てらさき雄介の日記
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2009年08月31日(月) 自民にも人はいた

完全勝利である。本村賢太郎・後藤祐一、そして森山浩行、更には藤井裕久先生。確信を持って支援した候補者の当選を嬉しく思う。今後一層の活躍を期待している。

午前中は自宅で休養。午後しばらくすると電話があり、夕刻選挙報告会をするそう。初めて知ったが既に先約あり。まあいい。既に‘仕事’は終わっている。

夜ある方が‘お疲れさん会’を開いて下さった。政治の難しい話は抜きにして、とても楽しくたくさん酒を飲んだ。一気に疲れがとれた。その知己を得たことは嬉しい限りである。

さて当選の裏には、落選もある。感傷のみではなく、今後にとって有為の人材が、風によって何人も落ちてしまった。自民党にも優れた政治家はいた。伊藤達也氏はその象徴。小選挙区制の悪い面が出た。民主党なら何でもいい訳ではない。

選挙はゴールではなくスタート。国民生活第一の政治が本当に行われるか、主権者のひとりとして厳しくチェックしていく。今日の最後に、現在の国会議事堂が完成した昭和11年に、尾崎行雄氏がつくった詩を披露したい。

「めでたかる 此議事堂に ふさわしき 議員を得るは いつの代ならん」

●今日一日
【午後】
支援者訪問(数軒)/市中部〜南部
事務作業/事務所
会合(支援者)/星が丘


2009年08月30日(日) さあ本業に戻ろう

仕事を休んで一緒に活動して下さった、多くのボランティアの仲間に感謝したい。景気低迷の折、大変だったと思う。その思いに報いれる結果は、しっかり出ていると確信する。

さて是非ご理解頂きたいのは、衆議院選挙の応援をするのは、県議としての仕事ではない。確かに政治家としては重要な活動だが、県民の税金から報酬をもらっている立場からすれば違う。

思えばこの1ヶ月間、どれだけ県議として働いただろうか。政権交代によって地方分権を実現したいとは言っても、それは多くの県民にとっては屁理屈のレベルだろう。

致し方ないこととは言え、余りにも選挙に傾注し過ぎたことに、今日に至って反省の気持ちも大きい。さてもう数時間で投票箱が閉まれば、今衆議院選挙における政治家としての役割は終わる。

9月2日には防災警察常任委員会の調査もあるし、何より14日からは9月定例会が始まる。さあ本業に戻ろう。

●今日一日
【午前】
支援者訪問/市中部
【午後】
支援者訪問/市中部
事務作業/事務所
支援者訪問/市外


2009年08月29日(土) 究極の先約

総選挙最終日だ。住まいのある上溝と田名地域の支援者や知人を訪問し、もうひと押しの支援拡大を訴えた。その流れで田名の花火大会に参加。例年通りものすごい人出だった。

その後本来なら選挙事務所に戻り、一緒に運動した仲間と慰労し合うところだが、どうしも大切な行事があり失礼した。万難を排しても行かねばならぬ会、政治家を続ける限り行かねばならぬ会である。

それは上溝地区鳩川自治会の盆踊りだ。年間数十の盆踊りに参加するが、ここが最重要な場所である。この自治会の所帯数は少ない。盆踊りの参加者も数十人の単位だ。それでも行かねばならない。

何故ならばここは、浪人中に唯一ご案内を頂き続けた場所。市議時代に複数あった案内が、落選によってパタッと止まる。それは致し方ない。呼ぶ意味がなくなったのだから。

しかしここだけは違った。その感激については言葉のみでは足りない。今後は案内があろうとなかろうと、ここに行き続けることによって、初心忘るべからずを証明したい。

来年も田名の花火と同じこの日。すでに日時を記憶している。年末に新手帳を買えば、すぐに予定に書き込む。予定は先約優先が基本だが、まさに究極の先約である。

●今日一日
*終日衆議院選挙支援活動
【午前】
支援者まわり/市中部
【午後】
支援者まわり/市中部
田名納涼花火大会/田名
鳩川自治会盆踊り/上溝
支援者訪問/上溝


2009年08月28日(金) 勝つべくして勝つ

期日前投票に行った。誰と何党に投票したかは、法律の都合上ここでは書かないが、まあ言うまでもないだろう。確信をもって2票を投じた。

期日前投票は良い制度だ。一方‘期日前’などと中途半端なことではなく、名目ともに「毎日を投票日」にすべき。それを阻むのは、高い投票率を恐れる候補者と政党・・・。

選挙は投票箱を開けてみないとわからない。しかし我が陣営が優勢なのは、日々の活動で実感している。その上で何をすべきか。今日の演説会でも言ったが、‘勝つべくして勝った’と言える結果を出すことだ。

前回の郵政選挙がそうであったが、「よくわからないうちに、何だか勝たせてしまった」と言われたくない。ここに至った以上はじっくりと、政権交代の意義を理解してもらえるよう頑張る。

●今日一日
*終日衆議院選挙支援活動
【午前】
支援者訪問/市中部
【午後】
投票/上溝
事務作業/事務所
オムロンレーザーフロント労働組合定期大会/下九沢
街頭活動(党幹部来訪)/市中部
演説会/中央
打合せ/共和


2009年08月27日(木) ひたすら謙虚に

政治の世界はかなり狭い。その狭さから来る未熟さが心配だ。今衆院選で本当に勝利出来るかは、もはや投票日を待つしかないが、それよりも政権交代後のことを考えると冷や汗が出る・・・。

今日富士に行った。陸上自衛隊の実弾公開演習を間近に見た。そう政治とは現実なのだ。「憲法9条を世界に」だけでは、世界平和と実現することは難しい。具体的な取組みこそ重要なのだ。

さて現在、県知事は松沢さん。地方議会に与野党はないが、私自身の信条はまさに与党。だから役所に意見を言うにあたっても、どうもしっくりこない点もある。‘与党’は難しい。

先日「300もいらない」と言う党幹部がいた。大切な精神だ。謙虚、謙虚、まさに謙虚にことにあたって欲しい。党の幹部は投票日にテレビで笑顔を見せないで欲しい。本当に勝てたとしたら、そこからが勝負なのだ。

●今日一日
【午前】
相模原ライオンズクラブ例会
【午後】
相模原ライオンズクラブ例会
衆議院選挙演説会/田名
衆議院選挙演説会/千代田
打合せ/共和


2009年08月26日(水) 重複は例外的に

現行の小選挙区比例代表並立制が導入されたときのことを、今でも鮮明かつ詳細に記憶している。

当時の細川内閣は、一時‘併用制’を検討した。しかし小沢一郎氏の意見などもあり、より議席の増減がしやすい(政権交代がおこりやすい)並立制となった。

そして小選挙区と比例代表を、それぞれ何議席にするか、当時野党の自民党と話し合いが難航。最終的には細川総理と、河野自民党総裁のトップ会談で決着した。

並立で比例を加えているのは、少数意見を衆議院に取り入れるため。その判断は正しい。今後も小選挙区中心の制度を採用し続けるならば、むしろより多くの比例枠を設けるべきだ。

さて一方比例代表選挙は、一般にはかなり評判が悪い。その原因は制度ではなく、各政党がそれぞれの判断で行っている狃妬N候補瓩砲△襦小選挙区の敗者復活枠になってしまっているのだ。

小選挙区比例代表並立制のもと、最初に行われた衆議院選挙で、新進党は原則重複をさせなかった。小選挙区にはそれだけの候補を、比例には小選挙区に不向きな候補を、それぞれ配置して選挙に臨んだ。

一方自民党は重複をさせた。結果選挙区で落選した議員を多く比例で救済でき、現職を続けさせることによって力を温存し、次の選挙における小選挙区の勝利につなげたのだ。

それからというもの、重複立候補が一般になった。すべて白か黒かとは言わない。党の判断で重複させる場合もあるだろう。しかしそれが当たり前になることにより、小選挙区選挙の価値が薄れてしまっている。

制度の中身も運用も、数回の経験を活かしつつ、より民意が反映しやすいよう改変すべきだ。

●今日一日
*終日衆議院選挙支援活動
【午前】
街宣活動/市中部
【午後】
街宣活動/市中部
後援会打合せ/事務所
打合せ/共和
打合せ/共和


2009年08月25日(火) 究極のKYは

選挙では多くの演説が行われる。今回改めて痛感したことだが、応援演説する立場で気を付けねばならないのは、予定時間よりも長く話してしまうこと。究極のKYに至っては、候補者より長い場合もある。

公示日JR相模原駅で第一声をやった。司会を担当するにあたり、最初に「お一人あたり3分程度で」と前置きしたが、それ以内に収まった人は少くない・・。結果候補者が時間調整をせざるを得なかった。

結婚式のスピーチや宴会での乾杯もそうだが、人前の話は長ければ長いほど印象が悪くなるし、何しろ途中であきてしまうので内容も記憶に残らない。小泉元総理のワンフレーズ作戦は、これを逆用したものだ。

さて明日以降も数十回、街頭と集会場での演説がある。ここに書いた以上は、自分が同じことをしたら、それこそ情けない話になる。最大限気をつけよう。かつ気合いを入れて訴えよう。

●今日一日
*終日衆議院選挙支援活動
【午前】
会議/共和
支援者訪問/市中部
【午後】
支援者訪問/市全域
演説会/中央
打合せ/共和
夜の選挙事務所


2009年08月24日(月) 悔いなき投票を

家に帰ってテレビでニュースを見た。若い世代に牴晋療衂爾帽圓ないのか瓩畔垢特集。「行かない」と言う人の理由で一番多かったのは‘行っても変わらない’だった。その人たちには、明らかな事実誤認がある。

ハッキリ言っておこう。政治は誰がやるかによって、良い方向か悪くなるかは別にして、かなり大きく違った結果が出るものなのだ。古今東西の歴史がそれを証明している。

現に小泉総理になってから、国民生活は大きく悪化した。政治はすべて人が行う。地震や雷のような自然現象ではない。まずはこのことを主権者にわかってもらえるよう、すべての陣営は運動を行うべきだ。

ここで自公が選ばれたら終わりだ。一方この選挙で低投票率になったら、それ以上に日本の民主主義は崩壊するかもしれない。必ず投票に言って欲しい。それぞれに悔いなき投票をして欲しい。

●今日一日
*終日衆議院選挙支援活動
【午前】
街宣活動/市南部
【午後】
街宣活動/市南部
支援者訪問/市中部
事務作業/事務所
打合せ/共和
打合せ/共和


2009年08月23日(日) 何とか応えたい

選挙とは主権者との対話。外に出ていかに多くの人と会い、的確なメッセージを伝えられるかだ。私たち選対本部の役員は、その段取りを考えるのが役割と言える。

しかし打合せや会議が多い。街頭で話すのは政治家の本望だが、内に籠った話はどうも・・・。一方この基礎をしっかりしないと、外に向けて効果的に運動は出来ない。

「ここはどうするの?」と選挙事務所で聞かれる。「・・・・。」わからない。そう私も候補者である訳だが、選挙は支援者に任せっぱなし。意外に選挙を知らないのだ。

まあそう正直にも言えないので、間違えないと思う範囲で、ハッタリも言うし、後ろでこそっと調べて回答もする。とにかく一杯々々なのだ。ただ一念。民主党に期待して下さっている人に、何とか応えていかねばならない。

まだ1週間ある。いつも真剣にやってきたつもりだが、ここまで自分以外の選挙に没頭したのは、思えば初めてのことかもしれない。「それは何故?」と振り返るのは、8月30日の投票日以降にしたい。

●今日一日
*終日衆議院選挙支援活動
【午前】
街頭活動/上溝
打合せ/共和
【午後】
支援者訪問/市中部
打合せ/共和
演説会応援/弥栄
演説会応援/相生
打合せ/共和
打合せ/共和


2009年08月22日(土) 300もいらない

マスコミの一部報道によると、民主党は300議席に及ぶそう。果たしてどうなのか。事実認識として正確なのか疑問だし、果たしてそこまで勝つ資格があるのかとも思う。

自民党の政治は間違いを犯した。社会保障費の2200億円削減をはじめ、結果として国民生活に打撃を与えた。だから「NO」の判断を選挙で下さねばならない。必ずや政権交代を実現したい。

一方この前、相模原に応援に来た党幹部が言っていた。「300もいらない。過半数の250で十分。その資格のない人が多く当選したら、それは逆チルドレンになってしまう。」

とかく政治関係者は自意識過剰が多いが、どうか自分を見つめ直して欲しい。選挙で多くの得票を得られたとしても、それが必ずしも自分の能力ではないと認めて欲しい。その謙虚さを求めたい。

●今日一日
【午前】
衆議院選挙支援活動/市北部
【午後】
衆議院選挙支援活動(党幹部来訪)/上溝・中央
中央地区ふるさとまつり/中央
事務作業/事務所
石住自治会盆踊り/上溝
豊原自治会盆踊り/上溝
石橋自治会盆踊り/上溝
横山地区ふるさとまつり/横山
打合せ(衆院選)/共和


2009年08月21日(金) 必勝を願う数人

他の選挙区にも応援に行きたい。それは民主党候補だけではない。必ず勝って欲しい人が何人かいる。しかし選対の責任ある立場ゆえ、相模原を抜けることは出来ない。

だから祈るような気持ちだ。真に日本のためになる候補者には、何としても勝ち上がって欲しい。ささやかかもしれないが、出来る限りの遠方支援は継続して行っていく。

●今日一日
【午前】
衆議院選挙支援活動/市内全域
【午後】
支援者訪問/東京都調布市
衆議院選挙支援活動/共和
上溝夏祭り実行委員会/陽光台
会合(党)/南橋本
支援者他と懇談/中央


2009年08月20日(木) あえてダメ出し

公示後3日が過ぎた。既に数十か所で演説をしている。今日も市内各所で気合を入れて行った。一か所行うたびに、少なくとも2、3名の方が話かけて下さる。過去経験したことのない関心の高さだ。

選挙運動は候補者を中心にして、たくさんの支援者や仲間と一緒に行う。候補者にしか出来ないことも多いが、一方応援する人たちにしか出来ないこともある。

今回の衆議院選挙にあたって、‘候補者を支援する地方議員’として何をすべきか。ひとつは自分の支援者に働きかけること、ふたつは多くの市民に訴えていくことだ。

良い支援者にめぐまれたこともあり、ひとつめの仕事については、ほぼ完了している自負がある。期間中はもうひとつの仕事、そう議員であることを活かして、街頭や演説会で多くのメッセージを伝えることに特化したい。

さて候補者は自分の夢と思いを語ればいい。「こうしたい」と将来に向かって言えばいい。他の政党や候補者の批判を多く述べれば、結果自己主張をする機会が減るばかりでなく、かなり見苦しい運動にもなりかねない。

自分の選挙でもそうしてきた。だからこそ今選挙では、候補者でない立場として、逆に今の政治について、現政権の問題点について多く言うようにしている。はっきり言えば批判をしている。候補者との私の役割分担だ。

与党は実績を野党はビジョンを、それぞれ問うのが選挙のはず。与党は今までしてきたことを、堂々と主権者に訴えればいいのだ。しかし言えまい。少なくとも過去4年間の政治は間違いが多かった。

「頑張ったんだ」と言うかもしれないが、別に与党がなまけていたとは思っていない。しかし政治は結果責任。今の国民生活を素直に見れば、間違いは間違いという判断を主権者に下してほしい。

過去にケジメをつけることは、今後に向かって大切なことなのだ。少なくとも政治においては。

●今日一日
*終日衆議院選挙支援活動
【午前】
街宣活動/横山台・横山
【午後】
街宣活動(党幹部来訪)/並木
街宣活動/光が丘・緑ヶ丘・陽光台
支援者訪問/星が丘
演説会/桜台
演説会/陽光台
打合せ/共和
打合せ/共和
選挙事務所


2009年08月19日(水) 44歳の中森明菜

一日の選挙運動に疲れ、ヘロヘロで家に帰って来た。ふとテレビを付けると中森明菜が唄っている・・。ナマ明菜を久しぶりに見た。しかも合間にインタビューにも応えている。

何と44歳になっているそう。‘スローモーション’でデビューしたのは16歳のとき。2枚のシングル‘セカンドラブ’は、生まれた初めて親に買ってもらったレコード。私は小学生だった。

彼女はその後次々と、私好みの曲を次々と打ち出していった。加藤登紀子が作曲した‘難破船’は、女性が歌う好きな曲ベスト3に入っている。(ちなみに他2つは、中島みゆきの‘わかれうた’と竹内まりやの‘駅’)

過去を思い起こした。自分は政治家として人生を全うしたい。そう決めている。しかし他に思わなかった訳ではない。小さい頃より今日に至るまで、いくつかだが、やってみたいということがあった。

考古学者、旅人、父のような普通のサラリーマン。この3つについては、かなり強く思ったこともある。最近思う。爐覆蕕覆った瓩里任呂覆、爐覆譴覆った瓩里任呂函

ごく稀にだが、「次生まれても政治家をやりますか」と聞かれることがある。人生は二度ないので、深く考えてはいないが、「やらないと思う」と答えている。政治家としてやる気満々だが、そう自然に言えてしまうのは何故か。

さて人生は短い。だから多くのことは出来ない。しかし志を持ちながら、結果敗れた人については、何度でも再チャレンジを認める社会であって欲しい。そのため必要なのは、社会全体の優しさであるはず。

取り留めのない話になった。酒は一滴も飲んでないが、疲れると同じような状態になるのかも。さて明日は、午前中から数時間街宣車、個人演説会での応援演説、今後の選挙運営についての会議、目白押しである。

さてここら辺で、中森明菜に牴颪┐伸瓩海箸魎鬚靴思いながら、いくばくかの休眠をとりたい。お休みなさい。

●今日一日
*終日衆議院選挙支援活動
【午前】
街頭演説/古淵
【午後】
選挙ポスター依頼/上溝
街頭演説/横山台・上溝
打合せ/共和
今日は党車で街宣しました


2009年08月18日(火) 公示日にあたって

いよいよ衆議院選挙が公示になった。今日以降はこの日記で、候補者名を書くことが出来ない。投票日までの12日間は、法律を順守しつつ日々の思いを伝えていきたい。

夕方には駅で第一声を行った。そこである市議が言った「相手に比べれば陣営の人数は少ないが、ひとりひとりが当事者の意識を持って臨めば、必ずや厳しくても勝機が見えてくる。」

その通りだ。午前中に行われた出陣式についても、早速相手陣営は○○人も集めたのに・・・、といった類の意見も出ている。しかし動員された人数が何千人であろうとも、自主的に来て頂いた一人には勝てない。

さて選挙を運営する立場として、第一に気を付けるのは、絶対に選挙違反はしない。させない。選挙は勝たねば意味がないが、一方勝てばいいというものではない。

そしてもう一つ。投票率を上げたい。少なくとも4年前の郵政選挙より、高い投票率にしなくてはならない。多くの主権者の参加によって、政権交代を実現してこそ、今後の大きな改革に繋がっていくのだ。

●今日一日
*終日衆議院選挙支援活動
【午前】
出陣式/富士見
【午後】
打合せ&作業/共和
第一声/相模原
打合せ/共和
街宣車の出発


2009年08月17日(月) 靖国にいない人

ついに明日衆議院選挙が公示になる。それ以降は公職選挙法上、候補者の名前を含めて書けないことも多い。ルール上妙な点もあるが、制定している側の人間として、それを順守しながら思いを伝えていきたい。

さて靖国の話をしよう。最近そんな話題が多いが、8月ゆえ思いを馳せていることにご理解願いたい。かの戦争について見解をもたない人は、たとえ議員であっても政治家とは認めない。

この前開催された衆議院選挙の公開討論会で、主催者からの○×式の質問をするコーナーがあった。多くの質問を端的にするなかで、候補予定者の人柄を知ってもらうことを目的としている。

そのなかに「靖国神社に参拝したことがありますか?」という質問があった。それぞれ正直に答えていた。さてこの質問は○×で答えるには、いささか誤解を招きやすい要素がある。

ちなみに私も参拝したことがある。今も行きたいという気持ちもある。しかしかつての戦争に対するケジメの思いもある。またそこに英霊がいるかは、まさにそれぞれの信条の内面に触れるところ。

ここではひとつの事例を挙げたい。靖国神社は明治維新前後から、‘国のため’亡くなった人を祀るための神社。坂本竜馬も高杉晋作も合祀されている。しかし誰が‘国のため’の死んだのかは、あくまで歴代の政府解釈による。

ここである3名の志士の話をしよう。川上邦之助・松林織之助・大村貞助だ。ともに明治維新、すなわち明治元年の王政復古の大号令直後に死罪になっている。罪状は外国人の殺害。外国人の行列に切り込んだのだ。

その理由を司馬遼太郎は、明治政府の開国思想に幻滅したからと書いている。確かに討幕は最後の段階まで、攘夷の思想に依るところが大きかった。一部の指導者を除いては。

しかし維新政府は外国交渉役を設置し、予定されていたように開国の道を突き進んだ。それに対して、攘夷思想を持っていた討幕の志士は憤慨し、結果切り込みをかけるに至った。

それを明治政府は断罪した。その3名は猗蛤畆圻瓩箸覆辰拭ゆえに靖国神社には祀られていない。ちなみに上にも書いたが、私が歴史上一番好きな高杉晋作も、その数年前には外国公館を焼き打ちしているが、しっかり靖国に祀られている。

そう祀られるかどうかは、時の政府による政治的判断によるのだ。現在においても、新たな戦没者が祀られるときは、厚生労働省の‘推薦’に依らねばならない。すべての戦死者を祀る施設では、事実としてないのだ・・・。

これを枝葉末節な‘誤差’と言うことは出来ない。靖国神社は、その設立においても運営においても、純粋な意味で戦死者を悼む施設ではない。政治遂行上、必要性から出来ているのだ。

終戦の日には、心から黙とうした。この国の将来を案じる愛国者たる自負もある。民主にも自民にもいるが、チルドレンなる人たちは、今一度過去に思いを馳せて欲しい。

白か黒かではない。自分自身も日々勉強している。一緒に戦争と平和について考えたい。イチ地方議員としての切なる願いである。

●今日一日
【午前】
行政相談(公園)/横浜市中区
事務作業/県庁
【午後】
打合せ(党)/共和
作業(党)/共和


2009年08月16日(日) 昨日正午の黙とう

昨日大阪の堺に森山浩行の応援に行った。午前中は街宣車で流し、午後の街頭活動に備えて、昼前には休憩で事務所に帰った。冷たいお茶を飲んでいると、明大雄弁部の後輩で専従で入っているスタッフが声を上げた。

「正午になったので起立して下さい。黙とうをします。」そう今日(昨日)は終戦の日。もちろん承知していたが、この正午の時間までは気に留めていなかった。自分が情けなくなった。

そして黙とうした。この提案をした後輩。少し酒はダメ癖があるが、本当に良い奴だと、先輩面してとても嬉しく思った。この心を多くの日本人が持たねばならない。

かつての戦争についての評価は、人によって分かれるだろう。経験上、かなり宗教的というか、妥協ない議論が繰り返される面がある。しかしそれでも話さねばならない。

一方政治的な話はそれとして、皆んなで戦没者を悼み黙とうすることは、非常に良い精神的文化だと思う。次の世代に引き継がねばならない。そのことに改めて気づかされた。

今日(昨日)開催された政府主催の戦没者慰霊祭でも、天皇と麻生総理からメッセージが述べられた。この行事も続けて欲しい。しかし鳩山代表が欠席したのはけしからん。

理由は聞いていないが、それが選挙運動であるならば本末転倒。総理候補としての自覚を持って、今後は国民に対して欲しいものである。

●今日一日
【午前】
支援者訪問/東京都内
【午後】
会議・打合せ(党)/共和


2009年08月15日(土) 要諦は投票率

森山浩行が衆議院選挙の候補予定者になってから、堺に来るのは3度目だ。段々と街並みを覚えてくるし、駅の配置などもわかってくる。

告示を過ぎ選挙期間に入れば、相模原から離れることは出来ない。責任がある。心残りはあるが、これが恐らく最後だろう。

今日は党本部より野田佳彦幹事長代理が来て、森山浩行と支援する仲間で、複数箇所の街頭演説を行った。マニフェストやビラも多く配布した。

ここは公明党幹事長の選挙区。森山浩行も苦戦している。しかし勝機はある。かの組織力を上回る投票率を、運動によってはじき出せばいいのだ。

現政権の間違いは、その多くが自民党によるもの。しかし公明党も与党である。結果の責任は重大である。堺から政権交代!必勝を期待している。

●今日一日
【午前】
森山浩行(大阪16区)支援活動/大阪府堺市
【午後】
森山浩行(大阪16区)支援活動/大阪府堺市
相模原に戻る
大阪16区森山浩行と野田佳彦党幹事長代理の街頭演説


2009年08月14日(金) 2700円のホテル

明日は大阪16区で森山浩行の支援活動をする。前泊で大阪に夜着いた。どうせ寝るだけだかからと、思いきっり安い宿を探すと、ネットでは2000円台からある・・・。

新今宮駅そばの1泊2700円のホテルにチェックインすると、意外と過ごしやすい部屋だ。ベットでなくふとんがいい。部屋にシャワーはないが、下には大浴場もある。

ここは西成区。宿に暮らしながら働いている人も多い。近くの居酒屋に行くと、メニューは100円からある。チューハイ2杯とツマミを少々頼んだ。会計は何と1030円。リーズナブル!

つい最近相模原市内の知っている飲食店が閉めてしまった。比較的安い飲み屋さんだったが、この不景気に耐えられなかったとのこと。頑張っても生活できない世の中。寂しいことだ。

しかし私は評論家ではない。この社会を創っていく責任がある。そのための衆議院選挙だ。

●今日一日
【午後】
本村賢太郎支援街頭活動/相模大野駅
森山浩行(大阪16区)応援のため大阪府へ
2700円のホテル


2009年08月13日(木) 与党は実績を

朝の駅立ちから横浜市戸塚区へ。神奈川5区田中慶秋氏の応援だ。駅頭が終わった後は、推薦を得た地元医師会所属の病院まわり。数時間で30軒ほどまわった。医師会も非自民の時代だ・・。

午後は同じく横浜市の港南区。上大岡駅で神奈川2区三村和也氏の応援演説。私より若い33歳の候補予定者。地元塩坂源一郎県議が、以前より全力で支援しているので、顔だし程度で申し訳ないが激励のつもりで訪問。

夕方は市内相模大野駅で、地元本村賢太郎の街頭活動。神奈川・東京の合同演説会という趣旨で、東京より大河原参院議員が応援に来る。神奈川の千葉参院議員も一緒。

司会は先輩の吉田大成県議(川崎市麻生区)にお願いする。私と同じ‘タックル’だ。今回の衆議院選挙では県議会より挑戦するのは、超党派で本村賢太郎ただ一人。その期待もあってか、多くの県議が応援に来てくれる。

さてここ数日の街頭演説では、‘与野党の評価’について話している。与党と野党では、選挙の際、問われるべき点が自ずから異なるはず。しかし最近の自民党は、そのことを忘れていると思う。

野党は政策を実行出来ない。したがって「政権をとればこれをする」と訴える。一方与党は実行出来るわけだから「これをやってきました」と実績を問うべきなのだ。

先日の鳩山代表と麻生総理の討論を聞いても、どちらが与党で野党がわからない。与党は民主党の批判をする必要はない。その姿はむしろ情けなくさえ思う。

8月30日に向けて、与野党それぞれの態度が、果たしてどう変わっていくか。松沢知事の言い草ではないが、足の引っ張り合いではなく、マニフェストのプラスを競い合う選挙にしたいもの。

●今日一日
【午前】
田中慶秋(神奈川5区)支援活動/横浜市戸塚区
【午後】
支援者訪問/鎌倉市
三村和也(神奈川2区)支援活動/横浜市港南区
本村賢太郎支援街頭活動/相模大野駅
支援者と懇談/淵野辺
支援者と懇談/中央
相模大野駅で街頭活動


2009年08月12日(水) 良い巡り合わせに

人生色々。良い言葉であるが、小泉元総理がミソを付けた。まあ彼のことは置いておこう。この37年間で本当に多くの人と出会った。すべての方とずっと付き合っているわけではないが、それでも本当に良い巡り合わせが多かったと感謝している。

葬儀に行くといつも思う。若輩ながら政治をやっている。当然支援者ほか知人の多くが先に亡くなり、その葬儀に参列する機会も多くなる。年の順になのは自然の摂理だが、それでも人生の無常と悲しさを感じずにはいられない。

さてまわりはどうか。寺崎雄介と出会ったことで、何か良い方向に変っただろうか。そこまで求めるのは、むしろ不遜なことなのか。既に人生も半分だ。残された時間をどう過ごすべきか。気が早いようだが、期限があることを考え、生まれてきたことに感謝し、引き続き政治家として全力を尽くしていく。

●今日一日
【午後】
支援者ご親族告別式/大和市
支援者訪問/相模原


2009年08月11日(火) どんなご指摘でも

昨日のこと。事務所あて「マニフェストが欲しい」というご連絡を頂いた。今朝一番に早速お届けする。

“政策中心の政治”を目指すことこそ、政治改革の大目標である。そして“政策中心の選挙”を行わない限り、その後の政治が政策中心になることはない。

自分が議員として活動していると、政策中心の難しさを実感する。冠婚葬祭政治、料亭政治、良い意味での妥協ではないマアマア政治。

しかし政界が旧い体質を引きずっているなか、主権者の側が最初に目覚めてくれたようだ。盆踊りに行って缶ビールを飲みながら、財源論まで指摘されるような状況に至った。

大歓迎である。今回のマニフェストの中身について、すべて賛成しているわけではないが、その大方は私の理念・政策と一致している(当り前か・・・)。どんなご指摘でも、真正面からお答え出来る自信はある。

8月30日までの限られた時間。どんどんご意見を頂きたい。

●今日一日
【午前】
マニフェストお届け/上溝
支援者と打合せ/富士見
事務作業/事務所
マニフェストあります


2009年08月10日(月) 県議選も討論会を

衆議院選挙の公開討論会に参加。本村賢太郎の選挙を運営する立場としてだけではなく、一有権者としてもすべての候補予定者の話を聞いてみたかった。

かねてから希望がある。それは「県議選でも公開討論会をやって欲しい」ということ。公の場で考えと政策を述べる機会が欲しい。街頭演説とはまた違う、多くのことを伝えられるはず。

また国政選挙は既にマニフェストが確定し、テレビなどでも連日討論が行われている。政党公認で立候補する以上は、今日のような場でも、各候補はマニフェストの解説が主眼となる。この点面白みにはかける。

しかし私たち地方議員の選挙は、党としてしっかりした公約は創らない。このことの評価はまた別に述べるが、すなわち党ではなく候補者個人が何を考え、何をしようとしているかが選挙で重要になってくる。

だからこそ国政選挙よりも地方選挙の方が、討論会に向いているのではないか。知事や市長の選挙では既に一般的になったが、今後は地方議員の選挙でも行われるよう、候補者のひとりとして働きかけていきたい。

●今日一日
【午後】
事務作業/事務所
後援会打合せ/事務所
衆議院選挙公開討論会/富士見
支援者と懇談/中央
衆院選公開討論会


2009年08月09日(日) 唯一の被爆国として

相模原在住の被爆者他有志による、原水爆禁止祈念集会が開催された。来賓として挨拶の機会を頂いたので、かつての戦争と原爆投下における政治責任について意見を述べた。

久間元防衛大臣は原爆投下を「しょうがない」と言ったが、それは事実として正しいのだろうか。言葉狩りをするつもりはないが、過去を冷静に分析してた上で、少なくとも私は違う見解を持っている。

連合国の方針とポツダム宣言の内容には、まさに戦勝国としての身勝手が多く含まれていた。しかし当時の現状で、戦局の好転が図られないという現実的判断があれば、そこで戦争を終える政治決断は出来たはずだ。

宣言を拒否した日本に対して。2つの原爆が投下された。その後まさに‘無条件降服’を強いられた。歴史に爐發鍬瓩呂△蠧世覆い、政治の力によって違う結論が導けたのはではと悔やまれる。

かつての戦争の話になると、多くの政治家は思考停止に陥る。何がいけなかったのか。どこで止められたのか。どうすれば二度と戦争をしなくて済むのか。意見は違うかもしれないが、志ある同士で一緒に議論を深めたい。

また‘議員’と‘政治家’であることは違う。その判断基準を何点か持っている。そのひとつは、昭和20年に終わったあの戦争について、右でも左でもいい、自らの考え方を持っているかどうかだ。

残念だが、その意味で‘政治家’は少ない。最大の核保有国アメリカのオバマ大統領でさえ、本年4月プラハの演説で「唯一核兵器を使った国として」と自国を表現した。

「唯一の被爆国として」出来る努力をもっとすべきだ。

●今日一日
【午前】
原水爆禁止祈念集会/西橋本
事務作業/事務所
【午後】
橋本七夕まつり/橋本
事務所スタッフと夕食/星が丘
原水爆祈念集会の合唱


2009年08月08日(土) 知事会への違和感

地方分権の実現は、私が今回の衆議院選挙に臨むにあたっての、基本的目標のひとつである。その点では全国知事会が言っていることは、その内容の多くを理解することが出来る。

一方橋下氏や東国原氏などの発言に違和感も抱いている。その理由は他でもない。確かに霞が関はズレているのだが、同じように地方行政もまた現状では、多くの主権者の意を体現出来てはいない。

霞が関から権限を奪取するつもりなら、それに相応しい自己改革をもっと行うべきではないか。果たしてその心意気が今の自治体職員と、そして地方議員にあるのか。

「これは国の仕事です。」「実施主体は市町村です。」そう‘逃げ’を言う県職員。「これは県の方針です。」「これは国に言わないと。」そう‘逃げ’を言う市職員。何度も出会ってきた。

また私たち地方議会もそう。国会の体たらくは言うに及ばずだが、果たしてそれ以上の仕事をしているのか。役所に原稿を書かせていることが、他多くの問題を象徴しているのではないか。

十数年前に小選挙制を導入して、結果政治の‘中身’が変わらなかったように、地方分権もまたあくまで制度論でしかない。一番大切なことは何か。それぞれの個人がプロの意識を持ち、その責任を果たしていくことだ。

●今日一日
【午前】
書類整理/自宅
【午後】
打合せ(党)/共和
打合せ(党)/共和
支援者お通夜/古淵
事務作業/事務所
元町自治会盆踊り/上溝
丸崎自治会盆踊り/上溝


2009年08月07日(金) 悲しい逮捕状

押尾学が捕まった。体調が悪くなるくらい憤慨していたら、数日後に今度はのりピーのだんなさんが。そして今日ついに、のりピー本人に逮捕状が出た。ニュースを夕刊で見たとき悲しくなった。

麻薬に関わる問題について議論すると、世界のなかでこの犯罪がどう扱われているか、知らない人が意外に多いことに気づく。日本は特に刑罰が甘く設定されている。また初犯の場合は執行猶予すら付いてしまう。

アジアの国では、業として麻薬を扱った場合、死刑になる国も珍しくはない。所持や使用だけでも、無期や長期の刑に服することになる。実際に旅先でも、現地の刑務所で長く受刑している日本人の話を聞く。

また服役中の本人が、現地の日本人向け雑誌に「あなたは絶対しないでください」と投稿したりもしている。数か月前にも中国の大連で、麻薬を運ぼうとした日本人に死刑判決が出た。

「誰にも迷惑はかけてない」と犯人は言うかもしれない。しかし違う。麻薬は一度拡大を始めると、関係ない人たちをも巻き込んでいく。古今東西の実態がそれを現わしている。

さて麻薬によって一度犇狄記瓩靴新歿戎佑、しばらくすると再びテレビに出ていたりする・・。これが青少年が麻薬を軽く見る原因にもなっている。大麻を軽くみた大学生もそうかも。

忘れてはならないのは、押尾学と一緒にいた女性は、麻薬の服用によって死亡している。そう禁止されているだけの理由があるのだ。猖稾撲滅
の対策を、政治もしっかり行うときだ。

しかし情けない。少なくとも十数年前までは、麻薬と銃器は日本においては、暴力団など一部の犯罪であった。なぜこうなってしまったのか。

●今日一日
【午後】
橋本七夕まつり/橋本
七夕まつりの飾り


2009年08月06日(木) 大田實少将の電報

今日は広島に原子爆弾が投下された日。3日後には長崎の日がやってくる。犠牲者を謹んでお悔やみするとともに、政治家として、戦争の根絶と世界平和の実現を改めて決意する。

先週研修会で沖縄に行った際、その合間をぬって訪問した‘旧海軍司令部壕跡’について書きたい。ここは沖縄県豊見城市に所在し、那覇市内から車で20分ほどで着く。

強く印象に残った点がふたつあった。ひとつが部屋だ。当時のままトンネル状の壕があり、そこに掘った穴の部屋がある。幕僚室に行くとその壁には、手榴弾の破片痕がはっきり残っている。幕僚の自決によるもの。

もうひとつは司令官大田實少将が、壕内で自決する数日前に本土あて打った電報だ。その現代文訳が壕内で配布されていたので、全文をここにご披露したい。

「次の電文を海軍次官にお知らせ下さるよう取り計らって下さい。

沖縄県民の実情に関しては、県知事より報告されるべきですが、県にはすでに通信する力はなく、32軍指令部もまた通信する力がないと認められますので、私は、県知事に頼まれた訳ではありませんが、現状をそのまま見過ごすことができないので、代わって緊急にお知らせいたします。

沖縄に敵の攻撃が始まって以来、陸海軍とも防衛のための戦闘にあけくれ、県民に関しては、ほとんどかえりみる余裕もありませんでした。しかし、私の知っている範囲では、県民は青年も壮年も全部を防衛のためかりだされ、残った老人、子供、女性のみが、相次ぐ砲爆撃で家や財産を焼かれ、わずかに体一つで、軍の作戦の支障にならない場所で小さな防空壕に避難したり、砲爆撃の下でさまよい、雨風にさらされる貧しい生活に甘んじてきました。

しかも、若い女性は進んで軍に身をささげ、看護婦、炊飯婦はもとより、砲弾運びや切り込み隊への参加を申し出る者さえもいます。敵がやってくれば、老人や子供は殺され、女性は後方に運び去られて暴行されてしまうからと、親子が生き別れになるのを覚悟で、娘を軍に預ける親もいます。

看護婦にいたっては、軍の移動に際し、衛生兵が既に出発してしまい、身寄りのない重傷者を助けて共にさまよい歩いています。このような行動は一時の感情にかられてのこととは思えません。

さらに、軍において作戦の大きな変更があって、遠く離れた住民地区を指定された時、輸送力のない者は、夜中に自給自足で雨の中を黙々と移動しています。

これをまとめると、陸海軍が沖縄にやって来て以来、県民は最初から最後まで勤労奉仕や物資の節約をしいられ、ご奉公するのだという一念を胸に抱きながら、ついに(原文不明)報われることもなく、この戦闘の最期を迎えてしまいました。

沖縄の現状は言葉では形容のしようもありません。一本の木、一本の草さえすべてが焼けてしまい、食べ物も6月一杯を支えるだけということです。

沖縄県民はこのように戦いました。県民に対して後世特別のご配慮をして下さいますように。」

以上

この文章に論評は必要あるまい。沖縄と本土との関係。かつての戦争の実態。政治家の責任。在日米軍基地。他キリがない位多くのことを思うが、既に長くなったのでやめよう。

しかしひとつだけ。末尾にある「後世特別のご配慮」すら、その思いは既に忘れられている。沖縄本島は小さい。ここで数十万規模の戦闘があったとは、想像をこえて悲劇であったとしか言えない。

以前ある人が言った。「人は過去を忘れるから生きていける」。なるほどと思った。しかしそれは個人の話。社会や国を考えるとき、辛くとも過去に向き合うことを避けてはいけない。

●今日一日
【午後】
相模原ライオンズクラブ例会/市民会館
同有志懇親会/中央


2009年08月05日(水) 【今日一日】の変更

下記【今日一日】の記載を変更したい。今までは○○時○○分と書いていたが、今後は【午前】と【午後】に代えたい思う。

それには理由がある。まず正確に時間が決まっている予定は、そのまま時刻を書けばいいが、実際そうでないことの方が多い。その場合は自分で時刻をメモしておく。

予定が重複したりするとメモすら危うくなり、日記を書く段になって後から思い出すこともある。そうすると、結果として事実と違う記載になってしまう場合もある。

ここが気になっていた。書いている以上は正確でなくてはならない。また主権者に対する情報公開は、あくまで「議員って普段何をしてるの?」という多い質問に答えるため。

どこで何をしたかは重要だが、その時刻については優先度が低いだろう。今後はより‘正確さ’を期するためにも、詳細な時刻はやめたいと思う。是非ご理解いただきたい。

●今日一日
【午後】
事務作業/事務所


2009年08月04日(火) 4兆7千億分の1

防災警察常任委員会の仕事で、横浜中華街の近くにある科学捜査研究所に行った。初めての訪問だ。県警幹部から事業概要について、詳しく説明を聞くことが出来た。

最近テレビドラマでも有名になっているが、銃痕や麻薬など日常的の科学的証拠を追い求めている。詳しくは‘守秘義務’で書けない点もあるが、文明のチカラを活かした内容であったと言えよう。

さて昨今は何よりもDNA鑑定だ。先般これによって服役中の人が、無罪であることがわかり即釈放になった通り、犯罪の捜査にあたり欠かせなくなっている。実際現場を見て、その凄さに感嘆した。

細胞内の染色体にあるDNAを分析し、その配列により同一人物かを判定するものだが、その確率は実に4兆7000億分の1。今の地球人口と比べる限り、間違いの有りえない捜査手法と言えるだろう。

現場の実態を理解しつつ、県民の率直な声を伝えるよう、引き続き努力していきたい。

【今日一日】
10:00 防災警察常任委員会調査
(神奈川県警察科学捜査研究所・陸上自衛隊第31普通科連隊・航空自衛隊第2高射隊)
16:00 神奈川3区岡本英子陣中見舞い/横浜市神奈川区
16:45 会合(党他)/同
県警科学捜査研究所


2009年08月03日(月) 浅尾氏の離党

政治の世界は牋貔先は闇瓠8従を見るとそう思う。神奈川4区の浅尾慶一郎氏の件もそうだ。参議院議員として2度応援したが、ここで民主党を離党して衆議院選挙に臨むことになった。

「浪人中にお世話になった方は忘れない」。この決意は、政治家としての基本信条を除いて、変えることはあり得ない。浅尾氏には世話になった。だからこそ頑張ってもらいたいと思う。

しかし励ます以外何も出来ない。私はいまだ自分一人で立てるほど、政治家として完成していない。日頃偉そうに演説しているのに情けない話だが、実際民主党という組織に生かされている。

しかしこれが二大政党なのだろうか。この文章を見て文句のある人とは、いつか冷静に議論したいものだ。イギリス型とアメリカ型には違いがあり、それぞれ功罪が現に言われている。

それは党議拘束の在り方だ。党議にかける拘束は、罰則によるものではいけない。個人の自発的な党に対する思いに依るべきだ。新撰組の土方歳三ではないが、‘法度’で縛る組織は発展しない。

浅尾慶一郎氏の応援演説に行きたい。しかし行けない・・・。これは党ではなく、私自身の弱さにこそ原因がある。今はその現実をしっかり受け止めたい。そして牋貔先は闇瓩箸いΩ斥佞髻⇔匹な向に捉えたい。

【今日一日】
17:20 マニフェスト大会交流会/横浜市中区
18:15 神奈川民社協会理事会/同
マニフェスト大会交流会


2009年08月02日(日) 落選の怖さ

選挙で落選したとき、次回の臨むにあたって反省した。何がいけなかったのかと、結果4年間考え続けた。これはプラス思考とは言えまい。

政治家としての基本信条は曲げていない自信がある。しかし思いがありながら‘妥協’した点もある。それが今も響いている。

その清算をしなくてはなるまい。感謝と義理は肝に銘じつつ、‘何故政治を志したのか’その思いを忘れてはいけない。

どうも落選の怖さが身に染みついたようだ。そこをどう脱却するか。今後の政治家として真価が問われることだろう。

【今日一日】
13:00 地元歌手コンサート/中央
14:45 本村賢太郎支援街頭活動/橋本駅
岡田克也氏が橋本駅に


2009年08月01日(土) 盆踊りの迷い

何度も言っていることだが、政治の悪い原因のひとつは、国会議員で言うところの‘金帰火来’にある。これは地元の選挙活動に専念するあまり、国会で仕事をするのは水曜日と木曜日の2日しかないという例え。

私は決めている。議員の本業に支障があれば、また議員としての仕事が別にあれば、盆踊りなどの地元用事を優先することはない。行かねばならぬと思うのは、犹抉膽圓そこにいる義理瓩鉢牋篤發鬚發蕕辰仁薺鍬瓩靴ない。

これは信念と思ってもらっていい。ある党幹部は「盆踊りで有権者に政策を伝えろ」と言う。しかし過去数百件以上行ったにも関わらず、政策どころか真面目な対話もほとんど出来ないのが実態。

「やあやあどうも」と顔だけ出し、名刺を手裏剣のように配り、結果主権者も私にも虚しさが残ってしまう。果たして責任ある立場の議員として、これでいいのかという自問自答は、私だけが感じているのだろうか。

しかしそれでも盆踊りには行く。民主主義には迷いが必要だ。理論だけでやるのなら学者に任せればいい。不条理かつ非効率かもしれない。しかしそこにこそ真実があるのでは・・。そう信じている。

【今日一日】
10:00 会議(党)/共和
14:00 淵野辺銀河まつり/淵野辺
15:00 打合せ(党)/共和
17:00 陽光台1丁目盆踊り/陽光台
18:00 中央2・3丁目盆踊り/中央
19:15 田名清水盆踊り/田名
20:10 上溝田中・本久盆踊り/上溝
21:00 消防団定期整備/同
淵野辺銀河まつり


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