てらさき雄介の日記
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2006年11月30日(木) キャピトル東急ホテル

永田町のキャピトル東急ホテルが、今日をもって閉館するらしい。ビートルズなど、過去宿泊した人のエピソードを交え、テレビで特集をやっていた。

私もささやかながら思い出がある。学生時代に藤井裕久先生の事務所でお世話になっていた時だ。

金丸信氏の議員辞職に伴い、当時の自民党竹下派が内部抗争をはじめたとき、羽田・小沢グループの事務所がここに出来たのだ。半年間くらいだったろうか。正式に牴革フォーラム21瓩箸いη蛭兇鯲ち上げるまで、仮の事務所として使用していた。

藤井裕久事務所のありがたい配慮で、このキャピトルの一室に常駐させて頂いたのだ。この半年間に見聞きしたことは、私にとって大きな財産だった。反自民たる核心が根付いたのも、この時の経験からかもしれない。

もちろん仕事として、学生の私に何が出来るわけでもない。しかし使い走りや電話番など、とても忙しくしていたものだ。

大きなスイートルームだったので、帰れなくなると端のベッドで寝たこともある。また今日もテレビでやっていた、ホテル名物のパーコーメンも、ルームサービスで何度も食べさせてもらった。

しかし当時の先輩方には、後輩を育てるという意識があった。このお気持ちによって、本来なら出来ない経験をたくさんさせて頂いた。感謝している。私がそれに応えるためには、同じ気持ちで後進に接することだろう。

当時その部屋でご一緒した方のなかには、代議士や知事、あるいはその候補者になっている方も多い。ご健闘を祈る。いや私自身頑張らねば!








2006年11月29日(水) 市政に関する勉強会

市政に関する勉強会を、小池義和市議と共催で開催した。次期市議候補予定者の池谷健氏はじめ、多くの方々にご参加頂いた。

市議を辞めてから3年半も経つが、その間市政のあり様も変化していることを実感した。

特に市債における、赤字債券の割合が増えていることは深刻な問題だ。次の世代へ責任を感じなければいけない。

また行政のチェック機関としての責任を、しっかりと果たしうる地方議会にしなければならない。その意味では県議会も、市議会と同様の変革が必要だ。

勉強会の後には、懇親会も開催したが、更に突っ込んだ話しが聞けた。投票率の低下が深刻な問題だが、それは決して政治に対する感心が薄れていることを意味しない。

情報公開によって、政治を身近に感じてもらうことによって、生活の不安・不満が投票行動に結びつくと思う。


2006年11月28日(火) 政治家の挨拶

色々な人の挨拶は勉強になる。今日もある会で、複数の議員や候補者の挨拶を聞いた。

ある人は役職者だったにも関わらず、思い切り外していて失笑を買っていた。一方ある方は、短いなかにも張りがある、素晴らしい挨拶だった。

私が常に気をつけていることは、話しを短くすること。1分以内が基本だろう。

そして政治家であるならばメッセージを入れること。決して政治的なものでなくもいい。

今後も精進していきたい。

そう言えば、平沼赳夫氏は復党を見送った。政治家としてあるべき姿だろう。やせ我慢をしている姿が、昨今珍しく新鮮だった。

政治家に必要な要素はたくさんあるが、第一はあくまで政策だ。去年小泉総理が勝利したのは、政策で選挙をするという基本を貫いたからかもしれない。

今回の復党劇については、あえて私たちが批判しなくても、しっぺ返しは必ず訪れるだろう。


2006年11月27日(月) 市役所の組織改編

相模原市役所が、来年から組織改編する。先日市職員と話していたら、その部署がなくなること聞き、急いで資料を取り寄せてみた。

総論としては、言われてるほど悪くはないと思った。しかし狎令市に向けて瓩箸いΔ覆蕁⊂し勘違いがある気がするし、かつて犇廟瓩鯒兒澆靴燭海箸砲弔い討料躋腓睛澆靴い隼廚Α

つまり万々歳ではなく、課題もあるということだ。市議会議員の任期もあと半年を切っているが、活発な議論が行なわれることを期待している。

さて、この組織図は誰が考えたのだろうか。市長だろうか。それとも違う誰かだろうか。過去の政策決定における市長の関与度を見てみると、今回も役所による役所の組織改編ではないのか。経過も大事だ。

組織改編で大切なのは、効率的に仕事をすることと、あわせて市民から見て利便性が増すかだ。縦のラインの見直しだけでなく、都市内分権など新しい要素にも対応しなければならない。

行政が市民との協働を目指す以上、役所内の職員が、それぞれのポジションで培ってきた信頼関係も大切になる。多くの再編されている部署について、明確な詳細の説明が欲しい。聞けば教えるではなく、一般的情報公開によってだ。

更にはそれぞれの役職に、果たして誰が就くのかも興味深い。マニアな視点かもしれないが、人こそが大切なのは言うまでもない。それを決めるのは・・・。市長?それとも別の人?





2006年11月26日(日) 大谷直敏氏出版記念会

大谷直敏氏の出版記念会に参加した。場所は津久井湖記念館だ。盛会だった。昨年の市長選挙をともに戦った、多くの皆さんと久しぶりにお会いすることが出来た。

また津久井地区の会合なので、地域の話しも参加者の皆さんから聞くことができた。思えばこの地域で、まとまった会合に出るのは初めてのことだ。マイクを持たせて頂いたが、些か緊張した。

尾崎行雄氏の出身地で政治をやることの責任が、改めてヒシヒシと胸に刻まれる。今後はますます機会が増えるだろうが、精進していきたい。

28日には、同じ会が相模原市立けやき会館で開催される。参加する予定だ。数百人規模らしい。失礼ながら大谷さんは、私と同じ浪人だ。2年も先の市長選挙にむけて、これだけ人が集まって下さるのは、素晴らしいことと思う。

出来る限りの支援を、これからもしていきたい。


2006年11月25日(土) 自治基本条例、藤井先生

パートナーシップ市民フォーラムさがみはらの例会に参加した。大和市の自治基本条例作成に参加した、市職員と市民代表の講演を聞いた。

自治体の憲法とも呼ばれるもので、行政・議会・市民それぞれについて、自治体運営における役割が明記してある。

今後は相模原市も制定にむかうのだろうし、当然趣旨には大賛成だが、いまだ整理すべき課題も多い。

一つは、この条例を制定することよって、何がどうなるのかわかりにくい。基本法とはそういうものかもしれないが、犒法瓩任△襪覆蕕弌抽象論のなかにも、目指すべき姿を明確にする必要がある。

二つには、執行機関や議会にとっては、この条例によって、ある種の新しい拘束がなければ意味も薄い。「だから?」と開き直れるようなものでは、制定しても効果がない。

三つには、自治はルールをつくらないことにも、その醍醐味がある。いまだ道半ばの地方自治。発展してはいるが、現段階で犒法瓩魍猟蠅垢襪海箸呂匹Δ覆里。都度変えるという考え方もあるが、それではまた犒法瓩箸靴峠鼎澆薄い。

四つには、情報公開や個人情報保護など、既に他の条例などで、ルール設定されているものが多く。既存の上に、更にルールをかぶせることになる。それで悪くなるわけではないが、この部分はあえて入れなくてもいいのではないか。

五つには、議会についても文章があることだ。新たな地方自治における議会の役割は、変化を始めてはいるが、いまだ先行きは見えない。自分自身も迷っている点もある。またこの条例を含めてチェックを働かせるべき議会が、この条例の枠内の存在になっていいのだろうか。

六つには、現在市の条例や規則は年々数が多くなり、既存のもの同士で矛盾をきたしている。犒法瓩鬚弔るならば、それらを整理した上で行なわないと、煩雑になるだけでなく、実効性も薄くなってしまう。

他にもあるが、主にはこんなところだ。繰り返しだが、制定に向かうことは当然だ。しかし焦る必要はない。自治基本条例があることが、何か先進性の象徴に言われているが、要は中身だ。

政令市にむけて舵取りを始めるならば、その経過とあわせて、じっくりと議論を深めていきたい。今日の会は意義深かった。

夜は、藤井先生の上溝地区後援会の忘年会だ。今年の初忘年会。しかも地元で藤井先生とお会いできると、勇んで参加した。予期せぬハプニングもあったが、藤井先生からは、たくさん為になるお話をきけた。

政治活動をしていると、時として色々なこともあるが、やはり私は藤井先生を尊敬しているし、大好きだ。今日再確認できた。

参加者は当然知っている方ばかりだが、ご無沙汰している方も多く、この機会に色々話をさせて頂いた。地元出身の私に対して、党派をこえて多くの励ましも頂いた。ありがたい。


2006年11月24日(金) 今日一日

朝友人と相模湖駅へ。マイクを持たずに二人でビラを配る。今年初めて寒いと思った。

駅前のキオスクが先日より休業している。客数の問題だろうが、周りにコンビニもないので、困っている方が多いのではないか。政治の仕事ではないかもしれないが、街づくりにとっては課題だろう。

その後午前中は城山町へ行き、ポスター貼りをする。結果新規は1軒のみだったが、それでも多くのお宅を訪問できた。

午後は事務作業をしてから、ご紹介頂いたお宅を数軒訪問。途中支援者に申し訳ないことをした件で、お詫びに行ったりもした。活動に集中する余り、全般に目がいかないことを反省。

夕方は橋本駅南口で街頭演説。この場所は、かなり定着してきたと実感。支援者の方も駆けつけて下さり、百数十枚のビラも配ることが出来た。

夜は青年会議所で、年間一番大切な事業である卒業式だ。お世話になった方ばかりが卒業なので、ご挨拶を聞いているとジーンときた。かつて理事などをしていた時の気持ちが蘇った。

その後事務所に帰ってきて、友人と今後必要なグッズを揃えた。住宅地図の切り張りをしたのは久し振りだ。

そして今メールをチェックすると、政治の大先輩から励ましのメールが。最近色々あって少し気が滅入っていたので、とても励ましになる。こういう一言やお声がけが、とてもありがたく感じる。

昨日を悔いるわけではなく、こうやって今日一日を点検することは大切かもしれない。かつて市議時代には、それすらも意味が薄いを思っていた。しかし不完全な人間が進化するためには必要だろう。

明日は久し振りに藤井先生にお会いできる。詳細は恐らく日記に書くだろうが、今からとても楽しみだ。



2006年11月23日(木) 平沼赳夫氏に注目

いわゆる自民党造反組のなかで、選挙後、方針転換して郵政法案に賛成した人がいる。その人は当然に自民党に戻るべきだろう。その方が分かりやすい。

しかし平沼氏はどうするのだろうか。法案の賛否は別にして、彼が信念を持って再び反対票を入れたのは、政治家として立派な姿だったと思う。

今回の復党には、この法案(既に法)への支持が条件とのこと。彼は受け入れるのだろうか。それとも水面下で、既に落とし所は見つかっているのだろうか。

藤井先生は立派な方だが、その中でも一番説明しやすいのは、自民党離党後、一貫して非自民だったことだ。

何度も登場している明大雄弁部先輩の田中良都議は、十数年前に日本新党ブームで都議になった。曰く「その時当選した数十名で、今こちら側で残っているのは自分ひとり」とのこと。

ブームで当選したので、その後落選した人もいるし、生き残っている人は全員自民党に入っているそうだ。

戦中の厳しい時期でも、大政翼賛会の非推薦で当選した人もいる。同じく明大雄弁の三木武夫先輩もそうだし、故郷相模原の英雄尾崎行雄氏もそうだ。

平沼氏は筋を通して欲しい。単に自民党の問題ではなく、「ああ今でもこういう人がいたのか」と思わせて欲しい。期待している。


2006年11月22日(水) 法を遵守し全員当選

大体2連ポスターも張替えが終わった。2連ポスターなどは、考えれば妙な制度だが、法なので遵守するしかない。皆も早く張り替えよう!

県議選に3名、市議選に10名(推薦1名含む)を擁立することになった。誰かが計画的にしたわけではないが、希望者が多く結果そうなったことは、むしろ喜ばしいかもしれない。

自民党ではないが、選挙はどうしても身内に敵が出来る。しかしそのことが相乗効果を生み、結果全員当選することにも繋がる。他に比べ運動が大人し過ぎると、支援者からはお叱りを受けるが、精一杯張り合っていきたい。

先日も書いたが、今後相模原市政に関する勉強会を行なう。相模原市政を考え続けることは、県政に挑戦する今でも変わらない。市会でも全員当選すれば、現行でも第二会派になる。期待している。

しかしまあ色々なことがある。そのまとめ役として、藤井先生のいかに偉大だったを思い知らされる。組織とはルールや強制だけでなく、やはり人によってまとまるものなのだ。実感する。

さて今日もこれから淵野辺駅で街頭だ。「行ってきます!」


2006年11月21日(火) 個人としてのブランド

選挙についてだ。選挙戦術に長けていない私は、多くの意見をまわりに求める。すると共通するのは、犖朕優屮薀鵐畢瓩大事ということ。

民主党員であることには確信を持っているし、その政策についても熟知しているつもりだ。この部分で他に引けをとっているとは思わない。しかし定数9の選挙では、一方で個人選挙であるウェイトも大きい。

他の候補者と違い、地盤・看板・カバンがない分、個人としての運動展開では、大きく遅れをとってしまっている現実もある。これを挽回するためにはどうすればいいか。

まさに犖朕優屮薀鵐畢瓠甅爐討蕕気雄介は他の候補者と何が違うのか瓩箸茲衞棲里砲垢襪海箸靴あるまい。

長く説明すれば、いくつも思う浮かぶ。しかし時間のない中で、ある種わかりやすい簡易な言葉で、それを現す必要もある。

今だ模索中だが、運動をするなかで、明らかにしていきたい。


2006年11月20日(月) 2世議員批判の真意

今や総理大事も、野党党首も、外国元首も、多くの政治家が2世3世だ。知人や友人にもいる。身近に人がいればその批判はしにくいが、冷静に考えれば、民主主義において政治家の世襲は大きな問題だ。

私も10年間の相模原での政治活動で、多くの質問を主権者皆様から受けた。その中でも、「お父さんも議員だったの?」は、非常に残念な質問だった。何故なら、主権者自体が、若い政治家は2世という先入観を持ってしまっているからだ。

世襲で当選したその個人を批判する気はない。むしろそれを生み出した、政治風土こそ問題であろう。

過去多くの政治志望の若者を見てきたが、世襲の壁は正直大きく、それによって政治の道を断念した人も多い。それだけと言われればそうかもしれないが、現在政治活動をしている人間としては、深刻に受け止めざるを得ない。

今年の大河ドラマは、土佐藩主になった山内一豊が主人公だ。彼のつくった山内土佐藩は、幕末まで代々藩主を受け継ぎ、大藩として君臨した。それは徳川幕府のような安定期には良かったのかもしれない。

しかし幕末はどうだっかか。時代の変化に対応しようとしたのは、山内土佐藩でも、山内侍でもなく、むしろその下で虐げられていた下級藩士だった。

私が幕末で好きな中岡慎太郎も、あるいは薩長同盟を発案した坂本竜馬も、その一人だ。

現在は変革期だ。不思議と誰も言わないので、あえて言うしかない。2世、3世、世襲政治家を生み出す構造は問題だ。変えなくてはならない。


2006年11月19日(日) 寒い季節に

寒い季節になった。昨日は日記に記載した通り、結局都内に泊まったので朝帰相した。

雨が降っていたが街頭はしようと、アイワールド前に行った。お二人ビラを配ってくださったが、やはり寒くなったので手がかじかんでしまう。

街頭演説にとっては、その名のとおり‘冬’の時代だ。逆に言えば、ここが気合の入れ時か。

夕刻は、相模原市出身のプロ歌手の応援に、再び都内へ行く。最短でいくために、新横浜から新幹線に乗ると、1時間強で新橋に到着。食事をご一緒した。

帰りは皆さんと観光バスだが、車中でも多くのご意見を聞くことができた。謙虚に受け止めて、政治活動のなかで実践していきたい。また新規のポスタ−も2件紹介頂く。ありがたい。

夜はいささか疲れたせいか、すぐ寝てしまう。11月も終盤だ。時間がないことに焦りつつ、支援者皆様の顔を思いお越し、明日からまた頑張ろう!


2006年11月18日(土) 明大雄弁部OB会

明治大学雄弁部OB会が開催された。場所は新宿京王プラザホテル。日中から終電過ぎまで、多くの皆さんと歓談した。

その中でも政治関係者との意見交換や議論は、仕事にとっても非常に役に立つ。それぞれにとって雄弁部での活動は原点である故、地域や党派をこえて率直な話しが出来る。

卒業後初めてお会いできたのは、舟橋貴之富山県立山町長だ。富山県は急速に市町村合併が進み、既に15市町しか残っていないらしい。地域柄か、都内へも仕事でよく来られているそうだ。

田中良都議会議員からは、来年の東京都知事選挙への候補者擁立について、多く参考になる意見がきけた。首都東京で知事がとれない政党が、政権をとるのは難しい。期待している。

片倉常夫前平塚市議からは、9期にわたる地方自治の経験をまとめた、貴重な冊子を頂くことが出来た。初当選が昭和42年だから、狠亙自治瓩箸いΩ斥佞垢藏欧蕕薄い時期だったのではないか。

今回は現役学生の代表も十数名参加していた。政治志望の1年生のなかに、2名高校の後輩がいた。貴重な発見だ。今後も交流していきたい。


(舟橋貴之富山県立山町長と・・・6学年先輩)




2006年11月17日(金) 「市政」について勉強会開催

相模原市政について勉強会を開催する。次期市議会議員選挙の党公認・推薦候補、党員のうち、日頃よりお付き合いのある皆様にご案内を出した。

私と小池義和市議の個人開催なので、民主党に全く関わりない一般参加者も募集している。私も相模原市政について、思うところを率直に述べるつもりだ。

【期日と場所】
2006年11月29日(水)
・勉強会 午後4時から6時 相模原市民会館第一中会議室
・懇親会 午後6時から8時 近くの居酒屋にて(会費3,000円位)

県政と市政には、当然連携が必要だ。それも補助金の獲得を柱にしてきた既存のあり方から、まさに‘高度’な連携に変えていく必要がある。

特に政令指定都市を目指す過程では尚更だ。この件では、既に市役所が県庁と接触している形跡もあるが、議会がしっかり関わっているかは疑問。

行政のみに任せるのではなく、議員の役割もまたあるだろう。地方政治における政党の意味を十分に発揮して、県議候補・市議候補の連携も深めていきたい。

繰り返しだが、最後に「勉強会への参加お待ちしております!」事前にご連絡頂ければ助かるが、飛び込み参加も大歓迎したい。よろしくお願い申し上げます。


2006年11月16日(木) 城山から古淵・鵜野森へ

日中城山町へ行った。戸別にお宅を訪問しながら、ポスターのお願いをしてまわった。

閑静な住宅街だが、それでも数十年の歴史があり、あるお宅では「この辺りは丁度リタイア世代が多い。」とのこと。昭和のある時期に一斉分譲したため、地域の年代層が一緒に高齢化していくのだ。

相模原市内でも、新規の小学校を建設しながら、一方で廃校にしている地域もあるのは同じ理由からだ。やはり地域の声は行ってみなければわからない。

夕刻は古淵駅で街頭演説をした。人通りが多くスピードも足早のため、余りビラは配れなかったが、それでも数人の方からお声がけ頂いた。

演説中、町田市議の方からも声をかけて頂いた。同じ民主党で、今後新たな挑戦をされるそうだ。当然応援するが、詳細については改めて記すこととする。

その後鵜野森の地域に、政策ビラを配ってまわった。この地域でビラを配るのは、十年間の政治活動で初めてのことだ。数十分で数百も配れた。大分空き部屋があるのは、先ほどの城山と同じく、分譲から時が経っているせいだろう。マンションだけに修繕の限界があるらしく、転居されているお宅も多かった。

空き部屋は治安を含め、生活環境全般にとって問題が多い。老朽化しているならいざしらず、空き部屋の有効利用が大切だ。公共施設も含めてのことだが。


(城山町でポスターを貼っている友人)


2006年11月15日(水) 市民討議会というもの

(社)相模原青年会議所で、来年度は地域主権推進委員会に所属することになった。今日その準備会が開かれた。

勉強するテーマのひとつとして、表題の犹毀影さ腸餃瓩挙がった。町田市や東京23区では、同じく青年会議所が中心になってモデルでやっているらしい。

相模原市でも、先般犹毀吋侫ーラム瓩設置され、私も一般応募で参加している。他合併した津久井町・相模湖町には狠楼萇承腸餃瓩置かれ、少しニュアンスは違うが教育分野には、牾惺刺承聴制度瓩覆匹發△襦

今回の市民討議会が他と違うのは、メンバーが有志を集うものでなく、無作為抽出で選び出すスタイルを採っていることだ。

しかしどれにも共通していることだが、結果出た意見がまちづくりに反映されないと意味はない。

また県議会や市議会が存在しながら、それらを設置することは、議会では出来ないことをするためであり、「議会とは何か?」という検証もしなくてはならない。

多くの試みについて、方向性は合っていると思う。もはや代議員制度から直接参加制度に舵を切るときかもしれない。その意味では、しばらくは各種の試みが重要だ。

昨日の青年会議所委員会でも発言したが、多くある会議体の良いところと、足りないところを、総点検することも必要かもしれない。


2006年11月14日(火) 上溝をまわる

上溝をまわった。長い間育てて頂いた地域なので、当然に歩いていると多くの知り合いにお会いする。

以前相模原町役場などがあったことから、犖鼎き畸楼茲噺世人もいる。しかし何をもって犖鼎き瓩箸垢襪は様々であり、この地域独特の風土があればこそ、市議を含め10年間も政治活動を続けてこれたとも思う。

利益誘導型の政治は廃しなければならない。しかしそれは生まれ育った地域を、どうでもいいと思っているわけではない。むしろ逆だ。

再開発事業をやって思うように行かず、結果そこを中心にまちが空洞化している例も多くある。税の投入をした結果、必ずしも良くなるというわけではないので。

上溝も、相模原市全体も、私にとっては自分自身だ。愛するとは、まさにこういう気持ちを言うのかもしれない。良いところを伸ばし、誤りを正していく。偉そうだが、故郷だからこそ本気で考えている。

子どもたちの安全、年々ひどくなる生活道路の渋滞、都心へのアクセスなど上溝地域の課題についても、県政の場では当然頑張ってやっていきたい。


2006年11月13日(月) 無原則の恐ろしさ

学生時代、「自衛隊は海外派兵を是をすべし」という弁論をしたことがある。表現は過激だが、現在小沢一郎民主党代表が言っている主張と変わりない。

当時友人からも聴衆からも、牘ν祗甍靴い気譴拭3里に当時の右翼は、憲法改正が関の山で、海外派兵などは言っていなかった。

現在の私の主張は、それと大して変わりない、かえって自衛隊の安易な活用に疑問を呈してもいる。

しかしながら世の流れはどうか。

湾岸戦争の戦費を支出する

カンボジアのPKOに派兵する

アフガンに掃海艇を派遣する

イラクに自衛隊を派遣する

どれも個々を見れば、都度の必要性があるのかもしれない。しかし恐ろしいのは経過だ。その間に、何の総括が、何のルールの変更があったのだろうか。

個人の責任を追求しないのは、日本人の良い文化かもしれない。故に過去に対しても寛大だ。そういう日本人は好きだ。

しかし過去の過ちを繰り返してはならない。民主主義は最良の制度だ。そのなかで結論を出してこそ、皆にとって納得し得る結果が得られる。

政策の変更は、時代の移り変わりであり得る。だからこそ、ひとつひとつを真摯に議論していく必要がある。

本当の戦地に自衛隊を丸腰で派遣する前に、憲法改正を含めた主権者による真剣な議論を巻き起こしていきたい。


2006年11月12日(日) 福島県勝利の方程式

福島県知事選挙で、民主党推薦候補が当選した。この前まで民主党の参議院議員だった方なので、いわゆる公認候補と変わらない。最近ない快事であり、本当に嬉しい。

各党支持層の投票動向結果を見たが、これこそ民主党が勝つ方程式だろう。逆に言えば、こうならないと勝てないということだ。

まず民主党支持層の9割近くが投票している。元々自民党よりも固定的支持者が少ないわけだから、ここが崩れるとどうしようもない。

次に無党派層で6割以上とっている。前回衆議院選挙が反面教師だが、昨今の国政選挙は、無党派層が最大勢力だ。政治はとかく軽視したがるが、この皆さんこそ、ある意味政治を深刻に考えているのかもしれない。

最後に自民党支持層の3割を獲得していること。これが出来れば完璧だ。今回は知事とは言え、私と同じ地方選挙。大きな意味で二大政党でも、中身では国とは違う基準もあり、地域独自の訴えをした結果だろう。

ちなみに佐藤雄平新知事は、以前渡部恒三代議士の秘書をされていた。学生時代に、藤井先生のところでお世話になっていたとき、何度か色々な会合でご一緒したことがある。是非頑張って頂きたい。


2006年11月11日(土) 市民団体の合併への不安

市民活動フェスティバルが開かれた。市民活動サポートセンターが主催したものだ。

けやき会館では、各団体の交流企画が行なわれた。多くの団体から活動紹介があったが、津久井地域からも複数参加していた。

今回合併することになったので、あえて声をかけたのだろうが、当然に各団体から合併についての意見も聞かれた。

期待をする声もあったが、どちらかと言うと、不安の声が大きかった気がする。中には、明確に合併に反対している団体もあった。

不安な理由は、大規模都市に編入されることに尽きていた。つまり新相模原市のなかで、津久井地域が軽視されるのではということだ。

もちろん編入した相模原市にその意思はないが、しかし結果として周辺部が寂れてしまう傾向は、他多くの自治体の例でもいがめない事実だ。

だからこそ、現在作成している新総合計画(行政計画)をはじめ、津久井地域を含めた新市の姿を、もっと具体的に現していく必要があろう。

更には合併に至る過程には、津久井地域は内部で色々あったのは事実。その精神的なケアも必要と感じた。

津久井地域のある合併推進派の政治家は、合併が決まった後、あえて反対派の家を訪問して、今後のまちづくりの協力を依頼していると言う。なるほどだ。

市民活動に参加している人は、何だかんだと言っても、愛郷心旺盛な皆さんばかりだ。もっと相模原市の側から、機会あるごとに声をかけていく必要があろう。


2006年11月10日(金) やはり大野は人が多い

夕刻相模大野駅で街頭演説をした。デッキ上では、駅ビルのクリスマスツリーの点灯式があり、デッキ下の商店街入り口で行なった。

やはり相模大野は、人通りが多い。朝の通勤時間帯のように、常に多くの人が行き来している。1時間の演説だが、ご存知の方にも複数お会いできた。

最近相模湖や藤野でも、朝街頭活動をしているので、その雰囲気の違いは明らかにある。

もちろんどっちがいいという話しではないが、それぞれの特徴を活かしたかちづくりが必要だろう。

相模大野は商業地でいける。故に過去市議時代に、駅前再開発事業に賛成した。税を投資した分、最終的に回収できると思ったからだ。

再開発には、地権者に住んでいただく住居部分が必要だが、それ以外の分譲用に多くを用意するのはどうか。

分譲すれば収入にはなるが、一方商業地形成という根本に矛盾する。かつて話しがあった大規模テナントだけが商業ではない、市内外に智恵を求めれば、相模大野に来てくれるお店もあるはずだ。

さて街頭演説終了後に、ラーメン好きな友人の薦めで、すぐ近くのお店に行った。行列が出来ていた。数十分待ったが、なるほど美味しい。友人曰く、東京・神奈川に名が知れている名店とのこと。

まだまだ知らないことがたくさんある。これが大都市の面白さかもしれない。明日からも、新たな発見を多くしていきたい。


2006年11月09日(木) 屋外広告物条例違反?

相模原市屋外広告物条例。比較的新しい条例だ。市議時代に、直接委員会審議には参加していなかったが、本会議で質疑したのを記憶している。

さて今日夕方橋本駅北口で、街頭演説とビラ配りをした。多くの方からお声がけ頂き、旧知の懐かしい方にも会えた。

あと10分で終了というとき、最後に声をかけてきたのが警察官だ。何と「てらさき雄介」の旗を立てているのが、屋外広告物条例違反だと言う。

南口で活動されていた労働団体の皆様とあわせて、私たちにも“指導”をしてきたのだ。

聞いてみると、通行の方から苦情を受けたとのこと。「あれっ!?」と疑問は浮かんだが、その警察官に何を言っても始まらないので、大人しく旗は撤去した。その後は演説とビラ配布のみ行なった。

先日都内で、団地内でビラ配布していた某政党の運動員が、警察に住居不法侵入で逮捕されるという事件があった。裁判の結果、政治活動については、寛容的に扱うとの判例も出た。

今回の件も、裁判になれば当然に勝てる。南口の労働団体の方は、お怒りで帰られた。気持ちは一緒だが、些細なクレームに真摯に対応することも、ある意味警官のあるべき姿勢だろう。こちらが寛容になってしまった。

しかしだ。今日は良しだが、次回以降は違う。こちらも公党の名前を使って政治活動をしている以上、反論をしなくてはならなくなる。そうならないことを、切に願っている。


2006年11月08日(水) 友人の朗報

大学時代の友人から、久々に電話があった。仕事に関する朗報だった。この友人は保岡直樹という。明大雄弁部で同期だった。

卒業後に作詞家を目指していたのだが、この度日本作詞大賞の最優秀新人賞を受賞することになったのだ。

その発表は11月26日(日)にNHKホールであり、テレビ東京で中継される。多くの友人に見てもらえるよう、宣伝をしていきたい。

代表作を、このページからリンクを貼ろうと、いくつかネット上で見てみたが、多くありすぎて特定が困難だった。是非「保岡直樹」で検索して、その全てを見ていただきたい。

今回の受章を、心から一緒に喜びたい。また今後にエールを送りたい。



2006年11月07日(火) 向こう側に並んでいる面々

国会の党首討論を見ると、腹立たしいことがる。安倍総理の後ろにいる面々のなかに、かつての狷瓜岫瓩いることだ。

小沢党首は、さずが長年の政治経験だから、そんなことは超越しているかのように議論をしている。しかしテレビに向かっても。ツッコミを入れたくなったしまう。

与党になることは、当然に憧れだろう。政策実現こそ政治家の理想だから、気持ちはわからないでもない。

自民党の批判をしているのではない。自民党なら自民党らしくすればいい。相互を行き来することに、情けない節操のなさを感じるのだ。

一党員でしかない私が言うことではないが、最早民主党員たることに限界を感じている方も党内に散見される。しかしそのいきつく先は、総与党化でしかない。

ここは堪え時だ。しっかり地域で訴えを続ければ、必ずや評価されると信じて、明日からも頑張りたい。


2006年11月06日(月) 核の犁掴性瓩箸

核について議論するのはいい。しかし今問題になっている政治家の発言は、言葉通りの純粋な議論ではない。核を持つ方向で検討したいという、方向性のある犁掴性瓩覆里澄

ならむしろ、最初からそう言えばいい。政権幹部のクラスでも、発言が場当たりかつ、官僚的になっているのを感じる。

北朝鮮が核をカードにしているから、日本もという議論は稚拙だ。北朝鮮は核をカードにした結果、現に外交に失敗しているではないか。

アメリカという国は、核をはじめとする兵器や軍隊を世界に拡散し、そのことを国益に結びつける術を知っている。しかし日本はどうか。核を持って、本当にそれをプラスに出来るのか。

学生時代「自衛隊の海外派遣を是とすべき」と弁論をしたら、右翼扱いされた。今では戦地であるイラクにも、自衛隊は出動している。

結果よりも経過が大切と、本当に思い知らされる。日本はかつての戦争の何を総括したのか。安倍政権の根本的問題はここにある。

最早見透かされているのだから、安倍総理は、彼なりの大東亜戦争史観を述べるべきだろう。今後の世界戦略も、核すらカードにしたいのだろう。

政治家は、総理であろうと県議であろうと、役職ごとの公私は存在しない。「総理だから・・・。」という発言が、逆に情けなくも、危なくも感じる。




2006年11月05日(日) お汁粉はいつ以来か

好き嫌いはないが、唯一甘いものが苦手だ。相模湖の文化祭に行くと、地域の方がテントでお汁粉を出している。

そういえば、どれ位お汁粉を食べていないか・・・。祖父母の家(栃木県鹿沼市)に正月行った際に、食べた記憶があるくらいだから、十年以上食べてないかもしれない。

さぞかし甘いだろうとビクビクしながら、懐かしいので食べてみた。すると確かに甘いが、美味しいとも思った。彦摩呂的に言えば、餅との絶妙なハーモニーがいい。

会場の相模湖交流センター内では、演芸会なども行なわれており、2階にある相模湖記念館も久々に見学した。



その後、一緒に来ていた友人の知人宅を訪問すると、お宅は高台で相模湖一望の景色。晴れれば富士山も眼前だそうだ。相模原市一の景観かもしれない。

旧相模湖においては、合併の住民投票で反対が上回ったことが、今でも気になっている。しかし既に決したこと。大切なのはこれからだ。

選挙区が一体になったればこそ、正直足を運ぶ回数が増えている。政治活動を通じてでも、地域間の融和を図る一助になれるのではないか。

責任を自覚し、地域の声に謙虚に耳を傾け、知らないことを学んでいきたい。


2006年11月04日(土) 2連ポスターに張替え

公職選挙法の既定により、10月30日から、現在貼ってあるポスターが禁止された。

2年弱お世話になり、とても愛着を感じる(変?)今のポスターを、


新しい2連ポスターに張り替えなくてはならない。


枚数は、他陣営に比べてまだまだ少ないが、それでも数百箇所はあるので、深夜などを利用し、鋭意張替えを実施中だ。

貼って頂いているお宅に迷惑をかけないためにも、早急にまわって作業を終了したい。


2006年11月03日(金) 上小の子どもを応援に

母校上溝小学校6年1組の皆さんが、「30人31脚」の全国大会に出場した。南関東(神奈川・千葉)の代表だ。横浜アリーナまで応援に行った。



地元で用事があったため少し遅参したが、子どもたちの出番には間に合った。

走る瞬間は、手に汗握った。結果は、練習タイムよりも良い成績でゴールイン。子どもたちは無論、担任の先生も感動して泣いていた。

予選の上位4チームが、決勝トーナメントに進める。最初は2位に付けていたが、その後のチームもかなりタイムが良く、結果あと一歩で予選敗退となってしまった。悔しかった。

学級崩壊が叫ばれている昨今、クラス単位でひとつのことに打ち込んだのは貴重な体験だ。子どもたちの今度にとって、大切な財産となるだろう。

テレビでの放送は年明けらしい。改めて犒納板瓩覆匹任知らせしたいと思うが、是非多くの方に見て頂きたい。


2006年11月02日(木) 行政書士会との懇談会

行政書士の皆様と会合があった。正確には民主党神奈川県行政書士制度推進議員連盟と、神奈川県行政書士会との懇談会だ。

場所は横浜山下公園そばのビルにある中華料理屋だ。現職の議員のみでなく、私のような候補予定者も多く参加していた。

行政書士は資格取得後に、行政書士会に加入することが義務付けられている。そうしないと仕事が出来ない。

これは不動産鑑定士を除く、ほとんどの‘士業’共通のシステムだが、政府の規制緩和に関する諮問委員会で、この自由化が答申された。

行政書士会としては、これに反対しており、他いくつかの要望事項についてご意見を伺った。

法律についての基礎知識を持ち、自ら取捨選択する力を持つことは、確かに理想かもしれない。

しかしただでさえ、敷居が高いと思われがちな法律家の世界について、普通の生活者が情報を得ることは、現実問題として不可能に近い。その必要性を含め、内容が理解し難い答申と思う。

何人か相模原支部の皆様もいらっしゃり、地域の課題についても意見交換をすることが出来た。貴重な縁なので、今後も大切にしたい。


(挨拶する民主党県連代表の浅尾慶一郎参議院議員)



2006年11月01日(水) 寝ている時間

寝る時間についてだ。高校生時代に23時間寝たことがある。もう少しで丸一日になったのにと、当時残念がったのを覚えている。

政治家になりたいと、田中角栄氏のところに相談しに来た人が、「大成したいなら、睡眠時間を減らせ。」と言われたらしい。氏は睡眠時間が、ある種無駄な時間と考えていたのだろう。

一方睡眠が休憩という意味だけでなく、人生にとって貴重な時間と言う人もいる。果たしてどうだろうか。

最近の経験から言うと、その時々の調子で、睡眠に対する感覚は変わるようだ。

過去は考えもつかなかったが、最近は夜中に目覚めることもある。嫌な夢を見てるわけではないが、やはりどこか緊張しているようだ。

こんな話しをしたのは、今が妙に眠いかもしれない。昨日は、ポスターの張替えを深夜行なった。道がすいている深夜の方が効率的に出来るからだ。

今も事務所で友人と、今後の活動について議論中だ。明日も朝駅頭なので、そろそろ帰ろうと思うが、限られた睡眠も大事にしたい。


11月2日 AM2:30 事務所にて  






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