を抜き取り その中にコンタクトレンズみたいな レンズを挿入するしかないわけで 今は手術しても2、3日で退院できる そんなに深刻な病気じゃないのだけれど ともかく私は入院し手術を受ける算段に まず まぶたの動きを止める為に 首の後ろ後頭部近く当たりに 局部麻酔の注射 これが痛いのだ でも気持ち良いのだ そしてその後に 眼球を麻酔する為に 眼球に 注射 目に光を当てられ 瞳孔が開いてほんのかすかな映像 注射針が目に近づき ぷすん 意外と眼球は柔らかいもので ゼリーにスプーンを刺す感覚に似ている 冷奴に箸を入れるのに近いかもしれない そしてその後 メスにて 黒目に沿って ザクザクと切っていくのだけれど 本当にザクザクと音が脳に響いて 面白かった その1年後 もう片方の目も白内障になり 手術したのだが そのときは 首の後ろの注射の麻酔は 目薬の麻酔に変わっており なんか損した気分 術後は 眼の白目の部分が真っ赤になり なんかモンスター気分で たまには 忙しい日常を忘れ 手術してみるのも 旅行気分で 看護婦さんが 食事や入浴の手助けをしてくれるし なかなかおつなものである 看護婦さんとの 秘めた一夜 なんてことはなかったのだけれど 私のちんこは 短いうえに カリが小さいため細く 決して鈍器とは言えない ならば鋭利なちんこで きっと きっとお あの看護婦さんは 先端恐怖症だったのかもねえ。 そう思えば 私のちんこは 大いなる歴史の発展の 陰に生まれた 歪みなのかもしれない 右に歪んでるだけどね。
2002年07月28日(日) |
成り上がりたいんですが。 |
黒は偉い 黒人の歴史は 迫害・弾圧の歴史で 色が黒いというだけで 黒人として生まれただけで 21世紀となった今でも 島国の日本人には意識が薄かろうが 人種差別は今なお 根深く残っており またそういった歴史的事実の因縁からか 葬式祭事などは 黒服を着衣し 霊柩車 また黒い噂 黒猫 カラス 黒い乳首 黒いおまんまんさん 黒は 縁起の悪い 忌み嫌う色として 広く世界に認識されているのだが 同様に 日本では 長く続いた男性主導の社会の中 女性の 黒いブラは 淫乱だの 欲求不満だの 女性蔑視の象徴として 長く昭和の男世界で 位置付けされてきたのだけど 黒が逞しいのか 女性が逞しいのか 現代社会は 女性が平気で 初夏の薄着の季節にもかかわらず 黒いブラを着衣し あまつさえ 黒いブラを透過させているのである これは 単にファッションだとか おしゃれなどの次元ではなく ひとえに 黒のイメチェン 既存のイメージを払拭するための 黒の自助努力に他ならないわけで その結果 黒というものは 世間に 旧来の暗い陰湿な 不吉な陰暗闇 その幻想的なゴシック的要素は 残しつつも 見事に 特に若い世代に幅広く 認知させるまでに 成り上がり もはや 白いブラウスにたとえ 黒いブラが透けていても 初めて彼女とベッドイン 優しくキスして 顔を赤らめ恥ずかしながらも 次第に大胆に成って行く彼女の服を ゆっくりと脱がしたところ その童顔とは 裏腹の黒い下着が鎮座ましましたとき 2週間おきに病院へ 睡眠薬と安定剤を貰いに行くときの ナースさんがあろうことか 黒いブラであったとき もはや 誰ももう 淫乱だの 欲求不満だの この雌豚 などと思うどころか うひょお、おひょお。いやっほお などと小躍りタコ踊りすることも 否 体現せずとも 心の中では少なくとも イエス と拳を握り締めるわけで だから だからこそ私は たとえ女性の たとえ貴女の 乳首やビラビラが 黒くても それは別に気にしない それはそれで構わない 多少メラニンが濃いだけで 気にせずとも 妊婦になれば誰でも 乳首まっくろくろすけ これ世の常 逆に黒い方が それはそれで興奮する事もあるのであり そんなに黒いの??? と更なる女体の神秘に 感心する事もしばしば それほどもう もはや黒は市民権を得 黒は その排除の歴史から 自らの努力によりのし上がった 黒い乳首もそれゆえ なかなか根性の胆の座った 怒涛の動乱の歴史を行きぬいてきた証なのであり もはや現代において 色による差別は もはや無意味 私のちんこは 立派なピンクで 皮も黒くは無い 覆い被ったちんこの皮同様 黒くもグロくもなく それはそれは 可愛らしいちんこで ちんこを見て ひいぃぃぃぃひいぃぃぃぃと トラウマを持つ女性でも 大丈夫 そのちんこで ひぃいいひいぃいぃぃと 言わせる持続力は 無いのだけれど このへたれ この早漏 この甲斐性なし きいぃぃぃきいぃぃぃと 非難される事は よくあるのだけれど。 私のちんこは 成り上がる事ができるのでしょうか。 仮性包茎でも イヤな顔されない 落胆されない そんな世の中に もうそろそろ なってもいいのじゃないかなあ。
お別れを する前に 少し 話をしよう その昔 私は 殺した 人を殺した 愛する 昔愛した 女性を殺した たったひとりの たったひとりの女性を殺した その日も 今日みたく暑く おりしも 大阪は天神祭り 祭りの賑わいに こっそり隠れて 世の中 かっこいい芸能人 甘い顔の俳優 魅して止まないプロスポーツ選手 愛や恋を優しく唄うミュージシャン 仕事のできる男 モテる奴 祭りでナンパする奴 だけど だけど皆 知らないんだ 昔 女性を傷つけていることを だけどもお そんなことは いいんだけどね 今日も 酷く暑く 祭りの喧騒を横目に されど 働かざるを得ない 貧乏暇無し 金も無い 車も無い 女すら養えない 流行に疎い 精神年齢の低い 全てからドロップアウトした この罪人 だけど だけど皆 知らないんだ 昔 女性を殺した事を 私が 仮性包茎である事を だけど だけど皆 知らないんだ 昔 それでも 女性を愛したことを そうだ 僕達は恋をした 生きたり 死んだりの ちょっとした合間に 街はまだ 祭りのバカ騒ぎ 若者が我が物顔で闊歩し そして私は 独り でも皆 知らないんだ こんなちんこでも こんな暑苦しいちんこでも 昔 女性を 数回だけど イカしたことを 昔 数回だけ 痙攣させたのさ そして 私の皮付きちんこでも 女性は確実に 何回も し、死ぬぅぅ死んじゃうぅぅぅ と連呼させた事を 皆知らないんだ だけど だけどもお いいじゃないか そんなことはもう どうだっていいのだ お別れの 背景さ 残った 赤い 剃刀で 陰毛を剃るからね 剃毛するからね 祭りの夜に 剃り上げるからね やがて タマの裏まで 剃り上げていくからね 剃り上げて イクからね。 今年は 雨も少なく 酷暑 その太陽に照らされる 真っ赤な パイパンの季節。
2002年07月23日(火) |
ポッケの無い猫型ロボット。いやポッケはあるんやけれど。 |
悶絶 することがよくある 向ける矛先の無い やり場の無い怒りを どうしようもなく手に余し うらあ・だらあ・おらあ と腕をぶんぶん振りまわしては きぃぃぃきぃぃぃぃ と叫んだところで もとよりやり場の無い怒り 空しいな 悔しいな ぢっと手を見て 独り枕に涙する夜も多々あり 私は生来 一見ひねくれうがった人間であろうが 実は竹をスパっと割った 白か黒 例えば女性の趣味に関しても 自転車に乗る女性に魅かれる しゃこしゃこと必死にペダルを漕ぐ姿が きっと一生懸命なフェーラーチョを してくれるんだ感ありありで可愛い 原付に乗る女性を あんな大人の乗り物を 小さな身体で乗りこなすなんて 抱きしめたくなる 軽やファミリーカーを運転する女性を見ては 若い人妻の淫靡な香りに たまらずタップしてっしまう 高級車や外国産車を乗る女性は 誰に買ってもらったんだい パパかいもうひとりのパパなのかい ともうひとりのパパにも ここをこんなにしてもらったのかい なんて言葉責めしたくなる 大型バスやトラックを乗りこなす女性なら きっと豪快な性行為になるに違いない などと 実に単純な性格で その回路は至極明白 YESかNOかに尽きるわけで それゆえ 煩わしい事が嫌いで それゆえ 何でもポッケに入れる癖があり それゆえ 手元にタバコがないと不安で それゆえ 手元にライターがないと不安なわけで 近所のコンビニが 小泉の景気対策を待たずに 志し半ばで破綻 そのあおりで 深夜タバコ及びライターが切れては 自転車で行くには遠過ぎる 車で行くには駐車場が無い しかし私も大人 タバコは確実に買い置きし ライターまでも買い置きし 悠悠自適喫煙ライフイエイ もちろんそれは 在宅時ばかりでなく 外出時にも起こり得る有事の為に 常に心がけているのだが ないのだ ないのだよ あるべきものが 見つからないんです それじゃ僕と踊ってる場合じゃないのです この夏の陽気 当然私の着衣のポッケの数は 限られているわけ なのに ポッケをひっけらげしても みつからないのでし そおゆうときに限って 財布には小銭が無いどころか 万札しかなかったりするわけで 100円ならまだしも 105円という半端な金額の為に お釣9900円のところを お釣9895円という半端さが 実にどうにもやるせなく しかし タバコを吸わないわけにはいかない 禁煙なんて身体に毒である 禁煙こそ百害あって一利無し 腑に落ちないまま ライターを買うのだけれど 一服終えて 一息ついたところで ライターをポッケにしまおうとしたところ 先ほどまで無かったはずの ライターが出てきた なんてことはいいんです そんなことはよくある話しで そんなことはよくある話ですから だが だけど どうしても私が許せなかったのは この夏の陽気で 着衣は自然と薄くなり ポッケの数の限られた状況において 万札を崩し ようやく一服終えて 出てきたライターの数が 5個にものぼり さっき買ったのあわせて6個 全部のポッケを 確実に しかも落ち着いて 探したのにもかかわらず 5個ものライターが わしゃ手品師か スプーン曲げてこましたろか いや ちんこは右に曲がっているが そんなわけで本日 悶絶 やり場の無い怒り やり場の無いカリ いや カリも小さいんですけど いや 私のちんこも ポッケみたくなってますけど 私のちんこのポッケからは 黄色い液体と白い液体と 夥しい異臭以外は もちろんライターも 何も 出てこない。
革が好きです 勿論ちんこにも 皮が取り巻いているのは 革好きの業なのかもしれません とかく皮革製品というものは 貧乏不遇時代を過ごした私にとって 高級品で たとえそれが合成であっても その色艶はカッコよく 大人になった気分にもなり 何よりパンク またその 革ならではの束縛感 ギュっと絞めつける様は 身体もちんこにも上々で やはり布製品よりも皮革製品なのだが それでも 許せないものがある それは革靴 しかも紐付きのやつ 元来 革に限らず 紐靴というものはしまりがない まずほどけやがる 歩いているといつのまにやら だらりんと垂れ下がり 己の力で立ちあがることなく 雨水や泥に塗れ さらにはその汚れが ズボンにまで付着しやがるていたらく また例えば 飲み会や食事において お座敷など靴を脱ぐとき 脱ぐのは良いさっと脱げるものだ だが宴もたけなわ そろそろお開き もう一件行くかー? え?まじっすかー? まじカンベンして欲しいっすよー。 なんて良い雰囲気のときに あれ?アイツ何処行った? あれ○○がおれへん。 そおゆう集団行動を乱すのは 大概否。絶対にして 紐靴なのであり だいたい紐靴を履いているのなら 紐を結うのに時間が懸る ならば 皆より少し早く席を立ち 靴を履くべきではないのか 誰が紐靴の為に 集団の流れを止めるのは ほとほと自分勝手であるし 自意識の欠如である 今すぐ早急に紐靴を廃止し 禁煙だの分煙だの 喫煙者の人権を無視し 喫煙被害2次喫煙被害など あるはずもない妄想をでっちあげ 差別している暇があるならば 国家は 紐靴廃止の決議を動議をすべきである 実際 紐靴によって 被害を被っている人間がここにいるのであり 何より紐がついているだけで おしゃれ・大人というイメージは もはや希薄 故に私は 革靴含め 靴を履くさいは 必ず紐無しなのであり その結果 蝶々結びができない 若者が増えるというのは それもやはり 国家の教育指針の怠慢 なんともなれば私は 紐ナシの革靴を履きつづけて 10年もの歳月が経った今でも 蝶々結びが 何不自由無く結えるのあり なんなら 私のちんこの皮でさえも 蝶々結びできるほどの 皮が余っているわけで 近年叫ばれる ヘビ革ワニ革牛革羊革 乱獲だ 自然保護を動物愛護を などと叫ぶ婦人団体があるのなら いっそ ちんこの皮で作れば良いのだ さすれば 日本人男性のその多くが この目で確認した事は無いが 包茎と言われている この日本 その大量に有り余った皮で ちんこ皮製品を作れば ちんこの皮原産国 ちんこの皮産出国 ちんこ皮総生産第1位 中国に負けない 新たな 大きな 一大産業にもなり 雇用も確保され 輸出が活発になり 株価も上がる 包茎モノは そのコンプレックスも払拭される 実は ちんこの皮こそ 今もっとも有望な ベンチャーなのである。 小泉はまだ そこに気づいていない。 いや 君にこのちんこ 気づいて欲しい。
女体に限らず 人間の身体は未だ 神秘に他ならないのだけれど こうしている間にも 心臓は脈を打ち 血液を体内に循環している 心臓はその生涯を終え 止まるまで眠らない 不夜城の新宿鮫のごとし 例えば毛 注射針や或いは 細いトゲや切り粉が 刺さると激痛を覚える身体でありながら 人間に無数に生えている毛の根元は 深く身体に突き刺さっているわけで たとえ剃毛したあとの 痒い時期の毛頭が少し顔を出した陰毛でさえ 抜いて見ると その何倍もの長さの毛がたいないにあるのであり また爪でさえも 水や日光や肥料を与えてないにもかかわらず たくましく成長しているわけで そんな身体の神秘が 生きていることを実感させてくれるのだけど さらに驚く事に 身体は学習機能を標準添付されており 例えば肩こり 低周波治療機やあんま師の手業 最初は良い塩梅に気持ち良いのだけれど 外部からの新たな刺激は その都度身体に記憶され 次回また同じ刺激で 肩を揉んでも あまり気持ち良くない さらに強い刺激を求め 気づけば重度の肩こり となることも多々あり ちんことて また同様 確かに男は 女性に比べ性感帯が少なく その殆どをちんこに頼る現状 そのなかでフェラーチョというもの 男を文字通り奮い立たせるには重要な手段なのだけども 確かに 手を使わずに 男を征服した 小悪魔的表情を浮かべながら ちろちろと 裏筋やカリ首に舌を這わせる女性の姿は それはそれで興奮するし そのときこそ 女性の顔が一番光り輝く瞬間でもあるが 同様に ちんこもまた学習機能がついており あまりフェラーチョばかりされるのも その刺激に慣れてくるわけで またプロ野球珍プレーなどと 男性の股間に球が当たり 悶絶する様から 一般的に 男性の股間はデリケートという メディアの刷り込みもあり 女性はやさしくちんこを扱うきらいが 往々にして見受けられ 実はデリケートなのは ちんこではなく タマの部分であり 確かにタマを強く握られては 男性は悶絶・失神 ときには死に至る事もあるのだが 実際ちんこは 強く刺激すればするほど ときには乱暴なまでに扱えば扱うほど 実は気持ちが良いのであり だから女性が 自分の持つ舌技を駆使すれど ちんこが思ったより元気に成らないときは このダメちんこと罵る前に アタシの技術が未熟なのねと 悲観する前に ちんこを その握力よろしく 握り締め上下運動 所謂手コキ 手コキをしてやれば さらに タマを舐めながら 唾液を垂らしながら 或いはローションを使って カリを舐めながらの 連続同時コンボなどお見舞いしてやれば ちんこはあらゆる刺激に対応しきれず 元気になるどころか そのまんま発射してしまうこと これ請け合い 勿論 男性がイカないのは全て女性の責任である なんてことは思っていない 思うはずが無い 死んでもありえない 何故ならこのダメちんこを フェラーチョしてくれるだけでも 本当は嬉しいのさ ただ そこまで手段を尽くして ちんこが勃たなければイカなければ そのときこそ 女性は本心から このダメちんこと 批判し 罵倒し 非難し 罵って できることなら ちんこを 足蹴にしてくれたら 足で踏んでくれたら それはそれで 気持ち良いのです。 男は ちんこも心も デリケート あなたの心遣いこそ フェミニーナ軟膏 なのかもしれません。 つくづく はなはだ ほとほと ちんこ 勝手ですが。 度が過ぎますか 勝手過ぎますか え?過ぎますか? え?あきませんか? あきませんかそうですかあきませんか。
2002年07月20日(土) |
そこに大きな大きな山がある。だから登るんだ。 |
人間十人十色 様々な人格 様々な性格を持つなか 人間が人間を評価する ということは 評価する側も十人十色 様々な人格 様々な性格を持つわけで 主観を捨て 相対的に人間を評価するということは 極めて難しい というか元来不可能 そういう点においては 公立教育機関にて始まった 絶対評価 個人をベースに個人目標を立て 個人的に評価する という方法は 悪くは無い 日本の悪しき偏差値教育 日本の悪しき没個性教育 からの脱却 考え方は間違っちゃあいない 間違っちゃあいないが 腑に落ちない 何故なら 社会は世間は 未だ個性を認めず 企業の歯車として身を粉にし 社会集団としてあることが 重要視されるどころか 個性を主張したり 杭が出過ぎようものならば 即座にリストラ要員に置かれ 社会から抹殺されかねない 未だ株価が上がらず 企業どころか いつ日本国自体破綻してもおかしくない世の中 ゆとり教育などと 子供を甘やかし 個性ある子供を育成したところで その子供が将来 社会になじめず 今よりも自殺する若者や 苦悩して暴走する若者が増えるわけで 日本という国は 教育目標は間違っちゃいないが そのやり方に問題があることが多々あり そんなだから 初体験から女性に顔射したり 愛撫もせず挿入したり パンティの上からおまんまんさんを弄くり 替えのパンティもないのに パンティを汚してしまう 性行為のやり方を理解していない 男が増加・増長しては 女性は傷つき 忘れてやるぅ忘れてやるぅと 独り泣きながらシャワーを浴びるわけで 往々にして 日本の教育は現実を見せない 実際社会にはゆとりなんか これっぽっちもないのに 週休2日個性を伸ばして ゆとりゆとり おしべとめしべが受粉して なんて曖昧極まりないわけで 学校に行かせるよりも 僕にもできる潮吹き講座 加藤鷹のHOW TO 最強SEXモード を観る方がよっぽど教育的で 相対的に見ても 絶対的に見ても 私のちんこは短く 普段は皮に包まれているわけで だが悲観しちゃあいない こんなちんこでも 気持ち良いと言ってくれる風俗嬢もいるわけで 何故ならば 相対的に見ても 女性は小柄で ちんこが小さいならば より小柄な女性を相手すれば 彼女からすれば それは大きなちんこなのかもしれないし おまんまんさんのカタチ・深さでさえ 十人十色 今私の思考は 如何に女性を気持ち良くさせるか 如何に女性に奉仕してあげるか ではなく 私のちんこは 相対的に女性社会で 何処まで通用するのか 何処まで気持ち良いのか なのであり 来るべき社会人の遊び時期 お盆休みに行く 風俗計画を入念に案じているなか とある風俗店の とある風俗嬢 そのプロフィールに 身長175cmとある 数少ない素人女性と そこそこのプロの女性と 未だかつて私自身よりも 背の高い大柄な女性と性行為した事はなく ものすごく興味がある 否。ありすぎる もし もしこの私のちんこで 彼女に快楽悦楽 ああ壊れちゃうもお真っ白 なんてことに導ければ 私のちんこは もはや立派な一人前ちんこなのであり 短小・包茎・早漏 この3重苦ヘレンケラーちんこでありながらも コンプレックスを払拭し ちんこに自信を持て ひいては 男としてより 自信を深めることができるのだけど 大きな大きなおまんさんさんを 見るだけでもそれは 俺はエベレストにチャレンジした と人生経験としてプラスにもなり もし またその大柄な女性が 私のちんこに満足せず このダメちんこ この下手糞 この役立たず このちんこ失格 この男失格 となじってくれても それはそれで 絶対的に 気持ち良いのです。 だって相対的に Mだもの。 俺 まいっちんぐ。
2002年07月19日(金) |
The chinko of fury. |
I use chinko to hold my fellow man I use chinko to help with what I can But when you face an unjust injury Then I'll change my chinko into zurumuke-chinko of fury
I use chinko to show my friendliness I use chinko to give a kind caress But when a man slaughters fellowman Then I'll change my chinko into mukimuki-chinko of fury
No more chinko to give my love to you But you'll know I've done what I must do I've fought the strong and I did chinko the wrong shape When I change my chinko into karideka-chinko of fury!!!!
into chinko of fury!!!!
女子校生モノだから つって 四十路のオバさんがセーラー服を着ていれば ロリータだから つって 単なる幼児体型のブサイク 薄ボカシだから つって 陰毛がジャンゴージャンゴーで 何も見えなければ まだ観てない つって 観れば実は3回目であれば 豪華120分 つって 下着を脱がすところを 下着をいぢくるところを カットされれば さあここだ つって タイミングを誤り 加藤鷹でフィニッシュしてしまえば そんなことも たまにあるよね つって 実は延滞だったら 淫行女子校生3を借りたはずなのに 実は 店員のミスで パッケージのなかに 淫行女子校生2が入っていて それを気づかず借りてしまえば 「素人」 なんつって 何本も出演している女優がいれば 新作料金を払ってまで 最新作を借り終えた翌日に 一般作に成り下がっていれば 店内に貼ってある 女優のポスターを気に入り その女優の出演作を借りようと 探せど探せど その女優のビデオの存在すらなければ そら そんなときにも 僕のちんこは たとえ異形のちんこでも たとえやわらかめのちんこでも たとえ見た目は やさしいちんこでも ちんこに青筋を立てて 怒りのちんこに なるのです 女性との性交時 女性への挿入時 女性への腰のグラインド時 そおゆうときこそ 青筋を立ててくれれば よいのに そんな自分への 怒りのちんこ。
The chinko of fury!!!!
2002年07月18日(木) |
人間椅子。また如何にして私は女性不信と下着フェチになったか。 |
私は女性に興味がある もちろんちんこがついてる故 それは自然な衝動であるわけだが 哀しいかな そのちんこがついているおかげで 女性の生態・性態には とんと無頓着である 世の中は社会という ひとくくりの範疇に有るものの 実際には男世界に女世界 その他数々のコミュニティで構成され 人間都合が良いもの 我が身の世界こそ全てと考える輩が多く それ故異世界への知識がなく コミュニケート不足が お互いの軋轢を生み 誤解やときには 病気を引き起こしたりもので お互いがお互いを尊重し 折衷することの相互理解を深めることが 肝要となるわけであり とりわけ 私はちんこがついている という理由で 選択の余地なく また疑うことなく 男世界を渡り歩いてきたわけで 気づけば 女心も理解できない ボンクラと成り下がり 女性には生理があり 出血や生理痛を伴い 生理用品などその種類は数多く どういった使い分けで 選択するのか その女性の嗜好・思考に興味が沸き きっと男にはわからない何かが サイドストッパーやら夜用やら 女性の心を虜にする はたまた 何故女性が その生理用品を使うまでに至ったか 女性の人生に いったい何が影響して そこに至るのかが 女性下着もまた然り 下着専門店で充分利益が上がるほどの その下着産業のなかで 数多くの色・カタチがあるなか 何故花柄なのか 何故レースなのか 何故Tバックなのか その衝動を突き上げるものは何か そこに至るまでに 一体彼女の身に何が起こったのか 何を考え何を目的に そこに至るのか 例え 煌びやかな洋服や化粧をして 愛想笑いや おとなしい大人の女を気取っても また生来引きこもりがちな女性でも その本性を隠してはいても そういった下着や生理用品にこそ 女性の本音が 見えるのであり そういった女性心理・女性社会を学ぶ事が 女性に対する理解を深める事にもなり 私のちんこにも 潤いを与えてくれるわけだが まだまだ 私は女性不信であり 未だに女性を信じる事ができない 何故ならば 女性は性行為時において ああイクイクイっちゃうぅぅ などと発言・宣告しておきながら なかなかイカない 男の場合 ああイクと宣言したときはおろか ああイクと言った瞬間 時には ああイクと言おうとした瞬間 あるいは ああイクと言う前に どっかーんとどっぴゅーんと 白い液体をぶちまけてしまうもので だからこそ 女性のイク発言と 実際にイクそのタイムラグが 男を惑わすもので 何故ならば 男だって女性をイカせてあげたいと 思うものであり 女性がイクイクぅと言うものだから 張りきって頑張って いつもよりも激しめに多めに 腰を振るのだが 女性はそのタイムラグでなかなかイカない それどころか 女性がイク前に こちらが果ててしまうわけで だから そんなとき女性は 「イキそう」 そう発言して欲しい 気持ち良い→うふ、くすぐったいよぉ→あん感じちゃう→ →いやん恥ずかしいよぉ→ああ凄いわ→ああもっとぉ→ →ああいいっ→ああもうダメ→ああイキそう→ →ああイクイクイっちゃう と段階的に 男に伝えて欲しい そう思うのは 男の勝手な考えだろうか 電車内で雨に濡れ 花柄の白いブラが透けている 女子校生を観察という名の 視姦しながら 女心が解からない 如何にして彼女は わざわざ雨の日に 花柄ブラを着用するに至ったかを 考えながら ドラッグストアに勤めれば 少しは理解できるのだろうか 否 どうせなら下着売り場で 否 ラブホテルで働けば 否 私は 女心を理解するために ブラになりたい パンティになりたい タンポンになりたい 羽根つきナプキンになりたい さながらさまよい求め ムーミン谷に辿りついた スナフキンのように。
2002年07月17日(水) |
3日と10年。邂逅と同窓。俺の罪。 |
困ってます 私困ってます 私こまりんこ 困った事になったのだ 一般的に 執念深いのは女性である 何故なら女性には 毎月アンネの日があり ホルモンバランスが崩れやすく 男性中心の社会に 情緒も不安定になりやすい ヒステリックにもなり 冷静な判断ができない だから 目の前のちんこに気を取られ また 情緒が不安定なものだから 目の前のちんこに 大きく依存してしまい 女の恨みは怖い なんて言われるのだが 実は ストーカー犯罪の大半が 男性であることを見てもわかるように 男のほうが執念深いと思うわけで ちんこに限らず 女性は洋服や音楽その他趣味が コロコロと変わる その想いは永遠だとは思っていても 年月が経てば そんな頃もあったよねえ なんて遠い目をしながら タバコを燻らせたりすることが 多々あるからで 新しいものに目が無い 特に女性は 「昔好きだった」 と過去をスパッと一刀両断する傾向が見られ そおゆう点においては 浮気性な性質を持つと言えるのだけれど 男はといえば 過去の女を思い出したり ウジウジする帰来が見られ 確かに聞こえは悪いが 何年も女性を想い続ける 現代では 確かに気持ち悪いことなのだが あえて良く言えば 実直な一途な面もあるわけで さて私は 過去の女に与えられたトラウマを払拭すべく 禁オナニー 否 減オナニーを宣言し 日課だったオナニーを 急に止めちゃあ体に悪いし 精神状態にもよく無いということで 週2回 つまり今日がその オナニー日なわけで もちろんこの数日 禁断症状と戦ってはいたのだが その話しはまたいつか それよりも今日はなにはともあれオナニー 仕事終わりに ビデオ屋というタイムマシーンに乗って アダルトビデオをチョイスし さあ態勢は整った いざ行かん とウキウキルンルンで寄ったコンビニに ある文字が目にとまった 「三浦理恵子スクープグラビア」 三浦理恵子をご存知か ミュージシャン・ダイヤモンド・ユカイ氏の元妻 最近ではその美脚を売りにして 歌手活動している女性 10年前はCOCOというアイドルグループで活躍し そのベビーフェイスにロリータボイス その人気は絶大で 勿論私もファンの1人だった 今で言うなら モー娘の石川某またはヨッスィーといったところか 「男は好きな女性をオカズにして オナニーするべからず」 男社会にある暗黙のルール 若かった私は 一度だけそのタブーを犯して 三浦理恵子をオカズにしたことがあった その神の罰か その翌日 某スポーツ選手との熱愛が報じられた 三浦理恵子の姿があった そんな三浦理恵子が ついに ついに脱いだのだ ヘアヌードなのだ 当時見たくても見れなかった 頭の中で想像することしか 余儀無くされなかった 陰毛や乳首が 今 目の前にあるのだ これで抜かずしてどうする タブーを破り熱愛報道されたその日 さよならオナニーをした ならば 今夜は 10年のときを経て再び出会った 邂逅オナニーではないのか ビデオで抜くか 三浦理恵子で抜くか 悩んでいる最中 部屋の掃除で気を紛らわようとしたところ これまた 数年前のエロ本がでてきた これまた中を開くと 懐かしい さながら 同窓オナニーといったところか 困った オナニー日は今日で 次は日曜まで無い 日曜日まで我慢できるはずも無い この一発をどれにするべきか 男の悩みは深い ならばいっそ 一発ずつ計3回やれば 良いのではないか 曜日は限定しても 回数までは限定していない とも思うのだが せっかく3日休んだオナニー 今日3回すれば この数日のモンモンとした ちんことの闘い 己との闘いの意味が無い 神は8日目にして 人間を創り給うた 禁オナニー3日目にして 10年もの歳月の邂逅 神はいったい 何故そこまで 私に試練をお与えになるのか それよりも 何よりも 一日3回もオナニーできるほどの ちんこ力が この歳になってあるはずもなく そもそも 私のちんこ自体 罪なのか それが一番 困っているのだけど。 困っているのだけれど。 困っているのだけれどもね。
「今まであなたとHをして 2回しかイキませんでした」 その呪縛が 私を女性不信に陥らせ SEX恐怖症ともなり 要は ちんこに自信を無くしたわけで いきり・調子乗りなんて 陰口叩かれる事もあるのだが 自信を持つということは 実は悪くは無い 藤原紀香や叶姉妹を見てもわかるように グラマラスなボディーに 数々の有名人との男遍歴 肉体に数々の武器を持つ女性の 自信の表れが 今の地位を築いているお手本だろう だがしかし もとより私は 生来正義感の強い性分であるが故に 嘘がつけない 嘘はつきたくない おそらく私にだって その気になれば 口八丁手八丁 女性をナンパしたり 歯の浮くような台詞のひとつも言って 甘く女性を口説けば 落ちる女性もいるだろう けれどもさ そうゆうときは 自分の長所をアピールし また女性もそのかっこいい男性像を 想像・期待の意味を込めて 股を開いてやらんでもないと 思うわけで そんな「カッコイイ俺」像が いざパンツを脱ぐと ちんこがちっさいんだもの 皮が長いんだもの そら女性は 気にしないとはいいながらも ぷぷ皮が長いのね と思わないまでも かっこいいちんことは思ってはいないどころか 普通のちんこ並に機能するのか 多少なりとも不安を覚えるもので 私のちんこを見た その一瞬の わずかな間 わずかな沈黙が どうにも耐えられないので ついつい パンツを下ろす前に ごめん皮かぶってるねん といきなり告白するのも なにか病気を告白しているみたいで 女性に引かれては困るという名目で いや勃ったらムケんねんけどな とフォロー・自己弁護する姿が どうにも情けないし 女性に嘘をついた感が 私を苛むわけで だから私はまず 女性を前にすると 言わなくても良い事かもしれないが ついつい仮性包茎である事を告白し やはり女性 仮性包茎なんて気にしなくていいよ なんて言っておきながらも コトが起きるかなり前に告白すると たいていフラれる事が多いどころか それはもう100%なのだけれど 私はもういい もういいのだと思う 仮性包茎だって挿入してしまえば 気持ち良いのであり それより何より 女性は男にイってもらうことが 何より嬉しいのだから 私の仮性包茎は 長き呪縛から 今 解き放たれたのだ。 いつかはわからないが 次 ネクスト女性と性交するならば たとえ女性をイカセられなくっても 挿入して5分でイっちゃっても 君のおかげで 私はイキました。 男として イクことがまず第一の使命 よかったら 俺の仮性包茎を イカせてくれないか 否。
「俺は君でイってみせるぜ。」
俺のちんこを 今 トキハナツ トキハナテこのちんこ。
2002年07月15日(月) |
ちんこ腐食劣等〜呪縛 |
病を克服するには 自分を掘り下げる必要がある 過去にさかのぼれば 必ず その原因があるわけで
私は過去に 女性を裏切った事がある さすがにこの歳 それくらいのことくらい あってもええやおまへんか お互いの立場・利益など 微塵にも感じず お互い若かったこともあり 周りから見れば バカップルだったに違いない もしかしたら どこにでもいる カップルだったのかもしれない それでも確かに あの時私は 確実に恋をして それまでの女性とは違った 守ってあげたい 結婚したい 何かしてあげたい 何かしてやれないものか そんな 私の一方的な思いだけではない 事実彼女も 同様のことを私に述べ 彼女の両親にまで紹介される そんな算段まで計画し まあ そんな一連の二人であるからこそ やっぱり バカップルだったのだろうが その日 私は 起きたら もう 夕方だった もちろん その大寝坊にはそれなりの理由があり 前日にその旨を伝えてはいたのだが 事前に連絡をしてあるのだから 非は無いと主張する私と 一番の良き理解者であるはずだった私が 実は一番ではなかったと主張する彼女 なんてことはない 彼女の方が 正解なのだ 正論なのだ 事前に連絡しておけば良い なんてものは 日常の人間関係にのみ有効なだけで その優先順位の 一番てっぺんに君臨するものが 男女の恋愛関係である 否。 恋愛関係であるからこそ 優先順位が一番に来るものだ 世間では 仕事とアタシとどっちが大事なのぉ なんてことを言う女は アタマの悪い女 と男社会では叩かれがちなのだが やはり 彼女を優先させるべきで それでこそ 恋愛関係であると思うのだ 別れると決断した女は 速い 冷たい 私を見つめる目の色が マッハの速さで変色し コーダの速さで冷たくなった 彼女は一度 私に抱かれて泣いた 私に抱かれて嬉しいと泣いた 私に抱かれた後 また独りになるのが怖いと泣いた そのとき 私は女を泣かせまいと決意した そして私は彼女に パンティを履かずに帰れ 帰宅途中の その恥ずかしさこそ この俺だ と言った この発言から解かるように 若かったというにはあまりにも 私は馬鹿だったのだ 阿呆だったのだ 阿呆故に こんな阿呆のために泣いてくれた 彼女を裏切り 別れ際の彼女の一言 「今まであなたとHをして 2回しかイキませんでした」 今その彼女が どこでどうしているかは知らない 知る由も無いし 知る必要も無い 人生とはそんなものだ だがその一言は 心に残り 以来 私は女性をイカしてあげることが 最大の 愛情表現だと 勘違いをし始めて 10年近く経った今でも 我が身を呪縛し その呪縛に囚われ過ぎて 縛られたい趣味の Mになりました。
2002年07月14日(日) |
YUKINARIはブサイクということか。 |
私は生来 貶されて叱られて否定され また自らも否定しては 常に客観・俯瞰的立場から自分を見つめ その相対の結果 主観・自己を見つめて 生きてきたため たまあに 誉められたり おだてられたりすると その対応に どうして良いかわからないどころか 一体何を求めているのか 俺に何を期待しているのだ などと疑心暗鬼に陥り いったん疑心暗鬼に陥ってから 木に登ったりもするのだけれど やはり そういったことは たまあにあることだから おだてられて木に登っても きっとお世辞・社交辞令なのだ でなければ ただ単にこのコは 少し頭がイタイコなのだ と浮かれることなく 平静に戻るのだが だがしかし 若い時期にほんの少しだけ心理学を かじる程度に専攻し 精神世界を表した文学にものめり込み 映画という表現活動さえも きっちりとこれは専攻し 日々視姦という名の 人間観察を怠らず この歳になった私は それでもある程度 人の表情で 考えている事くらい ある程度は容易に想像がつくもので さらには お世辞・社交辞令なども 一応社会人として 使い分けの状況も学び また使われることも その言葉使いで ある程度までは 理解できるわけなのだが 本日ははるばる神戸まで 夏服をウキウキショッピン まあたいがい 服屋の店員というものは おしゃれですねえ 色のバランスが良いですねえ などと近寄っては だけどね もう1ポイントね などと売上を伸ばすための 企業努力と愛想笑い そんなことは目を見れば 本心の言葉ではないことくらい だれにでもわかるわけで 問題はその後 買い物を終え せっかく神戸まで来たのだからと すぐ近くに福原があるのに 行かない手は無い 出てきた風俗嬢は やたらと私に おしゃれ・かっこいい といった誉め言葉を連呼し 挙句には もっと自信をもっていいよ もっと自分に自信を持ちなよ などと励まされ 風俗で生計を立てている 風俗にお世話になる若者といえば 女に持てない 大阪なら日本橋 東京なら秋葉原にいそうな 気持ち悪い変態群衆 日々風俗で生計を立てているため 男の比較対象が そういった連中ならば そら私はおしゃれであるしカッコも良いだろう だけどお嬢さん それは井の中の蛙というのだよ しかし聞けば 彼女は所謂プロの風俗嬢ではなく 普段は学生として精進し アルバイトとして風俗を手段としているらしく ならば男の比較対象は 若者全般 そのなかであって 私のことをおしゃれ・カッコ良いなどと言うのであり 勿論 風俗プレイ上企業努力として 多少のおべんちゃらがあることくらい それくらい私は理解しているが その後のサービスが 料金以上のサービスまでしてくれ さらには義務付けられている プレイ前の歯磨きでさえ 免除してくれた事を思えば やはり 彼女の言った事は もしかしたら真実であるかもしれない 疑心暗鬼のまま 次の風俗店で出会った風俗嬢は 会った早々 これまたカッコいいと連呼し さらには 芸能人で誰かに似ている!! と思案している 私は生来 似ているといわれた芸能人など 殆ど無く 昔たまに言われた事は 北野誠だの冬木弘道など 基本的に負のイメージであることが多く 内心いったいどんな芸能人が出てくるのか 彼女が思い出すのを 半分期待せずに待っていたところ 彼女の口から出た言葉は
「DA PUMPのYUKINARI!!」
DA PUMPの・・・の時点で 私は否定したのだが 彼女は「絶対に」という言葉を付け加えながら きっちりと彼女の顧客リストに YUKINARIで登録されてしまった私 勿論その後のサービスは 本来サービス外のことまで私に奉仕してくれ さらには あまりにも出来過ぎな話で断ったのだが 食事とお泊まりに誘われる始末 いったい今日は何の日だ 私はもうすぐ死ぬのか なんでこんなに誉められたのだ いやきっと 私はもうすぐ死ぬのだと思う 私の外見を知っている人 誰か教えてください 私はカッコイイのですか? YUIKINARIとやらに似ているのですか? やはりおだてられていただけなのですか? 私は木に登ってしまったのですか? やはりその風俗嬢にも もっと自分に自信を持ちなさいと励まされ 風俗嬢にガンバレと 励まされるのもどうかと思うのだが いや それよりも何よりも それ以前に 風俗店をハシゴしている 自分にも それもどうかと思うのだが。 いやちょっと たまたま寄ったパチンコが吹いたので。 いややはり YUKINARIは無いだろうと 思うのだが。 おそらく一生分を 褒めちぎられた 不思議な1日。 おまけの1日。 確かにちんこは 誉められなかったけどね。
勿論 生き急ぎ 死に急ぐ必要は どこにも全く無い 形勢不利な場合は 前に進む歩幅を狭め ゆっくりとじっくりと ときにはその足を止め ただただ嵐が去るのを じっと待つも良し ときには急がば回れ あえて逆方向に進んでみるも良し ときには 次の大きなスッテプのために チョロQの原理 多少の後退だって 長い人生から見れば たいしたことではない そのときの状況に応じて 風車の理論で対応すれば良いだけの事だ だがしかし 一念発起することもまた肝要 後先考えず 飛び込むことまた必要 否 ココロを鬼にして 飛び込まなければいけないときがある 今 私は思う 確かに私のちんこは短く 確かにカリは小さい が為に皮に覆い包まれている それがコンプレックスにもなり そのコンプレックスが故に 女性恐怖症にもなった しかし しかし しかし本当はわかっていた 私には解かっているのです 女性をイカすことができないのは 女性を満足させてあげられないのは 本当は ちんこの責任では ないことを ちんこに責任を 押し付けていた事を 私は間違っていた 私は勘違いをしていた 女性がエクスタシーに達する事を エクスタシーに導いてあげることが 女性に対する思いやりだと 女性に対する優しさだと それが男ってものだと 故に エクスタシーに導いてあげられない それが女性を傷つけているのだと だが違う 私が今まで女性の気休めだと思っていた イカなかったけど気持ち良かったよ その言葉こそが 女性の本心なのだ そりゃイったほうが良い事には変わりは無いのだが それはあくまでもオプションに過ぎず 女性にとってイコうがイクまいが 男性が早漏だろうが短小だろうが 愛する人と交わうことができれば もはや それはどうでも良いのだ 男にとっての使命は 男にとっての優しさとは 23分挿入して 女性をエクスタシーに導いてあげる事ではなく 女性の口・手・おまんまんさん 女性の肉体で イってあげることなのだ 男がイクことが 女性は何より嬉しい事なのだと 女性があの手この手で頑張っても ちんこが勃たないことが 何よりも女性を傷つけるのだと だから早漏でもいい イってあげることが大切なのだ だから私は ちんこを鍛えようと思う たとえ体調が悪くとも ちんこが勃つように 否 もはやちんこの責任ではない 腰を振りつづける体力が無い 疲れてしぼんでしまう イク前に ちんこが疲れてしぼんでしまわぬように 体力をつけるべきなのだ それが最低限の 女性への思いやりなのだ 女性を如何に気持ち良くしてあげるか それは次の段階なのだ 私のちんこは早漏ではない 早くイクのもったいぶって 発射するタイミングを逃し 疲労し不発弾になる もはや勃起不全1歩手前なのだ いけない これではいけない 女性の悲しむ姿は もう見たくは無い 今こそ 今がそのときなのだ その勃起不全の原因は なんてことはない 普段からオナニーのやり過ぎなのだ 普段からちんこをいじめ過ぎているからこそ イザというとき機能しないのだ だから私は 急にオナニーを止めると それはそれで身体に悪いので まずは オナニーの回数を減らそうかと思う そして 23分間 挿入して腰を振り続けられるほどの 体力をつけようかと思う 否 体力をつけるのだ もう もうこれ以上 女性の落胆する姿は見たくはない これが第1歩なのだ その1歩なくして その1歩を経てから 私のちんこは やっと大人になるのだ もう女性は悲しませたりはしない 今 立ちあがるのだ ちんこよ 勃ちあがるのだ。
なんじゃこりゃあああ という怪優・松田優作の台詞が 何年経った今でも 語り継がれるように 人間本当に驚いたときは 口からは何も出ない という世常もあるのだが やはり 本当の本当に 度肝を抜かれたときは なんじゃこりゃああああ と思うものだと そう思うのだが 私には いや誰にでもあるとは思うのだが 定期的に 遠くへ行きたい と唄って喝采を浴びた ジェリー藤尾病があり 本日は 肩と首が調子悪い と言う理由で仕事を午後からサボり その足で 京都まで映画を観に独り旅 仕事をサボっての電車旅は とても心地よく ガトゴトと揺れる道中 非常にこれ いい塩梅で 電車内放送と言うのか 周囲のご迷惑になりますので 携帯電話はご遠慮ください と言うアナウンスでさえも のほほんに聞こえ ふと目をやると 私の前を女性が通りすぎたかと思うと 私の前の座席の男性と 何やら痴話ゲンカどころか 女は大声コンテストとばかりに 車内で号泣し その姿を見て男は ただ笑いながら女を罵っている そんな姿でさえも 他人の痴話ゲンカなど 日常でなかなか観れないもの それだけで 京都まで足を伸ばした甲斐があったというものだ そんなわけで 本日は京都にて 巷で話題の 何やらスゴイと評判の カンヌでグランプリを獲った 「鬼が来た!」 を観賞 なのだが まさしく なんじゃこりゃあああああ 確かに 人間の心の奥底に潜む 人間の闇の部分 鬼 その鬼を 戦争というフィルターを通して 見事に描ききった という点においては 確かに近年稀に見る さすがはカンヌグランプリ なのだが 映画前半は コメディータッチで話が進み 戦争映画というよりも ほのぼのドタバタ人情喜劇 山下清物語 もしくは寅さん・釣りバカ日誌 所謂日本映画界の汚点 山田洋次チックであるのだけれど ああこおゆう映画なのか と気を抜いていたところ 後半 特にラスト30分は 凄惨極まりない スプラッターホラームービーへと ダイナミックというよりは あまりにもダイナミックすぎる その演出に ただ ただ茫然自失 いやダイナミックというより 単なる無茶 名作というより 文字通り 鬼作 怪作 観た者全てを なんじゃこりゃああああと 不快にさせて 煙に巻いてくれる 観てない方は 是非ご覧あれ いやあ映画って本当に 素晴らしいものですね サヨナラサヨナラサヨナラ シュワちゃん一緒にお風呂入ろっ 人生そのものが世界映画史である 故淀川氏と水野氏 いや晴男はまだ生きてるけれど 歴史的建造物と 近代建築が 融合というよりも 歴史的建造物と近代建築と そういったものと 軒並みを並べる 本当に歴史的名家の真横が 風俗店だったりする 京都は カオス その昔 「オヤジ3杯だ」 「ノー!1杯ね!」 なんじゃこりゃあああとも言うべき 禅問答を映画でやってのけた リドリー・スコットもきっと この映画と 今の京都の現状に なんじゃこりゃあああ と思うことだろう 不思議な映画を観た後に 風俗の呼び込みに 後ろ髪をひかれながら ちんこの鬼となって オヤジ3杯だ そう呟いて 京都を後にしたのである。
一度でいいから見てみたい 女房がヘソクリ隠すとこ うたまるです。 なんて言うように 男にとって 女性の生態は 深く霧に包まれた暗い闇 そういった心理から 都市伝説 古くは口裂け女 時速80kmで走るばばあ なんて妄想が 広がりをみせるわけで こうした都市伝説が 伝言ゲームで 人に話をするたび どんどん誇大妄想に陥るように 女性には その真偽さえわからない 噂を聞くことが 往々にしてこれあるのだが トイレの際は 便所の水を二度流す これは所謂 音消しのため というのが一般的な解釈 だがしかし 実際我がちんこで 小便の際に水を流したところで 便器の水が流れ終わっても 我がしっこ未だ止まらず 逆に周囲に くすくすしっこ長いわ くすくすきっと溜めてたのよきっと くすくすまだ止まらないわ なんて余計に恥ずかしいわけで それがうんこの際なら 尚更である 女性はトイレの際 トイレットペーパーを三角に折る それが次使う人のためのエチケット なんてのはまやかしで そんな行為をする女などは 偽善に過ぎない それどころか トイレットペーパーを三角に折る事で 逆に 私はここで用を足しました という証明にもなり 居酒屋など女性の入ったトイレのあと あいつだ、あいつが折ったんだ しかも下半身丸出しで 折り紙行為など 羞恥の極みである ああはしたないはしたない 猫はその生涯を閉じる際 そのいまわの姿を誰にも見せないように 女性はムダ毛を処理する姿を 男性には決して見せない それは女性が 男性を信用していない表れなのであり 僕ぁ、そういうのは どんどん見せるべきだと思うのだな そりゃ女性の 陰・暗の部分を見ずして 女性の綺麗に仕上がった姿を見るのも 良い事かもしれないのだが やっぱり 女性の影の嫌な部分を見て辿りつく そんな人生も悪くはないと思うのだ いやもちろん 女性のムダ毛処理や使用済みの生理用品が 汚いと言ってるわけではない それを受け入れてこその 安息の場があるのだと思うのだよ 世の中どうにも クサイものにはフタ社会で 何も見ない事勿れ社会 そんな社会だからこそ その社会のひずみの 女性のあられもない姿を 見たいと思うのです 否。 そんな女性の陰・暗な部分を 笑って言い合える うち今日生理やねん♪ と笑い会える社会作りをすべきだと 国家が率先して行なわない限り 男女性差別は永遠に続き 女性のしっこやうんこや 使用済みに生理用品を ただそれだけをひたすら映した 盗撮モノAVは無くならないどころか 機器の発達により 増加の傾向にある訳で いやそれはそれでありなのだが 私は 私は 一度でいいから見て見たい 女が不要下着を細かく切り刻むとこ。
2002年07月10日(水) |
変わったのは寧ろ長くなったみたい。てへ。 |
時代は変わる 世の中男性社会であり 女性の社会進出も 目覚しいわけなのだが パチンコにおいて 未だ風俗という範疇にあるも 一昔前には考えられない 風俗産業が 今や一部株式上場 ハリウッドスターがテレビ企業CMに出演 ネオンだらけ軍艦マーチといった 昔の胡散臭い雰囲気など無く 今や 外観ではパチンコ屋とはわからない おしゃれな建築 音楽はヒップホップや 流行りの曲が流れ 景品棚には ブランドもののカバンや香水・化粧品・家電が並び 若い女性でも 1人で入りやすい 確かに 時代は変わり行くのを実感するのだけれど 未だに パチンコのキャラクターに 女性 やんわりソフトエロチックなキャラを 登用するなど 男性社会の根深さが 今でも覗えるフシがり 未だに 性差別社会でもあることを 再認識するのだが 逆に言えば 道義的社会責任は 男性社会であるが故に 男性にあり 女性は弱者であるわけで 言いかえれば 女性は生きる上で 何の責任も無く 自由奔放に生きることができ あとは適度な年齢で 男と身を結び 養ってもらう 未だそう言う概念が根付いてるのだが そのため 自由に使えるお金がある 女性をターゲットにした産業というものは この不景気においても 安定した企業利益を挙げてるのだけれど 同様に 女性であることを利用して 安定した企業利益を挙げてる産業もある訳で 即ちこれ風俗・AV 女性の肌の温もりが 男の疲れを取ってくれるのだけれど 京都に とあるパチンコ屋がある 一見どこにでもあるパチンコ屋なのだが やたらと 男性客が多い それもそのはず 店員は皆女性で そこまでは良くある話なのだが 短いのだ いえ、ちんこでなくて 女性店員の制服のスカートが 短いのだ ドル箱のやりとりやパチンコ店員の仕事で しゃがんだり前かがみになるたびに その店員の下着がパンティが 見えそうになる この 見えそうになる というのが案外曲者で もう少しであと少しで と男性心理をくすぐり ついつい パチンコ屋に長居してしまい 気づけば財布が空 ヘルスに行った方が まだ安くつく 新手のぼったくりバー みたいなパチ屋なのだが いかに在庫豊富な イメクラでも 流石にパチ屋の制服 なんてコスチュームを用意している店など無く 男性社会に揉まれて つい気が緩み 足まで緩んでしまった 電車の前の座席の 爆睡してしまった女性は パチンコ台の如き大開放 時代や趣味志向は変化すれど 男の心をつかんで話さない その白いパンティを 無理して変化を求めるものではない 変わらなくても良い事もあるのだ 君はそのまま 白いパンティのまま それで良いのだと 瞼に焼き付け ジャンジャンバリバリ 今夜はちんこを握ろうかと思うのです。 男性社会のスキマ産業 パチンコ 君のココロのスキマに 僕の精子を 大放出してやらんでもない。 時代は変わるが 僕のちんこは 昔のまま 子供のまま 毛が生えた以外は 何も 変わらない。
2002年07月09日(火) |
国家もたまにはタマタマが気持ちいい。 |
人間誰しも夢を持つもので でき得るならば 楽をして夢を叶えたい いかに聖人君子といえども欲深いもので また科学においても 人間の夢を楽に叶える為に 目覚しい発展を遂げ 昔では 藤子不二夫や手塚治虫の マンガの世界だったものが この21世紀 現実になっていたり 現実になりかけているものすらあるのだけれど 世の中には様々な情報が溢れている メディアが多様化し 欲しい情報がすぐ手に入る 至極至便 されど世の中には 悪知恵を働かすものも多く 夢見る人間達を欺き 楽して儲かる 楽して女にモテル 楽して痩せる マイナスイオンだの トルマリンだの ありんこパワーだの 2chの掲示板よろしく 嘘大げさまぎらわしい広告ばかりで 夢見る人間ならまだしも そういった広告に引っかかるのは 逼迫した状況の人達で しかしやはり 騙される奴が悪いのだ きっちりと自我を確立していれば 騙される事はない しかし 騙されて見る事も 後に経験として 人間的成長と考えれば 冷徹完全無比な人間よりも 人間らしいのかもしれない そうなのだ 私は逼迫している おまんまんさんに逼迫している いい歳こいて うだつのあがらないこのボンクラ 一度騙されてみようかと 新たな世界も1歩から もしかしたら 私の知らない世界に 笑っている奴が多いかもしれない やってみなけりゃわからない その理念の基 数年前は 我が手を使わずして得る悦楽を夢見て 各種オナニーマシーンに手を出してみたのだが NASAで開発されたとされるその器具は 確かにかすかに 百歩譲って気持ちは良かったものの その電動音はすさまじい轟音で 使用中である事が 周囲に即バレ ダッチやアナルホールその他数種 どれもこれも 感触はいまいちなのだが その行為終了後の空しさ・空虚 いわゆるところの リバウンドが激しく そこから私は どうせ金を使うのなら風俗だと そう学習したわけで 勿論風俗でも ええコおるでぇ 若いコおるでぇ なんて言葉にも騙され もう1スッテプアップした私は 今では 穴場風俗スポットなんてのも見つけるほど 成長したのだが 成長があれば 衰退もある 伸び行く若者がいれば ひっそりと去る老兵もいるわけで いわゆる パワーシフト 新しい波 流石にこの私にも その波が訪れ 私のちんこは 無邪気に皮が長い 幼児期のまま ムケル事無く 少・青年期を過ぎ 今流石に 大きくはなるものの その角度・持続力は 確実に衰え 様々な媚薬や精力剤に もう一度騙されて見ようかなと かの有名な ドクター中松のラブジェットはじめ まんまちんこに塗るものや ガラナチョコやマムシといった 内服するものを試したところ
医薬品
と国家の押印があるものは 意外と利くもので 伊達に国家は税金を浪費してはいない 国民の為に 良いものを科学という方法で 我々に還元しているのであり だから 国家のおかげで 復活した この我がちんこ 君に還元したい そりゃあもう 俺のちんこに 騙されてみないか 人間夢を見ようよちんこのさぁ。 俺のちんこで 夢を見せてやらんでもない。 否 誰か夢を見させてください この老い先短いしわしわちんこ。 皮が長いが先っちょが短いのですが。 夢くらい見たっていいじゃない 下着が透けているのを見たっていいじゃない ちんこを握ってくれてもいいじゃない 白い下着を脱がしたら 乳首が真っ黒だった 陰毛がジャンゴージャンゴー 騙されても騙されても クンニしても歯に毛が引っかからない 立てば触らずとも割れ目が透けてる 薄毛の女 男はそんな夢を抱くのです。 けれど 濃いなら濃いで それでも構わない それはそれで燃えるのだけれど それはそれで 剃ったりして楽しいのだけれど 様々に騙されて 様々に経験して 様々に成長して 立派な毛フェチのできあがり。 こんな俺どお。
気づけば そこにいた。 UFOにアブダクトされた者や 精神錯乱者 あるいは犯罪行為を犯したものが よく言う言葉なのだが とある目標・目的に向かって 日々ストイックなまでに 鍛錬精進し 走り続ける事は 素晴らしい事だと思うのだが 往々にして そういった人間というものは 案外目標・目的しか見えておらず 壁にぶつかったり ふと我に返ると いったい何をしていたのか その目的すら 見誤る事が多々ある 例えばAV 今日は女子校生モノAVが見たいとする AVにおける 女子校生の位置付けというものは 一に制服モノ 二にやはり ロリ系純情系 え?こんなコがそんなことをぉぉ といった要因が多く コギャル またはAVで言う 素人系とは また一味違った範疇になり だが 人間は欲深い 隣のちんこは大きく見えるように ついつい 女子校生に留まらず 女子校生 だけど乱交・レズ 二つの欲望を満たすために もちろん ちんこにズバキュンど真ん中の女子校生が 乱交もしくはレズモノに出演していたら それはそれで済む話なのだが なかなかどうして 人生そう簡単に美味い話など あるはずもなく 出演女優のランクを下げてでも ちんこを満たしてくれるであろう 作品を探すのだが その作品に到達するには 二通りの選択肢があり まず 女子校生モノコーナーから レズ・乱交の要素が含まれている AVを探す場合と レズ・乱交モノコーナーから 女子校生が参加しているAV この2種は 似て非ざるもので 勿論たいていの男は 後先は有れど 両方散策してみたくなるのであり だからこそ ほんの数分のつもりが 1時間2時間 それが レンタルビデオ屋が タイムマシーンなんて言われる由縁なのだが そしてその頃になると こちらも仕事帰り 長期戦に成ると疲労するもので 当然 疲労すると 注意が散漫になり 当初の女子校生モノAV という目的は とうの昔に 思い出とともにおいてきた 気づけば セーラー服熟女学園 熟女セーラー などとかすかに 制服という願望が少しく残ってはいるものの 出演者は10代どころか 40、50のおばはんのコスプレに ただただ 呆然と ちんこを握り締めて ただ立ち尽くすなんてことは 良くある話で どういうわけか 今 テレビに映る 出演女優は 女子校生らしき年齢であるのだが どういうわけか 直腸に牛乳を浣腸器具で挿入され ぶっほん という大轟音を鳴らしながら 牛乳を 10mもの距離を 飛ばしている 如何にして私が このビデオを借りたのか 私自身ですら 解かるはずも無く ただ ただ言える事は 今日は ひどく暑かったのだ 少し血迷ったのだ 気づけば 女が尻から ミルクを大放出している。 気づけば その大きさカタチといい クリトリスと似て非ざる ちんこを握っていた。 暑かったから 暑かったから 暑かったからこそ 私のちんこも 熱くなったのかもしれない。
2002年07月05日(金) |
皮がムケますように。 |
天はニ物を与える 世の中不公正だらけ などと 己のコンプレクスに苛まれては 生まれたことを悔やんだり 親を恨んだり 独り枕を 涙で濡らす事もあるのだが 専ら夏の陽気に 汗をかくこともしばしば 新陳代謝の決起表明の その汗ですら かきすぎると デブ・肥満などと批判される 汗を掻く自由でさえ ままならない世の中 もはやTシャツは 季節問わず 衣類の第一党与党になり またそのお手頃価格から 使い捨て感覚で 気がつけば 部屋が衣類で埋まり 掃除もできない 女性が増えるのだけれど 一般的に デブの定義というものは 乳首が陥没しているか否か に拠ることが多く また乳房ですら 脂肪分であるために 大きければ大きいほど 乳首は小さく埋没し 所謂美乳・微乳と呼ばれる乳房には 小指大の乳首で有るわけで 私には あるのだ Tシャツを着ると 乳首が浮き上がるのだ だから 私は 多少体脂肪率が高かろうと 少しく恰幅があろうと 激しく汗を掻こうと 私は肥満ではないのであり それどころか そんな乳首ボッキンなTシャツ姿を 見られれば見られるほど 私の乳首は硬直し 多少のニプレスなら突き破るくらい 強固にもなり また余計に恥ずかしく 汗を掻き 乳首が堅くなる 等加速度運動理論 ネズミ講雪だるま式に 悦楽がまわりめぐって 再び出会うのだけれど 確かに 私は包茎で ちんこが短く 男として 大変なハンデキャップを背負っているのだが 私は 悲観しない 神は 天は 私に仮性包茎という 試練をお与えになったのだけれど それと引き換えに 必要以上に 特に 左側の 感じる乳首を 敏感な乳首を お与え下さったわけで 世の中まだまだ 捨てたもんじゃあない ちんこが勃たずとも 乳首は勃つのだ ちんこと乳首が 相互扶助のもと 初めて 私 という自我が芽生え 勃起する乳首を見ては 私の左の乳首は きっと前世は 立派なちんこだったのかもしれない 否 その姿形大きさといい もしかしたら クリトリスだったのかもしれない 輪廻転生餓鬼畜生 何百年もの時を経て 巡り合った 私の左の乳首と 私のちんこ おりしも 時期は七夕 さながら ちんこと乳首の間にある 私の腹毛を伝う汗は 天の川 今日くらいは 腹毛を 剃ってやろうと思うのです そして 汗を掻く以上に マスを掻く ゆっくりと ゆっくりと ときに激しく 乳首を弄って欲しいのです。 天はニ物を与えずとも 私のイチモツは 今日も元気です。
2002年07月04日(木) |
おまんまんさん急募。 |
実は 困った事になった 困っているのだが 悩む という概念は 実はそんなもの あるわけがない 誰かが作り出した 妄想に過ぎない 悩む という概念を創り出すことによって 本当は 自分に言い訳をしているだけなのだ 人生には様々な 選択・岐路の繰り返しで 人は皆 その選択が 正しいか正しくないか 若しくは 他人から正しくないと 断罪される事を 忌み嫌い また恐怖し その ときには苦痛を伴う 選択という作業を 実は拒否しがちで 躊躇する自分に 悩んでいる と言い聞かせる事で 選択を迂回し 状況をうやむやに 問題を先送りしているに過ぎないのだ だから 本当は 悩んでいる 時点で 実際は結論は出ており ただ その選択が 正解か否か その結論によって 起きるかもしれない事態に いやもしかしたら 何も起きやしない 幻想に惑わされ 一歩を踏み出す 勇気が無いだけのことで なんてことはない 自分のココロに正直に 後先考えず 足を踏み入れれば良いだけの事かもしれない そう考えると 困る という概念こそ 本当に にっちもさっちもいかない 状況なのかもしれない 何故ならば 悩むという概念は 自分個人一人称で 起きるのに対し 困るという概念は 自分以外の他者が 原因である事が多く それゆえ 自分一人で 解決できないからで 実は 困った事になった 困っているのだ いい歳こいて みっともないのは やまやまなのだが 夏の暑さも手伝ってか 元気 そう 元気なのです 何が? 私のちんこが ちんこを 我が黄金の右手で しごいてもしごいても 否 しごかずとも 元気にむくむくと 何度もダウンしては 立ちあがる矢吹丈のように 今なら 今なら 女性をイカすだけの ちんこ力が あるような気がする 今 元気です ちんこが 元気です 姉さん ちんこが 事件です 悩んでないで 勇気を振り絞って 私のちんこと 対峙してやらんでもない 女性がいないものか 私は今 ちんこのやり場に 困っているのだ もう 女でも男でも とにかく 私は今 モーレツに 腰を振りたい。 後先考えずに 俺は腰を振る 腰を振ってやる 腰を振るぞ 悩む暇があるなら それ以上に私は 腰を振る これからは 仮性包茎の時代だ そして私は 時代の寵児 仮性包茎のカリスマ 仮性包茎の王国を作って 王様は俺だ。 私はもう 悩まない ちんこが 元気だから。
2002年07月03日(水) |
俺のメルヘンにおいでよ。 |
世の中にはまだ 不思議な事が多い 雨の日に 古傷が痛むように 自然災害の前日に 胸騒ぎがするように 家族恋人親類縁者の身が 何か命の危険に晒されているときに 虫の知らせがあるように 私のちんこも ムケる日がある もちろん 仮性であるため 自慰行為の際には その日の天候に拠らず ムケてはいるのだけれど 気づけば 普段は隠れているはずの 小さな小さな カリが コンクリートジャングルの雑踏の中 アスファルトの隙間から 顔を出しているタンポポのごとく その小さな小さな カリが ひょっこりと顔を出しているのだ 女性の方はわからないだろうが 多分女性の アンネの日は 乳が張るだとか 妊娠すると 乳首まっくろくろすけだとか 月夜の晩は じゅんとくる そんな感じなのかもしれないが 本当に ムケているときがあるのだ いや実は 何を隠そう 今 ムケているのだよ 勃っちゃいない けど ムケているのだ ああ見せたい 誰かに見せたい 誰か見て欲しい 一人の女性すら 満足にイカスこともできない このダメちんこでも たとえ一瞬であっても ムケるときがあるのだ ときに世の中は不条理で 時として神は残酷だ たまたま変更した飛行機が 空中で大衝突&大炎上 塵と化し散っていった 52人の子供達の命もあれば 今日路上で 羽と足をケガしているのか 満足に動く事も出来ず ただ 車に轢かれるのを じっと待つハトを見た 手首を切るものもいれば 電車に飛び込む奴もいる けれど 世の中そんなに 哀しくプログラムされちゃあいないもので 案外 意外と どうにかなんとかなったり することもあるわけで 何よりも 私のちんこが あのダメちんこが このヘタクソと罵られるちんこが ううん大丈夫 全然気持ち良かったよ と女性に気を遣わしてしまう ダメちんこが 酒を飲み 女がご開帳し カモーン状態であるにも関わらず そんなときに限って 全く勃ちやがらない 男として機能しない ダメちんこでも ムケるときがあるのだ 今私は 小さくてもいい ムケているちんこを いとおしく思う きっと明日の朝には 元に戻っているだろうが けれど 与えられた 限られた時間を 幸せに思う 私のちんこは シンデレラ あの時計が 午前零時を 刻むとき 私のちんこは かぼちゃの馬車くらいに 大きくなってくれてたら それはそれで良いのだけれど きっと 獅子唐くらいの大きさに なっちゃうんだろう 午前零時を 時が刻めば 元に戻る こおゆうことを 世間では 仮性だけに 「一過性」 と言うんですなあ。 シンデレラは仮性包茎という そんな俺 メルヘン。
野球を知らない御仁にとっては 申し訳ないのだが 右打者にとっての 内角をえぐるシュート もしくはシンカー これ 自分の体に向かって 球が来る感覚 だからこそ打てない という理屈は理解できるだろうか 人は生来 真っ直ぐに 正直に 実直に生きなさい という教育を受ける だが 実直で正直で 一本筋の通った真っ直ぐな人間は 真っ直ぐであるゆえ 融通が利かず 多少性格が ひね曲がっていた方が 生き上手 世渡り上手 これが 現実 こと野球においても 本格派速球投手よりも 先に挙げた 決め球を持っている 変化球投手のほうが 選手生命が長いという事実が 何よりも そう語っているわけで だが 若者 とりわけ少女たちは そんな現実を受け入れず 真っ直ぐに生きては 社会との折り合いがつかず ココロの病にもなるのだが 真っ直ぐ生きようとする その信念は 確かに間違っちゃいない 曲がった者が良い目ばかり見る世の中 その現実を あえて受け入れたところで つい真っ直ぐに 逆らってやりたくならざるを得ないのだから それよりも何よりも 若い少女達の 冷めてはいるものの 真っ直ぐな瞳こそが まだまだ 世の中捨てたもんじゃない だから 真っ直ぐであるからこその障害は 苦しくても 辛くは ないのだ そしてその真っ直ぐな瞳こそが 私の ごめんなさいと 神戸を垂れるちんこに刺激を与え 私のちんこは真っ直ぐに だからあんまり そんな真っ直ぐな瞳で 私を見つめないで もお もおどうにかなっちゃうよお 否 そんな豪速球な瞳で 私だけを見つめていて 気持ちよくって 辛抱たまらないのだけれど 私のちんこは 前に曲がるどころか 右に曲がっている いやちんこが曲がっていると言うよりも ちんこは真っ直ぐなのだが それを覆い被さっている ちんこの皮が 右に曲がっているのだ だから しっこをすると しっこは右に曲がる 否 しっこをするときは ちんこの皮をむいて ちんこの根元を支えているのにも関わらず しっこは右に曲がる なんてことはない ちんこのしっこの穴が どうやら曲がっているらしい だから私は 明るい色のハーフパンツやズボンの類は履かない だって ついつい しっこを ひっかけちゃうんですもの でも でもね そんなことはどうだってよい そんなことは良くある話ですから 何よりも不思議な事は 僕の 精子は 真っ直ぐに 飛ぶのだ 真っ直ぐに だから私は 君の ココロの 内角を 私の右に曲がるしっこで えぐって 君の ココロの ど真ん中に 私の豪速球精子を 決めてやらんでもない。 イク速さも 君の真っ直ぐな瞳同様 豪速球なのだけれど。
君の瞳と 僕のちんこの ランディ・ジョンソン。
2002年07月01日(月) |
タグフェチになった日。 |
親切心というのが 時として仇となることが多い。 それどころか 興ざめすることもしばしば こちとら たいして困っちゃあいないのに 大変でしょう お困りでしょう などと来られると だあああああああああ やかましいいいいいい っと余計に混乱する事の方が多いと 特に障害者の間では 車椅子に座っているだけで 片腕が無いだけで 下半身がないだけで 目が見えないだけで きっと不都合だ きっと困ってる と判断する事が その時点で差別であるのだが アメリカという国家は ヤクザみたいな国で 国家自体 世界の警察などと勝手に決め付け 日本や韓国から 守り銭を巻き上げては お山の大勝面をしているのだが 国家がそんなだから アメリカ国民には 潜在ヤクザ ヤクザ的思考回路を持つものが多く 例えば タバコを吸ってガンになったのは その旨を明記せずに販売した いや、そんな健康を害する物を 販売している事自体おかしい 私はその犠牲者だ などと 自分が自分の意思でタバコを吸った事は 思いっきりどっかの棚に放り上げ また んなあほなぁ という訴訟が日常茶飯事に行われ どころか んなあほなぁ と訴えた側が勝訴してしまったりするのだ そういった んなあほなぁという訴訟を起こされないためにも 我が日本では PL法 という法律があり いや、本当は メーカーの欠陥を 消費者から守るというのが 本来の法意なんだが ともあれ このPL法によって んなあほなぁという訴えを起こされないために 各種メーカーは 予想でき得るトラブル 予想範囲外のトラブルを想定して タバコは健康を害しますよ 目や口や練り込んだらあきませんえ 子供のての届かないところに 服用後は車を運転したらだめですよ 鈍器として使用したらいけません なんて 親切という名の 言い訳・予防線を 各種商品に明記しているわけで もちろん それは消費者にとっては ある程度の目安にもなり 安心すら 覚える事も多いのだけれど 同様に 例えば 衣類には タグってのがあるんだよ 綿で〜すウールで〜す 洗えます 手洗いしてください なんてことを 書いてあるのだが もちろん消費者の目安にもなるし 服が色落ちしたと訴えられないための 企業の手段でもあるのだが しかし この親切 女性下着には どうかと思う どうかと思うのだ 例えばブラ この薄着の季節 かわいいあのコの うっすらと好けたブラ線 けれど 背中のホックに 巻き込まれ あられもないカタチになっているタグ 例えばパンティ その薄さと そのやわらかな肌触り 清潔感があり 爽快感すらあるのに けれど 腰 しかも真ん中に鎮座ましまる あのタグ 例えばTバック パンティラインが見えないようにと 女性の危機意識管理なのだが 所詮Tバックとて 男性の性妄想の産物 実は Tバックのほうが パンティラインばくっきりと あ、あのコTバック と一目瞭然なのだが あのタグ TバックのIの部分より太い あのタグ 女性諸君は あのタグに 何の違和感も感じないのだろうか いや やはり あのタグにこそ 人間味があるのかもしれない 永久脱毛が日常な今 女性の人間らしさを 認識するのは あのタグなのかもしれない いやこれはきっと タグフェチになれ 神様の試練なのかもしれない。 神様 その試練を乗り越えたら 私のちんこの 皮の長い障害はなくなるのですか もうそろそろ 私のちんこの 皮の長い障害ぶりを見て 親切な女性が もうそろそろ 殺到しても 良い季節なのに。 なんじゃそら。
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