てらさき雄介の日記
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2015年04月30日(木) 新たな任期がスタートした

新たな任期がスタートした。前期、前々期と同じく一番で記章が交付される。改めて気合の入る瞬間だ。その足で控室へ。先の選挙を勝ち抜いた26名で「民主党・かながわクラブ県議団」を結成した。

4年間様々なことがあるだろう。しかし自ら志願して乗り込んだ県議会。全てを受け止め前向きに進んでいく決意だ。まずは団長他新役員の選定。前年度の政調会長として責任ある対応をしていきたい。

●今日一日

【午前】
事務作業/県庁
記章(バッヂ)交付/同
民主党県議団全体会議/同

【午後】
民主党県議団全体会議/県庁
民主党県議団役員会/同
打合せ(県庁)/同

【夜】
会合(議会)/横浜市中区


新しい任期がスタートしました!


2015年04月29日(水) 人との付き合い方についてのルール

支援者有志と一杯やった。私にとって家族同然の皆さんだ。今後の活動についてご意見を頂いた。途中人との付き合い方について私の考え方を問われた。常時数百人の方々と交わり、加えて日々新しい人とも出会う。一定のルールを自分に課しておかないと、それこそ場当たり的な対応になってしまう。

一、新しい人と付き合うために旧くからの人を疎かにしない
一、その人の肩書や選挙の影響力で付き合い方を変えない
一、私の元を去っていく人を深追いはしない

以上である。しかしこれも最初から上手く出来ていた訳ではない。多くの失敗と試行錯誤の末に、結果自分で納得するに至ったものだ。もちろん今後はわからない。ルールの修正や追加もあり得る。私の政治活動はこれからの方が長い。日々勉強だ。日々経験だ。

●今日一日

【午前】
地域まわり/中央区内

【午後】
地元歌手主催カラオケ大会/富士見
泳げ鯉のぼり相模川/水郷田名
資料作成(報告会)/事務所
月例ミニ県政報告会(今後の抱負)/市民会館

【夜】
会合(後援会)/中央


泳げ鯉のぼり相模川の開会式に参加しました


2015年04月28日(火) 新人議員説明会があった今日一日

県議会で新人議員の説明会があった。あわせて現メンバー(明日29日までは前の任期中です)との懇談会。今後の日程等について話し合った。

次年度がどうなるかはわからない。一言ある政治が集まればもめ事はおこる。それを前向きに集約出来るかどうかが、まさに民主党という組織に課せられた課題だ。

私の基本方針は決まっている。選挙中に市民に約束したことを、しっかり県議会で訴えること。それが出来る体制を自ら創り出していくこと。全力で頑張ります。

●今日一日

【午前】
打合せ(議会)/県庁

【午後】
民主党県議団懇談会/県庁
打合せ(議会)/同

【夜】
相模原市職員新人歓迎会/町田市


2015年04月27日(月) 父の通勤した新子安で一杯

議会関係者との会合。私が場所を選べたので新子安にした。この駅前で飲むのは初めてだ。父が長く通勤した日産自動車横浜工場のある地。酒好きな父だったので、創業半世紀以上のこの店には来たことがあったろう。

お客さんは多くがサラリーマン風。相模原とはまた違った風景だ。ツマミも酒も出てくるのが早い。そして安い。しかし場末感はない。混んでいるからだ。日本一の京浜工業地帯に支えられている。日本の原動力だ。

●今日一日

【午前】
来客/事務所
地域まわり/中央区内

【午後】
団体訪問/町田市
打合せ(議会)/横浜市中区
事務作業/県庁

【夜】
会合(議会)/横浜市神奈川区


2015年04月26日(日) 過ちを認めるのは誇り高いこと

大日本帝国の侵略と統治を受けたアジアの国でも、それぞれに日本に対する印象と扱いは違う。よく言われていることだが、韓国や中国は厳しく、一方で台湾やフィリピン等は友好的。

その理由が先方の国柄にあるとする意見がある。しかしそれは一面でしかない。恨まれるにはそれなりの事実があり、褒められるにはそれなりの過去がある。ひとつひとつの歴史を丁寧に検証する必要がある。

戦争の発端、その後の戦闘の内容、統治に至った経緯、統治の手法と内容、戦後の賠償、その後の経済的な交流、等々。すべてが関連して現在の外交関係が成り立っている。

手をこまねいてはいけない。我が国が真摯に対応を考えねばならない。かつての戦争に対する真摯な反省の上に、戦後の日本は築かれている。過ちを認めるのは恥ではない。むしろ誇り高いことだ。

●今日一日

終日所用


2015年04月25日(土) 運動することを検討している

お陰様で当選した。仕事の意欲も満々だ。しかし体の疲れがとれない。まだ40台の半ば。少し情けない気がする。以前ある方から言われたことがある。「40台前半は無理がきく。しかし無理をすれば後半以後にたたってくる。」

多少余裕のある時に自己管理した方がいいということだろう。長年の懸案あだった運動をしなければ。ついにこの時が来た。現在いくつかのメニューを検討している。どれか一つ始める。無理をしないペースで。そして続けていく。

●今日一日

終日所用


2015年04月24日(金) ラオスに行きたい

最近は同じ国ばかり。慣れているので楽ではあるが、その分刺激や発見は少なくなる。ラオスに行きたい。そう思って数か月。あるテレビ番組で見た風景が良かった。直行便がないのは残念だがそう遠くはない。

●今日一日

終日所用


2015年04月23日(木) 相模原シティライオンズクラブにご恩返し

先の選挙では相模原シティライオンズクラブの皆様に多大なご支援を頂いた。入会して余り日が経ってない。つまり会の役にもたっていない。それでもだ。その分これからお返しをしなければならない。

まずは事業に積極的に参加すること。議会日程以外は極力出ていく。来る5月の若葉まつりではチャリティーを兼ねた子ども向けの企画を準備中だ。事前事後を含めてしっかり役割を果たしていきたい。

●今日一日

【午前】
地域まわり/中央区内

【午後】
湘北教組定期大会/中央
打合せ(地域)/同
自動車総連会議/横浜市中区

【夜】
相模原地域連合街頭活動/相模大野駅
相模原シティライオンズクラブ例会/相模原


2015年04月22日(水) 飲食店を苦境から救わねばならない

町田のある店に初めて行った。ご一緒した方の行きつけだ。非常に良い。特に食べ物が美味い。余り味に拘らない私でもはっきり分かる。値段は多少高めだが致しかたない。

食は文化。そして産業。何よりそれで生活している人が多くいる。また人は食べなければ生きていけない。飲食店の苦境から救う手段はあるはずだ。いまだ妙案を見出してはいないが、テーマの一つとして取り組んでいきたい。

●今日一日

終日所用


2015年04月21日(火) 宴席に最初から最後までいること

宴席に最初から最後までいる。実践を心がけているが、実際はなかなか難しい。しかしいくつかの‘決め事’をすれば可能なはず。

まずは「先約を優先すること」。中身で大切かどうかで判断するのではなく、最初に入れた予定を優先する。結果ダブルブッキングはあり得なくなる。

もうひとつは「予定の間に余裕を持つこと」。今日はこれに失敗した。前の宴席が伸びて、次の会合に遅れてしまった。反省。

●今日一日

【午前】
団体訪問/清新

【午後】
労組会議あいさつ/淵野辺
地域まわり/中央区内
事務作業/事務所
全日本不動産協会支部懇親会/富士見

【夜】
友人と夕食/相生


2015年04月20日(月) 大田実司令官の‘遺言’を改めて

これまでも何度か書いている同じ話である。しかし米海兵隊普天間基地の辺野古移設について、政府がまさに独善的な対応をしている今、改めて私の考えを述べていきたい。

沖縄の米軍基地を考える時に、いつも頭から離れない言葉がある。大日本帝国の大田実現地司令官が自決する前に、本土に向けて打った電報である。現地で初めてその記念碑を見たとき、大きな衝撃が自分の中に走った。背筋が寒くなった。今もその瞬間を忘れてはいない。

以下通信文

『沖縄県民の実情に関して、報告は本来県知事より報告すべき事だが、県には既に通信力はなく、第三十二軍指令部も通信余力がない。

県知事の依頼を受けたわけではないが、沖縄の現状を見過ごすに忍びないので、私大田司令官が知事に代わってご緊急に報告する。

敵が沖縄に攻撃開始以来、陸海軍とも防衛戦闘に精一杯で、県民を顧みる余裕は殆どなかった。

しかし、私の知る限り県民は青壮年の全てを防衛召集に捧げた。

残りの老幼婦女子は、相次ぐ砲爆撃で家屋と全財産を焼き出され、軍の作戦の邪魔にならない小防空壕に避難、しかも爆撃、風雨に晒される窮乏生活にあまんじた。

しかも若い婦人は率先して軍に協力し、看護婦、炊事婦はもとより、砲弾運び、斬り込み隊を申し出る者すらあった。

所詮、敵が来たら老人子供は殺され、婦女子は拉致され毒牙にかかってしまうと、親子生き別れになり娘を軍営門に捨てる親もいる。

看護婦に至っては、軍移動に際し、衛生兵は既に出発した後なのに、身寄りのない重傷者を助けて、その行動は真面目で一時の感情で動いているとは思われない。

更に軍の作戦大転換があり遠隔の住民地区が指定されると、輸送力がないのにもかかわらず、夜間、雨の中を自給自足しながら移動するものもいた。

要するに、陸海軍が沖縄に進駐して以来、県民は終始一貫して物資節約を強要され、ご奉公の心を抱き、遂に勝利する事無く、戦闘末期には沖縄島は形状が変わるほど砲撃され草木の一本に至るまで焦土と化した。食料は六月一杯を支えるだけしかないという。

沖縄県民はこのように戦った。

沖縄県民に対して後世になっても特別の配慮をお願いする。』

最後の「特段の配慮」をしているだろうか。現場の声に耳を傾けているだろか。同じ状況が神奈川、そして相模原であったらならと想像力をはたらかせているだろうか。否。他人事である。

民主党政権は「県外移設」を実現出来なかった。あの3年3カ月の中で最大の失敗だった。しかし安倍政権はもっと酷い。もっと丁寧な対応が出来ないものか。それこそ“上手くまとめる”のは自民党の得意技ではないか。あえて沖縄県民の逆鱗に触れている。まずは作業を停止すべきだ。

その上で二つ要求したい。一つは“お願いする”という態度を徹頭徹尾持つこと。政府の言う「基地で儲かっている人」はわずか。それ以外の人の方が多い。そして何より金よりも大切なモノを踏みにじまれているのだ。

もう一点。何故辺野古移設しかないのかを、もっと具体的に説明して欲しい。“アメリカがそう言っている”だけではダメ。どのように日本の安全に役だっているのか、多少は調査研究してきた私も理できていない。

現段階では翁長知事を全面的に支持する。いかに安全保障政策とはいえ、ここまで地方自治体の意志を無視するのは許し難い。地方議員のひとりとして、沖縄県を支援する決意だ。近いうちにまた訪れてみたい。

●今日一日

【午前】
お休み

【午後】
地域まわり/中央区内
自衛隊募集相談員会総会&委嘱式/中央

【夜】
団体訪問/南区相武台
下九沢地域振興会例会/南橋本


2015年04月19日(日) 八王子市議は伊藤忠之へご支援を

統一地方選挙の後半戦がスタートした。既にすべてが終了した相模原は静かだが、他の地域はむしろ前半戦より盛り上がっている。私自身も多くのご支援を頂いたので、志を同じくする候補者の支援をしっかりやる決意。期間は残り1週間だ。

まずは友人でもある伊藤忠之八王子市議候補の選挙事務所へ。野猿街道から一本入ると、そこはのどかな田舎の風景。中にたたずむプレハブと町会館で出陣式が行われた。多くの参加者で賑わっていた。典型的な地元型選挙だ。マイクも持たせて頂いた。

「私も3期目の選挙だった。大丈夫だろうという安心感が蔓延するなか、それを打ち消すのに苦労する9日間だった。伊藤さんも3期目。是非油断されることなくご奮闘願いたい。私も明中八王子の卒業生なので、同級生等も多くいる。しっかり声掛けしていく。」

●今日一日

【午前】
ダンス協会サークル演技発表会/富士見 
実践倫理宏正会ファミリーのつどい/中央

【午後】
伊藤忠之八王子市議候補出陣式/八王子市
会合(地域)/千代田

【夜】
会合(議会)/横山


2015年04月18日(土) 自治会と選挙は別であるべき

上溝地区自治会連合会の総会。地元県議としてお招き頂いた。懇親会を含めてのフル参加。様々な意見交換を行った。日頃から敬意を表している皆様と一同に会するのは有意義だ。今後も積極的に参加していきたい。

私は自治会選挙を否定してきた。個々の会員から支援は受けても、その組織に対して推薦等を依頼したことはない。確かに`面’の選挙は効率がいい。票も多く出る。しかしそれをしてしまえば、最も大切な選挙後の活動に支障をきたしてしまう。

私は相模原市中央区の選出。相模原市と中央区の声を代弁する責任はある。これは制度上求められている役割だ。しかし更に詳細な地域に立ち入って線引きし、どこかの地域を重点に、また逆に疎かにしてはいけない。議員たるもの全域のことを等しく考えるべきだ。

さてそんな私でも応援してくれている自治会関係者は多い。選挙と自治会は別。そのルールが時として違ってしまっている現状を、心の中で問題視している人が実は多いのだ。

●今日一日

【午前】
ダンス練習/富士見
支援者主催カラオケ大会/同

【午後】
支援者ご親族法事/南区北里
地域まわり/中央区内
上溝地区自治会連合会総会/上溝
同懇親会/同

【夜】
会合(議会)/中央


2015年04月17日(金) 故相馬雪香さんに選挙のご報告

尾崎行雄氏の3女である相馬雪香さんには多大なご指導を頂いた。既に鬼籍に入られているが、尾崎行雄記念財団に選挙のご報告に伺った。あわせて定例の政経懇話会に参加。

今日の講師は日本共産党の市田忠義副委員長。普段なかなか出会う機会はない。非常に興味深く話を聞いた。話の大方は理解出来た。政党助成金、小選挙区制、残業代ゼロ法案、集団的自衛権行使等。その問題意識は共通だ。

さて尾崎行雄氏。超党派で人が集まってくる。その人力に敬意を表する。生前「党派の為の政治」に警鐘を鳴らしていた。確かにそう。党利党略ではいけない。真に相模原と神奈川の将来を考えて政治行動をとっていきたい。

●今日一日

【午前】
地域まわり/中央区内

【午後】
打合せ(後援会)/相模原
行政相談対応(道路2件)/市役所
行政相談対応(スポーツ)/上溝
地域まわり/緑区内

【夜】
尾崎行雄記念財団政経懇話会/東京都千代田区


2015年04月16日(木) 県議選民主党候補の最多得票だった

いまだ前の任期。正副団長会議が開かれ6月補正予算の編成方針が説明された。政策事項なので民主党県議団の政調会長として出席。実際の審議は次の任期になるので、後任者にしっかり引き継いでいきたい。

さてある同僚から「民主党トップだったね。」と言われる。・・・?。どういう意味だろう。「民主党の県議候補のうちで一番得票が多かったよ。」あわてて新聞を見る。なるほど確かにそう。

得票数が多いから強かったという訳ではない。候補者が多くいる選挙区は票が分散するし、選挙区ごとに有権者数も違いがある。一概には言えない。しかし多くの方に投票頂いたことは事実。

26,317票。非常に重い。これまでに挑んだ4回の県議選で最も多い得票でもある。その期待に応えるのは当然のこと。また私自身の政治信条や活動スタイルを変えないことも大切。奢ることなく進んでいく。

●今日一日

【午前】
事務作業/県庁
正副団長会議/同
民主党県議団役員会/同

【午後】
民主党県議団全体会議/県庁
地域まわり/横浜市内

【夜】
神奈川民社協会理事会/横浜市中区
会合(議会)/同


2015年04月15日(水) 榎本揚助氏の今後にエールを送る

榎本揚助氏について。良いライバルであったと思う。書くことに迷いもあるが、若干思うところを述べたい。これが私なりのケジメでもあるし、また彼の今後に対するエールになればと思う。言えないこともある。それは勘弁願いたい。しかし可能な限り正直に書いていく。

「榎本与助さんの息子さんが県議選に中央区から出るらしい。」初めてその話を聞いたのは2年程前だったろうか。しかしそれ程気にはならなかった。その真偽すらわからなかったし、当時私は新任した民主党県議団の政調会長として四苦八苦していた。

しばらくすると街で見かけるようになった。それ以上に周りから「榎本君を見たよ。」との声を聞くようにもなった。この段階でも余り気にはならなかった。過去にも同様のことはあった。どこまで続くかなと思った。繰り返しだが、何よりも県議会の仕事が忙しかった。

そして一年が経った。彼は変わらず自転車で街頭活動を続けた。自分の中に少し焦りが出てきた。街頭活動は続けることに意味がある。選挙前だけノコノコ駅に来てもダメ。彼はそれを知っていたのだろう。加えて選挙戦略もあったのか。私の痛い地域を見事にまわっている。

何だかんだと言っているうちに半年前。選挙体制になった。彼がどのような計画でどのような選対を組んだかは知らない。しかし最後まで見事な選挙だった。プロの目からは幾つかの間違いがあると感じるが、しかしそれを上回る程の気合を見せたと思う。

4年後のことはわからない。ちなみに私の県議選初戦は敗退。15,576票。31歳だった。年齢は私より若く、得票もより多い。私も支援者がいる。これ以上のことは言えない。しかし無投票選挙区が続出するなか、果敢に挑戦した榎本揚助氏にエールを送りたい。勝手ながら。

●今日一日

【午前】
団体行事/清新

【午後】
地域まわり/緑区及び中央区内
街頭活動/市役所前交差点
当選証書授与式/市役所
地域まわり/中央区内

【夜】
森繁之市議選挙報告会/上溝
消防団(中央1-1)定期整備/同


2015年04月14日(火) 政局の現場に乗り込んでいく気がしない

市議は6年で辞めた。2期目だった。今回は県議として初の3期目だ。まさに中心になって取り組まねばならない立場。しかしその意欲がわかない。もちろん政策事項について変わりはない。可能な限り多く発言する。社会保障施策の充実を訴える。改めて地元相模原市民にお約束する。

しかし本気でそれをやろうとすれば、政局を含めてドロドロした世界に入らなければならない。人を押しのけて本会議で質問する。入りたい委員会に入る。自分が交渉窓口になって行政と話をつける。今日現在でその意欲がわかない。何故だろうか。過去2年間の政調会長としての疲れもある。

また慣れてきたのか、本来的に嫌いなのか。‘現場’に乗り込んでいく気がしない。最悪どのような役回りでも、再び4年間の任期を与えた頂いた。その120%をやりきる自身はある。しっかりと頑張っていく。まずは地元の皆様としっかり接し、そのご意見を聞いていきたい。

●今日一日

終日地域まわり/中央区内


2015年04月13日(月) 私はプロとして失格だ

選挙に勝つことが出来た。正直ホッとした。これからまた4年間、政治の仕事が出来る。やりたいことも多くある。早速県庁に様々な要望を始めた。市民に対して、ありがいと心から思っている。

しかし心は沈んでいる。嬉しいという気持ちが余りわかない。気づいた人が「暗い顔しているね。」と言う。「いや、そんなことはないですよ。」とつくり笑いをする。そう。内心はかなりのダメージを負っているのだ。

理由はわかっている。小池義和市議を落としてしまった。私は彼の支援者だった。また彼は私の‘後継者’だった。責任を果たせなかった。偉そうなことを言っていても、私はプロとして失格だ。

彼に対する個人的な思い入れもあるが、何より‘仕事’を全う出来なかったことが悔しくてならない。自分の中に慢心があったのだろう。こんなことでは自信を持って県議会へ行けない。

●今日一日

【午前】
地域まわり/中央区内

【午後】
地域まわり/中央区内
街頭活動/JR相模原駅

【夜】
打合せ(団体)/事務所
選挙結果報告会/中央
支援者訪問/横山
事務作業/事務所


2015年04月12日(日) 連れていかれて万歳を三唱した

お陰様で当選した。3期目の任期を与えて頂いた。終盤まで厳しい状況だったが、何とかなった。嬉しさと疲れがピークに達している今、ここで今日一日の心情を書いてみたい。

午前中に投票へ行った。会場の上溝公民館に近づくと、知っている方に多く出会う。「こんにちは。」・・・、しか声のかけようもない。ここに至っては皆さん投票先は決まっている。

その後いくつかの作業をした。そして夜。段々と支援者が事務所に集まってくる。私に気をつかってか余り話しかけてはくれない。手持無沙汰そうにパイプ椅子に座り、結果が出るまでの時を過ごしてくれている。

投票率が低いとの一報が入る。少し背筋が寒くなる。私のようなスタイルの候補は、多くの市民に足を運んで頂いてナンボ。このままでは自公の思うツボだ・・。事務所のなか全体に緊張が走った。

「負けるはずはない。」そう確信していた。それでも投票箱を開けるまでわからない。それが選挙。しかし遅い。なかなか集票結果が明らかにならない。他の選挙区では随時結果が公表されている。

すると、どこからともなく「大丈夫だ!」「当選した!」と声が上がる。根拠があるのかは知らない。どうなのだろうか。何本か電話も入る。「おめでとう」と言われる。

数十分経った頃だろうか。選対役員に呼ばれてメインスペースに。そのまま万歳を三唱した。その時点で26,000票を越えていた。目標数を大幅に上回っていた。ホッとした。とにかくも感謝である。

●今日一日

終日静かに投票結果を待つ


2015年04月11日(土) ここに至って負けるはずはないと確信

もうすぐ選挙が終わろうとしている。多くの市民に支えて頂いた。感謝でいっぱいだ。最後の活動はJR相模原駅に決めた。午前0時ギリギリまで立ち続ける。本村賢太郎さんも一緒にいてくれるとのこと。現職の国会議員でここまでやってくれる人はいない。ありがたい。

さて情勢はいまだ厳しい。しかしここに至って確信する。負けるはずがない。私は4年間しっかり仕事をしてきた。市民に対して決して恥ずかしくない。どちらにしても明日結果が出る。どのような内容でも受け止めて進んでいく決意。いよいよ明日は投票日。

●今日一日

終日選挙活動/中央区内


2015年04月10日(金) 最終盤は狠肋綫鎰瓩

多くの集会に参加した。「介護・医療・福祉等社会保障を充実します。」あとは「しっかり頑張ります。」を繰り返す。市民は、より多くの内容を問うていると思うが、残念ながらどの場所でも与えられた時間は短い。

それでも顔を突き合わせて話をする機会は貴重。街頭活動は一度や二度では意味がない。だからこそ日頃から積み重ねてきた。最終盤の活動は狠肋綫錣澄支援者の口コミをお願いしたい。選挙戦いもあと1日。

●今日一日

終日選挙活動/中央区内


2015年04月09日(木) 恥も外聞もなく「ご支援をお願いします!」

ここに至って隠し事は出来ない。正直に書こう。私の選挙区である相模原市中央区で投票に行く方は、大方10万人少しと推測が成り立つ。定数3を4人で争っている。単純計算では2万5千票獲得すれば落選しない。この数字こそが今選挙の私の目標である。

しかしいまだ到達していない。4年前の選挙は23,075票だった。その時も真剣にやった。支援者も全力で活動してくれた。その上での数字。あと2千票増やす為に一体どうすればいいのか。私にはわかならい。選挙運動の計画は選対皆様にお任せしている。私はひたすらに街頭で訴えるだけ。

終盤戦になった。この7日間も多くの市民にご意見を頂いた。「選挙の時だけ」という批判もあるが、選挙の時こそが、政治と市民が最も近づく瞬間だ。引き続き県議会で仕事がしたい。絶対勝ちたい。恥も外聞もなくお願いする。ご支援ください!お声がけください!よろしくお願いします!

選挙戦いもあと2日。

●今日一日

終日選挙活動/中央区内


2015年04月08日(水) 「このままでは落選」の状況なれど

私の選挙をご支援頂いている市議候補がいる。今日開催した個人演説会にも、多忙のなか応援に駆け付けてくれた。皆さんも厳しい選挙をしている。県議会選挙を応援しても、自分の票が増える訳ではない。むしろ旗幟を鮮明にすることは、マイナスを及ぼすこともある。しかし損得をこえた思いで私を応援してくれている。本当にありがたい。

私自身も苦境にある。本村衆院議員からも今日「現在4番手。このままでは落選。」という厳しい言葉が。それでも極限状況で培っている信頼関係は大切にしたい。皆で一緒に勝利したい。それが県会候補である私の責任だ。是非同志の市議候補にも、変わらぬご支援を頂きたい。ともに再び議員となって、県市連携してまちづくりに取り組んで決意だ。選挙戦もあと3日。

*私がご支援いただき、かつ私が応援している市議候補

☆大沢ようこ候補(民主党・横山)
 市議会民主党のまとめ役。党支部幹事長の重鎮。地域にしっかり根付き、
 地域に愛されている議員です。

☆小池よしかず候補(民主党・相生)
 私の実質的な“後継者”。来期は民主会派のまとめ役になること必然。
 3期12年を経て、一貫して市民感覚を忘れない議員です。

☆うすい貴彦候補(民主党・清新)
 中高の同級生。彼なくして県議としての現在なし。
 地元地域(清新・小山地区)を誰よりも大切にしている議員です。

☆きしなみ孝志候補(無所属・田名)
 私が市議在職中から面倒を見て頂いている兄貴分。
 出身の三菱重工労組の真心からのご支援にも、しっかりお返ししたい。

☆江成なおし候補(無所属・田名)
 私の基本姿勢「平和」について、日頃からご指導頂いている議員。
 子どもの貧困対策についても、今後一緒に取り組んでいく。

☆森しげゆき議員(無所属・上溝)
 浪人中からお世話になった方。同じく住んでいる上溝地域でも、
 徹頭徹尾ご支援申し上げている。政策力・実現力ナンバーワンの議員。
 
☆いがらしちよ議員(無所属)
 4年間の市議会での一般質問は素晴らしい。
 相模原の政治風土とは一線を画し、今後の相模原に必ず必要な議員。

●今日一日

終日選挙活動/中央区内


2015年04月07日(火) 出来レースや八百長に関心は集まらない

ある企業を訪問した。しかし応対して下さった方は気もそぞろ。紹介者の顔を立てて、時間をつくっているだけ。「てらさき雄介です。医療・福祉・社会保障・・」色々語ろうとするが、目に見えて一刻も早く職場に帰りたい雰囲気。

まあそれはそうだ。私はプロの議員。選挙運動もその一部。一方で目の前にいるこの方にも大切な仕事がある。政治こそが一番という発想はおごりである。むしろ“お邪魔しています”くらいの感覚を持つべきだ。

選挙に無関心な人を批判する政治家がいる。それも違う。興味を持たせられないのは、私たち政治側の非力なのだ。プロスポーツの試合と一緒。出来レースや八百長、全く変わらない顔ぶれの試合。それぞれ忙しい生活の中で、誰が興味を持つだろうか。

少なくとも真剣勝負をしたい。何故ここまでして議員になりたいのか。その思いと決意を伝えていきたい。選挙戦もあと4日。

●今日一日

終日選挙活動/中央区内


2015年04月06日(月) 私こそが反自民の受け皿になる決意

水郷田名をまわった。江戸時代からの用水路があった。相模原の良き風景だ。その近くに良さそうな“辻”があった。早速街頭演説。通りには誰もいないが、家の中で聞いてくれているはず。数分すると遠くである女性が、じっとこっちを見ている。

早速駆け寄って「てらさき雄介です」と名乗る。「あなた何党」と聞かれる。「民主党です!」と答える。するとこの方は「ふー・・」とため息をついた。そして語った。「民主党には期待していた。しかし今は良くわからない。最近は共産党に入れている。」

迷うことなく断言した。「私、てらさき雄介は反自民です。年々その思いが強くなっています。アベノミクスも規制緩和も、含めて市民の生活を楽にはしません。集団的自衛権の行使も絶対反対です。」しかしその女性は無言のまま、ご自宅へ帰っていった。わかってくれただろうか。

しかし嘘はない。党の支持率がどうかとか、党首が誰かとか、どこかの国会議員がケシカランとか、そんなことで私はめげない。少なくとも中央区においては、私こそが反自民の受け皿になる。その決意あればこそ、昨日も今日も民主党の旗を掲げて街頭に立っている。選挙戦もあと5日。

●今日一日

終日選挙活動/中央区内


2015年04月05日(日) 淵野辺十字路の歩道橋を初めて渡る

上溝駅から淵野辺駅まで歩いた。その通り徒歩である。友人2人が旗を持って一緒に来てくれた。午後3時に出発。到着は午後6時。途中寄り道をしながらだが、何とか辿り着いた。

淵野辺十字路の歩道橋を渡りながら、そこから見る光景に不思議な感じがした。ああそうか。この歩道橋を渡るのは初めてだ。普段の車とは違う。同じく歩いている通行者にご挨拶出来たのも良し。

街宣車は皆やっている。自転車も最近は多い。しかし徒歩は余り聞いたことがない。私もこれだけ長い距離は初めてやった。成果ありだ。早速選対に「良かった」と伝えた。今選挙中にまたやりたい。選挙戦もあと6日。

●今日一日

終日選挙活動/中央区内


2015年04月04日(土) 西門の夜桜まつりで改めて決意する

西門の夜桜まつり。まつりが終わる夜10時まで、一番人の多い場所にタスキをしめて立った。「県会、てらさき雄介です!」ひたすらに声を出す。前を通るのは半分くらいが子ども。無邪気に「頑張ってー。」と声をかけてくれる。友人同士笑いながら楽しそうな顔をしている。

一方で大人。しかめ面もいる。私に向かってクダをまく人も。仕事柄ある程度は受け止めるが、どうも、やはり、大人より子どもの方がいい。明らかに可愛い。このまま大きくなればいいのにと思う。まあこれは自分を棚に上げてだが。

人間は20歳から老化が始まるそう。細胞が段々んと死んでいくらしい。経験や知識は増していくが、思考・発想・記憶等の力も減退していく。ならば何故大人になる必要があるのだろう。選挙運動もひっぱくするなか、そんなことを考えてみた。

さて現在の政治は危ない方向に向かっている。教育もダメ。雇用もダメ。何より大切な平和もダメ。今の流れを食い止めたい。そして本来向かうべき方向に新たな流れをつくりたい。地方議員でも出来ることはある。選挙戦も残り7間。

●今日一日

終日選挙活動/中央区内


2015年04月03日(金) 天に与えられた運を活かさねばならない

県議会議員選挙の初日。立候補の届出場所へ行くと、審査を受ける各候補の街宣車が、市議を含めて20台以上並んでいる。スタッフも大勢だ。しかしその中でも、黄色いジャンパーを着た私の支援者が一番多い。

自分の情けなさを知っている。政治家としての弱点も。しかし今選挙も含めて人の縁には恵まれている。その理由はわからない。恐らくは私の力というよりも、天が与えた運だと思う。ありがたい。

さてその勢いを借りて、辻立ちを多く行った。すると通りすがりの方から聞かれる。「選挙なんだ。」「いつからやってるの?」候補者と陣営がいかに盛り上がっていても、残念ながら市民にいまだ浸透していない。

また候補者すらおらず、結果無投票になった選挙区も多い。いまだ詳細は聞いてないが、県内49選挙区の約5分の1にのぼるらしい。「県議になりたい」というやり手すら不足している。

含めて私たち政治家と政党の責任は大きい。単に議席を獲得することのみ考えているから、結果として市民から意識が乖離し、人すらも集まらなくなっているのだ。自ら戒めなければならない。残り8日間、全力を尽くす!

●今日一日

終日選挙活動/中央区内


2015年04月02日(木) 高揚感3割、恐怖感7割というところ

いよいよ明日、県議選が告示される。高揚感3割、恐怖感7割というところ。以前は逆だったが、年をとってきたせいだろうか。しかし選挙をクリアしなければ議員として仕事が出来ない。このままやり切るしかない。

選挙中は主に街頭に立つ予定。思い切り政治家としての思いを訴えたい。また現職の議員として、喫緊の県政課題についても取り上げていく。更に市民との対話も重要だ。選挙をチャンスとして出来るやり取りもある。

どこかでタスキをしめた私を見かけたら、是非声をかけて頂きたい。手を振っていただきたい。多くの支援と期待を背負って、懸命に最後まで進んでいく決意。必勝の精神を胸に。

●今日一日

【午前】
飲食店訪問/上溝
企業朝礼で挨拶/清新
地域まわり/中央区内

【午後】
企業でミニ集会/共和
地域まわり/中央区内
打合せ(選挙)/中央

【夜】
支援者主催お花見/緑区下九沢
事務作業/事務所


2015年04月01日(水) 地元消防団で二回目の部長に就任

新年度になった。選挙前であるが地域の活動は変わらず続いていく。消防団中央方面隊1−1の部長に、十数年振り二回目の就任となった。上溝地区の日金沢・本町・本久・田中・元町・鳩川をエリアとするローカルな組織だ。

日頃お世話になっている地元である。また長きにわたり一緒に活動してきた先輩と仲間も無視できない。皆仕事は忙しい。地域に対する使命感で集っている。多少でも役に立ちたいと思う。

●今日一日

【午前】
地域まわり/中央区内

【午後】
地域まわり/中央区及び南区内

【夜】
消防団定期整備(中央1-1)


てらさき雄介 |MAILHomePage