てらさき雄介の日記
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2008年08月31日(日) 一人でも政党

先日の離党騒動に関するマスコミ報道のなかに、看過できない誤りがあった。

それは当初5名だった新党のメンバーが、結果4名になったことについて報道するときの表現だ。

「4名になったので政党要件を充たさなくなりました。」
「4名になったので政党と認められなくなりました。」

知らずに言っているなら、ジャーナリストとして恐るべき無知だし、知って言っているなら、注釈を交え誤解を招かないようにすべきだ。

日本には、政党の何たるかを規定する狎党法瓩存在しない。法をつくるべきとの意見もあるが、少なくとも現状においては政党の存立は法に縛られていない。また私は狎党法瓩寮定には反対している。

しかし数年前に、税金から政党交付金を出すことになった際、さすがに何でもよいという訳にはいかなくなった。そして政党助成法のなかで狎党交付金を出す基準瓩鯆蠅瓩燭里澄9餡餤聴5名以上という規定もここにある。

従って正確には、以下の表現になる。
「4名になったので政党交付金の基準は充たさなくなりました。
「4名になったので政党助成法の規定には該当しなくなりました。」

今回の報道は、政党政治の基本について誤って伝えていたのだ。現に政党交付金を受け取っていない政党は、日本にも神奈川にも数多く存在する。

政党をつくるのに基準はない。誰もが自由につくれる。1人からでも。議会制民主主義を、政党政治というカタチで具現化する際、この原則は揺るがせてはいけない。

【今日一日】
12:40 市民団体カラオケ大会/富士見
13:45 FAXニュース作成/事務所
15:00 少年野球の練習訪問/上溝
18:10 支援者宅でバーベQ/田名
もうすぐ無くなる近所のグラウンド


2008年08月30日(土) 要らない‘数’もある

今回の離党劇について、渡辺・大江氏に意見はない。そもそも彼らは、民主党にいてはいけなかった。比例選出議員の離党を認めているのは法の不備だが、記者会見の内容にそれほど違和感はなかった。

むしろ腹がたったのが、姫井議員についてだ。党の重点候補として当選してから、まだ1年しか経っていない。彼女の奇跡的勝利は、岡山県民の‘勇気’ある投票の結果であり、それに応える責任があったはず。

まあ離党するならすればいい。これを反省材料として、今後の候補者選定を考え直せばいい。このような議員が党にいることは、かえって国民に対しての背信に結びつくのではないか。

納得した訳ではないが、そう気持ちを整理していた。すると何だ!‘辞めるのを止めた?!’呆れるしかない虚しさを感じた。何故、彼女の会見を党本部でさせたのか。何故そこまでして引き留めたのか。

姫井議員の発言、「離党をすることは有権者の裏切りと、先ほど党幹部と話して理解した。」「民主党中心の政権をつくるために、新党に参加しようと思った。」嘘である。明らかな嘘である。彼女は確信犯だったはず。

テレビを見ていた主権者こそが、間違いなく感じたはずだ。そんな議員の議席も必要なのか。今、参議院での1議席は大きい。その切迫性は理解している。しかし数があれば何でもいいのか。

小沢党首の言う狄瑤藁廊瓩砲牢蹐Δ気ある。この件で改めて感じた。むしろダメージが大きくなった。突き放すべきだった。

【今日一日】
19:00 鳩川自治会盆踊り/事務所


2008年08月29日(金) 禁煙条例ヒアリング

党県議団全体として、第二回目の犇惘貍鯲祗疂拔会を行った。内容は各種団体からの意見聴取だ。

1,遊技場組合(パチンコ屋さん)
2,生活衛生組合(飲食店など)
3,薬剤師会
4,JT(経営・労組とも)
5,病院協会

以上5団体から話しを聞いた。その名から想像できるように、賛成・反対それぞれの主張があった。

さて、改めて党議拘束についての見解。2大政党は党議拘束をゆるくすべきだ。そうでないと、党内に幅広い意見は集約出来ない。

しかし現状はそうなってないなかで、自分のみ党議に牋稟伸瓩垢襪海箸砲蓮△修譴盍靄榲には意味を感じない。引き続き党内において、党議拘束の廃止を訴えていく。

さて禁煙条例については、現段階は多くの意見を聞き、それぞれが自由に意見発表している段階。ゆえに私も「趣旨は理解出来るが、飲食店など、それで生活している人には配慮すべき。」と持論を述べている。

しかし、予定通り条例が12月議会に提案されれば、最終的には県議団として採決に臨まなくてはならない。しかも委員会で質疑をするのは、私ほか現厚生委員だ。

喫煙という個人の嗜好がテーマだけに、条例に対する賛否や意見が、それぞれ党ごとのくくりになってはいない。民主・自民で入り乱れている。大切な場面だろう。どうやって意見集約していくべきか。今後の実践を通じて学んでいきたい。

【今日一日】
11:30 支援者訪問/上溝
11:45 書類整理/事務所
13:00 党県議団犇惘貍鯲祗疂拔会/県庁


2008年08月28日(木) 農家の所得保障

予算要望とりまとめ合宿の2日目だ。昨日は、それぞれの委員会から案文の発表があり、各議員から多くの意見があった。

今日は、午前中は委員会ごとにわかれ、昨日の意見を取り入れて案分を修正する作業を行った。そして午後は、改めてそれぞれから発表し、更に議論する。

厚生委員会としても、多くの意見を頂いた。同じ委員会内でも議論がわかれる問題もあり、全体としては当然考えに幅があって当然。それを包み隠すことなく、互いにさらけ出すことが重要だ。

最も議論百出だったのが、環境農政委員会の担当である倏晴箸僚蠧席歉祗瓩砲弔い董9饑選挙における、党マニフェストの大きな柱だ。

ある議員は、これを県独自として実施すべきと言う。一方それは県でなく国政の役割と言う議員も。またそもそも価格保障ならまだしも、所得保障はすべきでないと言う議員もいる。

私も発言を求められたので、かねてからの持論を披露した。

「日本の食料自給率をあげるためには、所得保障はなくてはならない政策。党本部の言っている意見は正しい。

しかしその実現可能性を言うならば、国で実施するのも県独自で実施するのも、ともに困難が發じ従と認識している。農業に対しては、もっと根本的に手を入れないと事態の解決にはならない。

その上で、方向性として正しい施策であるならば、たとえ行政と全く見解が違っても、予算要望に入れていいのではないか。」

喧々諤々だった。かなり緊迫してムッとしている議員もいたが、こういう争いならば大歓迎だ。今後もどんどん行うべき。

【今日一日】
終日 予算要望取りまとめ合宿/川崎市高津区


2008年08月27日(水) 合宿初日

9月後半をめどに、民主党・かながわクラブ県議団として、来年度の予算・施策について知事あてに要望書を出す。

数十ページに及ぶもので、内容については、ぞれぞれ行政から回答が文書でくる。その意味では、議会の代表質問と同じ意味を持つ、非常に大切な取り組みだ。

要望書作成に向けて、毎年7月に県内市町村と各種団体からヒアリングを行う。それを参考にしながら、党としての意見をまとめていくのが、今日から2泊3日で行う合宿だ。

昨年は三浦半島で開催したが、今年は川崎市内の研修施設が会場になった。各委員会から2名ずつと、政務調査会のメンバー6名が参加。総勢22名だ。私は厚生委員として参加した。

午後1時に開会され、総務政策・防災警察・県民企業・県境農政・厚生・商工労働・建設・文教と、順番に各委員会ごとに案分を発表する。そして全体で議論していく。

予算総額が大きいため、普段は担当(委員会)ごとに仕事をしている。結果他の委員会が何をしているか、なかなか情報が入ってこない現状もあるが、それもこの機会で知ることが出来る。

良い企画だ。集中して頑張りたい。

【今日一日】
 9:00 資料作成/事務所
13:00 予算要望取りまとめ合宿/川崎市高津区
合宿


2008年08月26日(火) 市立美術館?!

下九沢のお祭りに参加し、その後近くの前市議宅にお邪魔した。市議時代にお世話になった方だ。その先輩を慕って集まった、多くの現・元市議と楽しく酒を飲んだ。

このお宅は、何と120年前の建築!手入れなども大変だと思うが、継続して家を守ってこられたご一家に対して、地域住民として感謝申し上げたい。こういう地に足のついた歴史こそ、次世代に受け継いでいくべき。

さて市役所幹部も来ていたので、市政のあり方について話題になる。そこで橋本駅南口に建設予定の‘市立美術館’について議論になった。今日来ていた市議のほとんどが「問題あり」と言う。しかし不思議と建設に向けて、着々と話が進んでいる・・・。

多くの疑惑と問題がある施設と聞いているが、それ以前の素朴な住民感情として、「美術館?橋本駅前に?必要なの?」という声をどう考えるのか。建設されたあとの利用者数など、マーケティング調査をしっかりしているのか。

政令市に移行すれば、今以上に経営能力が問われてくる。現在課題になっている県からの事務委譲についても、道路計画についても、そのすべてを今まで通り行えば破綻するか増税だ。

取捨選択しなくてはならない。政策の優先順位をつけるという政治の仕事を、今こそ行われなくてはならない。その時期に新規事業を行うならば、住民意見を聞きながら慎重に検討していくべきだ。

日常の政治活動のなかで、「美術家をつくってほしい」という市民の声を聞いたことは一度もない。もちろん賛成している方もいるのだろうが、その必要性は薄いと判断している。

もっと市民の生活に直結した施策を行うべきだ!

【今日一日】
16:00 御嶽神社例祭/下九沢
16:20 市議有志他と懇談会/下九沢


2008年08月25日(月) 全国青年県議の会

全国青年都道府県議会議員の会(代表世話人:稲垣昭義)に参加した。40歳未満の有志による会で、全国から超党派の議員が入会している。

全体の参加者は30名ほどだったが、かつて知ったる面々もいて、講演・総会・懇親会を通じて非常に有意義な情報交換が出来た。神奈川からは、私と松尾崇議員の2名だ。

講演は中部大学の武田邦彦教授が行った。環境問題の本質を語り続ける学者で、昨今はテレビなどにも多く出演している。

その主張すべてに賛成する訳ではないが、基本的に正しい指摘が多いと思う。またこの種の冷静さを持った学者が、各分野でもっと発言すべきとも感じた。

リサイクル・ダイオキシン・環境ホルモンについては、その取り組み自体を否定し、「そもそも問題ではない」という立場をとっている。私も自治体でリサイクル行政を扱う立場として、確かにその実効性のなさと利権の介在には問題意識を持っている。

地球温暖化についてもバッサリ!「今の温暖化は地球規模で過去おこっていきたサイクルの一つ」「北極の氷は解けていないし、ツバルも陥没しない」しっかりした理屈として説明があった。

確かに京都議定書に対する政府の対応は問題。日本はエネルギー消費の効率が高く、真の意味で努力すべきは他先進国だ。次回ロンドンオリンピックは‘エコ’がテーマだそうだが、ヨーロッパの環境対策は言われている程進んではいない。

時として冗談を交えるが、最初から最後まで真剣な語り口だ。特に「いずれなくなる石油を、節約して使うという発想は間違い。むしろ今大胆に消費して、石油がなくなった後の社会に向けて、都市基盤づくりを行うべきだ。」は大胆な提案。

これには異論もあるが、一方の理屈として必ずしも間違いではない。確かに石油はアラブで採掘しているのであって、日本が消費量を減らしても総算出量が減る訳ではないのだ。

今の時代、難しいテーマを簡単にすることが求められる。ゆえに途中を省略したり、あえて対立構造を示したり、誇張した表現をとることもある。しかし学者の存在する理由とは、事実を検証し冷静に伝えていくこと。

講演中、何度も「学者がダメだ」と言い続けたこの学者の、今後の活躍に期待していきたい。著書が数冊あるそうなので、早速読んでみたいと思った。

【今日一日】
10:00 自然環境保全審議会/横浜市中区
15:00 全国青年都道府県議会議員の会/愛知県名古屋市
(講演会・総会・懇親会)
環境問題の講演


2008年08月24日(日) 今改めて、郵政

今国政で問題になっていることは、その基本が小泉政権下でつくられたものが多い。あの5年間とは何だったのか。今一度すべての国民が振り返らなくてはならない。

県議会厚生委員会で扱っている仕事もそう。後期高齢者をはじめとする医療制度、まさに悪法の障害者自立支援法、そして消えた年金問題に対する対応などだ。

さて今日は郵政グループ労組の会に出た。今までは主に2つあった郵便局内の組合が、民営化への対応という意味で地域支部も含めて統合することになり、そのお祝いの会に呼んで頂いたのだ。

どんな政策にもメリットとデメリットがある。それによって影響を受ける人によっても感じ方は違う。しかし事実を事実として冷静に検証することは、政治の結果に責任を負う議員として忘れてはならない。

かつて松沢成文代議士(当時)主催の‘郵政民営化勉強会’に参加していた。その会で小泉純一郎代議士の講演も聞いたことがある。このとき指摘されていた、郵政事業の問題点とは大きくわけて2つあった。

ひとつは国の税金の無駄使いに直結していた、財政投融資の原資が郵便貯金であった点。しかしこれは既に改革されたいる。ふたつは郵便局以外(宅急便会社など)に手紙の配達を認めていなかった点。逆にこれは今でもそのままだ。

何の為の民営化だったのか。その意図はどこにあるのか。多くの疑問を、国会で議論されていた3年前より感じていた。そして今弊害が出てきた。採算が取れない局が、段々と廃止に追い込まれているのだ。

廃止に追い込まれる郵便局ほど、その地域にとって重要な役割を果たしていることが多い。「金融で稼げ」と政府は言うかもしれないが、地方の簡易郵便局で出来るはずもない。

郵政民営化の問題点は、3事業それぞれについて冷静な検討がされなかったこと。郵貯や簡保と、郵便事業はそもそも性格が違う。公共たるゆえんも違うのだ。一括分社民営化は、余りにも乱暴だった。

そして地域性を無視したこと。放っておいても人口が増えている地域と、過疎で悩んでいる地域を一緒にしてはいけない。山村で細々とやっている郵便局には、そもそも民営化をする必要性自体がない。

もうひとつ忘れてはならない事実がある。確かに郵便局員は公務員だったが、そこに税金は1円も投入されてはいなかった。つまり総公務員数の削減という行政改革とは、そもそも無縁の存在だったのだ。

では何故?そもそもアメリカは何か!自分の国では国営でやっておいて、他国の政策に口を出し、公文書で民営化を求めるとは何様のつもりか。今後株式の売却がはじまるが、外資大手動向は注意深く見つめなくてはいけない。

【今日一日】
13:30 書類作成
15:00 JP労組さがみ支部結成レセプション/富士見
JP労組レセ


2008年08月23日(土) 秘密協議への疑問

昨日の夕刻、知事と相模原市長が会った。協議内容は政令市移行について。終了後その結果について、県担当より報告のFAXが入った。

以下原文そのまま

○市長との協議を終えましたが、県債償還金の取扱いについて、私と市長との話し合いで、収束点が見えてきたところです。

○なお、今後予定されている国との調整を見据えますと、いくつかの課題について、県と政令市・相模原との役割分担のの観点から、ご提案させていただいているところです。

○こうした県からの提案については、市長からも今検討している旨のお話をいただいておりますので、その検討結果も踏まえたうえで、県債償還金の額について詳細を詰めるよう、お互い事務方に指示をすることにいたしました。

○県債償還金については、今申し上げたような状況ですし、県債償還金以外の課題もありますので、全体調整を行ったうえで、9月はじめには最終決着したいと思います。

以上

すぐにFAXを送った担当に電話した。「抽象的でわかならい!」「収束点とは具体的にどの辺りか?」「いくつかの課題とは具体的に何か?」しつこく聞いたが、すべてゼロ回答だった。

政令市移行を推進する立場として、改めて県市間の協議の進め方に疑問を感じる。何故秘密交渉で行うのか。なぜこの期に至って、口をゴモゴモしなくてはならないのか。

県市それぞれの立場で、見解に違いはあって当然だ。その違いを違いとして主権者に明らかにし、交渉の経過を含めて説明する責任があるのではないか。真の情報公開とは、政策形成の牴當瓩鯡世蕕にすることではないのか。

さて秘密にしたいと思っている人にひと言。私は多くを知っている。上の質問もあえて聞いたのだ・・・。知っている情報をここで書かないのは、それを知り得る過程での信義があるから。

しかしそもそもは、すべて公開されて然るべき情報だ。基本協定が締結されれば、私があえて話すまでもなく、どんな秘密交渉であったのかは明らかになっていく。

またしてみせる!

【今日一日】
10:00 資料作成/事務所
11:00 月例ミニ県政報告会(後期高齢者医療制度)/中央
14:30 中央地区ふるさとまつり/富士見
15:20 メール・FAXニュース作成/事務所
18:30 横山地区ふるさとまつり/横山台
18:50 石橋自治会盆踊り/上溝
19:20 豊原自治会盆踊り/同
19:50 石住自治会盆踊り/同
盆踊りで挨拶


2008年08月22日(金) 選挙はすべきだった

民主党代表選挙が無投票の公算となった。選挙をすべきと主張していたので、その結果については残念であるし、意欲ある人が封じられていった経過については、党の根幹に関わる大きな問題と考える。

野田佳彦氏について。次の日本を担う政治家と、以前より高く評価していたが、全く以て情けない限りだ・・・。選挙になれば最大限の支援をするつもりだった。グループか何かしらないが、身内の相談で取りやめるなら、最初から意欲を示さなければいい。


さて代表選挙については、大きく分けて以下2つの意見があった。

 崗沢代表で何がいけないのか」

確かにそうだ。小沢党首は先の参議院選挙で結果を出し、かつ現在はその指導力のもと、かつてない支持率を党は頂いている。自民党政権と堂々と対峙出来るという安心感もある。多くの党幹部がいち早く支持を打ち出した理由は理解出来る。

しかしだ。小沢党首に問題はないのか。完全な存在であるのか。そんなはずはない。人間である以上、政治家である以上、得手不得手はあって当然だ。その不得手な部分に、ある種の不信を感じる主権者は多い。その改善を求める作業は、この代表選を通じてしか出来なかったのではないか。

◆崛挙をすると一致結束が乱れる」

いつもこれだ。経歴の長い議員ほどこう言う。正直あきれてしまう時もあるが、今後のために改めて、そして引き続き発言しよう。「民主主義発展の最大の要素は選挙にある!」。

選挙を否定した先の牋戝弖訛瓩任△雖爐泙箸泙雖瓩任△襪覆蕕弌△修譴鰐閏膽腟狙党が目指すモノではない。党首の選挙をして分裂する政党ならば、最初から一緒にいるべきではないのだ。

公職の選挙を経た議員である以上は、選挙の‘弊害'から逃げてはいけない。それを克服する作業こそが、幅広い民意の集約に結びつく、まさに民主主義そのものなのだ。


小沢党首の他、推薦人20人を集められないという、まさに危機的な状況である。しかしあきらめはしない。国会はこの体たらくでも、地方議会には同志がたくさんいる。まずは民主党神奈川県議団として、あるべき姿を実践していきたい!

【今日一日】
12:30 名刺・名簿整理/事務所
15:00 大和市視察/大和市
18:30 NPO法人さがみはら市民会議暑気払い/矢部
21:00 支援者と懇談/田名
大和市自治基本条例の調査(語る菅原直敏県議)


2008年08月21日(木) 議会基本条例の制定

議会基本条例を制定すべく、特別委員会が設置されている。昨年度は、党県議団のなかで担当だったこともあり、委員会の審議も関心を持ちながらチェックしたきた。

今日は時間がとれたので、実際の委員会を傍聴した。議会のルールを決める条例なので、基本的には議員のみで審議を行う。しかし知事が自治基本条例の制定を目指していることもあり、今日は行政幹部も呼ばれての意見交換がされた。

さて民主党としても超党派の議会全体としても、議会基本条例をつくろうという思いは同じ。私自身もそうだ。しかしだからこそ、踏まえねばならない視点もある。

それは、「二元代表制が十分機能していないのは、果たして制度上の問題なのか」ということだ。日本の地方自治制度は、良く出来ていると思う。それを活かせるかどうかが問題なのだ。

どんなに立派な条例が出来たとしても、そのことを以て、議員が急に立派になる訳ではない。県民の政治不信が解消される訳でもない。そのことを忘れてはいけない。

一方、議員同士で犁腸颪呂匹Δ△襪戮か瓩魑掴世垢襪海箸藁匹い海箸澄今回の議会基本条例の制定作業が、議会能力向上のキッカケになればと願っている。

【今日一日】
13:00 議会基本条例等調査特別委員会(傍聴)/県庁
16:20 市行政と打合せ(医療関係)/市役所
16:45 事務作業/事務所
19:00 上溝夏まつり実行委員会反省会/星が丘


2008年08月20日(水) 厚生委員会での報告

厚生常任委員会が開催された。

1,神奈川県産科等医師修学資金貸付制度の創設について
2,神奈川県地域福祉支援計画の改定について
3,県立衛生看護専門学校における准看護師の養成について
4,後期高齢者医療制度の見直しについて
5,県所管医療機関、市町村等における微量採血のための穿刺器具の使用状況調査結果について
6,平成19年度における県内の高齢者虐待の状況について
7,神奈川県立がんセンター整備運営事業実施方針の概要について

以上について、それぞれ担当者から報告があった。

自民からは禁煙条例について。公明からは新型インフルエンザへの対応について他。質疑があった。

私は民主党を代表して「地域福祉支援計画」について、また県立診療所の今後について質疑を行った。

福祉計画は国が基本を定め、市町村が実施主体になるものが多い。そこで県として果たす役割を、しっかり認識することが必要。

この計画のように「市町村を支援」と銘打っている以上は、市町村の側から見ても、その実感が持てる施策にしなければならない。

往々にして、県の取り組みは抽象的と揶揄されるが、今後は具体的な支援メニューを示していくべきだ。

【今日一日】
10:30 厚生常任委員会/県庁
18:00 議員・議会局職員有志の懇談会/横浜市中区
報告資料


2008年08月19日(火) 一日街宣活動

一日中、街宣活動を行った。メインは街宣車による‘流し'だったが、ずーっと話し続けるのは久しぶりだ。暑いのには正直堪えたが、それ以外は元気いっぱい訴えられた。

最後の1時間、衆院14区本村賢太郎と合同で街頭演説を行った。選挙時でないゆえか、逆にビラも多く配布することが出来た。改めて、普段の方が大事と実感した。

場所はアイワールド前だ。ご通行の方数人からご意見を頂く。ご批判もあったが、大半が期待の声だった。どちらにしろ、ありがたいことだ。

さて明日は県議会の閉会中審査で、厚生を含むすべての委員会が開催される。国政の問題点が多すぎて、地方自治体にしわ寄せが来ている。しかし言い訳は出来ない。

それを解決する責任は、まさに野党第一党たる私たちにある。政権交代を目指す決意が、自分のなかで日々日に強くなっている。全力で取り組んでいく!

【今日一日】
終日民主党・本村賢太郎街宣活動/市全域
衆院14区本村賢太郎と街頭演説(アイワールド前)


2008年08月18日(月) 厚生部会開催

党県議団は36名いる。8つの委員会に分かれて所属しているが、それ毎に猊会瓩鬚弔っている。日頃の対行政の取り組みは、基本的にこのチームで行う。

秋には知事あてに、党県議団として予算要望を行う。そこに向けて、先日も県内市町村と各種団体からヒアリングを行ったが、厚生分野の要望は多かった。

もちろん日常活動のなかで聞く、多くの県民からも同様だ。これは時節柄というものではなく、政治本来の責任がそこにあるからだ。責任を痛感している。

今日の会議も、あくまで事前打ち合わせだったが、4名の委員で喧々諤々4時間議論した。結果、私は障害者施策と児童関連施策を受け持つことになった。これから数日の間に、文章をまとめる作業をする。

さて今後の流れだ。来週に県議団全体の方針を決めるため、各部会の代表者2名ずつで2泊3日の合宿を行う。その後9月定例議会中に、総員の県議団会議で方針を決定する。

今の行政でどこまで出来るか。それは現実判断で最後にすればいい。爐匹Δ△襪戮か瓩妨き合って考えていきたい。障害者や児童の多くは、直接政治に訴える機会が制限されている。だからこそだ。

【今日一日】
10:30 書類整理/事務所
11:00 市福祉部と打合せ/市役所
13:00 党県議団厚生部会/県庁
18:30 故河本文吉前市議お通夜/古淵


2008年08月17日(日) 子どもの臓器移植

数年前に支援者の紹介で、近くにある居酒屋を訪問した。ポスターを貼って下さるという。たまたま高校の同級生と一緒に行ったら、たまたまマスターも同窓だった。

しかも今は廃止になった、明大中野芸能コース(正式な名前は違うが)の卒業生だ。色々な話をしている内に仲良くなり、現在に至るまで多大なご支援を頂いている。

その方が、最近NPO法人を立ち上げて取り組んでいるのが、子どもの臓器移植の支援だ。日本では子どもへの移植が認められていないため、外国で手術を受けねばならない。それを募金などで援助しているのだ。

さて臓器移植は法で認められているが、まだまだ議論を深める必要がある。脳死は果たして人の死かという根本が、国民全体で議論されていないと実感している。

しかし子どものみを禁止していること。外国では認められていること。それによって‘金のあるなし’で命が左右されてしまっている。結果お金が工面できた人は手術が受けられるが、集まらなかった人は断念するしかない。

日本の貧困な政治の象徴だ。上でも述べたが、政治が制度設計をするには、もう少し議論が必要と思う。だからこそ今、民間の皆さんが頑張っているならば、それを地域の一住民として支援していきたい。

【今日一日】
 9:00 消防団第一分団操法大会/緑ヶ丘
13:00 NPO法人(福祉関係)イベント/富士見
消防団操法大会


2008年08月16日(土) むなしさと決意

城山町の小倉橋で行われた狹瑤蹐ξし瓩忙臆辰靴拭F辰妨討个譴震ではないが、市のポスターで日時を知り、関心があったため押しかけたのだ。

そこで旧知の方に偶然会った。相模原市と旧城山町の間で合併協議会が設置された際、その任意機関である‘将来のまちづくりビジョン検討委員会’で一緒に議論した方だ。懐かしく当時の話をした。

思えば私が初めて「政令市移行を!」と訴えたのは、10年前の市議会本会議だ。そのとき当時の市長をはじめとして、議場内が皆しらーとした雰囲気だった。

ただ一人長友克洋市議(現県議)のみ拍手をしてくれた。今や現市長を筆頭に、オウムように「政令市、政令市」と繰り返しているのを聞いていると、まさに色々な意味での隔世を感じる。

合併やその後の対応について、市行政に言いたいことは多くある。しかしそれは一線を引いた立場ではなく、まさに移行を推進してきた当事者本人として、その課題を解決することで責任としたい。

ただむなしくなることも・・・。政令市になれば、いくつかの事務と財源が県から委譲される訳だが、国対地方という視点では、その抜本的分権が実現できる訳ではない。

県と細かい事務の引き継ぎをするよりも、基幹税の一科目でも市税なれば。あるいは都市計画の基本が、市で決められるようになれば。そう思う時もある。

国が言う「分権」の限界が、今の政令市の姿ならば、地域主権の意味をはき違えている。仕事の分配を本能として恐れる役所の体質は、その総本山・霞ヶ関に多く見ることが出来る。政権交代によって、その体質を変えねばなるまい。

一方それと並行して、限られた枠組みのなかでも、取れる権限は市として取っていくべき。また県は国の立場で市に接するのではなく、市の立場で国に対していくこと。

すべてがコラボしてこその、真の地方分権であり住民サービスの向上だ。来週行われる厚生常任委員会でも、政令市移行に伴う医療関係の課題について取り上げる予定だ。

政令市のメリットとデメリットについて、是非多くの方からご意見を頂きたい。移行に向けた失敗のひとつは、市民を巻き込んだ議論が出来なかったこと。

だからこそ責任ある立場として、今この時点でも出来る情報提供と、意見交換をしていきたい。

【今日一日】
13:00 打合せ(党関係)/厚木市
14:40 厚生常任委員会準備/事務所
18:00 小倉橋灯ろう流し/城山町小倉
小倉橋灯ろう流し


2008年08月15日(金) 戦没者追悼式

8月15日を迎えた。横浜市内にある県戦没者慰霊塔にて、遺族会主催の追悼式が行われた。

遺族代表の式辞、そして参列者により献花が行われた。折りしも日本武道館では、政府主催の全国追悼式が行われている。正午に時を同じく、戦没者の冥福を祈り黙祷を捧げた。

当地に参加した知事や県会議長、そして中継では天皇と総理からも挨拶があった。皆「戦争の悲惨さと平和の尊さを伝える」と言う。その言葉は信じよう。戦争が好きな人間などいない。

しかしそれでも戦争はおこる。平和を求めるのは人間の本能だが、それをこえた利害によって、今もどこかで戦争が行われている。日本も観念論だけではなく、具体的に戦争の原因を取り除く取り組みを始めるべきだ。

さて日本の戦後政治は、改革すべき多くの問題を残した。それ故、わが党は政権交代を訴えている。しかし63年間にわたり、戦争で犠牲者を出していないことは、恥じではなく誇りであると信じる。

戦争で亡くなられた多くの方々に、改めて謹んで哀悼の意を表する。政治家としての責任をかみ締め、引き続き世界平和実現にまい進していきたい。

【今日一日】
11:30 県戦没者追悼式/横浜市港南区
13:00 書類整理/県庁
14:00 厚生常任委員会準備/同
(保健福祉総務課・医師確保対策担当課と意見交換)
県戦没者慰霊塔


2008年08月14日(木) 暑い!

しかし暑い!まるで嫌がらせのようだ。「夏は夏らしく・・・」などと、一般的なコメントをするのも限界だ。

お体を崩されている方は、是非気を付けて頂きたい。日中外を歩くときは、くれぐれも用心し、かつ必要に応じて冷房も遠慮無く。体調第一だ。

そんな中でも政治は動いている。夕方から次期総選挙に向けたチャリンコ街宣を手伝うつもりだったが、実施自体が延期になった。残念なような、ホッとしたような・・。

明日は県庁に行く。今月20日には閉会中審査として、厚生常任委員会が開催される。当日の質疑を含め、事前に準備が必要なことがある。

【今日一日】
10:00 書類整理/事務所
13:00 挨拶まわり(数軒)/市北部
15:30 事務作業/事務所


2008年08月13日(水) 市役所の新メニュー

事務所と市役所は近い。仕事で行くことは多々あるが、時として上にある食堂に昼食にも出向く。

政令市関係のことで用事が出来たので、少し早めに行って、食堂でメニューを物色していると、最近発売になった新コーナーがある。

ダイエットと募金を兼ねた定食。一切油を使わない食事で、その分浮いた経費を寄付するもの。

最近余り油っぽいものは食べないので、丁度いいと思い注文し、とても美味しく食べた。ちなみに今日は‘ヘルシー酢豚'だった。

見渡すと、市長他幹部も食堂にいる。横にたまたま座った知り合いに聞くと、この新メニューの取材が入り、食べに来ているとのこと。

市役所の食堂は、誰でも利用することが出来る。12時〜12時半までは混むので、それ以前の時間帯がお勧めだ。

【今日一日】
15:00 市議有志他と懇談/城山町中沢
新メニュー


2008年08月12日(火) プロ野球in相模原

相模原球場にプロ野球がやってきた。ベイスターズ対スワローズだ。学生時代に一ハマっていたときは、完全なスワローズファンだった。野村監督、3番古田・4番広沢・5番池山の時代だ。

神奈川県を仕事とする今、宗旨替えをしてベイスターズファンになった。今日も1塁側に陣取り、妻と支援者とビールを飲みながら観戦した。

いきなり1回に先制点をとられる。その後は、まったりと試合が進行し、打ち合いにならないまま、ついに延長戦に入る。しかし何とエラー(暴投?)により点をとられ、あっけなくゲームエンドとなった。

県庁は横浜スタジアムのそばにあるが、実はまだ一度も観戦に行ったことがない。いずれとは思っていたが、なかなか機会がつくれないものだ。今後もベイスターズファンとして、出来る限り応援していこう!

【今日一日】
10:00 事務作業/事務所
13:00 挨拶まわり(数軒)/市全域
18:00 プロ野球観戦/弥栄


2008年08月11日(月) 派閥とグループ

「人が3人集まると派閥が出来る」という。‘派閥’という言葉が相応しいかは別にして、確かに‘グルーピング’という意味ではそうだろう。

政治は対話であるべきだが、残念ながら現在は権力闘争の側面が大きい。従って多くのグループが、その時々の対立軸で生まれていく。

現自民党の派閥のように、政策的対立軸ではなく、また誰を担ごうという話でもなく、グループ(組織)が固定化されてしまうとマイナス面が大きくなる。

しかし「よしやってやるぞ!」という前向きな意志のもと、何人かのメンバーが集まると、それは大きな力になるときもある。

私も党内外において、いくつかのグループに入っている(10グループは下らない)。しかしどうだろうか。グループ(組織)の原則は、犖朕佑倭反イ里燭瓩豊甅狒反イ聾朕佑里燭瓩豊瓩海料佇だ。

前者の方は健在だが、昨今後者の方が薄れている。違った言葉を借りれば、親分たる組織の長とは、子分の面倒をみてこその存在だが、そもそも面倒を見ようという感じすらしない。

横並びに酒を飲んでいるだけなら、それこそ気も政策も合う仲間とやっている方がいい。民主党は新しい政党だからこそ、党づくりという意味では、表には出ないところでの課題だろう。

*言い訳・・・下記【今日一日】にある狷盈週聴との懇談会瓩蓮⊂綉の内容とは全く関係ない、まさに純粋な飲み会でありました。一応念のため。

【今日一日】
18:00 同僚議員と懇談会/横浜市西区


2008年08月10日(日) 即時停戦を真剣に

南オセチアが戦争になっている。それが州であろうと、現地の大方の意志によって独立を望むならば、それは国際社会として尊重すべきだ。

しかしあわせて大切なのは、そこに至る経過の中では、武力の使用を徹底して排除すること。グルジアの攻撃は非難に値するが、一方以前より介入をしてきたロシアにこそ、その責任を自覚した上の自省を求めたい。

奇しくも先日サハリンに行った。少しかもしれないが、ロシアという国を身近に感じることが出来た。故に本当に残念だ。自ら誘導した戦争に、国連安保理を使おうとする手法も、アメリカや中国と同じく大国の傲慢だ。

さて日本政府の反応。「独立は認められない」まあそうだろう。現段階のコメントとしては適正だ。しかし次の一手が大切。当地は日本にとって、経済的にも余り影響はないかもしれない。

しかし、かつて中東紛争の調停をすべく東京会議を開催したように、遠方の利害関係が薄い地域に対してだからこそ、日本として果たせる役割がある。それは戦争の一方の当事者を援護することではない。

即時停戦をさせること。その一点を国際社会に対して働きかけるべきだ。民主党も何をしている。日本政府に対して意見するだけでなく、公党として直接世界に向かっての発言も出来るはずだ。しっかりしろ!

さて昨日と今日、まつりを数件まわった。国会議員も来ている。自分も参加しているので文句を言うのも変だが、少なくとも世界に想像力を張り巡らす、そういうなかでの地域活動であって欲しいと願う。

【今日一日】
12:00 事務作業/事務所
17:00 橋本七夕まつり‘竹飾りコンクール’受賞式/橋本
18:10 支援者親類お通夜/清新
19:00 会議(党関係)/中央
七夕まつり授賞式


2008年08月09日(土) 雷で例会中止

所属する相模原青年会議所の担当例会だ。爛僉璽譟璽帖Εブ・サガミアン2瓩半里靴董津久井湖城山公園で‘巨大’鬼ごっこを行った。いや行うはずだった。

開会後、準備が完了した時点で、どうも雲行きが怪しい。しばらくすると、遠くの空がピカっと光だした。皆で中止にするか悩んでいるうちに、ついに近くにも雷が落ち始めた。

大人だけならまだしも、子ども相手の企画なので、危険と判断して中止にした。子どもの安全確認はスムーズに行ったが、文明の利器・携帯電話のお陰様だ。

夜は残念会ならぬ反省会が予定されていたが、下記の通り地元のまつりがあり失礼した。年に1・2回しかない担当例会が中止になったのは残念だが、天候が理由であれば致し方ない。

【今日一日】
 8:30 相模原青年会議所例会/津久井町根小屋
17:30 田名地区ふるさとまつり/田名
17:50 丸崎自治会盆踊り/上溝
JC例会場となった津久井湖城山公園


2008年08月08日(金) サハリン・函館空港

帰国する日がきた。行きとは違う交通手段で帰りたいと思い、飛行機を使うことにした。

ユジノサハリンスクからは、新千歳と函館に直行便が飛んでいる。日程の都合で函館行きにした。

サハリンへ出発する前、航空券を手配した会社から連絡があった。最近便の大幅な遅れが頻発している、また急遽欠航になった日もあったとのこと。

函館から羽田まで帰ることや、欠航になった際のフェリー便を考えると、正直困ったものだと思っていたが、自分ではどうすることも出来ない。割り切っていた。

さて朝ホテルの従業員に別れを告げ、通訳と一緒に車で空港に向かう。約20分。野良牛も歩いているのどかな風景のなか、ユジノサハリンスク空港が現れた。

最初にセキュリティチェック、すぐ横でチェックイン、階段で上に登るとイミグレーションだ。入国と違って、出国はすぐに終了。目の前が待合い室だ。とても小さな空港である。

予定は12:30発だったが、結果40分遅れで出発した。意外だったのは、機体がボーイングだったこと。旧東側の国では、代金の関係からいまだにアメリカ製は少ないと聞いているが、本家のロシアでも変化が起きているのか。

同社737型機で、定員は約120名。乗客は30名と少し。7割がロシア人で、残りが日本人といった感じだ。出されたお茶を飲んでいると、あっという間に着陸態勢に入った。ユジノサハリンスクを離陸してから、函館空港に着陸するまで正味1時間だった。

行って良かった。本当にそう思う。日々仕事のなかで世界地図を眺めるとき、過去訪問した国は、それだけで浮き上がって見える。ニュースなどで取り上げられるときも、それが不幸な事件であれば悲しくもなる。

ほんの数日という経験でも、多くの親近感を感じることが出来る。これこそ民間レベルの交流が重要な理由だし、あわせて世界平和へ繋がる第一歩であると信じる。

サハリン(樺太)は、日本地図にも記載されていることがある。ゆえに一層身近に感じられるだろう。中国や朝鮮半島との友好は無論だし、課題は残りながらも年々交流の度合いも深まっている。

今後は自分のなかで、その地域にロシア極東も加えたい。そしてそのなかでサハリンを大切にしたい。また地方議員としても、出来る取り組みを行ったいきたい。

最後に、この視察にご協力いただいた多くの方に感謝申し上げたい。

*P.S.函館空港で国内便の乗り継ぎが悪かった。レストランで昼飯を食べていると、隣に坐った人がユジノサハリンスクから同じ飛行機だった人。私も気付いたのだが、先方から声をかけてくれた。推定50代の男性だ。

この人はユジノサハリンスク市内で駐車場を経営されていて、年のほとんどをサハリンで過ごしている。今日は九州に帰省する途中とのこと。滞在中、日本人の情報には耳をダンボにしていたが、この駐車場のことは話題に上らなかった。

氏曰く「うちの駐車場は雪をきちんとどかしているので人気がある。しかし月極の代金はサハリンで1番高い。次回サハリンへ来る機会があれば、タクシーに乗って、日本人の駐車場と言えば大概分かる。もっと市内を案内しよう。」

【今日一日】
ロシア・サハリン州視察
20:00 書類整理/事務所


2008年08月07日(木) サハリン・出先機関

今日は午前中、稚内市サハリン事務所を訪問した。稚内市役所がサハリンに出している出先機関だ。稚内から派遣の正規職員が1名と、現地採用の通訳が1名、あわせて2名の体制で仕事をしている。

私の訪問時も事務所内で、稚内市から来た商業団体が、現地のロシア人と打合せをしていた。役所が海外に事務所を出す例は多いが、税金を使って出先を出す以上、当然具体的な成果が求められる。

経済的交流をどれだけ出来るか。具体的には稚内市の企業が、どれだけサハリン関係の仕事が出来るか。またサハリンの企業が、稚内にどれだけ投資してくれるか。更には稚内・サハリン間の貿易額を増やすことが出来るか。

しかし担当者は、困難も多いという。色々具体的な話を聞いたが、サハリン政府のあり方や、ロシア式企業の経営手法などの課題よりも、むしろ日本人のサハリンへの関心の低さに主な原因があると感じた。

日本国内が総じてサハリンに関心を持たなければ、グローバル経済の時代ゆえ、稚内1市がどれだけ努力しても成果はあげられない。また爛汽魯螢鵝Ε廛蹈献Дト瓩、政府肝煎りの一部大手商社に独占されており、その情報すらもないことも問題だ。

午後は、北海道サハリン事務所を訪問。ここは北海道庁の出先機関だ。稚内市のそれと若干性格が異なるのは、道庁はウラジオストク・ハバロフスク。そしてサハリンをあわせた3地域総合の出先として、この事務所を設置していること。

道庁派遣の職員は2名、現地採用職員3名、そして現地採用通訳という体制だ。3地域総合と言っても、ほとんどがサハリン関連とのこと。サハリン州の年間予算という、貴重な資料も見せて頂いた。税収が極端な右肩上がり。あわせて連邦政府からの補助金も増加している。

事務所となりのスペースには、北海道の民間団体が運営する爛咼献優好札鵐拭辞瓩設置されている。某銀行から出向で赴任しているマネージャーと話しをしたが、ロシア企業と北海道内企業を結びつけるのが役割とのこと。

爛汽魯螢鵝Ε廛蹈献Дト瓩砲茲辰謄汽魯螢鵑亙僂錣辰燭箸いΑ今日の両出先機関でもそうだし、この視察の企画段階からも、多くの関係者より言われたことだ。

原油とガスを採掘し、パイプラインによって運ぶ計画で、トータルの国際投資額が4兆円をこえている。日本も大手商社を中心に何社も出資し、中規模企業もその技術力を活かして仕事を展開している。

当初は、プロジェクトのうち第二期(サハリン2)については、日本向けパイプラインの設置を、日本政府としても目指していた。しかしロシアのガス独占企業の参入によって、その見通しは暗くなってきている。ちなみにこの会社の経営最高責任者は、現ロシア連邦大統領本人・・・。

さてもうひとつ、多くの人が言うことがある。それは日本人とロシア人は、仕事に対する認識が全く違うということ。友人としては付き合いやすいが、企業など経済的には難しいと言う人もいた。

貯金をする習慣がない、給与以上の仕事はしない、昼酒を飲むことを否定しない。など確かに違いはある。しかし州政府のあり方や、他関係期間の対応は思ったほど悪くないらしい。書類が多い、という人もいたが、まあ日本の役所もそれは一緒だ。

爛汽魯螢鵝Ε廛蹈献Дト瓩もうすぐ一段落する。現在も日々、建設に従事した外国人が、それぞれの国に帰っていっている。日本の大手も先月100人単位で帰国したらしい。その後のサハリン経済が、打撃を受けることは間違いない。

北海道や稚内市がやっている取り組みは、今後にこそ活きてくるのではないか。多くの困難をかかえながら、中国に進出している企業は多い。これも十数年前までは、一部の限られた大手企業のみだった。サハリンに向かっても、中小企業に一層の情報提供をしていくべきだ。

さて日本からサハリン州へ行くとき、持っていくことが禁止されているモノがある。通常の国で持ち込みが禁止されているものは当然だが、サハリン州ゆえのあるモノだ。

それは日本製の地図。何故か。北方4島が日本領で記載されているから。大国ロシアがせこい話だとも思うが、領土問題に対する姿勢の違いだろう。ロシア共和国サハリン州は、私が今回行ったサハリン島(樺太)と千島列島から成っている。

その千島南端には、国後・択捉・歯舞・色丹がある。ロシアにより実行支配されている地域だ。今回の視察目的ではないので、この件について考え方は書かないが、日本がサハリンと経済的交流を深めるにあたっては、この点の留意も必要だ。

せっかくのロシアなので、夜は酒場でウォッカを飲んだ。元々好きな酒だが、異邦人が酔っ払うのも失礼と思い、程々で店を退散した。目の前にはレーニン像がある。不思議な光景だ。

地理的な意味で言えば、世界は間違いなく狭くなっている。この狭さを、一部による金儲けのみに使うのではなく、ともに平和のなかで生きていけるような共同体形成に資していくべきだ。

政治家として責任を果たしていきたい。

【今日一日】
ロシア・サハリン州視察
稚内サハリン事務所にて
北海道サハリン事務所にて


2008年08月06日(水) サハリン・ユジノサハリンスク

朝食はホテルのレストラン。目玉焼とソーセージ、そしてパンとサラダだ。ホテルは駅に併設されている。その前は大きな広場になっている。戦前樺太に住んでいた人は、サハリンに来るとまず駅を目指すという。かつての豊原駅とまったく同じ場所にあるからだ。

サハリンの鉄道路線も、約7割が日本当時のまま使用している。線路の幅も、日本のJR(旧国鉄)と同じ。一方ロシア本土の線路は、それよりも幅が広い。その為、本土からサハリンに列車を移動させるときは、駅施設で車輪の幅を切り替えるとのこと。

駅前から発している大きな道路も、基本的には日本が建設した当時のままだ。旧神社通りはコミュニスト通り、その横はカール・マルクス通り、そこを横切るレーニン通りと、名前はえらい変わり様だが、基盤の風景は日本の面影がある。札幌をモデルに建設したゆえか。

レーニン像もある。旧ソ連邦構成国のほとんどでは、既に撤去されているが、ロシアではそのまま温存している。日本の像と比べとても大きい。姿形も旧共産圏特有のスタイルだ。しかしその台座では子どもが走り回り、大人も男女問わずビールを飲んでいる。更に横には巨大テレビによる商品広告も。

また建物こそ変わったが、旧日本当時と施設の場所が同じ。駅・市役所・郵便局・他諸々が、旧豊原と同じ場所に現在もある。ソ連が侵攻し建物を接収したとき、そのまま使用したことに発しているらしい。自画自賛ではないが、機能的に街をつくることを、日本が得意としたゆえの遺産だ。

更に建物のいくつかは残っている。旧北海道拓殖銀行は、現在サハリン州立美術館に、旧樺太博物館はサハリン州郷土資料館に。そして州病院裏の林を進み、草に埋もれた旧豊原神社の鳥居台座跡を見たときは、ジーンとするものがあった。

日本時代に建設された橋もある。通訳が言う。数ヶ月前にある日本人がサハリンに来た。かつて幼少時にこの豊原に住んでいて、どうしてもその家があった場所が知りたいと言う。結果場所が判明する。その決め手になったのは、今も残っている下記3カ所の位置関係からだった。
,海龍
ゞ瓩にある鉄道の踏切
この橋の上から左遠くに見える旧王子製紙工場のエントツ

旧王子製紙がつくった王子ヶ池にも行くことが出来た。工場で使用する水をひくために建設したそうだが、豊原公園という名前で、当時家族団らんの地として利用された。現在はガガーリン公園の一部として、そのままロシアの家族団らんの場所になっている。

そこで焼き鳥?を食べたのだが、売っていたのはキルギスから出稼ぎに来た人。サハリンには多くの国から、労働者が来ている。景気好調ゆえか、物価もとても高い。スーパでつぶさに比較したが、パン・じゃがいも、そして公共バスの料金以外は、ほどんどすべてが日本よりも高いのだ!

サハリンには朝鮮系の住民が多い。その大半が、日本時代から住み続けている人と、その子孫たちだ。戦後サハリンに残った在留日本人は、政府の方針で早期帰国が実現した。しかし韓国とソ連は没交渉となり、そのまま住み続けざるを得ない人がいた。

市内にある自由市場に行くと、キムチなど朝鮮の食材を売っている人が多い。また結果成功したとは言え、近年建設されている高級リゾートなどは、韓国系市民の手によるものが多いと聞く。

北方先住民やアイヌの問題はあるとしても、いわゆる北方4島を除いて、日本とロシア(ソ連)の間では、サハリン(樺太)について領土問題は存在しない。明治期に結ばれた狎蘚隋Τ鯊生魎江鯡鶚甅爛檗璽張泪江鯡鶚瓩蓮△箸發帽餾歇匆颪眷Г瓩襪覆締結された。

昭和20年8月、ソ連の一方的参戦により樺太は占領された。これについて私なりに言いたいことはあるが、結果爛汽鵐侫薀鵐轡好街嶇他鯡鶚瓩鉢狷ソ共同宣言瓩砲茲蝓▲汽魯螢鵑蝋臻‥にソ連領になった。ゆえに現在サハリンについて、日本国内で話題に上ることは少ない。

しかし上でも書いた通り、日本がサハリンで残したものは、観光対象としての建築物ばかりではない。日本政府は、在サハリン在留韓国人に対して、その存在を認め、一定の措置を行っている。しかし日本人自らが、そのことを記憶し続けることこそ、本当に必要なのことではないか。

さてサハリンは多民族地域だ。統計の分類ではロシア人8割となっているが、そのロシア人のなかにも、顔の色がそれぞれ違う人がいる。今日夕食を食べてお店の店員は、白系ロシア人とイタリア人の混血だった。ちなにみ通訳は韓国系のロシア人。

日本に関心ある人も多い。確かにロシアの首都モスクワは、遙か1万キロ以上の彼方。時差も11段階こえねばならない。一方日本は、目で見える所にある。ただ印象としては、日本自身がサハリンに関心を向けてない為、サハリンの目も韓国や中国に向き始めている。

経済構想のみを考えれば、ウラジオストックやハバロフスクの方向かもしれない。しかしサハリン北緯50度以南は、間違いなくかつて日本であった。政治形態は違っても、ここで暮らす人の生活基盤の一部は、かつての日本の影響を受けている。

何か出来るのではないか。日本とサハリンの間で、ともに有益な新しい関係を築けれるのではないか。物価高・国民性の違い・交通の不便さなど、困難な課題も多いが、一方で将来に向かって一つの夢を持つことが出来た。

【今日一日】
ロシア・サハリン州視察
サハリン州郷土資料館(旧樺太博物館)
レーニン像
上記日本時代建設の橋


2008年08月05日(火) サハリン・稚泊航路

ホテルからタクシーで約5分。国際線の港は市内にある。昭和20年より前と同じく、稚内とコルサコフ(大泊)をフェリーで繋いでいる。中国や韓国行きのフェリーは有名だが、今後は経済コストやエコを考えても、船による近隣への航路設置は重要と考える。

さて乗客は約100名、日本人とロシア人が半々というところだ。昨日会った稚内市サハリン課の方が、ある団体の見送りにわざわざ来ている。「北海道内の関係ある団体がサハリンに行く場合は、見送りだけでも来るようにしている。」とのこと。

出国手続きは至って簡単。乗船後しばらくすると、アナウンスとともに出航だ。快晴で空気が澄んでいれば、稚内市内からサハリンは肉眼で見える。そこまで距離にして約50キロだが、到着するコルサコフは大きな湾の奥。トータル約150キロある。

ペレストロイカ後、この稚泊航路が復活したとき、最初に運行したのはロシアの会社だった。しかし現在は、稚内と利尻を結んでいるのと同じ、日本の会社がその任にあたっている。

今のような夏場は、比較的乗船客もいるが、冬になるとめっきり減るらしい。ゆえに客の運賃では経営が成り立たず、稚内市も会社あて補助金を出している。夏のみでしかも週数回だが、このフェリーはあくまで国際線だ。市のみに負担させていることに疑問を感じた。

出航して2時間ほど経つと、左側にサハリンの先端がかかってくる。あとは湾内を進んでいくだけだが、いまだ前方に到達点は見えない。船内は、私も乗った広間的な2等スペースと、一つ上の階にラウンジ席の1等がある。2等は片道24000円。1等は3万4000円だ。往復チケットだと更に三分の二くらいになる。

何人かの乗船客と話をした。ロシア人は仕事で北海道に来て、帰っていく人が多かった。稚内だけでなく、札幌をはじめ道内各地、あるいは日本国内各地からだ。飛行機より安いので、船を利用しているらしい。

日本人は観光客が多いが、自然観光やサイクリングツアーなど、特定の目的を持った人が多い。親御さんの世代に、樺太に縁のあった人もいた。子どもの集団もいる。学校でツアーを組んだらしい。近くにある外国に行くことは、子どもたちの教育に有意義と思う。

前方遠くにコルサコフが見えてきた。それから約1時間、ついに港に到着した。そこからが長い。船を下りるまで30分、入国手続きに1時間、そして通訳と会いホテルに向かって出発するまで30分。計2時間かかった。この手際の悪さ?が懐かったりもする。バングラディッシュ・ダッカの乗り継ぎで、半日も待たされたことを思い出した。

コルサコフはサハリン州第3の都市。と言っても小さな街だ。車で10分も走ると、果てしない森林が広がる。北海道の風景を、更に凄くした感じ。自然をかきわかけて街は建設されるが、街と街の間の森林と河ははそのまま残っている。冬になればまさにツンドラだろう。

コルサコフとユジノサハリンスク(豊原)は約40キロの距離。時間も約40分で到着した。ユジノサハリンスクも、そんなに大きくない。街に入ってから、中心部の駅に着くまで10分と少し。若干渋滞していたが、それも一部の道路だ。

宿泊するホテルは、駅に併設してある。昔は鉄道職員の宿舎だったのを、旧ソ連時代にホテルにしたそうだ。チェックインの際にパスポートを一時預ける・・。事前に聞いていたので了としたが、普通はあり得ないことだ。宿泊者が来たことを、警察に届け出て登録するらしい。いまだにソ連的なところだ。

時間は既に夜の9時。しかし明るい。昼間のようだ。夕飯を食べようと思い散策を開始したが、夜?の一人歩きは危ないと思い、一番最初に見つけたレストランに入る。偶然にもそこは日本食。ロシアに来た初日に日本食もナンセンスと思ったが、致し方ないのでサケのちゃんちゃん焼きを食べた。

客は日本人1割、韓国人2割、他ロシア人といった感じだ。店員はすべてロシア人だ。聞くと店のオーナーは日本人で、在サハリン日本人会の名誉会長とのこと。ただサハリンの日本人は、戦後ずっと居続けた訳ではない。ほとんどがペレストロイカ後、長い人でもその少し以前から仕事で移り住んでいる。

明日から2日間、来サハリンの目的を達成すべく、精力的に動き回りたい。

【今日一日】
ロシア・サハリン州視察
フェリー
遠くにサハリンが
ユジノサハリンスク駅(向かって右の高い建物がホテル)


2008年08月04日(月) 稚内にいる

今稚内にいる。サハリン(樺太)との交流を調査するためだ。昨今自治体と海外都市との交流は、単に友好のみでは認められず、市民に対して具体的成果を出さねばならない。

例えば企業誘致のような経済交流であったり、それを通じた人的交流であったりする。相模原市と中国無錫市がやっているような、青少年のスポーツ交流も、その一つに数えていいだろう。

稚内市役所には、その名もサハリン課がある。稚内からは、フェリーがコルサコフ(大泊)との間を結んでおり、サハリンに向かっての日本の窓口となっている。

担当責任者から話を聞いたが、、最初は人的交流のみだったが、だんだんと経済交流に繋がっているそうだ。しかし命綱である定期フェリーの運航が苦しく、市単独の補助は限界がきているとのこと。

さて経済面でのアジアと日本という視点では、過去朝鮮半島との交流がメインだった。しかし昨今中国が貿易相手国1位になり、今後もその拡大が見込まれている。

一方ロシア方面でも、ウラジオストクやハバロフスクなどと連携が進んでいる。環日本海経済圏的な構想もあり、北海道や北陸の自治体が、既にいくつかの取り組みを始めている。

朝鮮半島や中国は無論のこと、東南アジアやロシアを含めて、しっかりした圏域をつくっていくべき。最初は商取引ベースでいい。いつの日かそれを発展させて、近隣の平和実現に繋げていく。

)務て撒擇喘嫺盪圓サハリンと交流することによって、どのような具体的成果を挙げているか。

日本が近隣地域と将来つくっていく圏域のなかで、果たしてサハリンはその重要なポイントになり得るか。

サハリン主要都市の都市基盤は、戦前日本領だった時代のまま活用されている。半世紀以上を経て、異文化のなかでも生き続けている、かつての日本のまちづくりとはどのようなものであったのか。

以上3点を調査すべく、明日から3日間サハリンへ行く。今時珍しいが、携帯電話(au)は全く通じない。ネット接続の環境もわかならい。

日々感じたことを詳細に記録したいと思うが、報告は帰国後になってしまうかもしれない。ご容赦頂きたい。

【今日一日】
(9:40羽田空港発→11:30稚内空港着)
14:00 稚内市サハリン課からレクチャー/北海道稚内市
稚内市サハリン課


2008年08月03日(日) 市民の平和集会

市民有志が企画した犖郷綰禁止平和祈念集会瓩忙臆辰靴拭今年で60回目を迎える。

知人で平和運動をされている方から、以前より話は聞いていたが、実際参加するのは初めてのことだ。また図らずも来賓として、挨拶する機会も頂いた。

チャップリンが殺人狂時代で言った、「一人殺せば殺人者、大勢殺せば英雄」のセリフを例に挙げて、「戦争は国家の犯罪」と私の持論を述べた。

また今後も世界平和実現のため、政治家として精一杯活動していくことを申し上げた。他党派をこえた議員からも、同様の決意が述べられたことは嬉しいことだ。

相模原市在住の、被爆者代表の方も挨拶された。被爆者は既にかなりの高齢者が多く、事実を話し伝えていくことが、年々困難になっているとのこと。

今日この場に参加した者が、しっかりと引き継いでいくことが必要だ。もちろん政治家として、より具体的な成果を求められることも承知している。

基地問題・外交問題・そして教育問題などを通じて、平和に向けた流れを少しずつでも積み重ねていきたい。

【今日一日】
 8:00 第60回原水爆禁止平和祈念集会/西橋本
19:00 栄自治会盆踊り/相生
20:20 千代田3丁目自治会盆踊り/千代田
平和祈念集会


2008年08月02日(土) 真の省エネ

コンビニの24時間営業を規制する動きがある。エコという視点では正しいが、費用(?)対効果という意味では少し考えた方がいい。

というのも、コンビニは一応深夜でも営業はしている。人数の大小は別にして、少なくともお客さんがいる。それで生活している人も。

一方、余り役に立たないネオンもある。綺麗だとか、消すのはイマイチだとか、抽象的な理由により煌々と付いている明かりだ。

それを消すことから始めよう。今目の前にもある!宴会の残飯と同じだが、意味の無い無駄な消費を、まずは止めよう。

そして出来るならば、条例等(公権力)ではなく、それぞれの自発的意志によって実現をしたい。

【今日一日】
10:00 衆院神奈川5区田中慶秋まつり/横浜市金沢区
13:00 報告書作成&名刺整理/事務所
16:30 支援者訪問/双葉
17:00 東林サマーわあ!ニバル/東林間
18:30 塩田自治会盆踊り/田名塩田
19:00 清水自治会盆踊り/田名
19:30 横山6丁目自治会盆踊り/横山
20:10 陽光台1丁目自治会盆踊り/陽光台
20:30 千代田5丁目自治会盆踊り/千代田
東林間のまつり


2008年08月01日(金) 内閣改造について

内閣が改造された。前よりは良い感じがする。恐らくは、これが自民党の最高メンバー。次期衆議院選挙に対する危機感で、総力戦の体制を組んできたのだろう。

さて福田総理については、小泉・安部路線とは違う‘何か’を期待していた。しかし本人が明確なメッセージを発信しないこともあり、何を考えているかわからなかった。

今回の改造で政治信条の一端が明らかになった訳だが、残念ながら私の期待したものではなかった。官僚政治をより強くしてしまう布陣だし、より問題なのは増税路線を採ったこと。

自民党内の言い方では‘財政再建派’‘上げ潮派’と区分けされるそうだが、総理は明確に前者の道を決断したのだ。この区分けでどちらかと問われれば、私は後者を採る。

安易な財政出動は避けるべきだが、財政再建と増税を結びつける発想は問題だ。日本の税は決して安くはない。税率を上げるのではなく、そのあり方を正すことが重要だ。

さて民主党にはネクストキャビネットがある。政権獲得時の準備という意味だが、イギリスのシャドーキャビネットのように国として制度化されたものではない。

しかしせっかく組織しているのだから、この内閣改造の機会に、それぞれの‘大臣’から、政府与党の政策と違う点をアピールした方がいい。小沢党首とはじめとして、総論で新内閣を批判しているが、より具体的な政策アピールが必要だ。

大方の世論がそうであるように、新内閣にそれほどの期待はしていない。一刻も早く総選挙を実施し、文字通り総力戦のなかで雌雄を決し、主権者の選択によって新しい政府をつくっていくべきだ。

【今日一日】
13:00 書類整理/事務所
15:30 挨拶まわり(数軒)/市中部〜南部
17:40 打合せ(党関係)/中央
18:30 本村賢太郎総合選対会議/中央
20:45 消防団(1−1)定期整備/上溝


てらさき雄介 |MAILHomePage